軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隣街への出張

昼下がりの街道は、なかなかに賑わっていた。

風を切って駆け抜ける早馬や、のんびりと自分の速度を保つ荷馬車。

珍しい四頭立ての真っ白な馬車も見える。

徒歩の人間も多い。

大きな袋を背負った農夫や、擦り切れたマントに身を包んだ旅人。

革鎧姿は衛士か同業者だろうか。

皆、慣れた足取りで、自由気ままに道を行き来している。

聞こえてくるのは蹄が軽やかに地面を蹴る音と、時折響く小鳥のさえずりだけだ。

尻の下から伝わってくる単調な振動を心地よく感じながら、ソラはすっかりくつろいだ様子でのびのびと両手を空へ伸ばした。

並んで座るムーも呆けたように口を開け、帽子からはみ出した金の巻き毛を気ままに風に遊ばせている。

流れていく景色を目で追いかけながら、少女はしみじみと呟いた。

「空が青いってだけで、こんなにも気持ちがいいんだねー」

「お、ソラ嬢ちゃんも、すっかりいっぱしの冒険者だな」

「えっ、今のそれっぽかったですか?」

「瘴地ばっかり行ってると、普通の天気ってだけで嬉しくなるからな」

手綱を握りながら頷いてみせるガルウドの言葉に、ソラは嬉しそうに笑うと無意味に隣のムーの頬を突いた。

突かれた子どもは頬に力を込めて、少女の指を弾き返してみせる。

「む。今日のムーちゃんは、一味違うね」

「ん」

「ほら、ガルウドさんもどうぞ」

「なんだ? ほっぺた突けばいいのか。お、これは硬いな」

両側から頬を突かれ、得意げに鼻を持ち上げる子どもには出発前の沈んだ様子はない。

ムーが小さく鼻歌を歌いだすと、ソラとガルウドも合わせて歌い始めた。

楽しげな歌声を響かせる馬車が向かうのは、街道の北にあるボッサリアの境界街だ。

沼から戻ってきたばかりで疲れ切っていた馬たちは、Bランクの特権を使って替えてもらったおかげで足並みに乱れはない。

すでに視界の右手に黒々と広がっていた小鬼の森は、影も形も見えなくなっていた。

ダダンからボッサリアまで馬車でおよそ一日の距離だが、このペースだと日没の閉門にはなんとか間に合いそうである。

「それでサッコウ様のご依頼は、どのようなものでしたか?」

馬車の中。

うず高く積まれたクッションに腰掛けながら、ユーリルが穏やかに尋ねてくる。

向かい側に座り、狭い窓から景色を眺めていたトールは、軽く息を吐いて視線を向けた。

「どうやら発生したダンジョンが、瘴気の影響で予想外に大きかったらしく、それの探索の手伝いですね。あと、奥地のモンスターが増えすぎて群生相化しているので、その討伐依頼の二種類です」

今回、シエッカを通じてなされた依頼の主は、ダダン冒険者局の元副局長であり現ボッサリア街長のサッコウであった。

隣街の長についてはトールやストラッチアにも打診があったのだが、二人とも断ってしまったため、引退した英傑にお鉢が回ったという次第である。

そもそもの話、ボッサリアの奪還自体はサッコウの主導で行われた作戦だ。

その背景には、街の名前となった英傑ボッサリアが紅尾族だったため、本国の圧力がかなりあったのではと言われている。

今回は、その責任を取るための就任だという見方も強い。

境界街の長となると、相当の名誉と権力を有することができるため、羨望される地位ではある。

だがボッサリアに関しては、ハッキリと分かる貧乏くじであった。

現状、トールの協力により、ボッサリアの境界街はそれなりの形を取り戻してはいるが、肝心の住人たちはあまり増えていない有り様だ。

ただし、それは無理もない。

大瘴穴から漏れ出していた瘴気の影響で、近辺のモンスターも凶悪化しており、いつまた大発生が起こるかわからない状況なのだ。

ダダンの境界街からも、冒険者や元衛士たちがかなり移住したのだが、その大半は人員整理で衛士隊をクビになった者ばかりで質が落ちると言わざるを得ない。

ボッサリアの人手不足が解消されるのは、まだまだ時間がかかるようである。

「そこでトールさんにお声がかかったというわけですね」

「金剛級や真銀級の連中は、おいそれと呼びつけにくいのでしょうね」

自分の等級をうっかり忘れているトールの言葉に、ユーリルは思わず口元を綻ばせた。

「しかし、本当に機を見るのが上手いな、あの人は」

冒険者が、その稼業を引退するのには様々な理由がある。

が、もっとも多く挙がる原因はただ一つ。

――恐怖だ。

危険を冒してこその冒険者だが、どうしても人である以上、その心には限界がある。

日々の危険に慣れ、徐々に麻痺してくるようになるが、そうそう安全な狩りばかりではない。

あやうく死にかけた拍子に、ふと我に返ってしまうというわけだ。

そしてあの魔女は、その感情を強く想起させる存在であった。

おそらく冒険者歴が浅く、精神的にまだ未熟なソラかムーあたりに影響が出ると踏んでいたのだろう。

だからこそトールたちが魔女を目撃し、資料室へ調べに来るタイミングを見計らっての依頼であったと。

このサッコウの依頼には、トールたちにも大いに利点があった。

妖かしの沼は瘴霧のせいで足止めが多く、また他所の野営地を借りるため自由に行動することもままならない。

さらに恐ろしい魔女という存在が、絶えず意識の片隅に居座るという最悪ぶりだ。

しかしボッサリア近辺は危険ではあるが、逆に獲物が豊富であるとも言える。

失った自信を取り戻すには、もってこいの場所だ。

さらに沼では手の内を隠していたが、いろいろと試すには絶好の機会でもある。

そこまで見抜いていたかは定かではないが、このサッコウの依頼が渡りに船であったことは間違いなかった。

「トールちゃん、見て見て! 畑があるよ!」

いきなり小窓が開き、ソラの声が飛び込んでくる。

視線を外へ向けると、左手側にはいつの間にか青々とした畑が広がっていた。

申し訳程度の柵が立てられ、その前を歩く冒険者らしき姿もチラホラと見える。

「あれは豆畑だな。ボッサリアといえば豆の産地で有名だからな」

「へー。あの人たちは何してるのかな?」

「街道の右側は瘴地だから、たまにモンスターが迷い込んでくるらしい。その警護だろう」

「ほー、あ、緑色の冒険者札を下げてるよ」

「ダダンだと緑樫級だったが、こっちは緑豆級になるんだと」

「ほー、詳しいんですね、ガルウドさん」

「ま、分からないことがあったら、どんどん訊いてくれよ」

得意げに説明してのけたのは、実は御者台のガルウドであった。

いつもの役割を奪われたトールは、肩をすくめてさっそく問い掛ける。

「畑が見えたってことは、そろそろか?」

「あと二時間ってとこだな。ギリギリで間に合いそうだぞ」

「そうか、急かしてすまないな」

ガルウドの言葉通り、日暮れの鐘が鳴る寸前に、馬車は外壁に囲まれた街へと到着した。

数週間前までは蟻によって酷い状態にされていた壁だが、今は一応、それらしい外見を取り繕えている。

馬車を門衛に預けたトールたちは、魔石灯がうっすらと輝き始めた大広場をゆっくりと通り抜ける。

まだ討伐査定の窓口は受け付けているみたいだが、冒険者局はすでに営業を終えているようだ。

挨拶は翌日に回し、内門の手前の角を曲がってしばらく進む。

この辺りもトールが念を入れて<復元>したせいか、モンスターに長らく占拠されていた形跡はどこにも見当たらない。

やがて一行は、外壁の近くの日当たりのいい一等地へたどり着く。

そこにあったのは、頑丈な塀に囲まれた二階建ての立派な邸宅であった。

この家が、トールたちがボッサリアを解放した報酬である。