軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇底で渦巻く雷嵐

英傑なんて呼ばれ方はまっぴらごめん。

それがキキリリの率直な思いだ。

本当は金剛級に上がるのも、気が進まなかったのだ。

ちょっと目障りな泥まみれの巨人をぶっ倒したら、でっかいのと口うるさいのがあっさりと昇級を譲ってきたせいである。

まあ、それは仕方ない。

能力がある者は、それに相応しい扱いを受けるのは当然の話だ。

あと辛気臭い泥だらけの狩場に、うんざりしていたのも大きい。

だからといって、こんな暗くて寒い場所に無理やり行かされて、面倒なモンスターの相手ばかりというのも納得していないが。

そもそもの話、キキリリには安全な壁の中でふんぞり返ってる連中のために命を賭ける義理などない。

武器を手にしたこともないくせに、あいつらは戦うことを持て囃す。

だが実際に汗や血や小便を垂れ流して、死にものぐるいで駆けずり回るのはキキリリたちだ。

だから、そんな人間どもが声高に唱える瘴地の奪回などにも、まったくもって興味はない。

迷宮の主に挑みたい命知らずの物好きたちは、勝手にやってくれという考えである。

そこそこ自由になる金と、立場に相応しい敬意。

あとは日がなのんびりして、たまにストレス発散でモンスターを叩き殺す。

というのが、キキリリの理想である。

けれども、そんな生活をおくるためには実績が必要だ。

少なくとも、ある程度の成果を示しておかねばならない。

あとモンスターが増えすぎて境界街が立ち行かなくなると、それはそれで困るというのもある。

やれやれと思いながら、紫の両眼を光らせた戦士は立ち塞がる巨体を睨みつけた。

真っ黒な鱗に覆われた長い首に岩山のような胴体。

開いた大顎は、キキリリを軽く一呑みできそうである。

片方だけになった翼を持ち上げて、屍の龍は不躾な侵入者たちへ咆哮を放った。

だが、その声帯ははるか昔に朽ち果てており、空気が通り抜ける耳障りな音が響いただけであったが。

ゾルダマーグと名付けられた龍の体には、その命が尽きるまで様々な処理が施されていた。

逃げられないように右翼は付け根から切り落とされ、左の後脚も膝から下はない。

さらにもう片方の脚は、太い鎖環で奥の壁とがっしりと繋がれている。

しかしながら、もっとも無残な様相を示すのはその頭部だ。

何度も肉を削り取られたため、顔の右半分は白い骨が剥き出しとなっている。

牙もほとんど抜かれたせいで顎は大きく歪み、まともに噛み合わせることもできない。

そして、その上部。

いかなる実験の結果か、眼が本来あるべきところになかった。

代わりに長く突き出された上顎に沿うように、顔面の左側に七つの眼球が歪に並んでいる。

もっとも一番下の一つを除きすべて白い硬膜に覆われたままで、今はギョロギョロと動くだけの無用の長物でしかないが。

まともに機能していない頭部。

前脚の翼と後脚はそれぞれ片方を失い、さらに鎖につながれてろくに動くこともままならない。

と聞くと、簡単な相手だと思えるだろう。

もっとも早計な判断が通じるほど、固定ダンジョンの迷宮主は甘くはない。

屍の龍に残された攻撃の手段で厄介なのは、一つだけ残ったまともな眼球と牙を失った口だ。

縛眼と呼ばれるその目は奇妙な力を帯びており、一秒以上見つめられるとその場から動けなくなってしまう。

そして噛み付く力は失せてしまったが、有名な龍の吐息はまだ健在である。

もっともゾルダマーグが放つのは炎の乱流ではなく、浴びれば全身を凍りつかせる氷の息吹だ。

睨みつけて動きを止め、広範囲に吐き出される極低温の冷気で体力を容赦なく削り取る。

それを避けようと回り込めば、振り回された翼や尻尾が迎え撃つ。

こちらもちっぽけな人間の部位程度なら、掠っただけでやすやすと砕くほどの威力を有していた。

さらに守りの面でも抜かりはない。

龍の朽ちかけた体を隙間なく覆う真っ黒な鱗は、大きいもので両手持ちの盾ほどにもなる。

その硬さは生半可な武具は通じず、さらに面倒な特質までも備えていた。

熱や氷、雷などの精霊の御業をすべて吸収し、無効にしてしまうのだ。

ただしその量には限界があり、ある程度の攻撃を浴びさせると白く変色し異能を失う。

前回の討伐は開幕でありったけの魔技を間断なく浴びせてその状態へ持ち込み、そこから解放した武技で一気に追い込んでの勝利だった。

しかし今回の後衛の二人には、ニネッサほどの強力な魔技はない。

それに攻撃を一身に引き受けてくれる便利なストラッチアも不在だ。

そもそも双子が"白金の焔"を抜けたのは、この二人がいなくなったせいである。

代わりに来たのは向上心剥き出しの剣士に、絶えず気もそぞろな炎使い。

明らかな戦力の低下は、この迷宮では死に直結する。

それと盾役をこなしていたストラッチアが消えると、必然的に二人が前に出る羽目となる。

危険が高まるうえに待遇に変化なしとくれば、そんなところへ居続けるのは馬鹿か無能の所業だ。

あっさりと引退まで考えていたキキリリたちだが、そこへ思わぬ声がかかる。

「十五層の迷宮主の討伐まで協力しないか? その後は然るべき有能なパーティへ入れるように手配しよう」

いきなりの申し出であったが、双子たちは受けることにした。

腐屍の龍を二回討伐し、さらに固定ダンジョンを第三階層まで踏破した実績があれば、神殿の高位神官になるには十分の条件だ。

もちろん言い出した人間の真意はきちんと聞き出しており、ネネの<雷眼看破>で嘘がないと確認済みである。

身じろぎを始めた龍から、一瞬だけ視線を切ったキキリリは周囲の風景を脳裏に収めた。

十五階は一つの部屋しかないが、天井は高く広々としており、動き回るのには十分な空きがある。

床には崩れた柱の残骸がいくつも残っており、身を隠す場所は選び放題だ。

石造りの壁にも経年の劣化で多数の凹凸があり、足場には不自由しない。

その壁の上部にあるくぼんだ窓のような部分に目が留まり、キキリリは少しだけ顔をしかめた。

あれはどうやら見物席の名残らしい。

入ってきた階段はすでに鉄格子が下りてしまっており逃亡は許されない。

が、その横にある台座に二人分の心臓を置けば、出入り口は開く仕組みとなっていた。

大昔、ここで行われていた残酷な見世物の名残である。

最悪の場合、俺たちの分を使えとチルに言われているが、キキリリにその予定はない。

仲間を手に掛けるためらいからではなく、負けることを想定していないからだ。

身が竦むような凍気に満たされた階を睥睨した戦士は、両手に愛用の斧をそれぞれ握りながら高らかに宣言した。

「さあ、始めるわよ」

その短い一言には、これまでの内心の独白とは裏腹に、凄まじいまでの闘志が込められていた。