軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

借りを返す男

ダンジョンの規模は、"昏き大穴"との距離によって決まるといわれている。

近ければ深く大きく、遠ければ浅く小さく。

そして当然ながら小さく浅いダンジョンほど発生頻度が早く、また容量の関係から瘴気も満ちやすい。

なのでモンスターの大発生も引き起こしやすかったりする。

境界街から三時間以内の場所に発生する小鬼の洞窟は、約一ヶ月の放置でモンスターが溢れ出てしまう。

そのため攻略も一ヶ月以内で行うよう定められていた。

具体的にはFランクのパーティ三組までの挑戦が認められ、一パーティずつ十日間の期限付きで挑むこととなる。

そして全員が失敗すると、上位ランクに制覇依頼が出される仕組みだ。

ここで大事なのは、この小鬼の洞窟が境界街にとって厄介な災厄であると同時に、月一で湧く簡易鉱山としての役割があることだ。

ただし普通の鉱山とは違い、坑道を掘る大変な労力もいらず周辺への廃棄物による汚染もない。

さらに採り尽くしたあとも埋め立てる必要はなく、勝手に消えてしまう。

そのうえ、質はそれほどでもないが鉱石の品位はかなり高いため、境界街で使う分は十分にほど足りるときた。

したがってある程度の鉱石が採れるまでは、迷宮の主を倒してはいけないという奇妙な矛盾が起こったりもする。

冒険者局は冒険者を派遣してダンジョンから一時的に危険を取り除き、鉱石の採掘がしやすい環境を整える。

局から採掘権を買い取った鍛冶師組合は、鉱夫を雇って自分たちが使う素材を調達するというわけだ。

ちなみに木こりたちも、同様に伐採権を買い取った木工師組合からの派遣だったりする。

もっとも森とは違って消えたり現れたりする小鬼の洞窟の場合、採掘権は日割り単位で売買される。

つまりダンジョンの攻略に手間取り、鉱夫たちの作業があまり進まないとなると冒険者局がそれだけ儲かっていくという仕掛けである。

このため小鬼の洞窟へ挑戦するパーティは、経験や実力が不足してそうなところから優先的に前半組に回される。

そして後半組になると地図作りや採掘もある程度進み、難易度は大きく下がってくる。

つまり発見者優先と言いつつ、あっさりトールたちのパーティが挑めたのはそんな事情があったりもしたのだ。

攻略に失敗した場合、翌月に発生した小鬼の洞窟への挑戦権の優先度は下げられてしまう。

もう少し地力をつけてからという配慮らしいが、トールたちの昇格はあやうく一ヶ月以上も見送られるところであった。

こういった点でやはり、冒険者局は油断ならない相手であるといえる。

おそらく通常の三組の挑戦による十日制限なら、トールたちが制覇を失敗していた可能性は高い。

それが十五日になったのは、今月に限り二組の挑戦であったためだ。

「さあ、今日で最終日だけど、めどは立ってるのかしら? 地味な英雄さん」

「わざわざ見送りに来たのか?」

「ええ、当然じゃない。だって、好敵手ですもの」

「好敵手とお呼びできるほどこちらはまだ何もしておりませんが、その心がけはたいへんご立派です、お嬢様」

「なんかバカにしてない? してるでしょ?」

腰に手を当てて胸を張る赤毛の女性と、その背後に付き従う茶角族の青年。

いかなる手段を用いたのかは不明であるが、どうやら挑戦パーティが二組に絞られたのは、先日、冒険者局で出会ったこの騒がしい二人の交渉のおかげで間違いないようだ。

本来なら礼を言うべき相手であるが、逆に怒り出しそうな気がしてトールは無言で顎の下を掻いておいた。

「こんにちは、ベッティーナさん」

「元気してた? ソラ。あら、その胴着、なかなか似合ってるじゃない」

「えへへー、そうですか?」

「ええ、ずいぶんと良い品ね。今度、私にもそのお店、紹介してくださる? あと私のことはベッティでいいわよ」

「はい、いっしょに行きましょうか、ベッティさん」

前にも一度、敵情視察という名目で顔を出してきたので、ソラたちもすでに顔見知りである。

「ムーも元気そうね。あいかわらず小さいけど」

「てい!」

「痛っ。なんでこの子、いつも叩いてくるの?」

「ムーはライバルとなれあったりしない!」

「それは素晴らしい心意気ですね、ムー様。ご褒美に飴を差し上げましょう」

「ゴダンはいいやつだな! ムーのこぶんにしてやってもいいぞ」

「たいへん心惹かれるお話ですが、わたくしはお嬢様の下僕ですので」

青年から飴玉をもらって口の中でコロコロするムーと、楽しそうに赤毛の女性とお喋りするソラ。

これから迷宮の主へ挑む緊張が、すっかりほぐれているようだ。

内心で二人組に感謝しながら、トールは最後の探索のために洞窟へ足を向けた。

すでに必要な量は採掘できたと、鉱夫長からは報告は受けていた。

半月で達成できたので、かなりの節約になったと深く感謝されるほどだった。

「では、行ってくる」

「いってきまーす!」

「まーす!」

「気をつけてな!」

「おっちゃん、がんばれよー!」

「大丈夫だと信じてますけど、無理はしないでくださいね、トールさん」

「ま、ここで負けるなんて、これっぽっちもあり得ないと思うけど、せいぜい頑張りなさいよ」

「お優しいお言葉ですが、トール様が勝利されるとわたくしたちの負け確定でございますよ」

「ふん、なら新たに勝負を挑めばいいだけのことよ!」

様々な声に見送られながら、トールたちは暗闇の中を進む。

まずは通い慣れた一層を、サクサクと制圧。

急がず魔力と魔技の使用可能回数を回復させてから、二層へ下りる。

ここも一時間かけて巡り、ホブゴブリンたちを残らず倒しておく。

そしてまたもきっちり回復してから、南東の通路へ向かう。

ゆっくりと下っていった先は、すこし大きめの広場となっていた。

三層はこの部屋だけのようだ。

壁や天井についた苔が淡く発光しているせいで、魔石灯を点けずとも隅々までよく見通せる。

地面は平坦で目立つ穴や出っ張りはない。

広場の奥には、そそり立つ一体のモンスター――ホブゴブリンチーフだ。

前に見た時と同じく、鎧猪の毛皮をまとい骨棍棒を握りしめている。

その背後に見える黒い穴を見た瞬間、トールの体がわずかに震えた。

ぽっかりと円形に切り取られたように、地面が消滅している。

代わりに闇よりも黒い何かで、そこは満たされていた。

漂ってくるおぞましい気配に眉を寄せながら、トールはそれが瘴穴であると確信する。

同時に瘴気を生み出すその穴は、決して生ある者たちとは相容れない存在であるとも理解した。

「始めるか。ムー、頼む」

「らい!」

キョロキョロと辺りを見回していた子どもは、トールの呼びかけに<雷針>を発動させる。

そして間をおかず紫の小蛇、<電棘>も呼び出す。

この十五日間でムーのスキルポイントは千点を超えたので、同時に習得しておけるようになったのだ。

「ソラは張り切りすぎるなよ」

「えー、もう! やる気まんまんだったのに」

少しだけ頬をふくらませる少女の姿に、小さく笑みを浮かべたあとトールは剣を抜いてだらりとぶら下げた。

それ以上は何も言わず、スタスタと歩き出す。

待ち構えるホブゴブリンチーフの身長は、トールより頭二つほど大きい。

リーチの差も同様にあるだろう。

体格から見て、体重も明らかに違っている。

一撃の重さは倍以上と考えるべきだ。

分厚い筋肉の壁に堅い猪の毛皮。

耐久性は、鉄製の鎧を超えているかもしれない。

トールが唯一勝っていそうな点は、素早さと剣撃の鋭さくらいであろうか。

だがそれで十分であった。

近づいてくる侵入者に気づいたのか、モンスターはゆっくり身じろぎした。

眼球がギョロリと動き、トールの姿を捉える。

だが気にする素振りもなく、トールは足取りを緩めない。

平然とその間合いに踏み込む。

轟音とともに振り下ろされる棍棒。

当たれば血の詰まった風船のように弾け飛ぶだろう。

最大速。

一瞬で距離を詰めたトールは、半身のまま足を踏み込んで己の間合いに持ち込む。

両手で握った鉄剣を振り上げ、ホブゴブリンチーフの棍棒を握る手首を鋭く打ち抜く。

動きがわずかに止まったその時、トールの刃が空に閃いた。

手首を一撃した反動を活かし、そのまま顎を下から斬り上げる。

瞬時に手首を返し、剣尖の軌道を突きに変える。

首元に刃先が食い込む感触を確かめたトールは、即座に地面を蹴って身体を後退させる。

一拍遅れて、トールが立っていた場所を凄まじい勢いで棍棒が通り過ぎた。

以前と同じような立ち回りであったが、結果は違っていた。

ホブゴブリンチーフの顎と首、それに下がり際に切った脇腹から緑の血が静かに流れ出していた。

「……これで借りは返せたな」

三連撃を成功させたトールは、ボソリと呟いた。

その言葉の意味は分からぬようだが、挑発されたと受け取ったようだ。

モンスターが歯を剥き出して顔を振ると、体表を滴り落ちていた血流はピタリと止まった。

肉が盛り上がり、傷を塞いでしまっている。

前と一緒の条件であったなら、外壁の穴を利用してその頭部に石塁をぶつけることもできただろう。

だがここに、利用できそうな物はなにもない。

なんとかして致命傷を与えない限り、どう考えてもトールに勝ち目はなかった。

「トーちゃん、がんばれー」

ムーのいきなりの声援に、トールはチラリと視線を背後に向ける。

幼い子どもは両手を振り回して、懸命にトールを応援していた。

その横では杖を頑なに握りしめたソラが、真剣な眼差しで見つめてくる。

この半月の過酷な狩りに文句一ついわずについてきてくれた仲間の気持ちを、トールは背中で受け止める。

そこへ空気を読まないホブゴブリンチーフが、いきなり棍棒を叩きつけた。

青い縞模様のマントがひるがえり、殺意のこもった一撃に巻き付く。

普通に考えればあっさり破れ千切れると思われたマントは、なんなく棍棒の攻撃に耐えてみせた。

さらに触れた部分から紫の電流が走り抜け、モンスターの腕にまとわりつく。

不意の痛みにホブゴブリンチーフは、喉奥から奇妙な叫びを発した。

青縞大蛇の革マントは腐食耐性はあるが、打撃にそこまで強くはない。

破損しなかった理由は、トールが寸前である状態に<復元>したせいである。

ホブゴブリンシャーマンの放つ<腐弾>を受けると、防具は腐り落ちて防御性能がいちじるしく落ちる。

そこをソラが<反転>することで、逆に頑丈な状態へ二分間だけ保つことができる。

それをトールは繰り返したのだ。

何度も何度も。

ホブゴブリンシャーマンが<腐弾>を放つたびに、性能が上がった状態に<復元>したマントで受けとめソラに<反転>してもらう。

次はまたその効果が重なった状態を<復元>していく。

一度だけなら上昇率はそれなりだが、それを数十回である。

今のトールのマントは、二分間だけなら龍の革さえしのぐ強靭さを誇っていた。

そして同じようなことを、トールはもう一つの装備にも施していた。

間合いに踏み込む。

ホブゴブリンチーフが棍棒を振り下ろす。

トールの剣がそれを受ける。

ここまでは同じである。

次の瞬間、バターを切り裂くかのように、あっさりモンスターの手が斬り飛ばされ宙を飛んだ。

同時にその顎が真下から脳天まで一気に斬り裂かれ、続いて首根に横一線に刃が走る。

太い首がゴロリと地面に落ち、一呼吸遅れて緑の血が激しく噴き出した。

それを素早く後退して避けながら、トールは切れ味を鍛えまくった鉄剣を鞘に収める。

カチリと小気味のいい音が、広場に響いた。