軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別れの仕草

「そうですか……。あいつらは戻ってないですか」

いきなり若返ってしまったユーリルの姿に動揺したトールであったが、本人が気づいていないようなのでサラッととぼけることにした。

こっそり戻そうにも、先ほどの戦闘で使用可能回数分を綺麗に使い切ってしまっている。

おまけに魔力も心もとない。

とりあえず話題を変えるためにソラたちの様子を尋ねたところ、下宿先には姿を見せていないという返答であった。

よくない予感に駆られたトールは、ユーリルにこの場をまかせて外門へ急ぐことにした。

門の周りには勝利の余韻に浸る衛士や冒険者たちが、声高に己が戦いぶりを語っている。

その騒がしい人の群れから少し離れた場所。

石壁に背を預けぐったりと座り込むソラの姿を、トールの目が探し当てた。

さらに少女にもたれかかり、頭をさわってもらいながら奇妙に喉を鳴らすムーの姿も。

二人の無事な様子に安堵して歩を緩めたトールに、子どもが真っ先に気づく。

「あ、トーちゃん!」

「あー、トールちゃんだー」

元気に走り寄ってきたムーを片手で抱き上げたトールは、近づいてソラの顔を覗き込む。

少女の表情にはたっぷり涙を流した痕と大仕事を終えたような疲労感、それに清々しい気持ちが入り交じっていた。

トールが手を伸ばして頬に触れると、力なくうなだれる。

普段の様子からの落差を見るに、魔力切れだけの問題ではないことは確かである。

しばらくトールの手の感触に身を委ねていたソラであるが、気が楽になったのかぼそぼそと心情を話し出した。

「……あのね、トールちゃん。わたし、やっとわかったよ。今までほんとーにごめんなさい」

「きついなら無理に喋らなくてもいいぞ」

「ううん、聞いてほしいの。ほかの人が自分のために命を投げ出してくれるって、すっごい心臓にくるんだね。うん、たいへん思いしらされました。ごめんね、トールちゃん。心のそこから、反省したよ……」

「そうか。それを分かってくれてなによりだ。ところで、そろそろなにがあったか教えてくれると助かるんだが」

「む、トーちゃんは、ムーがイノシーやっつけた話、ききたいのか?!」

「えー、だからそれ、わたしだよぅ……」

二人から大まかな事情を聞かされたトールは、何も言わず頷いてみせた。

そのまま二人を両の腕で、ギュッと強く抱きしめる。

「ト、トールちゃん、どうしたの?」

上ずった声を上げるソラと、嬉しそうにトールの肩に顔を埋めるムー。

二人の耳に口を寄せたトールは、穏やかな声でささやく。

「よく頑張ったな、ソラ、ムー。お前たちが無事で本当に良かった。それと、すまない。カッコつけて大人が守ればいいとか思っときながら、このザマだ」

「ううん、トールちゃんはなにも悪くないよ! 悪いのは勝手なことしたわたしだよ」

「ムーは、ちゃんとトーちゃんの言いつけまもったぞ!」

「いやいや、あれ、守っちゃダメというか、ダメな守り方だよ! 今度やったらホント怒るからね」

「……ソラ、おこらないって言ったのに」

ほっぺたを引っ張られてむくれるムーの言葉に、ソラは困った表情を浮かべる。

すっかり打ち解けた二人の姿に、トールは可笑しそうに目を細めた。

「仲良くなれたのか。よかったな、ソラ」

トールの言葉に、二人はまるでタイミングを見計らったように同時に顔を綻ばせてみせた。

和んでいた三人に、後ろから声がかけられる。

「おっさん、来るの遅いぞ。祭り終わっちまったぜ」

「こんにちは、トールさん」

「こんちゃっす!」

「……どうも」

「こ、こんにちは」

現れたのはカルルスと、若手冒険者四人組だった。

「ああ、ちょっと会場を間違えてな。こいつらが世話になったようだな。それにその子たちも守ってくれたって聞いたぞ。ありがとう、助かったよ」

「おう、調子狂うな。そんな大したことしてねえよ」

ソラの話では四人を引き連れて戻ってきたカルルスが、門の外に座り込んでいたムーも急いで保護してくれたらしい。

その後、到着した衛士隊が門を開け放つまで、ずっと付き添ってくれたと。

勝手に門を閉ざした門衛のリカンが連行されたあとは、攻撃隊に加わって大暴れしてきたようだ。

「借りが一つできたな」

「らしくねえな、おっさん。おっさんは自分の道を好き勝手に進めばいいんだよ。貸し借りとか細かいこと気にするなって」

それこそらしくない言葉に違和感を覚えたトールだが、その意味が明らかになったのは二日後のことだった。

ダダンの境界街が小鬼の森からの"大発生"の撃退に成功した翌日、サッコウ副局長らの遠征部隊が帰還する。

彼らの報告によると、かねてからの調査通り、ボッサリアの荒れ果てた外街に巨大なダンジョンが形成されつつあったらしい。

そこを上位ランカー陣が突入して事なきを得たと。

ただ問題は、その時間が"大発生"の起こった前日であったことだ。

つまり今回の突発的な発生は、ボッサリアの地にそそぎ込まれていた瘴気がダンジョンの消滅に伴い逆流現象を起こしたのが原因ではないかという推察である。

そのせいで近場にあった小鬼の洞窟が、急激に活性化したというわけだ。

さらに数日前からゴブリンの数が異常に増えていたのも、新たなダンジョンが形成されていた予兆ではないかとも。

今回の件がどこまで仕組まれていたのかは、いまだ調査中という話だ。

精鋭たちの帰還で騒ぎはまたたく間に収束し、その後、様々な変化をもたらした。

中でも特に大きかったのは、衛士隊への糾弾である。

発見の報告から、迎撃へ移る手際の悪さ。

さらに陽動に引っかかり、街内部への侵入を許してしまう体たらく。

特に二つ目はさいわいトールたちの活躍で事なきを得たが 大きな失態であったことは変わりない。

一つ間違えれば、まさにボッサリアの二の舞であった。

この件はあまりおおやけにされず、通りすがりの二人組の冒険者の協力があったとだけ発表された。

もっとも二人だけでホブゴブリンどもを数十匹、屠っただけでなくそのチーフまでも倒してみせたのだ。

余程の腕前の持ち主であることは間違いないのだが、上位ランカーが不在であったため特定は困難を極めた。

さらにほうきを持った謎の美女も関わっていたとの嘘くさい噂まで出てきて、様々な憶測が飛び交う有り様である。

この由々しき事態を、サッコウが見逃すはずもない。

もともと衛士隊は冒険者局所属ではあるが職員とは別扱いされる存在であり、冒険者局長が衛士長を兼任するためダダン直属の軍隊に近い位置づけである。

醜態を晒した衛士隊は再編が決まり、隊員資格などの見直しも図られることとなった。

これによって局長側は、かなり力が削がれる結果となる。

もっともダダンもただでは転ばない。

人員削減によって浮いた人件費を、外壁の修理費にあっさりもぎ取ってしまったのだ。

今後しばらくの間は、街の内外がかなりうるさくなりそうである。

そして今回の騒動で、トールに深く関係があったのは門衛たちの処遇であった。

独断で勝手に門を閉めたリカンはともかく、緊急時に持ち場を離れたカルルスにも処罰が下されることになったのだ。

法廷神殿の席で明らかになったのだが、リカンの行為は治安課へトールを告げ口した件を隊の仲間にバラされたのを恨んでのことだった。

「耐えきれなかったんだよ……、いつ噂になるかって。もう、爪弾きにされるのだけは……」

「いや、バラしてねえぞ。元から喋る気もなかったしな」

驚愕の表情を浮かべるリカンへ、カルルスはなんでもないように続ける。

「誰かの悪口を言って回るとか、名誉を尊ぶ雷神様に仕える俺がするはずないだろ」

証人として来ていた上司の衛士や審理師が首を横にふる姿に、年嵩の門衛はそれが事実であると知る。

打ちのめされたリカンは、その場でがっくりと首をうなだれた。

リカンの裁定は冒険者の記録抹消と、この街からの追放となった。

なぜかそこに一ヶ月の謹慎処分となっていたカルルスも、衛士隊を辞めて同行すると言いだした。

翌日、街を出ていくカルルスたちを、トールは一人で見送りに行く。

「あんなどうしようもない奴でも長らくの相棒なんだ。簡単には見捨てられねえよ。まあ、反省してるようだし二人ならなんとかなるだろ」

左手を失ったさい仲間に簡単に切られた過去を持つ青年は、トールにわざとらしく強がってみせた。

「そうそう、ソラちゃんにお店案内する約束、果たせなくてごめんって伝えといてくれるか、おっさん」

「ああ、代わりに連れていくから安心しろ」

「クソ、そうなるのが嫌だったんだよ。あとチビスケに、俺はカッコいいお兄さんだってちゃんと訂正しといてくれよ」

「それは難しいな。ウソはなるべく教えない教育方針でな」

正直な返しに、カルルスは小さく笑ってみせた。

去り際になぜかトールは左手のこぶしを突き出す。

別れの挨拶だと理解したカルルスが、ニヤリとしながら懐から手を出して失った左手の先をくっつけた。

「餞別だ、受けとってくれ」

いきなりのトールの言葉に戸惑うカルルスは、手の先の違和感にさらに混乱する。

慌てて下に向けた目は、最大限に見開かれた。

そこにあったのは、失ったはずの左手だった。

あり得ない、あるはずのない状態に、青年はしばし息を止めた。

それは何十回、いや何百回と夢に見た光景でもあった。

左手の先を失ったあの日から、青年の輝かしい未来はいきなりそこで途絶えてしまっていた。

どんなモンスター相手でも、後れを取らないという強い自負心。

かけがいのない戦友だと思っていた仲間。

背中を完全に任せられる愛しい恋人。

それら全てが、消えてしまったのだ。

夜中に何度も、なくなったはずの手の痛みに襲われ跳ね起きる。

知り合いの冒険者たちに、同情の眼差しを返されながら見送ったことなぞ数え切れない。

吹っ切れるまでの後悔に苛まれた一年間は、カルルスの人生で一番長い一年でもあった。

そしてそこから立ち直れたのは、ほぼ毎日、黙々と孤独な冒険を続ける男の姿のおかげだった。

不意にカルルスは、駆け出しのころ案内役を務めてくれたトールが曲がった剣を元通りにしながら、これくらいしかできないスキルだと苦く笑っていた場面を思い出す。

「なんだよ……おっさん、ぜんぜん役立たずなんかじゃねえよ……すげえスキルに育ったじゃねえか」

力が抜け膝をついたカルルスに、トールは黙って頷くと踵を返した。

その背中を涙混じりの声が追いすがる。

「おい、おっさん! クソ、なんて言ったら……。その、……引退しないでくれてありがとな」

「気にするな。……お前の励ましで、俺もずいぶんと救われたからな」

背中越しに返事をしながら、トールは いつも通り(・・・・・) 左手を上げて別れの挨拶をした。