軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 鎮めの樹海III 『春雷』

――鎮めの樹海南部。旧火山より東部へ十数ウェレト。

木々の間隔はまばら、日光もそこそこ以上に降り注ぐ、樹海というには比較的明るい"鎮めの樹海"。植生の関係か、幹が太く根をしっかりと張った樹木が非常に多く、その分あまり雑草や丈の低い植物は見かけないような環境。

デジレとジュスタはその中を二人で駆け抜けていた。

「――流石に速いな。置いていっちまうかと思ってたが」

「――忍舐めないでよ。ボクだってそれなりに仕事そのものはしてたんだ」

地面を駆けるデジレの速度も相当だが、木々の枝を蹴って走るジュスタも追随する勢いで。二人はおよそ殆ど加減なしで駆け抜けることしばらく。

ちょうど息が上がってきた頃に、もうもうと土煙が立ち込める場所へと辿り着いた。

「……魔素の過剰反応。何かが起きてやがるな、これは」

「警戒したほうがいい?」

「するに越したこたぁねえが……それよりも」

デジレが勢いよく 大薙刀(魔導書) を振るう。

風圧が波紋のように一閃、巻き起こっていた砂が、まるで重みをもったように鎮静化していった。

「この方が早い」

「今のって、魔素の破壊の応用?」

「砂煙に混じった魔素を破壊しただけだ。大した威力はないが、こういった目くらましには有効だ――と」

デジレの真横の樹木の上から覗き込むようにしていたジュスタは、「ふぅん」と一つ納得したように声を上げて、煙の晴れた広場の方を見やった。

"広場"という表現が正しいのかどうかは分からない。

おそらく、元々はデジレたちが通ってきた道同様にただの樹木の群れがあったのだろう。

それを、先ほどの爆発で吹き飛ばした、というべきか。

この鎮めの樹海の樹木にはトレント紛いの魔獣も入り混じっているというのに、剛毅なことだとデジレは目を細める。

その先に、怪しげな一団が居たからだった。

その様相はどこか、教国の教会に居そうな神父を彷彿とさせる。

とはいえ、三大宗教の一、クルネーア教の教徒にしては聊か様子がおかしい。純白に金の装飾が施されたクルネーア教の宗教服と違い、彼らのそれは色が変わっていた。

純黒に銀の装飾。

他二つの宗教ということではあるまい。ただすらにクルネーア教を真似、なんのつもりか色だけをわざと変えている。教義というには烏滸がましい何かが、おそらく彼らにそうさせているのだろう。

これは、すなわち。

眼前に居るのは――"払暁の団"。

およそ百と数十は居そうな人数が、何言も発することなく背を向けていた。

その先に、一段高い台座を作って立っていたのはもはや見違えようもない一人の男。

「――第七席ルノー・R・アテリディアッ……!!」

やはり王国を拠点にしていたのか。

言葉を続けるよりも先に、デジレの声に反応して"全て"の人間が振り返る。

同時に首を向けるその不気味さにジュスタは一瞬気圧されたが、デジレにとっては気に留める必要のないどうでもいい事柄に過ぎなかったらしい。

デジレの存在に気づいたルノーは一瞬瞠目すると。

軽く手を叩いて、愉快そうに口元をゆがめた。

「……下がってろクソガキ」

「う、うん……」

ぱっと見た感じ、デジレとジュスタ――ないしはデジレ一人で戦ったとしても、苦戦せずにこの団員共を駆逐することは出来るだろう。

問題があるとすれば、ルノーが持ち去ったとされる魔導具"十巻抄"と。

ここで何をしていたかは知らないが、ルノーの背後から感じる尋常ならざる者の覇気。

神を疑似的に降臨させる十巻抄には、相応の贄が必要となる。

ルノーのことだ、この団員らしき教徒を丸ごと使って儀式を行うくらいは想像に難くないが――生きていればの話だ。だとしたら、答えは簡単だ。

デジレが大薙刀を構えると同時、ルノーは彼と目を合わせると。

「おっおーう。久しい久しい久しいですねえデジレ・マクレイン。いつぶりになりますかな?」

「テメエがルノアール本体と同期しているとしたらリンドバルマが最後だが?」

「――ああ、なるほど。記憶の共有はしておりますが、実体験としてではなく"記録"としてですので、ワターシにとっては実に数か月ぶりになりますね」

「記録……共有、分体。……――さては 神蝕現象(フェイズスキル) の 壁越え(ブレイクスルー) か。そこまでのことを、お前の魔素と技術だけで成し遂げられるはずがねえ」

「ご名答。そこに自力でたどり着けるあたりが、研究院名誉院長の面目躍如といったところですかねえ」

「御託はいい。オレの任務は、ただテメエを処分することのみだ。覚悟は、出来てんだろうな」

「はっ、覚悟……ですか?」

おっおーう。

「それはそれは、おかしな話だぁ」

にたり、とまるで三日月のようにルノーの口角が上がる。

周囲の何一つ言葉を発さない不気味な集団に囲まれて、ルノーは歌うように、まるで壇上の言論家や演説中の指揮官のように、言葉を紡ぐ。

「確かにデジレ・マクレイン第二席の 神蝕現象(フェイズスキル) は強大だ。それに、帝国書院という"人間によって構成された最強の戦闘部隊"というのは、それだけで驚異的なパフォーマンスを発する。いつだって時代を切り開いてきたのは"人間"だ。持ちうる技術を進化させ進歩させ発展させてきたからこそ今の"人間"の時代がある。持てる力に胡坐をかいて進展をおろそかにしてきた魔族や、人間に寄生すること程度しか能の無かった種族とは別でね」

「……何が言いたい」

「なに、簡単なことですよデジレ・マクレイン。"人間"は進展を求めてきた。ゆえに、これからも"人間"は進展を求め続ける。そう、いつかは猛獣のような魔族とて、全て檻の中で飼い殺しに出来るほどにね――つまり」

――こういうことだ。

ばり、と発された魔素の波動。

一瞬にして周囲を駆け抜けたそれを、ジュスタは回避することが出来なかった。

光の速さにも匹敵する速度で放たれるプラズマのような魔素と、その波長。

しかし、ジュスタにとってそれは、頬を撫でる程度の、とるに足らないものでしかなかった。

「……え?」

「ぐ、ぅううう……!!!」

ならば、あれは何だ。

何故、デジレが。あのデジレ・マクレインが片膝をついて呻いている。

「どうしたのデジレ!?」

「――おや、ネズミがもう一匹……それも"人間"でしたか。それはそれはいけません。払暁の団が、ワターシが開発した魔族捕縛用の妨害波導は、人間には効果がありませんから」

「妨害、波導……?」

瞬時に飛び降りてデジレの背に触れたジュスタに対し、ルノーは嗤う。

「そう! つい最近ようやく一機目が完成した、魔族を無力化する超兵器!! さる古代呪法に名をあやかり"妨害波導"と命名したこれは、人ならざる者を破滅へ導く絶対的な力なのですよ!」

「……まさか、これで狂化魔族を」

「察しが良い子は好きですよ、ええ。魔王軍の魔族を次々と生け捕りにしたのは、これが完成してからのこと。量産のめどはたっていませんが――"精霊族"にも効果があることを実証出来て何よりです」

「く、そが……!!」

「でもデジレは半分人間のはずだ!! それが、どうして!!」

「"ベース"は、人ではないのですよ。違いますか? わざわざ珠片の論文を、自らを犠牲にした人体実験を上げてまで報告した名誉院長さん」

「て、めえ……!!」

「ワターシとて帝国書院の一員でしたからね。閲覧は可能でしたよ。……もっとも、その記憶を持ったワターシは第一席に消されてしまいましたが」

やれやれ、帝国の過激派ぶりにも困ったものです。

そう頭を振って、ルノーはさらに両手を広げてつづける。

「しかし、貴女のおっしゃる通り半分は人間。であれば、狂化の施しも半分程度しか入らないものでしょう。ワターシ、不確定なものは嫌いでして。生かしておく理由はありません」

指を鳴らしたルノーの合図で、鳴り響く大量の金属音。

見れば、払暁の団の人間が、一斉に武器を取り出していた。

「……忍の貴女。ジュスタとか言いましたか。確かに人間にこの妨害波導は通りませんが……貴女ではとてもではありませんが、ここを一人で収める力はないでしょう。デジレ・マクレインはそのざま。……纏めて殺してさしあげます。なに、払暁の団が責任を持って、あなた方を埋葬することを約束します」

「ほ、ざけ……クソが……!!」

ルノーの眉が小さく動く。

怯えるジュスタの前に、よろめきながらもデジレが立ち上がったのだ。

「おっおーう……動きますか。別に、個体の魔素保有量に依存せず無力化できるデータが揃っているのですが。やはり精霊族と魔族だと扱いが変わりますかね」

「魔族なら、いざ知らず……精霊族の身体を魔族と同じと思うなよ。……精霊族ってのは、結局のところ"人間"に祝福を授ける種族だ。……クソ、頭はひりつくが……関係ねえ」

よろり。その身体を大薙刀の石突で支えながら、デジレはしかしルノーを睨み据える。

「――テメエの言う通り、"人間に寄生すること程度しか能がない"んだよ、精霊族ってのはな。オレはそれすら満足に出来ねえ半端者だってんだから、笑わせる話だが」

自嘲的に口を緩ませても、瞳の意志はルノーを捕えて離さない。

「だが、だからこそ。精霊族ってのは人間に近いんだ。――弱いところも含めてな」

『ダメだよ。ボクは、七氏族の一人として戦わなきゃダメなんだよ、デジレ』

『はっ、所詮は魔族の出来損ない。この程度の素質で、武術を学ぶなど』

……守れやしない。庇えやしない。今だって、精霊族のこの身は、後ろのクソガキ一人守ってこの場を脱出することすらできるかどうかわからない。

「だから――テメエの見地は間違いだ。ルノー」

「――そうですか。まあ、それだけ弱っていたらあまり何も変わりませんがね」

やれ。

その合図と共に、身動き一つ取れないデジレに払暁の団の人間たちが殺到する。

「――逃げろ、クソガキ。時間を稼ぐ」

背後に居たジュスタはしかし、デジレのその言葉に勢いよく首を振った。

「そういうわけにいくか!! ここで置いて行っちゃったら! ボクは絶対後悔するんだ!!」

「テメエ一人残ったところで何が変わる……!」

「変わらない。きっと共倒れする。でも、後悔して死ぬくらいだったら!」

「うるせえ!!」

嫌だ、置いてなんか行かない。

瞳を潤ませて叫ぶ彼女に、しかしデジレは吼える。

「テメエまで目の前で殺されてみろ!! ……今度こそオレは、オレ自身を許せねえ!!」「ッ……」

一瞬、ジュスタが呆ける。今、何を言われたのか一瞬訳が分からなくて。

叫びが頭に祟ったのか、ずきずきと痛む額を抑えながら、それでもデジレは叫んだ。

「ぼけっとしてねえで、行け!!」

「っ……すぐにテツさんを、シュテンを、みんなを呼んでくるから!!」

「おっおーう、そうはいきません。口封じの意味でも、王国に釣られてきた連中の戦力を見ても、じっくり各個撃破が望ましいので」

「っ!?」

気づけば、ジュスタの退路も断たれていた。

ぐるりと取り囲む払暁の団。

これくらいなら突破できるかどうか。

思考は数秒、苦無を手に突っ込もうとして。

「心配には及ばん」

地面から飛び出した槍に貫かれ、数人の払暁の団が絶命した。

「っ……?」

薙刀を振るうデジレが異変に気付いて振り向く。

ルノーも小さく眉根を寄せた。

そこに居たのは、一人の小柄な男。

「久しぶりだな、ルノアール」

「おっおーう、ワターシはキミと会ったことはないのだがね。……しかし、忍術使いが――それも最高峰のミッドナイトがここで参戦とは。だから洗脳で共和国に縛り付けておいたのに」

シュラーク・ドルイド・ガルデイア。

リンドバルマで相対しかけた男が、そこに一人立っていた。

「偵察を頼まれてきてみればこの状況だ。ルノアール、貴様がそこに居る以上、私のやることはただ一つ」

鬱陶し気に睨み据えるルノーに対し、手に十の苦無を握りしめ、シュラークは嗤う。

「忍術の粋、今からお見せしよう――デジレ・マクレイン。後ろは任せておけ」

「……ああ、頼んだ」

「言われなくとも」

――払暁の団アジト。王国は王都教会地下。

木造の教会の地下に、このようなものがあるといったい誰が想像出来ただろうか。

テツは地面に気絶し倒れ伏した研究員や武装した護衛たちを後目に、強奪したデータに急いで目を走らせていた。

「アイゼンハルト、ここは引き受けよう、このボクがね! 洒落にならない状況だ、守り切れないかもしれないからさっさと行くといい!!」

「分かってまさぁ!!」

シャノアールとテツの二人で地下の奥深くにまで突っ込んできたは良いが、そこにあったのは"廃棄寸前のアジト"。データこそぎりぎりシャノアールの力で強奪出来たものの、侵入者ごと纏めて殺しつくす罠が仕掛けられていた。

「それにしても、妨害波導ッ……まさか、こんなところでッ……」

下手を打てば王都ごと吹っ飛ぶような爆薬を仕掛けておいたのは、こちらの正義感を利用したものに違いない。

シャノアールと共に来て良かったと内心ほっとしつつ、テツは参照したデータにあった払暁の団の目的を再確認して舌打ちする。

「シュテンくん、きみは鎮めの樹海には行くな。行っちゃならない。狙いは――きみだ」

思いだしたように胸元からペンダントを取り出して、テツは声を上げる。

「ミネリナ嬢、聞こえてるんで? 頼んます、シュテンくんを、止めてください。彼を鎮めの樹海に行かせたら、まずい」