軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者局出張所

馬車が停まったのは、川のやや手前の開けた場所であった。

同じような馬車が数台、並んでいるのが見える。

広場の入口には大きめの頑丈そうな丸太小屋が建っており、扉のそばにこぶし大の鐘が下がっていた。

先に降りた御者がその鐘を叩くと、馬車からゾロゾロと乗客が降り始めた。

荷物を抱えて天井席から降りたトールたちも、他の乗客たちの後について小屋へ入る。

中には大きな木製のカウンターが設えてあり、緑の制服姿の男性職員たちが仕事中であった。

すこし離れた位置に広いテーブルがあり、そちらではエプロン姿の職員たちが談笑している。

奥には仕切りがあり、その壁の棚には様々な道具が並んでいた。

窓が大きめのせいか部屋全体が明るく、落ち着いた雰囲気に包まれている。

一緒に来た十人ほどの同業者は顔見知りなのか、受付で軽く挨拶をして何かに書き込むとあっさりと出ていってしまった。

トールたちが近づくと、受付係が歯を見せて笑いかけてくる。

「いらっしゃいませ。ようこそ、血流しの川冒険者局出張所へ」

わざとらしい笑顔の持ち主は、くすんだ短い黒髪に濃い緑色の羽が混じる翠羽族の青年だった。

身長はソラと同じほどで、肩幅もさほど広くはない。

顔つきもやや幼く愛くるしさが残ってはいるが、おそらく二十代後半であろう。

「こんにちは、新規の方ですね。私はここの受付を担当しております深翠家のリシと申します」

「トールだ。よろしく頼む」

他の三人も挨拶を済ませると、リシの目が素早く動きトールたちの首から下る冒険者札を確認した。

赤い縁取りに一人だけ黒が混じっていたが、全く顔に出さぬまま受付係は話を進める。

「まずは行き帰りの説明を。往復馬車ですが、毎日正午着の十三時出立で一日一本のみとなっております。乗り遅れにはご注意くださいませ。なお満員になることはあまりございませんが、週末は混み合いますので、ご帰宅予定の場合は予約して頂いたほうが無難ですね」

「来る途中に三台ほどすれ違ったが、あれは?」

「それは素材運搬用の馬車ですね。残念ですが、乗客を受け入れるほどの空きはございません」

馬車の本数で分かるように、往復で八時間もかかるこの血流しの川の狩り場は、基本的に泊まり込みでの狩りが奨励されている。

トールたちもそのつもりでテントなどを準備済みだ。

翠色の瞳をくるりと動かしながら、リシは質問の有無を確認した。

ソラとユーリルは真面目な顔で聞いているが、すでに飽き始めたムーはトールの体をよじ登ってカウンターの向こうを覗こうと懸命になっている。

「では素材のお話が出たので、そちらをお先に説明いたしますね。モンスターの討伐査定はこの小屋の裏手に解体場がありまして、そこで部位の買い取りと一緒に行っております。解体場に職員が不在の場合は、お手数ですがそこのテーブルに一声おかけ下さい」

本局同様、こちらも人手不足なようだ。

「ここと解体場は、朝九時から夕方四時までの営業となります。それ以外で緊急の御用の場合は、表の鐘を叩いて下さい」

もう一度、作り笑いを浮かべた受付係は、軽く頷くと肝心な部分の話に入る。

「ここにおいでになる前に軽く説明はあったと思いますが、改めてご確認を。血流しの川の狩り場は現在、百人を超える冒険者の方が来られており、たいへん混雑しております。ですので、無用の混乱を避けるため、各パーティ様にはそれぞれ規定の場所での狩りを行っていただいております。ここまではよろしいでしょうか?」

トールとユーリルが頷いたのを確認したリシは話を続ける。

「具体的なお話となりますと、ここより上流の狩り場はDランクや昇格間近のEランクの方々が優先となっております。この先にある大きな河原は採取専用でして、そこから下流が新人の皆様の狩り場となります」

「勝手に狩り場を選ぶと罰則でもあるのか?」

「いえ、そのようなものはございませんが、その辺りは冒険者様同士の話し合いで解決いただいているようですね」

暗黙の了解の押し付け合いは、どこにでもあるものだ。

面倒事を増やしてくれるなと言外に込められた響きに、トールは少し眉根を寄せた。

「最後に不足された品、お忘れになった品、武器や防具の破損等でお困りになった際は、こちらで貸し付けを行っております。お気楽にご利用くださいませ。以上ですが、何かご質問などはございますか?」

現段階では何もしていないので、尋ねるような事柄がすぐに出てくるはずがない。

首を横に振るトールに、翠羽族の青年は満足げに微笑み返してみせた。

「ではこちらの来場名簿にサインをお願いします。代筆をご希望の方はおられますか?」

「いや、結構だ」

「お絵かきしていいのか? トーちゃん」

「こないだ教えてやったろ。ほら、ここに名前を書いてみろ」

「あれかー。まかせろ!」

四人が名前を書き終わったタイミングで、再び受付係は口を開いた。

「それと 黒鋼級(Cランク) のユーリル様の滞在は二日間までとさせていただいております。明後日正午の馬車に乗り遅れのないようご注意ください」

「はい、承りました。ご親切に教えていただいて、ありがとうございます」

にっこりと極上の笑みを浮かべる美女に、偽りの笑顔の持ち主はようやくたじろいだ表情を浮かべた。

丸太小屋を出たトールたちは、川へ向かって歩き出す。

多人数が通っているせいか、草が剥げて踏み固められた道が分かりやすくできている。

ほんの数十歩で、一行はさらに開けた河原へたどり着いた。

赤黒い手のひらサイズの石がゴロゴロと転がっており、革鎧姿の数人が袋を片手に石を拾い集めている。

トールたちが近づいても、誰一人顔をあげようともしない。

「トーちゃん、石ひろってるぞ。もしかしてつむのか? ムーのでばんか?」

「あれは砂鉄集めだな。ここの石には赤鉄ってのが含まれているらしいぞ」

「わたしたちの階級とおんなじだねー」

「あら、ずいぶんと変わった色の川ですね」

いつの間にかローブのフードをかぶっていたユーリルが、河原の向こうに見える赤黒い水の流れを眺めながら弾んだ声を上げる。

前にトールに話していたが、日を浴びすぎると肌がすぐに赤くなってしまうらしい。

「あの川は大穴の方から流れてきて、また帰っていくそうですよ。色の正体は赤鉄が溶け出したとか、なにかの体液とか言われてますが不明だそうです」

「そうなんですか。不思議なお話ですね。ふふ、怪物の血だとしたら、誰の仕業なんでしょうか」

「キレイキレイするのか? トーちゃん」

「えー、あんな水で体あらうと病気になっちゃいそうだよ」

「そうだな。あとそのまま飲むとかなり不味いらしいから気をつけろよ」

会話しながら一行は、流れに沿って下流へ歩き出した。

大きめの石が多い河原は短靴では足の裏が痛かったらしく、ムーはさっそく愛用のソリにまたがっている。

川幅は二十歩以上で、河原の幅は十五歩ほど。

その奥はすこし盛り上がった土手になっており、茶色い草で覆われている。

奇妙なことになぜかテントは、草の生えた地面ではなく河原の端に並んでいた。

昼の休憩時なのか、モンスターと戦う姿は見えない。

テントの前を通り過ぎるトールたちに、ひそひそと噂する声が飛び交った。

「おい、あれって泥漁りしてたおっさんか?」

「でも実はすげえ強いらしいぞ。ほら、こないだの大発生の」

「ホブゴブリンの一団をたった二人で倒したってやつか? ありゃただのガセだろ。あり得ねえって」

「どうかな。あと衛士の知り合いに聞いたが、チーフの死体まであったそうだぞ」

「なら余計に嘘くさいっての」

噂を信じられないのか、鋭い視線がトールに注がれる。

そして平然とした顔の一行が通り過ぎた後、皆一様に唖然とした顔で同じ疑問を口にした。

「……今のソリに乗ってた子ども、赤い冒険者札下げてなかったか?」