軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決着

いきなりの挨拶に驚いたものの、トールは素早く辺りを見て納得する。

穴が開けられた場所は、トールの下宿先のすぐ近くという偶然であった。

いや、こういう時に狙われやすい荒れた壁に近い場所だからこそ、家賃が安いという理由に含まれていたのかもしれない。

思わぬ助けで危機を脱したトールであったが、すぐにユーリルの顔色の異常さに気づく。

普段から抜けるような白い肌であったが、今は完全に血の気が失せてしまっている。

長く伸びた耳先まで白っぽくなっている様は、どうみても魔力切れだ。

駆け寄ったトールは、ほうきに身を預けていたユーリルを急いで抱き止めた。

確かに下枝スキルとはいえ、十を超す相手に分散化しつつこの深度である。

消費した魔力も桁違いであったのだろう。

急いでユーリルの経歴を最大魔力で検索して、全身を<復元>する。

そのまま女性を背中にかばったトールは、剣を構えてモンスターたちへ向き直った。

「大丈夫ですか?」

「あら? これはトールさんのおかげかしら。はい、腰の痛みまでスッキリですよ」

「少しお手伝いをお願いしても?」

「はい、私でよければ背中をお任せくださいな」

頼もしい返事を聞いたトールは、いっきに距離を詰め、いまだ眠りを貪るホブゴブリンたちの首を続けざまに切り落とした。

かがんでうなだれるモンスターたちは、ちょうど斬首を待つ姿勢そのものであった。

半数以上を切り捨てた時点で残りが一時に目を覚まし、仲間の死骸に気づいて低く身構える。

しかし氷使いもまた、その目覚めを待ち構えていた。

「 霧(き) り、 塞(ふさ) げ――<凍晶>」

祈句を聞いたトールが飛び退ったタイミングで、モンスターたちの周囲にキラキラと光を反射する氷の結晶が宙を舞う。

一瞬だけ戸惑った顔をしたホブゴブリンたちだが、唸り声を漏らしながら戦闘を続ける。

迫りくる六匹を視野に納めながら、ギリギリまで引き寄せた一体の手首を斬り弾き、返す刃で膝頭を切りつけた。

思わずかがんだ先頭に後続がつまずいた隙に、回り込んで脇腹を撫で切る。

後退りしながら三体目が振り回す剣を下から弾くついでに、刃で顎を狙って揺らす。

ひたすら末端を狙いながら、トールは囲まれないことに集中して動き回り続けた。

通常であれば敗色が濃くなる展開なのだが、なぜかモンスターどもの動きは逆に鈍り息が荒くなっていく。

肺の中に吸い込まれた微小の氷が、回復が間に合わないほどに多量の出血を引き起こし始めていた。

やがてホブゴブリンたちの足は、ほぼ止まってしまう。

こうなると、あとはトールの独擅場だ。

動きが鈍った一匹の眼球へ剣を突き立てたトールは、余裕を持って二匹目の口の中に刃をねじ込む。

三匹目、四匹目の首を落とし、五匹目のみぞおちを貫いて蹴り飛ばしたあと、六匹目の脳天へ真っ直ぐに剣を振り下ろした。

侵入した十六匹をあっさり屠ったトールたちは、先ほどから激しく壁を殴り続けている連中へ向き直る。

「まだ厄介なのが残ってます。手を貸してもらえますか?」

「ええ、お役に立てるのでしたら喜んで」

普段よりも軽い声色に少し疑問を感じながら、トールは鉄剣の切れ味と全身を<復元>し、うるさく音を立てる壁に近づいた。

これで<復元>の使用可能回数は残り四回である。

閉じていた壁の穴をまた開けたので、今、三回となった。

大穴が復活した瞬間、壁の向こうにいたホブゴブリンの群れがトールの目に飛び込んできた。

さらにその後方、少し離れた木立に身を置く大柄なモンスターの姿も視界の隅に捉える。

生ある者を全て憎悪する眼差しを放つ両眼に、耳元まで裂けた太い牙だらけの口。

獣の毛皮が巻きついた躯幹は、並のホブゴブリンどもよりも三割ほど大きい。

さらに丸太のごとく太い腕には、猪の骨を削った長大な棍棒が握られていた。

トールも実物を見るのは初めてだが、並ならぬ威圧感からして彼らの長、ホブゴブリンチーフで間違いないだろう。

いきなり開いた穴に、ホブゴブリンどもは目を丸くして互いに顔を見合わせる。

その隙を場数を踏んできた魔技使いが見逃すはずもない。

「疾く、睡れ――<冷睡>」

先ほどの魔力切れの度合いから見て、これでユーリルの支援も終わりだろう。

凄まじい魔技の効果に驚きながら、トールは次々と頭を垂れるモンスターの群れにするりと入りこんだ。

一切の無駄のない足運びで、首を落としながら歩み続ける。

全てのホブゴブリンを始末したトールは、最後の一匹へ静かに向き直った。

その周囲の地面には、トールたちが屠ったモンスターの死骸が累々と転がっている。

五十匹の配下を皆殺しにされたホブゴブリンチーフは、荒々しく鼻息を吐きながら傍にあった木を骨棍棒で殴りつけた。

メキメキと音を立ててへし折れる幹の有り様を見せつけたモンスターは、重々しくトールへ近づいてきた。

背丈はトールより頭二つ分ほど高いだけだが、その体つきは大きく違う。

やや前屈の姿勢となるその肉体は、みっしりと肉の鎧に包まれていた。

さらにその上からは頑丈な猪の毛皮をまとっているため、鉄剣でも刃を通すのは非常に難しい。

またうかつに斬り込めば、刃が食い込んで抜けなくなる可能性さえある。

トールが狙える箇所は、頭部か腕や足の先だけであろう。

数歩の距離まで寄ってきたモンスターは、鎧猪の大腿骨を大きく振りかぶった。

腕の長さの差を考えると、武器の間合いは二歩ほど変わってくる。

空気を引き裂く轟音とともに、棍棒はトールの頭部に真っ直ぐ振り下ろされた。

受ければ、支えきれず剣ごと潰される。

そらせば、間違いなく刃が歪むだろう。

唯一の正解は避けることだけだ。

躱すと同時に踏み込めば、下がってきた顔面に刃が届く。

だがその動きこそが、モンスターの狙いであった。

地面を叩くかと思われた棍棒は、子どもの胴回りほどはあろう太い上腕筋によってその軌道をいきなり変えられる。

下方から迫り上がった太い骨は、広範囲に前方の空間を薙ぎ払った。

だがトールはすでに、間合いの外まで下がっていた。

大きく空振った棍棒の感触に、ホブゴブリンチーフは忌々しそうに息を漏らす。

その顔がわずかに歪む。

空いた手で自らの顎に触れたモンスターは、そこから血が流れ出している事実に気づく。

モンスターの眼球から殺意がさらに溢れ出した。

今の一瞬、実はトールは前に出ていた。

瞬き一つの間に最高速を引き出し、振り下ろされた棍棒を避けると同時にモンスターの顔面へ刃を当てる。

そして棍棒が横に軌道を変えた瞬間、地面を蹴って後退したのだ。

またも同じようにホブゴブリンチーフは大腿骨を振りかぶる。

先ほどと同じ攻防が繰り返された。

さらにもう一度。

顔に切り傷を増やしながら、モンスターは愚直に当たらない武器を振り回す。

それを鮮やかに躱しながら、トールは幾度となく刃を閃かせた。

一見、トールだけが攻撃を当てているので有利なように思えるが、実際はその逆であった。

ホブゴブリンチーフは顔からおびただしく血を流してはいるが、傷の大半はすでに塞がりかけている。

対してトールの方は、短時間とはいえ何度も全力で動いているせいで、呼吸が段々と長くなりつつある。

しかも後退しにくいよう、いつの間にか壁際に追いやられていた。

体力は限界が近い。

顎骨を何度も叩いたせいで刃こぼれが激しい鉄の剣は、緑の血にまみれ切れ味は酷く落ちている。

ユーリルの魔力が回復するには、まだしばらくはかかるだろう。

本来であればこの小鬼の洞窟の主であるモンスターは、赤鉄級へ昇格するための関門であり、それなりに鍛えたFランクの五人でギリギリ退治できる相手である。

最下級の冒険者が一人で戦うには、無理があったと言えよう。

状況を冷静に判断したトールはボソリと呟いた。

「三連斬りは、まだちょっと無理だったか。あと少しな感じなんだがな」

いきなりの発言を命乞いの言葉とでも思ったのか、ホブゴブリンチーフは不気味な声を漏らす。

もっとも言葉がわかる誰かが聞いていたとしても、意味が分からず首をひねっていただろう。

このような危険な状況の中、トールがひたすら鉄剣に慣れるために実戦練習を行っていたなど分かるはずもない。

サッと身を翻したトールは、壁の大穴に逃げ込んだ。

さんざん傷を負わされ興奮していたモンスターも、すかさず後を追う。

先に街中へ出たトールは、追いついたホブゴブリンチーフが棍棒を振り落とす直前、壁に触れる。

一手速く、大穴は<復元>された。

トールの狙いは、危険なモンスターを壁の外に追い出すことではなかった。

確実にここで仕留めるためである。

次の瞬間、ホブゴブリンチーフの頭上から大きな積石たちが降り注いだ。

確かに穴は<復元>したが、それがどの段階であるかを選ぶのはトールの自由である。

トールが戻してみせたのは、壁の大穴が開通した直後の瞬間だった。

無防備な状態で頭部に相当な重さのある石がぶち当たったモンスターは、声も上げず地面に倒れ伏した。

すかさずトールは、また同じ瞬間へ<復元>する。

再び落ちてきた積石が、倒れていたホブゴブリンチーフの体にぶち当たり鈍い音が穴の中に響き渡る。

三回目の時点でうめき声も上がらなくなったので、石に埋もれたモンスターに近づき、身動きできない眼球の奥へ深々と剣を突き刺す。

何も動くものがなくなったのを確認したトールは、ゆっくりと大きく息を吐きだした。

その背に穏やかなねぎらいの声がかけられる。

「お疲れ様でしたね、トールさん」

「はい、手伝ってくださって本当に――」

振り向いたトールは、目に映った人物の姿にしばし言葉を失った。

そこに立っていたのは、人間離れした美貌を持つ女性であった。

腰まで届くストレートの白髪だが、前髪は綺麗に切りそろえられている。

その下から覗くきりりとした冷たい顔立ちと、相反するようなメリハリの利いた体つき。

まったく見覚えがない女性だ。

だが目の前の人物の服装と口調は、どうみても大家のユーリルと同一である。

トールの食い入るような眼差しに気づいた銀髪の美女は、柔らかい笑みを浮かべてみせた。

「ふふ、どうかされましたか? トールさん」

返す言葉を失ったトールの頭上で、戦いの終わりを告げる角笛の音が高らかに流れていった。