作品タイトル不明
第十七話 リバーサイドステーションII 『ゆかり』
――王都近郊。リバーサイドステーション、王都デルカールを結ぶ線路沿い。
「魔列車に拠点を置いたのは失敗だったな、チクショウ。到着してもユリーカちゃんはおろかあのメンツ誰もいねえし、聞き耳立てたら魔族乗ってたってバレたらしいし。案の定ミランダさんだし。とはいえ魔界に帰るわけにもいかねえし、さあてどうしよう」
レックルス・サリエルゲートはぼんやりしていた。
暇潰しに王国内に幾つか座標を構築して有事の際に飛べるようにしつつ、リバーサイドステーションと王都デルカールにもゲート拠点を設置。
これで、魔列車に乗らずとも今後の転移は自由にできるだろう、と一つ頷く。
「あとは、合流さえできればいいんだが」
膨れた腹の上で太い腕を組み、うーむと唸る。
この見た目だ。人の多いところで見つかりでもしたら、魔族が居たと大騒ぎになるに違いない。王都に直接行くのは難しいだろう。とはいえ時間がある時にちょこちょこと王都に顔を出し、変事が起きていないかの確認は怠っていないのだが。
そんなことを考えつつ、リバーサイドステーション付近にまでレックルスは戻ってきていた。
王都の方でユリーカやミランダの存在が騒ぎになっていない以上、やはりリバーサイドステーションの方に残って今も居るのかもしれない。
そう思えばこそ、レックルスは鎮めの樹海に足を運ぼうとしていた。
「ああああ! 見つけたあああああ!!」
「そ、そのキュートボイスは!」
ぎゅるん、と勢いよく振り向くと、やはりというべきか六翼を展開し飛んでくるアイドルの姿と。あまりにレックルスが過剰反応したがためにドン引きの表情を隠さない、四翼の少女が連れ添っていた。
「け、結局鎮めの樹海にまで戻ってくることになるなんて……」
「申し訳ありません。でも、わざわざ探しに来てくれたんで?」
「まあ見つければ帰りは一瞬だし」
「そりゃあそうですが」
ほっと一息。安堵の声が漏れるのは仕方がないことだ。
何せ自分はユリーカ直属の四天王。彼女の有事に自分が居られないなどと、あってはならない。ともあれ、無事でよかったと己よりも強い上司を見やる。
「や、王都にもあまり情報がないもので、やっぱりここのリバーサイドステーションの付近に居るのかと思いまして」
「……まあ、その件に関してはわたしの落ち度だよー。すまねーすまねー。許してにゃ?」
「にゃってあんた……」
呆れるユリーカと、いつも通り飄々としたミランダ。
本当の意味で二人は何ともなかったのだと、改めて再確認。
もっとも、レックルスの再三の注意にも拘わらず魔列車の中でミランダが寝こけて翼をぼぉん出すことがなければもっと安定した道のりだったはずなのだが。
それはそれとして、しばらくレックルスはあのあとどうなったのかをユリーカたちから聞いていた。その中には光の神子のことも、そして旧火山の豪鬼のこともあった。
ふと、レックルスは思い出す。
「確か紫の鍵を預けられてる吸血鬼派の豪鬼がこの辺にいたはずですな」
「なんか問題でもー?」
や、問題というか。とミランダに軽く言葉を挟んで、
「精霊族皆殺しにしやがった主犯ですよ。ああ、それから確か――」
「ん?」
「ユリーカちゃんには謝らないといけねえことが一つ」
「なぁに?」
芋づる式に引っ張り出した記憶。
謝らなければならない、一つの秘密。
きょとんとした表情も可愛いよ! と脳内でフラグメントを振りながら、彼は言う。
「鎮めの樹海に来たら言おうと思ってたんですが、あいつが封印されてるのはこの鎮めの樹海です」
ぴこん、とユリーカの頭にひらめきマーク。
あいつ。封印。それが意味するのは、今日までの情報を集める限りたった一つのこと。
「……それって、もしかしてしばらく叔母様が探してた……」
「妖鬼じゃ見つけられねえっつか、シャノアール派の連中には届かなかったらしいんですが、俺は親父から情報パクってましたんで」
「なんでそれ早く言わないの!?」
「言ったら魔界はシャノアール派と魔王派で真っ二つですよ!! ……だからまあ、鎮めの樹海に来たらぶっちゃけようと思ってました。別の用事でここ来ちまったら、仕方ないでしょ?」
あーあ、言っちまった。結局言うことになっちまったなあ。と自身の不運を愚痴るレックルスを、ユリーカは丸くした目で見ながら。
「レックルス、あんた」
「はいはいおしまいですおしまいです。身内の恥部を晒すのはこれで勘弁で。ささ、目的地はどこですか? だいたいのところはマークしましたんで、いつでも移動できますよ」
ぱんぱん、と軽く手を打って。
レックルスはやけになったように笑って言った。
――魔列車一等客室。リバーサイドステーション目前。
乗り心地は最上。ともなれば、がたつく馬車と違って移動中に睡眠をとることすら可能になる。のんびりとした旅路を楽しむ人間や、優雅なひと時を過ごす者。さまざまな人種が、一等客室の乗客には存在する。
そして、デジレはその例に漏れず、リバーサイドステーションに到着するまでの間、まどろみの中に落ちていた。
「……ん?」
深い深い海の底から、ゆっくりと浮上するように。意識を現実に戻したデジレは、おもむろに目を開く。目の前には、心配そうにのぞき込む少女の姿。
「すみ、れ……?」
「えっと?」
「……なんだクソガキか」
「なんだとは何さ! ……魘されてたみたいだけど、大丈夫だった?」
「大したことはねえよ」
「そっか」
ぽすん、と対面のソファに腰かけるジュスタは、どこか手持無沙汰というか。
何やら躊躇いがちに言葉を選んでいるような、そんな感じだ。
「窓の外見てなくていいのか?」
「なんか、そういう気分じゃないんだ」
「ほう?」
軽く伸びをして身体を起こしつつ、足を組んで前の少女を見る。
あれだけ行きの列車ではしゃいでいた彼女らしくもない、思い悩むような表情。
魘されていたらしいのはデジレのはずなのに、妙に据わりが悪かった。
「……ねえ」
「あん?」
ようやくジュスタが口を開いたのは、客室乗務員に新聞を頼もうとしていた時だった。
コーヒーと一緒に、適当に甘い飲み物も頼んでおく。
ありがと、という小さな礼と一緒に吐き出されたのは、薄々聞かれるかもしれないとは思っていた疑問。
「……紫の鍵に、なんかあるの?」
ジュスタはクレインたちと、ほんの少しの間ながら共に旅をしたことがある。
その時に、彼らが鍵を集めている事情は聴いた。
魔界の連中が、たまに持っているというか。魔王派の有力な魔族がそれぞれ握っているらしいことも聞いた。けれど、デジレが関係のありそうなことは、正直殆ど聞いていない。
「はあ……それより、なんで着いてきた?」
「話を逸らすな」
「……別に俺は答える理由がない。この件に関しては、テメエに関係あることじゃねえしな」
「そっか。じゃあ、言わせて貰うけど」
ぴくりと、デジレの眉が動く。
軽く睨めば、己のしたいことと違うことをしているジュスタはいつものように答えに詰まると思った。けれど、そんなことはなく。まっすぐにデジレを見返しながら、彼女は言う。
「心配だからだよ」
「テメエが、オレを?」
「そうだよ。別に不思議なことじゃないさ。どっちが強いとか、関係ない」
ジュスタの言葉に、デジレは答えなかった。
ほどなくして運ばれてきた珈琲と、カフェオレのような甘い飲み物。王国の名産である家畜の乳製品を使っているというそれを乗務員からサーブされ、デジレは、軽く珈琲に口をつけた。
コンパートメントの中に、静寂が立ち込める。
聞こえてくるのは魔列車の揺れる音だけだ。
「……あのさ」
「ん?」
「デジレは前に復讐なんて云々って言ったけど、それはもしかして自分がそうだから?」
復讐なんてろくなもんじゃねえ。そう、ジュスタに一貫してデジレは言っていた。
しないで済むなら、その方がずっと良い、と。
「聞いてどうする?」
この質問に答えることに、まるで意味なんてないだろう。とでも言いたげな彼の目に、しかしジュスタは甘い飲み物と一緒に、ほんわかと優しい表情を浮かべると。
「人の話をちゃんと聞いて、自分で考えて、身の振り方を決めるんだ」
そう、言った。
これらは全部、目の前の青年から教えられたこと。それを、間違っているとか。無意味だとか、そんな薄っぺらくその場しのぎの言葉で逃げられるほど、デジレは人として終わっていない。
小さく嘆息して、足を組みなおした。
「……良いだろう、話してやるよ」
ぽつぽつと、窓の外を眺めながら。
デジレは、今まであったことを話し始めた。
自分がどこで生まれ、どこで育ち。
周囲にどういう人がいて、どう影響されて生きてきたか。
そして、ある日。魔族による急襲で、種族そのものが滅ぼされたことも。
「……魔族にとっちゃ、珍しい話じゃない。かつて一度だけ堕天使の村を滅ぼすことは失敗したらしいが。それ以外に、やつらに歯向かった種族は一族郎党滅ぼされるのが常だ。……その、一つでしかない。だが、一つだけ大切なものを奪われて、平静で居られないオレが居るというのに、やつらはそれを繰り返す。だからオレは、魔族を許さない。魔王軍を、許さない」
「そっか。じゃあ、精霊族は」
「七氏族って呼ばれてる祝祭を司る連中……その末裔に当たる奴らは軒並み"鍵"に変生させられた。紫の鍵は――」
ふう、と一息ついて。
デジレは、続けた。
「オレの……大切な 人(・) だった。もう、亡骸そのものしか残ってねえがな」
「そっか」
鍵、というのは。精霊族の、七つの豪族の末裔が変生させられたもの。
紫の鍵の存在。
それらを、知って。ジュスタは。
「ありがとう、デジレ」
「あ?」
か細く、しかし朗らかにそう言った。
「話してくれると思わなかったからさ」
「昔のテメエだったら、そりゃ話しても無駄だからな。うぜえ仲間意識持ってすり寄ってきた、自称復讐者はいくらでもいた。そういうヤツに限って、テメエがそうだったからか何だか知らねえが"復讐は何も生まない"だのなんだのオレに説得を仕掛けてきた。……テメエはテメエで、オレはオレだ。……忘れて生きる連中が、うらやましかったのも事実だがな」
「……」
ちょっとしゃべり過ぎた。と珈琲で喉を潤すデジレは、しかしまたちょうど睡魔が来たのか。
「もう少し、到着まで寝る。すっきりしたら、また外でも見てろ」
「はーい」
腕を組んで目を閉じ、ほどなくしてデジレから寝息が聞こえてくるのを確認して。
ジュスタは、一度窓の外に目をやって。
けれど、どうしても"すっきり"はしていなくて。
目の前のローテーブルに腕と顔を埋めて、小さく呟いた。
「スミレさん、か……」