軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話 リンドバルマIX 『誇りの矛盾』

「歴史の影に潜む魔導の神髄……この忍術、受けてみるがいい!!」

シュラークの声が一帯に響き渡った。

リンドバルマ中枢、第三層。今この場所は人工的な宵闇に支配され、わずかな魔力のぶれでしか他人を認識できないような有様であった。シュテンとヴェローチェ、そして案内役のポールの三人を取り囲む狂化魔族数人。そして、突如気配を消したシュラーク。周囲にサラウンド気味に発生する彼の声だけがその存在を示す中で、シュテンは己の両拳を構えた。

「けっ、どうしようもねえなこの真っ暗闇じゃあ。夜目は利いても暗闇はダメだってことくらい、最初に入った廃坑で学んだわ畜生。おい、ヴェローチェ、ポール、元気ですか!?」

「元気ですよー?」

「なんとか」

背後から聞こえる二人の声。

背中合わせになった暖かい背中は、その華奢な感じと腕に触れるふんわりとした髪の感覚からおそらくヴェローチェ。ポールの声もすぐ近くで聞こえたことに安堵しつつ、このどうしようもない状況をどう打破しようかと思考を始めたその時だった。

「影舞刃!!」

「がっ!?」

「おいポール!?」

風切り音が立て続けに五つ。そのうち一つが肉に突き刺さったような鈍い音を出し、それと同時にポールが怯んだような声を出す。勢いに振り向いたシュテンだが、当然何があるのかなど暗闇の中では見えないわけで。

「ちっ、仕方ないっすねー……!!」

舌打ちと同時に、合わせた背中からパルスのように魔素を放出する気配。ヴェローチェが魔導を行使する際の初期動作だと気づくのに、当然時間はかからなかった。

「相変わらずえげつねえ魔力だなおい」

「闇魔力ってことで、この辺りとの親和性はそれなりに高いんっすよねー」

波紋のように広がっていく力の波は、正しく魔王軍導師のそれ。

目に見えずともわかる周囲の魔族共の恐怖は、狂化しているからこその本能の現れともいえた。

――古代呪法・聖冥撹拌――

幾何学的な軌道を描きながら、三十以上の光のラインが周囲へと拡散する。

まるで魔法陣を描く前兆のような、平面的に広がっていくその明かり。

「ただライト照らしたってわけじゃねえんだろこれ」

「この場に限ってはただライト照らしただけですねー、聖魔力ぶっ殺す光なもんでー」

「聖魔力を光でぶっ殺すってなんかすげえあれだな……ってただのライトなの!?」

思わず入れたツッコミに対する反応はなく。その代わりとでも言うように明かりに照らされた場所に膝をつくポールの姿。

シュテンは慌てて彼を抱き起そうとその手を差し伸べ、瞬間遮るようにヴェローチェの甲高い声が響く。

「ぐっ……」

「おい、大丈夫か!?」

「シュテン、待っ――」

「へ?」

顔色のうかがえなかったポールの口元が、酷く歪んだ。

「忍術・影舞刃!!」

「がっ!?」

「シュテン!!」

ゆらり、と幽鬼のように起き上がったポールの姿が宵闇に溶け消える。

その代わりに、地面に倒れ伏した彼の姿が現れた。

右肩に影の刃を刺されたシュテンは出血を押さえながら歯噛みするも、対抗手段が浮かばない。

「畜生、やるじゃねえかシュラークっ……」

「迂闊なことをしないでくださいー……!」

倒れたポール。その腹部からは大量の出血。

闇に紛れた刃を何本も突き立てられたであろうその傷は、見る者が目を背けるに値するほどにむごく。

だからこそ助けようとするのを、さらにまたヴェローチェが押しとどめた。

――古代呪法・混沌冥月――

放たれた闇の奔流は、倒れたポールを巻き込み飲み込み、さらに行く末の見えぬ彼方へと飛んでいく。

「――あれも偽物。ポールは既にこの結界の外……いえ、脱出というよりは脱落と言った方がいいのかもしれませんねー」

「おいまさかそれって」

「気を付けてくださいー、次が来ますー」

「ちっ」

ゆらり、と周囲の空気がぶれた。

それと同時に現れる、大量の狂化魔族。全てがナーガと呼ばれる蛇の胴体を持った魔族だが、総じて目はうつろに染まっていた。うめき声をあげながら、にわかに魔導の気配を放つ。

「こいつらもみんな、狂わされた魔族ってか!」

「まあこの程度の魔導ならわたくしが――」

す、と一歩前に出たヴェローチェが洋傘を振るう。

――古代呪法・鏡面包囲――

ナーガたちが魔導を放とうとした姿勢で制止する。よくよく目を凝らせばそれぞれが透明の立方体に包まれており、氷付けになっているのが見て取れた。あの一瞬で全てを無力化するヴェローチェの手腕に瞠目しながら、シュテンは無事な左腕を振るって怒鳴る。

「やいシュラーク! テメエなんの理由があって魔族にこんなことしやがる!」

響き渡った声に対して、返ってきたのは答弁ではなく純粋な攻撃だった。

「わ、とと!?」

闇の刃が宵闇に紛れて、狙撃するようにシュテンの足元へと突き刺さる。

慌ててバックジャンプで回避しながら、彼は悔し気に周囲を見渡した。

氷付けのナーガ、後手後手に回って不快そうなヴェローチェ。

「このままじわじわと嬲り殺しにしようってのか……!?」

「そんなことは言っていない」

「うぉ!?」

突然。

背後に現れたシュラークはそのカエルのような瞳をギョロりとシュテンに向けながら、右手に黒い靄のようなものを握りしめてシュテンの背中を急襲した。振り向きざまにシュテンは察する、あの黒い何かに触れたらまずい、と。

「ぐっ……!!」

手の内からあふれ出さんばかりの黒い靄を纏った拳がシュテンの背中を穿つその一瞬で、シュテンはぎりぎり体勢を崩すことで対応した。着流しさえあればという発想があったとはいえ、それでもまずいのではないかと考えたシュテンの判断は間違っていなかった。

シュテンが回避したその背後にあった凍結したナーガ。それにシュラークの攻撃が掠った瞬間、這いずるような闇がナーガの足元から腐食していく。氷の中、無表情に、闇に飲まれてナーガは絶命した。その末路を目視したシュテンの頬に冷や汗が伝う。洒落にならない。たたらを踏んだシュテンはしかしすぐさまそれをステップに切り替えて、今度は自分からシュラークを蹴り殺そうと回し蹴りを背中に叩き込む。だが、シュラークはその直前に靄となってその場から消滅した。

「ああああああああミッドナイトうぜええええええ!!」

「落ち着いてくださいー、なんか、たぶん、打開策は、あるはずですー……」

「それなりに自信なさげだなおい!!」

シュテンの悲痛な叫びに、ヴェローチェも不満気に頬を膨らませる。それなりにおかんむりなのか、 得意分野(まどう) で手玉に取られていることが許せないらしい。ならばこの場のことを少しヴェローチェに任せて、自分は回避に専念した方がいいのだろうかとも考えた。少なくとも、シュテンに能動的に何かが出来る、ということはなさそうだ。

「集中力削いで、隙あらば必殺。ほんと、嫌な暗殺者だわこのカエル野郎……!」

軽い舌打ちと共に、シュテンはもう一度拳を構えた。

デジレとジュスタの二人組は、第三層で起きた異変に気が付いていた。

崖っぷちから覗き込んだ深淵のような真っ暗闇。その中に取り込まれていることに気が付いた時にはもう手遅れで。

ありとあらゆる障害物が消えたように見えて、その実一寸先すら見えなくなってしまっただけであるこの状況。

それを、ジュスタは誰の仕業なのかすぐに感づくことが出来ていた。

「これはっ――シュラークの!」

「めんどくせえ闇だな、クソが」

「あ、デジレすごい」

「フン」

神蝕現象(フェイズスキル) 【清廉老驥振るう頭椎大刀】を発動したデジレの大薙刀は、まるで紙を切り取るはさみのように綺麗に闇を割いていく。ランタンよりも遥かに効率的に宵闇を排除できるその力を、ジュスタはすごいすごいと褒めそやした。

褒められること自体には悪い気はしなくとも、初めて立ち上がった子供を褒めるようなその口ぶりにデジレは額に青筋を浮かべていた。そんな二人の珍道中も、そろそろ終わりを告げようとしている。

「――ほお、この闇の中で自在に動くことなど、忍でも容易ではないというのに」

「え、あ……お、爺、ちゃん……」

好々爺然とした、ジュスタよりも少し高い程度の身長しか持たない老人が一人。酒瓢箪を小脇に抱えて、ひょっこりと顔を出した。ジュスタにとっては見覚えのありすぎるその姿。デジレは、彼に白い眼を向けながら大薙刀を人知れず構える。

そんな彼らに向かって、老人――ガラフス・ウェルセイアはのんびりと声をかけるのみだった。

「第三層に無断で入っただけで、忍の処断対象になるんじゃが……はてさて彼らを切り抜けるだけの実力はあるようじゃのぅ。というよりも……妖鬼にばかり気を払っていたせいでおんしらを失念していた、と判断した方が良いんじゃろうなあ」

「……妖鬼、と言ったか猿爺」

「ほ、その妖鬼も儂を猿爺呼ばわりしておったのう」

「撤回する。おいぼれモンキー」

「さらにひどくなったのう」

頬を掻きつつ、ガラフスはデジレを一瞥した。しかしデジレは油断しない。彼が"いつでもこちらを殺せるように"自然体で居ることに既に気が付いていたからだった。ふう、と息を吐くと同時にデジレはくるりと大薙刀を回転させる。その所作には特別意味はない。だが、ジュスタが我に返るには十分すぎた。

ガラフス・ウェルセイアは、明らかに彼女を無視して話を進めていた。そのことに、放心してしまっていた。

「ちょ、ちょっとお爺ちゃん! なんで無視するのさ! 昔はそんなことなかったのに!」

「……義を欠いた愚かな孫娘にわざわざ応対する理由はない!」

「っ」

唐突な一喝。祖父から恫喝されたことなど一度もなかったジュスタは目を見開く。だが、デジレは相変わらずしらけた雰囲気を崩さずにいた。陽炎のような熱を発する己の大薙刀を握りしめて、デジレはモノクルをかけなおした。

「――おい、クソガキ」

「……な、なんだよ」

「言いたいことがあるなら先に言え。オレが今先に言っちまったら、 終(・) わる(・・) 」

「えっと……?」

終わる、とはどういうことだろうか。

その意味はまるで理解できなかったが、しかしそれでもデジレの言葉に従った。

言いたいことなら、山ほどあるのだから。

「ねえお爺ちゃん! 生きてたなら、なんであの時出てこなかったの!? ボクたちの町は滅ぼされて、ボクたちはシュラークに良いようにされて! なのに今度はシュラークに付いて! みんなみんな、バラバラになって、こんな……、お爺ちゃん! なんでシュラークに付いているの!?」

「――なぜ、シュラークに付いているのか。その答えは簡単じゃよ。"忍"の誇りを取り戻すためじゃ」

「……ほこ、り?」

「二年前に選出された、伝説の五英雄……共和国の代表として選ばれたのは誇りある忍ではなく、突然変異の男じゃった。それはつまり、伝統として続く忍の力を否定したことにほかならぬ。その誇りを、忠義を貫く一矢としての誇りを、忍びの誇りを、シュラーク様は取り戻してくれるとそう言った。主自身が忍として申し分ない力を持ち、帝国に破壊されたこの国を忍の力を使って取り戻すとそう言ってくれた。だから、儂は信じた。忠義を、全うするために」

「……お、爺ちゃん」

じゃが、と一つ言葉を切って、ガラフスは冷たい瞳でジュスタを見据えた。

「お前は逃げた。忍として忠を全うする。その誇りをないがしろにして、お前は消息を絶った。なれば儂は、もうお前に何も言うことはない」

「っ……そ、んな」

ガラフスの言葉に、ジュスタへの糾弾に、彼女は顔を青ざめさせる。

自分が間違っていると突き付けられ、生まれた頃から一緒だった祖父に否定されて。

忍であるということに誇りを持っていたジュスタだったからこそ、今の台詞が酷く堪えた。

じわりと、望んでもいない涙が目元にたまる。

だが、その雫は、想像だにしなかった形で拭われることとなった。

ゴイン、と。

鈍い音を立てて頭に響く痛み。

それによって、目元のしずくは勢いよく飛び散った。目を閉じざるを得なかったのだから、致し方ない。思わず顔をあげれば、拳を振り下ろした状態の青年の姿。殴られたのだと、こうまであからさまに示されてはもはや何も言えない。

しかし今のジュスタには、抗議の声を上げる余裕すらなかった。

それを悟ってか、デジレはそのままガラフスを睨み据える。

「破綻してやがるな、おいぼれモンキー」

「……破綻?」

「テメエの言う"誇り"は、塵芥の埃と何も変わらねえっつってんだ」

「……儂の信念を、真っ向から否定しにかかるとは。安い挑発か何かのつもりか、若いの」

「いいや、"安い"のはテメエであって、挑発じゃねえよ。テメエの言う忍の誇りってえのは誰かに使われるだけの鉄砲玉でしかねえ癖に、下らねえ名誉を気にして"誇り"なんてかっこつけたもんで着飾ってやがる。バカバカしくて笑えてくるが、存外オレの言ったことは間違いじゃあなかったらしい」

甚だしい矛盾。

ガラフスの言う"忍の誇り"にあったそれを鼻で笑いながら、しかしデジレの表情はいまだ冷めたまま。

モノクルを一度押し上げる彼の言葉に、殴られて冷静になったジュスタが困惑する。

そんな彼女を後目に、デジレはガラフスを見据えて言った。

終わる、と言った、その理由。その言葉を。

「テメエ、既に壊れてやがんな。いや……誰に壊された」