軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ちょっとした企て

「おお、バルッコニアのおっちゃん生き返ったですよ!」

「よ、よかったー。あー、もうホントよかった……」

むっくりと起き上がった炎使いの姿に、互いの手を握りしめていたソラとクガセは仲良く跳び上がる。

その後ろに立つユーリルも、安堵の息を吐きながら肩を撫で下ろした。

少し離れた場所で見守っていた双子も、強張っていた表情を示し合わせたように緩める。

そして元気よく駆け寄ったムーは、バルッコニアの顔を見て楽しそうに笑い出した。

「ひげのおっちゃん、あたまの毛ないぞ。はげはげだなー!」

そのまま気安くペチペチと、蘇ったばかりのバルッコニアの頭を叩き出す。

どうやら傷を癒やすことはできても、毛髪の再生までは無理だったようだ。

残酷な子どもの指摘にバルッコニアは慌てて手を伸ばし、馴染んだ髪の感触がないことにあんぐりと口を開ける。

さらに鼻の下にも触れたあと、がっくりと肩を落とした。

「うう、なんてことでしょうか。いや、まずは無事だったことを喜ぶべきですね。ええ、髪やひげなんぞまた伸ばせば済みますから。……ちゃんと生えますよね? ど、どなたかそうだと仰ってください!」

「髪の心配とかしてる場合ですか! もう少しで死んじゃうところだったんですよ、バルッコニアさん」

「ソラっちの言う通りですよ。いきなり無茶するから、こっちはもう大慌てですよ」

「それはそれはご心配おかけして申し訳ない。お、無事に倒せたようですな。これは体を張った甲斐があったというものです」

倒れ伏す迷宮の主を眺めながら軽く謝罪を済ませるバルッコニアに、ソラは呆れたように肩をすくめた。

それから真面目な顔になって、強く言い切る。

「自分がどうなってもいい。それでもなんとかしたいって気持ちはよーく分かります。私もやりましたから。でも、残された人にとって、それはとても辛い出来事なんです。だから約束してください、もうこんなことはしないって」

「ふむ、本当にお気を煩わせてしまったようですな。それについては心からお詫びします。ただやるなと言われても、こればかりは無理だとしか言えませんぞ。あの場面で損耗も少なく、加えて戦闘から離脱しても支障がなかったのは私のみでしたからな。同じ状況であれば、私は何度でも同じ選択をいたしますよ」

きっぱりと言い切るバルッコニアの目には、迷いの色は一切浮かんでいない。

それは勝利のためというより、勝利を掴む仲間のためならば己の身を平然と捧げてみせる男の眼差しであった。

信念という言葉が心に浮かんだソラであったが、それを否定するように首を静かに横に振る。

「分かりました。だったら私は何度でも怒りますし、そんな状況にならないようがんばりますね」

「ふふ、ソラ様のお気持ち誠にありがとうございます。少しばかり肝に銘じておきます。それはそうと私を救ってくださったのは――」

バルッコニアの言葉に、周囲の視線が奇跡の魔技を施してみせた男性にいっせいに集まった。

いきなりの注目に顔色を少しも変えないモルダモへ、ラムメルラが戸惑いを隠せぬまま尋ねる。

「驚きました。<献魂一滴>の枝をお持ちだったのですね。でも、どうして今まで……」

ラムメルラの疑問も無理はない。

同じ神殿に属する魔技使いの場合、魔技の効果が重複すると無駄になるため、包み隠さずスキルを教え合うのが基本である。

ましてや瀕死の状態さえ癒やしてみせる魔技ともなれば、作戦を根底から変えてしまうほどの重要なスキルだ。

所持を隠す理由など、どこにもない。

さらに言うと<献魂一滴>は使用可能時間は三日に一回の制限はあるが、傷だけなく状態のあらゆる異常を取り除く効果もあり、ほとんどの癒やしの枝を網羅するラムメルラさえ授かることができなかったほどの秘枝である。

当然、所有者は最優先で守られるため、明らかにしないのはかえって不自然であった。

もっともな問いかけに、水使いの男性ははぐらかすように答える。

「ええ、困りましたね。貴方に知られてしまったのは、非常に残念です。これでリコリが死ぬしかなくなりました。そろそろ頃合いですか?」

「そうだな。始めるか」

モルダモの背中から降り立った奏士は、愛用の横笛をおもむろに唇に当てた。

その視界には、ようやく近づいてきたトールとラッゼルの二人が映っている。

「どうしたの、姉さん?」

次の瞬間、リコリの笛から緩やかな旋律が流れ出した。

それは魔技歌でもなく、どちらかと言えば手すさびに近い曲だ。

だが奇妙なことに、皆の動きは一時に止まっていた。

確かに聞き惚れるほどの音であったが、それでも少しばかりおかしい状況である。

何度も姉の笛の音を聴いてきたラムメルラは、即座に何があったのか理解した。

演奏を続けるリコリへ、驚きの目を向けながら呟きを漏らす。

「なぜ" 魅魎(みりょう) の調べ"を……?」

それは水奏樹の主が授かる特性であり、奏でる曲をモンスターや味方に強引に聞かせるために使われるものだ。

発動すれば一曲聴き終わるまで、身動きがかなり制限されてしまう。

見回して全員の足が止まったのを確認したモルダモは、その懐からいきなりナイフを取り出した。

そして楽しそうに横笛を吹き鳴らすリコリの喉元に、ピタリと波打つ刃をあてがう。

突然の成り行きに息を呑むラムメルラたちへ、男は淡々と会話を続けた。

「厚かましいとは重々承知しておりますが、あの大瘴穴を封じる権利を私どもに譲っていただけませんか?」

その言葉に、しばしの沈黙が生じる。

ゆったりとした曲調に変わった音だけが、その場違いな感じを拭えぬまま全員を包み込むように流れていく。

最初に口火を切ったのは、双子の姉キキリリであった。

「…………呆れた。なにそれ」

隣のネネミミも、同調するように頷いてみせる。

わざとらしく肩をすくめたキキリリは、いつもの口調で話を続けた。

「わざわざナイフで脅してまで、何を要求するかと思えば穴の封印の話とか。もう、驚いて損したわ」

姉の言葉に、妹はまたも黙ったまま大きく何度も頷いてみせる。

「興味もないし、好きにしたらとしか言いようがないわよ、まったく。ただし賞金はがっぽりふんだくるから覚悟しなさい」

「ボクも同じですよ! 何かと思えば誰が封じるかって話ですか。ま、お金いっぱいくれるなら、誰でもいいですよ」

やれやれといった顔で、クガセも双子の言葉に同調する。

ラッゼルとバルッコニアも視線を素早く交わしたあと、眉根を少しばかり寄せて同情の意を示す。

聖遺物がない現状では、話し合いに参加する余地がないことを十分に分かっているのだろう。

それと、わざわざこんな無理やりな手段に出なければならないほどに、神殿や本国から重責を背負わされた冒険者の気持ちも。

一応の当事者であるユーリルは、ソラとトールへ伺うような視線を送る。

そして二人に首を横に振られて、ほんの少しだけ耳先を揺らした。

ムーはすーべすべーと曲に合わせて口ずさみながら、ひたすらバルッコニアの頭を撫でていた。

感触がかなり気に入ったようである。

最後にトールが、皆の注目を浴びながら口を開いた。

「いや、封じてくれると言うなら非常に助かるんだが。お願いしてもいいのか?」

「………………………………え」

その日初めて、驚愕の表情を浮かべたモルダモであった。

リコリの笛の音も大きく乱れるが、辛うじて持ち直す。

「いえ、その、いいのですか?」

「ああ、誰も異存はないようだしな。だからその物騒なナイフは、さっさとしまってほしいんだが」

「いえ、これは脅しではなく、ラムメルラ様の"悲嘆の苦水"を完成させるために必要なのです……」

高位の水使いたるラムメルラの体内には、他者の心の苦しみや痛みを糧とする聖遺物が収められている。

だが宿主の感情がまだ足りておらず、大瘴穴を塞ぐほどには育ちきっていない。

そこでリコリとモルダモは、ラムメルラの目の前で姉が刺し殺される悲劇を演じることで聖遺物の力を確実にしようと目論んだのである。

実は<献魂一滴>の魔技は、そのための隠し玉であった。

大事な姉の致命傷を治せないラムメルラの感情を吸い込み"悲嘆の苦水"が完成したところで、急いでリコリを生き返らせるという算段だ。

「ふむむ。もしかしてラムちゃんが絶望すればよかったりするんですか?」

「え、ええ。まあ、そうなりますね」

「だったらもっと簡単な方法があるですよ。ソラっち、ちょっと指を持ち上げてもらえますか。あ、そっちじゃなくて逆の方」

クガセに言われた通り、少女は左手の薬指を見せつけるように掲げる。

そこに輝いていたのは、美しい黒色の宝石が輝く指輪であった。

「その指輪、どうしたんですか?」

「えへへ、これ? これはねー、トールちゃんに――」

「やめて、その先は言わないで! ……お、お願いだから」

ラムメルラの悲痛な叫びは、地の底でむなしくこだました。