軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 誰も知らない

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「(視覚や聴覚に接続はできるが、それ以外は無理か。やはり“開花”前の依り代では身動きが取れん。あとほんの数ヶ月待てば“強化”の手間も省けたというのに……ッ! くそ。中に居る状態で“開花”を迎えても意味がない。また一から身体を弄るのか……これだから貧弱なヒト族の身体は嫌なんだよ。くそったれ! 十数年掛けて造り上げた傑作の依り代を壊しやがってッ! あの依り代が残っていれば、出来ることも増えていたのにッ! アルバート・ファルコナー……ッ!

……ちッ。まだ意識を保つことも難しいのか……未完成な依り代の不自由さよ。仕方ない。“開花”まで眠って待つしかないか……)」

シグネ。妖しき存在。魔族ですらないモノ。

彼女は逃れていた。女児の依り代を捨て、影に潜ませていた人形を辿り、禁術により未完成の依り代候補へと自身を飛ばす。

彼女には生物的な死という概念はない。その本質は意思。意思をマナに乗せて生物や無機物を渡り歩く不定形の存在。

外法中の外法と呼ばれる死霊術。それを更に発展させたという、不可侵なる禁術を用いて辿り着いた成れの果て。そんな存在。

彼女も元を辿れば脆弱なヒト族の魔道士に過ぎないが、既にそんな記憶も残ってはいない。彼女と表してはいるが、シグネには性別もない。ただの意思。長く定着した依り代に合わせて性差のようなモノが少しだけ表面に浮かんでくるだけ。

この世界にシグネという存在が誕生してから、もう百年以上の時が経過している。彼女にとっては特に意味のない数字ではあるが、それだけで尋常の存在ではないことが伺える。

誕生した時より、魔法の研究をしながら気の向くままに世界を彷徨うシグネ。あるとき、魔族領にてついに彼女は出会う。

自身の存在を超えるモノ。彼女が今では総帥と呼ぶモノ。

そんな総帥への敬愛は本物ではあるが、この度の王国との争乱に関わったこと自体は、シグネにとってはほんのお遊び程度の感覚でしかない。

期待には応えたいが、その目的が成就されようがされまいが、実のところシグネには興味がない。ただ敬愛する総帥に関わっていられればそれで良いという姿勢。

自身の特性を活かしたヒト族の傀儡化。目を付けた大貴族家の者に成り代わり、ヒト族の社会で騒乱の種をばら撒く。それがシグネが総帥から与えられた任務。

シグネには不可侵の禁術があったが、総帥が手ずからに操る尊き黒きマナを授かり、その術の力は増す。

意思(シグネ) は授かった黒いマナと一体化することで、生物への憑依に多少手順が必要となったが、ソレまでとは違い、憑依した生物をより強く 操作(イジ) ることが可能になった。依り代。人形達の原型。

彼女はヒト族の中で暗躍する。

シグネがヒト族社会で活動を続けるなかで、いつの頃からか、自らと同じように総帥から直々に送り出された者たちも周りに増えていく。彼女が上役となり指示を出す機会も増えていった。組織の形成。

長き時を孤独に彷徨った彼女は、同じ目的を持った者達と共に行動することに新鮮さを覚え、『こういうのも悪くはない』と考えるようになる。

ナイナに目を付けたのも、そんな気持ちの延長だったのかも知れない。

魔族としても破格のマナ量を誇る存在。

彼女であれば、総帥と共に造り上げた人形達を十全に操ることが出来るかも知れない。

シグネからすれば、まさにナイナという素材を使った“人形遊び”という意味合いもあったわけだ。

ナイナが上手く育てば、それだけ総帥の覚えも良くなるだろうという狙いもあったが、本質的にはただの暇つぶし。

そんな人形遊びに興じている時、悩める 人形(ナイナ) の望みを叶えてやろうと、これまた遊び半分で出掛けた所、呆気なく返り討ち。何とも締まらない話。

流石に依り代のない状態が長く続けば、彼女とてその存在を保つことが出来なくなる。無に還る。シグネにとっての死。それは流石に避けたい。

結果として、不本意ながらも未完成な依り代へ移ることとなり一時の休眠。

それがシグネの運の尽き。

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……

…………

………………

「(……? 何だ? 騒がしい? いや……熱い……? まだ“開花”には早いはず……?)」

未完成の依り代にて微睡むシグネは外部からの刺激を感じて目覚める。

波長を合わせるようにして、依り代の視覚と聴覚へ 意思(自ら) を接続。

目の前に見える姿。

アルバート・ファルコナー。

「う〜ん……セリアン殿。コンラッド殿からは、快方に向かっている、少し動けるようになった……とは聞いていましたが、はっきり言うと悪化しています。

以前は全身に黒い蛇のようなモノが喰い込んでいたのですが、今は右腕に……コレは蛇では無くて植物の蔓のようなモノか? ……まぁそんなモノがビッシリと巻き付いています。指先から上腕に掛けて。前より範囲は狭くなりましたが、その気配は余計に強くなっていますね」

シグネに聞こえてきたのはアルのそんなセリフ。

「(何故コイツがここに居るッ!? しかも《《私》》が視えているのかッ!? ……まさか……コイツが“種”に触れた『使徒』かッ!? コ、コイツには女神の力など感じないぞッ!?)」

シグネは誰かが“種”に触れたことには気付いたが、それが誰かまでは特定出来なかった。杜撰な対応の末がこれ。

「……そうなのか? 身体はかなり軽くなり、少しの距離なら一人で歩けるようにもなったのだが……」

「右腕はどうです?」

「……た、確かに、何故か右腕だけが気怠い感じはあるが……」

シグネにはセリアンとアルの声が聴こえている。

そして、その視界には他にも人影。

セリアンの寮室の中。人払いをしているのか人影は少ない。

ただ、その人影の中に今のシグネが一番見たくない人物がいた。

年の頃は二十歳に届くかどうか、少女を超えるかどうかという一人の若い女性。

神聖術の遣い手。

女神エリノーラ教会の所属ではあるが、位階は助祭の下である 修道女(シスター) のまま。今のところは一つの特定の町や教会に定着している訳ではないため、ときに野良の治癒士などと揶揄されたりもする処遇。

しかし、彼女の実態は、教会が認定した女神の御使いとまで言われる『聖女』の称号持ち。戦いではなく、神聖術の中でも治癒や解呪に特化した遣い手。

その比較的自由の効く修道女の位階のままに、いまは同じく治癒の魔法を得手とするゴールトン伯爵家の食客のような扱いとなっている。近しい協力者。

彼女の名はシルメス。

女神の力を微かに持つ者。

「(この女は……ッ! 託宣外の『使徒』ッ!! 何故生きているッ!? コイツは教会や王国よりも我々が先に見つけた! もう始末した筈だッ!!? 何故だ!? フ、フロミーの奴がしくじったのかッ!?)」

一度は流れたセリアンとの面会。

今日はその埋め合わせとなる日。

ヨエルの助言のままに、アルは事前にコンラッドに『使徒』を匂わせ、口の堅い神聖術の遣い手の同席を願っていた。顔繋ぎの為に。

コンラッドからすれば、ゴールトン家の食客であったシルメスに声を掛けるのは当然のこと。

そして、以前に彼女が命を狙われた理由。シルメス自身ですら、開拓村の視察に出たゴールトン伯爵を謀殺する為のついでのようなモノだと考えていたが、そうではない。むしろ彼女も本命の一人だった。

まだ教会も王国もその存在に気付いていない、託宣外の『使徒』を始末する。優先度は高くはないが、総帥の計画を円滑に進める一手。

彼女の存在に気付いたのも画策したのもシグネ。

彼女がコートネイ伯爵に手を回して調整した。

伯爵家の伝手で使い捨ての裏仕事の者達を借り受け、実行自体はシグネと同じ組織に属するフロミーという者に任せていた。あくまでヒト族同士の争いとして処理するようにと。

結果、シルメスは生きている。ゴールトン伯爵もだ。

シグネはそもそも管轄外だとして、今に至るまで作戦の結果をさほど気にもしていなかった。聞かされても流していたという程度。流石にゴールトン伯爵の謀殺に失敗したことは覚えていたが……

セリアンを依代として、コートネイ家と共に古貴族家のパワーバランスを壊すことに執心していた。自身の役割のことだけ。人外の傲慢さに間抜けさ。

もっとも先代コートネイ伯爵も、シグネが化け物と知りつつ『ゴールトン家を傀儡にするにしても自分ではなく、次代での勝負となるだろう』と、証拠を消しながら気長に待ちの姿勢だったという。

これも杜撰な管理の末のこと。

「私には主の身にそのようなモノを視ることができません。アル殿を疑うわけではないのですが……シルメス殿。聖女とまで言われる貴女にも、アル殿の言うモノが視えるのでしょうか?」

「私が聖女かどうかは措いておくとして、アル殿が視えているだろうモノは私にも視えています。……そして、“コレ”と似たようなモノは例の開拓村を始め、各地で散々視てきましたよ。セリアン殿の父君、ゴールトン伯爵にも似たような黒いマナが絡みついていました」

鈴の鳴るような声でスラスラとシルメスがコンラッドの問いに答える。

私にも同じモノが視えると。アルの意見は間違っている訳ではないと。

そして、その声色には余裕もある。彼女には“処理”することができるから。

「私にも理由は解りませんが……私がこの黒いマナをハッキリと確認出来るようになったのは一年と少し前です。それこそ流行り病だと言われたあの開拓村で、ゴールトン伯爵や他の方々を治療……いえ、解呪した頃が始まりだったように思います。それ以前にはこれほどハッキリとは視えませんでした。

女神様の思し召しと言えばそれまでなのですが……やはり私には何らかの意味があるのだとは思っています」

そう言いながらシルメスはセリアンの右腕にそっと手を伸ばす。

「(や、やめろッ! 女神の力で私に触れるなッ!! 不可侵の禁術を超えた、総帥と共に築き上げた新たな術なのだッ! 尊き黒きマナが壊れるッ! やめろ! やめてくれッ!! 私はまだ消えたくないッ! ぎゃあぁぁッッッ!! いやだぁぁッッッ!!!)」

ヒトの身を捨て外法の存在と化したシグネ。その最期。

彼女は人知れず、そう、誰にも知られずに虚無に還ることとなった。

違和感を覚えていたアルも、

実際に黒きマナを浄化したシルメスも、

依り代として利用されていたセリアンも……

誰もがシグネの存在を知らぬまま。

ただ消える。

彼女の“切り札”とやらを誰かが目にすることもなく、呆気なくシグネはこの世界から退場する。

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……

…………

………………

「(シルメス殿も凄いな。ダリル殿やセシリー殿にはかなり劣るけど、あのキラキラがある。『託宣の神子』以外でこの光を纏っている人を初めて視たね。ただ、ダリル殿たちの“白いマナ”を扱えるという訳ではないのか。

彼女も何らかのお役目的なモノがある人か? 少なくとも黒いマナを浄化するってことは、この世界の女神基準なんだろうな。ゲームには黒いマナだとか白いマナ、それにこの“光”なんて出てこなかったし……)」

セリアンの右腕に巻き付く黒いマナを浄化するシルメスに、アルは光を視た。『託宣の神子』であるダリルとセシリーが纏う光。それと同質のもの。

しかし、解せないのは、彼女の使う神聖術自体は見慣れたモノと同じということ。

アルが一度だけチラリと確認した、ダリルの操る白い炎のような特異性はない。

「(この感じだと……彼女としてはただ普通に神聖術を行使しているだけみたいだね。つまり、僕にシルメス殿の真似事は無理ということか? 神聖術の素養なんてないしな……。感知能力のみで、黒いマナへの直接的な対処能力はない。……僕はこの基本装備でやっていけということか)」

セリアンの腕に巻き付く黒いマナの茨が、ほんの一欠片も残さぬようにと浄化されていく。

黒いマナの茨が目視できなくとも、何らかの不浄なるモノが取り除かれていく様はコンラッドにも流石に理解できた。当人であるセリアンなどは更にだ。

「……こ、これは……既に思い出すのも難しいが……これが“普通の状態”というものなのか……? 楽に呼吸ができる。息苦しくない。右腕も軽々と動く。それに、いつもあった靄が掛かったような眠気や気怠さがなくなった気がする……」

「セリアン殿。とりあえず、私に視える範囲での浄化はできましたが……これで万全とも言えません。失礼ながら、今後も定期的にお体を診させて頂いても?」

シルメスにとっては手慣れた作業。

一年と少し前の開拓村を皮切りに、ゴールトン伯爵や護衛の騎士たちと共に村々を周り、各地で同じような解呪なり治癒なりを行ってきたのだから。

「む、無論だ! むしろ私こそ切に願いたい! シルメス殿にこれ程の力があったのであれば、もっと早くに診察を願うべきだった!」

「セリアン殿。お忘れですか? 私は二年程前にセリアン殿を診察しています。その時には、私には何もできませんでした。セリアン殿を蝕むナニかを微かに視ることしかできなかったのです。そして、私よりも遥かに優秀な、司教クラスの神聖術の担い手であってもセリアン殿を快方に導くことが出来ませんでした。私はあの時のことがきっかけで、ゴールトン伯爵家との縁を繋いだのです。……己の無力さから」

静かにシルメスが語る。ほんの少し前の自分には何も出来なかったと。それがきっかけでゴールトン伯爵家の食客として縁を持ったと。

彼女自身に自覚はないが、その行動によってシグネに託宣外の『使徒』であることを見破られ、杜撰な陰謀劇に巻き込まれて命を狙われることにもなった。

実際に、シルメスは自分を庇って犠牲になった者たちの姿を見てきている。開拓村の人たちにしてもそう。助けられなかった人たちも多かったのだ。

シルメスが自身に課すところによると、まだまだ無力なままでしかない。

「……これは失礼をした。シルメス殿……いや、聖女シルメス様。どうかその御力に縋らせて貰えないだろうか? 過去の貴女は無力だったのかも知れないが、いまは紛れもなく私の恩人に違いはない……」

「シルメス様。私からもどうか……」

この度の集まりが、セリアン側の理由によって流れた、アルとの面会の再調整の場だということは、既に誰の頭からも抜け落ちている。更に、そこはもう誰も気にしない。

アルの方も、セリアンの黒きマナを解呪する程の神聖術の遣い手……シルメスと繋ぎが出来ただけでお釣りがくる。そんな風に考えていた。

「セリアン殿。コンラッド殿も。僕はシルメス殿との顔繫ぎは出来ましたし、ここは一旦退室させてもらいましょう。セリアン殿の体調の事もあることでしょうし……」

「ッ!! こ、これは申し訳ございません! この度はアル殿への改めての謝罪の場であったにも関わらずッ!!」

悲壮な顔をするコンラッドやセリアンを宥め、アルはとっとと退室する。流石にこの場に長居する程の事もない。

「(黒いマナを僕と同じように感知し、その上で浄化まで出来る者が居ると分かっただけで十分な収穫。彼女はゴールトン伯爵家の食客扱いだというし、別に後日に再度調整すれば良いさ。それにしても……結局、あの黒いマナの蛇なり茨なりは、どんな術だったのやら……? シルメス殿に後日に聞いてみるかな?

まぁこの間の伝書魔法の返事、その時間差を考えるとコリンがそろそろ王都に着く頃だろうし、シルメス殿との話は少し落ち着いてからでいいや)」

明確な敵。開戦派を騙る魔族組織。

その組織の幹部。アルが冗談交じりで考えていた、所謂四天王的な存在。決して四人だけと言うわけでもないが、その内の一つの存在が、いつの間に虚無へ還った事など……彼は知る由もない。

シグネ達の杜撰さや間抜けさもだ。

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