軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇底で荒れ狂う雷嵐

動き出した姉に、ネネミミは心と感覚を預けた。

すでにその体は<雷針>の青い針と、<迅雷速>の青い輝きに覆われている。

軽く足踏み。

次の瞬間、双子の姿が掻き消えた。

地面を蹴りつける音を置き去りにして、いつの間にか二人は巨龍の間合いへ踏み込んでいた。

すかさずゾルダマーグの首が動き、先頭のキキリリへ禍々しい視線が飛ぶ。

―― 縛(いまし) める眼光。

次の瞬間、龍の視界から戦士の姿が消失する。

ありえない速度で、真横へ飛んだのだ。

同時に反対側へ、ネネミミの体は動いていた。

両の手に斧を握った二人は、合わせ鏡のようにそれぞれ龍の側面へ回り込む。

風を切った黒翼が、迎え撃つように地面へ叩きつけられた。

だがキキリリのほうがわずかに速い。

疾風と化した戦士の体は、ギリギリで翼の内側へ入り込む。

加速された両腕が渾身の力をともなって、龍の腹側へと振り回された。

金剛鉄の刃が、甲高い音を発して黒い鱗を打ち砕く。

そして左の腹部でも、ネネミミが姉と寸分変わらぬ動きを見せていた。

またも鏡に映したかのように、空を裂いた二丁の斧が巨龍の反対側の腹部を打ち抜く。

斧を戻した双子は、その反動を利用して床の上を滑るように動いて距離を取る。

一瞬遅れて、ネネミミが居た場所を丸太を何本も束ねたような太い尻尾が通り過ぎた。

膨大な重量が生み出す猛風に煽られながらも、雷使いの顔には焦り一つ浮かばない。

足を止めぬまま、二人はゾルダマーグの眼前で鮮やかにすれ違う。

無機質な眼球が小刻みに動くが、キキリリたちが巧みに入れ替わるので視線を定めることができないようだ。

再び巨体へ接近した双子は、今度は斧の一撃を龍の足首に加えてから距離を取る。

そこで闘気が溜まったのか、キキリリは無造作に斧を振るった――<紫充>。

とたんに数条の紫色の雷が、その刃に茨のごとく絡みつく。

不思議なことに、同様の現象がネネミミの斧にも生じた。

輝く斧を構えた双子たちは、今度は並んで真正面から龍へ挑む。

噛みつこうと急速に下りてきた龍の顎を、互いを突き飛ばして一瞬だけ離れることで躱す。

速度を落とさぬまま、紫眼族の姉妹はモンスターの腹の下を駆け抜けた。

耳を穿つ硬音が連続で鳴り響き、まばゆい紫光が撒き散らされる。

その辺りでようやく巨龍は、双子たちを面倒な相手だと認めたようだ。

胸部が一回り膨らんだかと思うと、長い頸部を空気が吹き抜ける音が轟く。

ほぼ間を置かずにゾルダマーグの顎が上下に開き、こぶし大の氷粒を大量に含んだ吹雪が吐き出される。

一瞬で凍える風は床を覆い尽くした。

巻き込まれた場合、またたく間に体内の熱が奪われ、身じろぎできぬまま死を待つしかない代物だ。

しかし双子たちは、その予兆をあっさりと見破っていた。

吐息が吹き出される寸前、それぞれが折れた柱に近寄ると斧を叩きつけて床を蹴り飛ばす。

均整の取れた肉体が、しなやかに宙へとひるがえった。

次の瞬間、二人の姿は柱の上にあった。

安全地帯へ無事に逃げ込んだ双子だが、そこはなかなかに目立つうえに龍の視線から逃れる先もない場所でもある。

氷の息吹を吐き終えたゾルダマーグの眼が、妹のネネミミの姿をすかさず捉える。

間髪入れずに飛来したのは二本の矢だ。

柔らかな水晶体の部分を撃ち抜かれた龍は、わずかに顔を左右へ揺する。

屍の理が働き、傷ついた眼球は即座に再生を始めた。

だが、時間を稼ぐには十分であったようだ。

氷嵐が収まった床へ飛び降りた双子は、再び斧を持ち上げて竜の鱗を剥ぎ取りにかかった。

同時に見事な牽制の矢を放ち終えたチルは、次の潜伏場所へ音もなく移動する。

入口付近で弓を放ち終えたチタは、素早く<風隠>を施して己の身を消した。

<回生泉>を放って双子の体力を回復し終えたモルダモも、範囲内に居たため同様に姿が隠れる。

弓士が互いに離れておくのは、縛眼でまとめて行動不能になるのを防ぐ用心だ。

白い息を吐きながら、ネネミミたちは軽やかに龍を翻弄し休むことなく斧を振るっていく。

その動きはさながら、雷を纏った蝶のようであった。

もっとも見た目は華麗だが、その領域への道筋は簡単ではない。

まず<雷針>で最大限に高めた感覚と<雷眼看破>を惜しみなく使い、床や壁、屍の龍の動きに味方の位置まで、あらゆる情報を拾い上げる。

双子が鏡写しに動くのは、自分では取得できない背後の様子まで見落とすことなく得るためだ。

ただしそれほどの情報の取得は、人の脳の処理能力を上回ってしまう。

そこで双子は二人の感覚を同調させることで重なった部分の情報を削ぎ落とし、同時に二人分の思考で処理する方法へとたどり着く。

そうやって得た情報を基に、最適な動作を瞬時に割り出していくのだ。

むろん分かったところで、人の体はそうやすやすと精密に動かない。

それを可能にしたのは、天性の才を持つ双子の肉体であった。

さらにそこへ<迅雷速>による筋力の底上げと、雷獣の革靴による滑走が加わる。

そして<感覚共有>を極限まで使い込んだ結果、二人は武技や魔技の効果までも余さず分かち合える高みへと至ることとなった。

戦士であるキキリリと雷使いのネネミミ。

双子の特性が完全に合わさったことで、そこに二人の戦士と二人の雷使いが生まれる。

それがこの姉妹の戦い方であり、誰にも真似できない金剛級に相応しい実力であった。

どんな相手でも完全に行動の起こりを読み切り、虚を突いて容易く間合いを詰める。

誰にも真似できない技術だ。

と、ネネミミはそう自負してきた。

もっともそれも、やたらと顎を掻くあの男と出会うまでの話であった。

信じられぬことに、トールはネネミミの目を掻い潜り、あっさりと姉の手からあの忌まわしい首輪を奪い返してみせたのだ。

そしてなんの痕跡もなく、元の位置まで戻る芸当までやってのけた。

思い出して呼吸が乱れそうになったネネミミは、前を走る姉の背を見つめた。

つながっているキキリリの心から勝利への強い感情が流れ込み、たちまち不安な思いは片隅へと追いやられる。

口調が荒く人当たりも悪い妹だが、その内心は臆病でかなりの人見知りでもある。

黒が混じる髪の毛の色からも分かるように、双子の父親は央国人だ。

そのせいで村での扱いは、ろくでもないものだった。

二人が見いだされたのは、大神殿で洗礼を受けた十二歳の時である。

技能樹の枝スキルは生まれてすぐに確認できる。

なので稀有なスキル持ちや複数の枝持ちは、たいがいすぐに神殿に招集されてしまう。

が、根源特性の場合、確認できるのは<審眼魂査>という特殊な枝果特性を持つ神官だけだ。

そのため地方の子どもたちは一定の年齢に達すると、巡礼と称して神宮の都ディンにある大法廷神殿へ詣でるよう義務付けられていた。

ネネミミの<感覚共有>は効能が小さく、獣の巫女とやらになるには難しいという話だった。

だが、幼い頃より姉と感覚を重ねてきた経験は、冒険者としての才能として開花する。

ハクリの辺境に生じたダンジョンに放り込まれた双子は、そこで生き延びて優秀な戦果を挙げてみせた。

やがて十六歳となった二人は、ダダンの境界街へと送られ神殿長のザザムが養祖父となる。

そこからは軽んじられることもなくなった。

やっかみを含んだ侮蔑的な眼差しは多少残ったが、双子が実力を見せつけるにつれそれも消えた。

だからこそネネミミは神殿やザザムを信頼し、楽観的な姉に力を絶えず示すべきだと提言してきた。

そうすれば、自分たちは隅に座る必要もなく、二度と置いていかれることもなくなると。

しかしその思い込みは、法廷神殿の地下の光景を見せられるまでの話だった。

無邪気な幼子の笑顔が、不意にネネミミの脳裏に浮かぶ。

だが、それも流れ込んでくる姉の強い闘志によって、またたく間に押し流されていく。

頭を振って視線を向けると、キキリリは楽しげに斧を上に放り投げ、くるくると宙で回してみせた。

それから左右の手で持ち替えるように受け止めると、片目をつむってくる。

どこまでも自分の前を歩こうとしてくれるその姿に、ネネミミは斧を強く握り直した。

一時間以上にも及ぶ死闘が続き、雷の斧を絶えず打ち込まれたゾルダマーグの腹部の鱗はほとんどが限界を迎え白へ変わる。

ここまでは堅実で、順調な戦いぶりであった。

が、人の集中力はそんな長くはそうそう持たない。

モルダモの回復が一瞬だけ遅れたのを、破壊の本能に満たされた屍の龍の目は見落とさなかった。

ぐるりと動いた眼球が、荒く息を吐いていた双子の体を容赦なく捉える。

瞬間、キキリリたちの足は縫い留められたように、その場に留まる。

機動力を封じられてしまえば、二人の優位は一気に失われるはず――だった。

だが絶体絶命であるはずの双子たちは、余裕の表情で素早く視線を交わす。

「そろそろ、いいわね、ネネ」

返答を待つ間もなく、戦士の体から膨大な闘気が放出された。

同時に両手から、ふわりと青い雷を纏った二丁の斧が浮かび上がる。

それらは支えもなく空中に留まったまま、その場で急速に横回転を始めた。

離れたネネミミの手のひらの上でも、同様の現象が発生する。

凄まじい勢いで独楽のごとく回り続ける斧たち。

その姿がいきなり掻き消える。

まるで何かに弾かれたように、宙へ飛び出したのだ。

――< 斧輪雷同(ふわらいどう) >。

片手斧の上枝スキルであり、帯電させた得物を対象へ高速で撃ち出す技だ。

この武技の特筆すべき部分は、モンスターへ近づかなくても放てるというのが一点。

そしてもう一つ。

目にも留まらぬ速さで回転し続ける四丁の斧は、屍の龍の残った鱗を思う存分斬り裂く。

岩を殴ったような音が高らかに響き渡り、ゾルダマーグは大きく身を捩った。

しかし背の部分の鱗をかなり削り取れたとはいえ、所詮は表面の傷であり致命傷には程遠い。

さらに前衛の二人の手には、戦闘を続けるための武器はもうない。

絶望的な状況を前に、キキリリはにんまりと口角の両端を持ち上げた。

そのまま左右の腕を前に伸ばす。

「さぁ、戻ってらっしゃい」

紫の電流が双子たちの両手を包み込んだ瞬間、まだ飛翔を続けていた斧たちがいっせいに向きを変えた。

大きく弧を描いたか思うと、主のもとへと速度を落とさず戻ってくる。

そして手のひらに当たる寸前、ピタリと宙に静止してみせた。

もちろん回転は続いている。

「良い子ね。じゃあ、もう一度!」

とたんに斧たちの姿が、またも掻き消え中空を疾駆する。

これが第二の重要な部分、放った斧を手元に自在に引き寄せることができるという点である。

キキリリの闘気が続く限り、この蹂躙は継続することが可能であった。

「では、俺も続くとするか」

いつの間にか崩れた柱の陰で、剛弓を引くチルの姿があった。

引き絞られ真円を描く弓から、一条の風となって矢が放たれる。

それは渦巻く風を引き連れ、数十本に分裂したかのようにモンスターの巨躯へ降り注ぐ。

――< 百軌矢行(ひゃっきやこう) >。

雨のごとく注ぎ込まれる矢と暴れまわる四丁の斧。

屍の龍の体はたちまち、黒から白へと変わっていく。

そして最後の一枚が変色したその時、ゾルダマーグはもたげていた首を力なく地に横たえた。

翼は折れたように床に伏せられ、尻尾がわずかに揺れたかと思うとぐったりと伸び切る。

今や龍の体で唯一、動いているのは歪な顔面に並ぶ七つの眼球のみであった。

何かを求めるようにそれぞれが勝手な方向へと動く眼を眺めながら、闘気が尽きたキキリリが疲れ切った口調で呟く。

「ふぅ……、さあ、ここからが本番よ。気合を入れ直しなさい、ネネ」

勝利の宣言とは程遠い戦士の言葉を前に、屍の龍の七つの眼球にそれぞれ瞳孔が生じる。

腐屍の龍ゾルダマーグの狂乱相の始まりである。