軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 王都デルカールVI 『紫』

――いつかのどこか。ある、小さな街。

旅の冒険者や吟遊詩人が"純白"を讃えたこの街はしかし、その日。

業火の紅に染まり上がっていた。

「逃げろ!! 南はまだ余裕がッ――」

「ダメだ全方位から魔王軍が埋め尽くしてやがる!! 逃げ場はねえ!!」

「戦うしかないってのかッ……クソ、冒険者の一人もいない時に!!」

「助けてッ――助けっ、ぎゃああああ!!」

「まだ死にたくない、許してくれ、頼むがぎゃっ!?」

「ああ、神よ――ぐふっ」

「ふは、ふははははは!! いかに貴様らと言えど、人間がいなければこんなものか!!」

「ようやくこいつらの住処を見つけた時はどうなることかと思ったが、この程度か。ずいぶんとぬるいな、この部族は!!」

「殺して犯してやりたい放題よ。そっちの方に確か宝物庫があったぜ。それと――六人は始末したがあと一人足りねえ」

住民たちの決死の怒号と、走る徒の音。

無力な者たちの悲鳴と断末魔。

魔族たちの哄笑と、狡猾な話し声。

地獄とはこのことか。

噴水のオブジェは倒壊し、あらん方向へと噴き出た水はしかし燃え盛る焔にまるで効果を持っておらず。崩れた白の建物は、その殆どが窓という窓から炎を噴き出し、空は日の落ちた後だというのに真っ赤に塗り潰したような赫天だった。

「じっとしてやがれ。『迷彩』の術式を張った。ここなら、バレることはねえ」

崩れ折り重なった瓦礫の下。

少年は結界を張り巡らせて飛礫を防ぎながら、その下に少女を引きずり込んでそう言った。片目は既にモノクルを割られたのか血で見えなくなっており、それでも不敵な笑みを崩さずに。しかし、少女の方は首を振る。

涙でいっぱいいっぱいになりながら、それでも子供のように嫌だ嫌だ、と。

「で、でも、まだ、みんなが」

「みんなを助けられるような状況じゃねえって分かってんだろ!」

一喝。

そう言っている間にも、少年の目には外で何人もの知り合いが切り伏せられていくのが見えている。無力な自分に唇をかみしめながら、それでもただ一人、大事な幼馴染だけは守り抜こうと。

そうこうしている間に、爆ぜるような音。

何かに引火したのか、少年たちの周囲を覆っていた瓦礫が吹き飛ばされる。

舌打ち交じりに少年が迷彩の精度を上げようとした、その時。

そっと頬に触れる、少女の手。

「ダメだよ。ボクは、七氏族の一人として戦わなきゃダメなんだよ、デジレ」

「ふざけてんじゃねえぞクソが!! そんなもん、とっくにお前以外の六人は死んじまってるんだ!! 今頃お前が出ていって何になる!!」

「それでも、ね。逃げるなんて出来ないんだ。……ボクは、この街でお姫さまとして育ったから。その使命を、果たさないと」

「はっ…… 冒険者(ブレイヴァー) になって外で遊びつくすとか言ってたヤツのセリフとは到底思えねえな」

「……デジレ。ボクを守ろうとしてくれて、ありがとう」

「まだ守れる!! まだ守れてる!! お前が、今、外に出ていこうとなんてしなければ!!」

「――それは、どうだろうなァ?」

そこに居たのは、一人の 豪鬼(オーガ) だった。

「っ……テメエ、どこからッ」

「俺ァ別に大したことは出来ねえよ。うちの魔導師サマが、ここに結界が張られてるってんでな。ってことは残りの一人が居るんじゃねえかと思ってよ。ついでに"特殊な術式"貰って、手柄立てるチャンスってわけだ」

「ぐっ」

目の前の男の覇気は膨大だった。少なくとも、少年――デジレにはそう見えた。

こんなヤツと戦う? 冗談ではない。一刻も早く活路を開き、逃走ルートを見つけてこの街から脱出する。それしかない。

頭の中で瞬く間に情報を整理し、デジレは自らの手のひらに魔導の光を灯す。

しかし、彼と豪鬼の間に割って入る一人の影。

「……デジレ。鬼族には、魔導の力が有効だ。ボクが時間を稼ぐから、お願い」

「ちょっと待て、それこそ冗談じゃねえ。お前の力で、そいつのバカデカい鐗を防げるわけが」

豪鬼の得物は 鐗(かん) 。――単純に太くて密度の高い鉄の鈍器。それを二つ引っ提げた男に対して、とてもではないが少女の薙刀で太刀打ちできるとは思えない。

「分かってる。分かってるけど、そうするしかない。でも、これならうん、頑張ってきた甲斐がある」

「なに、を」

「薙刀を頑張ってれば、いつかきみとか、きみの大事なものを守れるかもって、さ」

「おい、スミレ――!!」

デジレが引き留めるよりも早く、スミレは豪鬼に向かって突貫した。

その勢いはデジレにとっては目を見張るような速度だったが、豪鬼にとってはそうでもなかったらしい。あっさりと片方の鐗で受け止めて、お返しとばかりに上方からもう一つが叩きつけられる。

「ぐっ、あっ――!!」

地面に叩き伏せられると同時、薙刀は一瞬で半分に叩き折られた。

「スミレ!!」

「はっ、所詮は魔族の出来損ない。この程度の素質で、武術を学ぶなど」

「ぐ、う」

「七氏族の娘か。御しやすくて良い」

何をする気だ、と問うよりも先にデジレの魔導が空を切って迸る。

当たればしばらくの間身動きを封じるオリジナルのそれは、しかし豪鬼に看破されあっさりと回避された。

「その程度かよ、笑わせる」

「スミレを、離しやがれ――!!」

「は、別にこんなガキに興味はねえんだが。お前みたいなヤツを見ていると、目の前でぐちゃぐちゃにしたくなって来るなあ」

「ふざけやがって!!」

「――ああ、そうしよう」

何かを閃いた、と言わんばかりの豪鬼の表情に、デジレは寒気が走った。

具体的に何をする気かは分からない。だが分からないなりに、恐怖はある。

ぐったりしているスミレの頭に手をかけた、豪鬼の歪んだ笑みを見れば。

「触ってんじゃねえ!!」

駆ける。たとえどんなに鈍足であろうと、それでも。

目の前で殺されそうな、大切な人を守るために――。

手にするは魔導。最近開発したばかりの、魔族を削る無銘の刃。

「しかもよく見ればお前、交じり血か。余計要らねえわ。このガキだけで収穫は十分か」

豪鬼は余裕の表情でデジレを待ち構え、そして切り伏せようとする彼の刃に対し――握っていたスミレを盾にした。

「っ」

「ま、戦い慣れてねえヤツならこんなもんだな」

「がっ――!!」

ひるんだ一瞬、熱を持った左肩。ついで、衝撃。

鐗を叩きつけられたのだと気づいたのは、無様に地べたに叩きつけられた時だった。

「あああああああああああああ!!」

肩を砕かれた痛みが後から襲い来る。

表の住民たちと何等変わらない、無力な民の悲鳴。

それでもデジレは、泣きそうになりながらも、豪鬼を睨んで逸らさなかった。

そしてそれが裏目に出た。

「そうか、じゃ、遠慮なく」

ぶわり。

何かの魔導を検知して、デジレの脳内が真っ白になる。

あれは、なんだ。知らない。何を、何を、スミレにする気だ。

やめろ、という声すら枯れはてて。

意識を失っていたスミレの瞳が、見開かれる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」

思えば、"特殊な術式"とはこれのことなのだろう。

みるみるうちにスミレの身体から生気が失われ、ゲラゲラ笑う豪鬼の声だけががんがんと脳内に響き渡る中。

かっ、と真っ白な光が周囲を包み込み。

「ぇ……な……」

「よし、仕事は完了だ」

そこに、スミレは居なかった。

代わりに、小さく。豪鬼の手元に浮かぶ、何か。

「……か、ぎ?」

「さ、良い見世物も見られたし、お前を殺して終わりってことよ」

「クソ……クソ、クソ、クソ、クソ!! クソがああああああああああああああああ!!」

死んでたまるか。もう死んでもいいんじゃないか。

そんなことよりもあいつは。これは夢なのか。

ぐちゃぐちゃと思考回路が混線し、憎悪の瞳で目の前の豪鬼を見据えるしかない状況。

最後に彼が見たのは、一陣の風と。

「間に合いませんでしたか。生き残りは……彼だけ、と」

という、あどけない童女の声だった。

豪鬼は形勢不利を悟って鍵と共に逃亡した、と。あとになって、助けに来たらしい帝国の人間からそう聞いた。

『……はっ。武力なんぞで何ができる』

『できるよ』

『なに?』

『えー。でも、ボクはこうやって頑張ってれば、いつかきみとか、きみの大事なものを守ってあげられると思うよ?』

「……守れなかったじゃねえか、クソが」

大事なものは。オレにとっての大事なものは、この街で、たった一つしかなかったのに。

――王都デルカール。フードマーケット中央通り。

テツとシュテン、そしてミネリナが居なくなったこの場所では、久々の再会にも拘わらず「いええええええい!!」の一言で流されたハルナがむくれていた。

「あたしだってー、せんぱいとー、遊びたかったんですー」

「遊んでる場合じゃねえだろうが。っつーかあのアホと遊び始めたら一日潰れるだろうが」

呆れるリュディウス。

「僕もー、久々にー、シュテンさんとー、遊びたかったなー」

クレインもむくれていた。

「何二人でシンクロして地面蹴ってんだお前ら……」

やれやれ、とばかりに額を抑えるリュディウスも、どうにもここが公衆の面前であることを忘れるくらいには先ほどのインパクトの動揺が抜けていないようだった。

そんな、別れた時とあまり変わらない面々。ジュスタはつい懐かしくなって目を細めてしまう。……どうやら、思っていたよりも彼らのことが好きだったらしい。

……いや、きっと、好きになれたのだろう。

あの人と二人で旅をするうちに、本当に世界というか視野が広がった。

子供で、いっぱいいっぱいで、自分のことだけを考えるのが精いっぱいだったあの頃。

それと比べて、今はどれだけ余裕のあることか。

どれだけ、あの三人がジュスタに対して友好的で、優しかったことか。

思い返してみると、本当に。あの時の癇癪で別れてしまったのは、自分にも非がある。

リュディウスがちゃんと弁解してくれていれば、とも思うけれど、それでも自分の苛烈な言い方にも十分問題があった。

そう、今はちゃんと考えられる。

「……なんかジュスタちゃん雰囲気変わった?」

「そう? べつに、そんなことないと思うけど?」

「つんつんしてるのは前と一緒だね!」

「嬉しそうに言われても」

とはいえ、嫌いでないにしてもハルナは苦手だ。天真爛漫で人懐っこくて、距離が無い。

「ほんともー、どこ行ってたの? 心配したんだからー」

「どこって」

「一人?」

「や、もう一人……」

「そっかー、やっぱり――」

距離がない。

助けを求めようにも、クレインはにこにこしているだけで。リュディウスは干渉する気もないようで。……まあ、それはそうだろう。あとできちんと話をしよう。

せめて、何故か居た帝国書院の人たちに助けを――

「で、シャクティちゃんの 神蝕現象(フェイズスキル) なんだけど。あれちょっとよくわかんないっぽい。二種類扱える力があるっぽいのは知ってるっぽいけど」

「ぽいが多くて曖昧だな。一種類は知っている。【渦巻く青の洞源門】は、文字通り水の渦を発生させてその中に色んなものを吸い込む力だ。力は大か小か選べるらしいが」

「極端っぽい。あと吸い込んだものが吐き出せないのも片手落ちっぽい。で、もう一つがその渦の中から白い砲身みたいなのが出てきて、水鉄砲で攻撃するヤツなんだけど」

「おお、迎撃手段もちゃんとあるじゃないか」

「これも水圧が選べるんだけど、シャクティちゃん曰く」

「曰く?」

「通常か、やわらか」

「やわらか」

「そう。なんで強と弱じゃないの? てゆか細かな調整できないの?」

「まあ彼女は魔導司書になって日が浅い。これから頑張ってほしいな」

雑談に興じていてこっちのことなんか気にも留めない二人組と。

そして、もう一人の失礼な童女は。

「久しぶりに会ったと思ったら数字と一緒に髪も減ってません?」

「開口一番クソほど失礼だなこのクソババアがァ!!」

――あ。

いつの間にか、もう一人。

ジュスタの連れも合流していたようだった。

「あ、デジレ第二席っぽい」

「第五席が第二席になったのはあれだな。多少の間間違えて第五席と呼んでしまうかもしれないな。そうするとトイレちゃんと間違えたことになるんだが、まあ、許せ」

「許すかクソが」

デジレによるヤタノへの一喝で、どうやら帝国書院の面々もゆるりと彼の存在に気づいたらしい。

「デジレー、助けてー」

「あ? ……ガキ同士楽しんでろ」

「そんなー……」

うりうりー、と頬を寄せてくるハルナは鬱陶しいことこの上ない。だが、邪気もないから振り払うこともできない。どうしようかと、仕方なくしばらくされるがまま。

「デジレさん、お久しぶりです」

「……クレイン・ファーブニルか。久しいな」

「あ、やっぱりバレてましたね。あはは。棒術、ちゃんと磨いています!」

「そうか」

以前(第三章第八話) で出会い、軽く武術についての施しをしてもらった記憶。

そんなこともあったなと、デジレは目を軽く細めた。

ヤタノが「子供なら男女見境なしですか」とつぶやいたことに対してノータイムで大薙刀を振り下ろしたりしていたが、まあその辺はいつものじゃれ合いなのだろう。

そういえば。

「あの、デジレ?」

「今度はなんだクソガキ」

「……や、ううん。なんでもない」

アイゼンハルトが、さっきまで居たのだと。

貴方が裏切らざるを得なかった相手が、さっきまでここに居たのだと。

そう言おうとして、そんな雰囲気じゃなくて辞めた。

またあとで、そういうシリアスな話はすればいい。

「で、なんで帝国書院と光の神子が一緒に居る?」

「逆に何故、童女と第二席が一緒に居るんだい? 痛い! 痛いアイアンクローは痛い!」

頭部を掴まれたグリンドルが悲鳴を上げるのと、それをベネッタがどうどう、と抑えるのを見ていると、本当にこいつら"あの"人類最強の戦闘集団なのかと疑問が首をもたげるが。

「僕たちは、ジュスタを探してたんですよ。それから――」

あっけらかんと説明を続けようとするクレイン。

しかし、その次に彼の口から出た言葉は、まるで看過できるものではなかった。

「最後の鍵が旧火山にあるらしくって」

「――」

「で、デジレさん?」

「……悪いが」

「はい……?」

「その鍵を、オレの前で出さないでくれ」

「え、あ、す、すみません」

がちゃがちゃと、手元に出していた鍵を仕舞うクレイン。

何がまずいのかよく分かっていないジュスタとは別に、ハルナは何かを察したようで押し黙る。

そして、彼の持っていた六本の鍵を見て、"残す最後の鍵"の色を一瞬で判別したデジレは。

「……クレイン。お前がその鍵を必要としているのは分かる。だが、一つだけ頼んでいいか」

「な、なんでしょう」

「……最後の鍵は、オレが回収してくる。再会したら渡すと誓おう。だから、オレに行かせてくれ」

頼む。と最後に言葉を締めくくって、クレインを見た。

彼らがどんな理由で鍵を集めているのかは、だいたい察している。魔界地下帝国に人間が入るためには、あの七つの鍵が必要だ。きっと魔王討伐のために、あの鍵を集めていることだろう。……だから、それは、良い。

別に、大事に抱えておきたいわけではないのだ。

その鍵と。持っているヤツに。けじめをつけなければならない。

魔族を嫌うデジレの、根源。

だから。と、クレインの答えを待っていると。

「もちろん、いいですよ」

と、あっさり笑顔でそう答えた。

「何か事情がありそうですし、僕たちは魔王討伐の使命を果たせれば、それでいいんです。デジレさんにとって大事なものなら、こちらから一度貸してくださいと頼むくらいのものですから」

「……そう、か」

ありがとう。

それだけ言って、デジレは踵を返す。

「任務どころじゃなくなった」

「そうですか。……いってらっしゃい」

「……クソロリ」

「なんでしょう?」

「いや、……あとで話す」

思い返せば。あの時自分の命が助かったのは、目の前のクソロリのお陰で。

そして彼女は、どうして皆を助けてくれなかったんだ、"彼女"を助けてくれなかったんだ、という理不尽な子供の癇癪を、正面から受け止めてくれた相手だ。

……その後、多くの諍いがあったが。

そういえば、まだ礼の一つも言えていなかった。

「あ、ちょっと待ってデジレ」

「……少しだけな」

背後からかかったジュスタの声。

ハルナに軽く遠慮しつつ身体をどけた彼女は、リュディウスを含めた三人に向き直って。

「……あの時は、ごめんね。ボクは勝手に決めつけて、理解しようともしなかった。リュディウスの本心はまだ分からないけど、あの時点で怒っていいようなものじゃなかった。ごめん」

「……受け取ろう。こちらこそ、曖昧な言葉で逃げようとした。すまなかった」

謝罪を受け入れてくれて、ほっと一息。

「それじゃ」

「あ、ジュスタちゃん、一緒に――」

行こう。とハルナが声をかけるより先に、ジュスタは「お待たせー。早く行かなくていいの? よくわかんないけど」「テメエ待ってたんだろうがクソガキが」と、デジレと並んで行ってしまった。

「……振られちゃった?」

「く、はは。まあいいじゃないか。俺たちは王城へ行こう。……陛下に、狂化魔族の実態を聞かなければならない」

そうだね。とハルナとクレインが頷いて。

「……」

「ヤタノ? あたいたちもシュテンくんのとこ行くっぽい」

「……そう、ですね」

ぼんやりと、ヤタノはデジレとジュスタの背中を見つめていた。