軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 アーシア孤児院V 『奇妙なつながり』

それはまさに光芒の舞踏であった。

赤と青が軌跡を描く度、彩られたラインが空間ごと紙のように切れていく。

狂化魔族がいかに強力であろうと、どれほどに獰猛であろうと、振り回す得物は何一つ命中することはなく。お返しとばかりに、彼らを置き去りにする速度で二色の軌跡が迸る。

「……す……げぇ……!」

カルムは息を呑んだ。

あれだけ多かった狂化魔族たちが、まるで的だ。"彼"が蹴った地面が陥没した時には既に遥か彼方の狂化魔族が切り捨てられている。それが、何度も何度も何度も。

「……か、るむ」

「へ? あ、アイーシャ!?」

「カルム兄ちゃん……!」

「かるむぅ……!!」

「キド、クルツ!」

"英雄"の動きに目を奪われていたカルムは、気が付かなかった。

振り返れば今まで身動きの取れなかった子供たちが皆、いつの間にか呪いを解除されて動くことが出来ている。それが何故か、一瞬わからなかったが。気が付けばこの一帯に強大な結界が張られていた。

恐怖から解放されたせいか、勢い余って皆がカルムに抱き着く。

それをあやしながら、カルムはこの周囲を包み込む 結界(ソレ) がどんな効果を帯びているのかを感じ取ろうとしていた。そんな彼の耳元で、まず最初に抱き着いてきていたアイーシャが囁く。

「……ね、カルム。これ、魔素停止結界じゃない?」

「魔素、停止結界……。確かに、狂化魔族共の動きがあんなに鈍ってる。それに……」

ちらりと、カルムは目をやった。

最初に彼を襲ったオーガと、ミノタウロスの倒れ伏した場所に。

「……う。……ここ、は……?」

「……いたた……」

立ち上がる気配は一切ない。だが、彼らは死んでいなかった。そればかりか、まともな"言葉"を口にしている。これは、つまり"狂化"そのものが解かれているということではないか。

怯える周囲にしがみつかれては、カルムも彼らに近寄ることはできない。

しかし、この魔素停止結界はどれほどまでに強力なのか。

「た、助けてくれえ!!」

叫び声が聞こえた。カルムは自前の視力を活かして声の響いた方角に目をやる。そこに居たのは、数十という数の鎧の男たちだった。何者かなど、この状況であればカルムもわかる。あれは、レックルス・サリエルゲートが言っていた特導兵という連中であろう。

狂化魔族を従えることの出来る、レイドアの兵士たち。

あっという間に大量の狂化魔族を、たった一人の人間によって無力化された事実が恐怖として彼らに襲い掛かっていた。そして現に、その怪物はいまだ無傷で彼らの前に立ちふさがっている。

「――助けて、ってえのは、そらぁないんじゃああらんせんか?」

「ひっ!?」

疾走が、止まった。いつの間にか、特導兵たちの目の前に、二本の槍を握った青年が佇んでいる。こんこんとつま先で地面をつつきながら、開いているのか閉じているのかわからない瞼の下から、それでも確かに彼らを見据えていた。

「面白いもんで、魔王軍の大将ともあろうおやっさんが文字通り転がりこんできたんですわ。ぼかぁ心底驚きました。共和国の子供たちを助けてくれって言うからもう、何の罠かと」

「――」

それがレックルス・サリエルゲートという男の所業だと、その場に居たすべての人間が理解した

。否、この場に魔王軍の男が潜伏していることは知っていた。そして、その男がゲートと呼ばれる転移魔導を行使することも。だが、その中の誰が"伝説の五英雄最後の一人"を召喚するなどと考えられるであろうか。もし万が一魔王軍でも引っ張ってこようものなら、狂化魔族に叩かせて更なる手駒を手に入れようと考えていた彼らであったから、本当の意味で予想外であった。

もっとも、彼らは目の前の男が伝説の五英雄などであるなどとは思っていない。公式には死んだことになっているのだから、思い当る方がおかしい。その可能性が脳裏をよぎっても、世迷言だと切り捨てられるのがおちだろう。

だが、だからこそ。

狂化魔族をこんなにあっさりと片付ける、謎の一般人が恐ろしくて仕方がなかった。

「――」

「でも、ぼかぁ大事な友達の頼みだと聞かされちゃあ断われないんで。手紙までついてきたとあっちゃあ、行くしかない。けれど……きてよかった。あんなに未来あるかっこいい少年が、むざむざこの狂気に捻り潰されるところだったなんて……笑い話にもなりゃしない」

「お……お前は……」

くるくると、槍をもてあそぶように回転させる青年。

その周囲に漏れ出す覇気は凄まじく、彼らの首領シュラークをも上回るのではないかと特導兵たちは戦慄する。

その中でしかし、目の前に現れた 理不尽(イレギュラー) に対しての憤りがあったことも事実だ。

こんなところで計画を崩されてたまるかと、こんなものに全てぶち壊しにされてたまるかと。

そんな思いが特導兵の一人を突き動かした。

震える唇で、言葉を紡ぐ。

「お前は……なんなんだよ……!?」

「そうさなぁ――」

青を右手に。赤を左肩に軽くかけて。

身構えた青年は、口元だけで軽く笑った。

「――ちょっと英雄かじった時期があるだけの、小さな商会の営業でさぁ」

その瞬間、特導兵たちの意識が黒に染まった。

レックルス・サリエルゲートはそっと手元の紙を眺めていた。

筆と紙を貸してくれと言って、その場でさらさらと書き上げたあの紙に書かれていたのは『今からしばらくはメリキドに双槍無双なだれかさんが居るから、いざとなったらゲートで連れてこい。「テっちゃん助けて」って俺が言ってたって伝えればたぶん来てくれる』という謎の一文だった。

「……テッちゃんなんて呼ばれたことねえっつって変に怪しまれたじゃねえか」

「その辺りの適当さがむしろシュテンらしいって飛び出していくテツもテツだと思うんだ私は」

「お嬢ちゃんには色々迷惑かけたな」

「まったくだよ、昔の知り合いの供養だったっていうのに」

バルコニーに直接座標獄門を繋いで戻ってきたレックルスの隣には、一人の少女が腕組みをして唸っていた。燃えるような赤髪のツインテールに、上品でシックなシンプルドレス。ミネリナと呼ばれている彼女は、口ではそう憤りながらも本当の怒りは別の方向を向いているようだった。

「……ひどい話だ」

「すまねえな、俺が気づかなかったばっかりに」

「本当に魔王軍なのか心配になる性格だね。その分だとシュテンの良いおもちゃだろう」

「なんだとテメエオイコラこの野郎」

突然の理不尽にレックルスは血相を変えて振り向くが、ミネリナは特にそれを気にした様子もない。単純な戦闘力の上では目の前のレックルスに勝てるはずもないのだが、そこはそれ彼女の矜持や努力のたまものであった。内心わりと怖がってはいる。

それはともかく、レックルスとミネリナの二人はカルムたちの保護に向かうよりも先に、バルコニーでの状況整理にあたっていた。というのも、事情を説明した際にミネリナが眉をひそめて『あまりにも不自然だ』とそう呟いたからである。

具体的にどうという話はいまいち聞かされていなかったが、バルコニーから一望した狂化魔族の全貌と、そしてもう一つの要因――"お袋"の死体について詳しく確認をするというのが、ミネリナも共にこの場所を訪れた理由だった。

「……で、何かわかったか?」

「そうだね。今はテツが神蝕現象使っているから分かりにくいけど、明らかに魔導の痕跡がある」

「っ。あのとんでも能力もやべえが、そっちはそっちで聞き捨てならねえ話だなオイ」

「きみが彼女の悪意に気が付かなかったのも無理はない、とだけ言っておくよ。……ひとまず、テツに能力を切らないように言わなければならない」

「へ? そいつぁ――」

「なんでと聞く前に動く。回答なら向こうにあるさ」

たん、と軽くジャンプして欄干に飛び乗ると、彼女は振り返りざまに微笑んだ。

レックルスは、その表情が"だれかに似ている"ことに気が付くが、それを聞くよりも先に彼女は既に裏庭に飛び降りてしまっていた。

「ったく」

二階からの着地だけでもレックルスにとってはそれなりに衝撃を受ける。仕方なしに座標獄門を開こうとして、あえなく失敗。

「……そうだった。はぁ」

嘆息交じりに階段を使って下に降りていくレックルス。

ふと想起するのは、『きみが彼女の悪意に気が付かなかったのも無理はない』という一言。

実際問題、ミネリナは"お袋"の痕跡を軽く確かめるだけで 原因(それ) を看破したらしいが、つまりはどういうことだろうか。

仮にもレックルスは四天王の一角だ。敵意に対しては敏感である自信があった。

それでも、分からなくて仕方がないといわれる理由とは、いったいどういったものだろうか。

そんなことを考えながら、裏庭へ出る。

そこでは、突然現れた赤髪の少女と、全てを一人で終わらせてしまった青年が子供たちに囲まれていた。わいのわいのと騒ぐ彼らを見て少々ほっとする気持ちがなかったと言えばウソになる。

だが、今の子供たちが尋常な状態でないことくらいはレックルスも承知の上だった。

大切にしていた、大切にされていたはずの"母親代わり"の裏切り。

そんな大きな出来事が、彼らに大きな影を落とさないはずがない。

一生のトラウマになってもおかしくないようなものが目の前にあるのにこうして騒げているのは、一種の現実逃避もあるのかもしれない。そういう意味ではおあつらえ向きな強者が、ここにはこうしているのだから。

「ミネリナ嬢、神蝕現象を解除するなってえのは……まさかたあ思いますが」

「そのまさかだよ」

すげーな兄ちゃん、だとか、ありがとう! だとか、そういった子供たちの笑顔に答えながらもテツとミネリナは小さく言葉を交わしていた。神蝕現象―― 国士無双(ナラビタツモノナシ) 。彼自身と同じ"生身の人間"に全ての生物を引きずり下ろすこともできる魔素停止結界。

それを解除してはならないというのは、つまり。

「……おいおい、ウソだろ」

レックルスは、その理由を察した。

狂化されていた魔族たちは、倒れ伏しては居るものの誰一人として命を落としてはいない。

そして今、身動きこそ取れないものの"正気"を取り戻している事実。

これはつまり、"狂化"に使われた魔素が停止しているからに他ならないのだと。

「……テツに解除を頼まないのは、それが理由だよ。酷い話だと、私は先ほども言ったろう?」

「ちょっと待てよ。解除したら、つまり」

数人の子供に抱き着かれ、挙句一人を負ぶることになってしまったミネリナは、髪をもてあそばれながらもレックルスにそう答えた。

もう一人子供たちに囲まれていたテツはといえば、今は隣にカルムしかいない。

それはテツを周囲が怖がっているからではなく、彼が倒れた狂化魔族の前に歩きだしているからであった。

「……意識は、ご無事で?」

「……ぐ、ぁ、ああ……なんとか……」

最初に一撃を受けた 狂化魔族(オーガ) の男が、うっすら開いた瞳で目の前の人間を見据えた。

彼のおかげで今、意識を取り戻したのだと本人も悟っているらしい。申し訳なさそうに目を伏せて、震える手を握りしめた。

「ふがいないなぁ……あんなにあっさり、捕まるとは……」

「……狂化、魔族。王国の悪しき慣習を、まさか共和国まで行うとは」

悔しげな彼に対して、テツは呟く。魔狼部隊と呼ばれる王国の狂化魔族部隊は、あまりに人道に反している。それをどうこうするような権利も資格もテツは持っていないが、それでも目の前で行われるこうした所業は許し難かった。

「……なあ、あんた」

「なんでしょう」

「……伝言を頼まれちゃ貰えねえか」

「まだ、方法はあるかもしれない。ぼかぁ、この神蝕現象に使う魔力くらいは何とかなります。何とか、あんたらが生きる方法を探しましょうや。そのくらいの時間は、ありましょう」

テツは軽く諭す。

だが、男は小さく首を振った。

そのままなけなしの力で横を見れば、同じようにテツに無力化された魔族たちの姿が散って見える。彼らを目にした男は、既にあきらめているようだった。

「狂化に使う魔素は、俺たちの体内にある魔素を食い散らかして稼働していた。俺たちはもう、生きるのに必要な魔素を持っちゃいない。もはや生きた屍だ。狂化で無理やり体を動かす以外に……この通り、ろくに体を動かせやしないんだ」

「……お前さんら」

「そんな顔をしないでくれ。俺たちが勝手にドジっただけさ。どうにもならねえ」

軽く笑って、男は項垂れる。

生きる術などない。魔素を失った魔族に訪れるのは、急速な老化と死だ。

体内にある魔素があってこそ、彼らは長生きすることが出来る。それが奪われたとなれば、もう生きられないと彼らが悟るのも不思議ではなかった。

「……狂化が切れた今、あとどのくらい持つかもわからねえしな。まったく、災難だったぜ」

「お前さん……」

「いや、最後に正気に戻れてよかった。こいつらも、そう思っているはずだ。人間に助けられるなんざとんでもねえ皮肉だったが、ありがとうな」

ふ、と力なく男は笑う。

そして、それっきり目を閉じた。

「……故郷のダチに、"すまねえ"と。そう伝えてくれ。ブレンから、ミランダへ」

「……ああ」

「さんきゅ、な……」

その言葉を最後に、男はこと切れる。どこか安堵したような微笑みを残して、死んでいた。

「……我慢ならないじゃないか、こんなの」

「……ミネリナ嬢」

とことこと、彼の後ろまでやってきていたミネリナはやはり憤慨を露わにしていた。

周囲の空気も重々しく、子供たちも不安顔だ。振り向いたテツは沈鬱そうに表情に影を落としているし、カルムも目の前で多くの"命"のはかなさを感じたばかりだ。だが、だからこそミネリナは言う。

「……きみたちの"お袋"も、同じように洗脳魔導をかけられていた。狂化とは、また別の」

「なんだって!?」

「……そういうことかよ。悪意を感じねえってえのは」

ミネリナの言葉に、その場に立つ全員が耳を傾ける。

多くの狂化魔族の屍を目に入れて、重苦しい心にしかしあえて鞭を打つ。

「……レックルスの話を聞く限り、彼女は良い母親だったのだろう。その彼女は、本物だ。おそらくこの日に合わせて"きみたちと共にレックルスを殺す"ように仕向けられていた。その手の洗脳を得意とする男を、私は一人知っている」

「……ミネリナ嬢、それは、いつかの」

「ああ。ルノアール・ヴィエ・アトモスフィアだ。私を自爆装置に変えてくれた、業腹この上ない男だ。奴なら、精神に関する多くのことを行える力があるし……実際、やってくるだろう。狂化魔族にしたって、あの男の仕業とみて相違ないはず。……共和国に行ったという噂は、どうやら本当だったようだな」

ふん、と鼻を鳴らすミネリナは、テツミナカンパニーを通じて多くの情報を仕入れている。

それが故に、ルノアールと名乗ったあの男のことも、念入りに調べているらしかった。

レックルスはその名前に反応して思わず振り向く。

「ルノアール・ヴィエ・アトモスフィアだと……?」

「質問か? 受け付けるぞ」

「魔王軍導師の息子のはずだ。そのあたり、詳しくは俺も知らねえんだが……」

「ふむ。それも知っている。魔界に引っ込んでいればいいものを、好き勝手に大陸を荒らすものだ」

大仰に腕を組んだミネリナは、子供たちに目を向ける。

「きみたちの母親は、操られていたんだ。頭に作用する魔導でな。……恨むなとは言わないが、きみを縛り付けたのはきみたちの母親ではない、と言っておこう。それによく似た化け物だ」

「っ……」

ミネリナの言葉に、子供たちは目を見開いた。しかし、だからといってはいそうですかと頷ける話でもない。それでも誰一人涙を流さなかったのは、一重に"お袋"が子供ではなく忍を教育していたからであろう。常に死と向き合うように、彼らは教えられていたのだから。

そんな彼女がむしろ突然裏切る方が、彼らにとっては現実味がない。

「しかし、ルノアールが共和国か。随分な偶然もあったものだよ」

「それはどういう意味だ?」

ミネリナが軽く吐いた言葉に、レックルスは問いかけた。

偶然。その言葉が持つ意味はことのほか大きいものだ。

それは別に"偶然"を使役する童女の話ではなく、"偶然"が左右する戦況の問題だった。

何せ今、リンドバルマにはヴェローチェとシュテンが向かっているのだから。

「いやなに。シュテンが共和国に居るという話を、したんだよ」

誰に、とレックルスが聞くよりも先に、ミネリナは言った。

「彼を一生懸命探していた健気な眷属にね」

誰だそいつ。とレックルスは思った。