作品タイトル不明
欲を食らう灯火
渦巻く紅蓮の火は、一瞬でストラッチアの全身を嘗めるように包み込む。
たちまち腐屍龍の鎧が黒から白に変わり、あっさりと限界を超えたのか紙切れのように燃え上がる。
その下の肉体も、すでに半分以上が炎の中に消えようとしている。
無残に変わりゆくストラッチアの姿に、ニネッサが声にならない悲鳴を上げた。
少女たちも目を大きく見開き、言葉を失っている。
ムーだけはユーリルに目隠しされて、一人パタパタともがいていた。
赤い炎に焼き尽くされていく赤毛の男は、そんな唖然とする周囲の様子に満足げに唇を形作る。
それがトールの怒りに火を点けた。
「どいつもこいつも、勝手なことを!」
砂に埋もれて死のうとした髭面の旧友を思い出しながら、駆け寄ったトールは手を伸ばす。
だがそこで、<遡行>の使用可能回数が尽きていることを思い出す。
おそらく、これを分かっていての行動だろう。
トールに視線を合わせたストラッチアは、燃え尽きながら少しだけ顎を持ち上げてみせた。
「だったら、戻せば――」
<復元>のために燃え盛る炎に触れたトールは、驚きで顔を強張らせた。
視界に映るストラッチアの過去の身体が、ことごとく燃えているのだ。
炎にその身を投じたのは、ほんの数秒前のはずだ。
だが履歴に浮かぶのは、どこまで行っても炎に巻かれる男の姿しかない。
過去までも完全に燃やし尽くそうとする聖遺物の神威に、トールは思わず手を止める。
その様子に、眼の前の男は燃えながら静かに頷いた。
何もかも諦めたようなその眼差しに、トールは尊大な赤髪の少年に出会った日のことを思い出しかけ――。
悠長な回想をすっ飛ばし、自らの技能樹を<復元>する。
狙いはスキルポイントの移し替えだ。
水瓶の中身を注ぎ込まれた育ちかけの枝が、一気に限界まで達し新たな実が生まれる。
「まったく、手間を掛けさせるな」
ボソリと呟いたトールは、炎に埋もれていく弟弟子を睨みつけた――<遡行>。
次の瞬間、ストラッチアは、燃え盛る壁の前で両手を広げた格好にいきなり戻される。
最前まで火だるまであった体は、今はどこも燃えていない。
安堵の息を吐きながら、トールはその腹に怒りを込めたこぶしを打ち込んだ。
くの字に折れ曲がるストラッチアの首筋を掴み、火から遠ざけるよう後ろに投げ捨てる。
地面を派手に転がった男へ、片足を引きずったニネッサが飛びかかった。
その胸に手を回し、抱きついたまま何度も大声で尋ねる。
「王子、王子! ……王子、生きてますね?」
揺さぶられながらストラッチアは頭を軽く振って、元に戻った自らの体と赤々と燃える炎を交互に見つめる。
そして現状を把握したのか、嫌そうに息を吐いて呟いた。
「……我には死に場所を選ぶ自由もないのか」
「うるせぇ!」
辛気臭いたわ言を抜かした赤髪の頭に、トールは拳骨を振り下ろす。
ついでに隣のニネッサの頭もぶん殴っておく。
「な、なんで私まで?」
「隠し事をするからだ!」
腕を組んで見下ろしながら、トールは抱き合う二人をじろりと睨めつけた。
「なんで、お前らは相談とかしないんだよ。まず事情を話せ。いきなり行動するな。子どもじゃないんだぞ!」
「トーちゃん、これすごいな、いっぱいもえてるぞ! あ、あつっ!」
気がつくとユーリルの束縛を抜け出したムーが、興味津々な様子で轟々と燃える炎を間近で見上げていた。
近づきすぎたのか、その顔は真っ赤に火照ってしまっている。
トールがひと睨みすると、手も触れずに子どもの姿が掻き消えユーリルの腕の中に唐突に現れた。
「えっ!」
「人の話を聞け。なんで事前に、言わないんだ?」
「そ、それは、神殿の教義に関わることで……」
「知るか。そんなもんより眼の前で焼身自殺されるほうが、よっぽど 大事(おおごと) だろ。それに子どもも居るんだぞ。もっと気を使え!」
「す、すまぬ……」
「あと、俺の友人はただでさえ残りすくねえんだ。勝手に減らすんじゃねえよ!」
トールの指摘にグッと押し黙った二人だが、張り詰めていた気持ちが抜けたのか事情を明らかにしてくれた。
不可思議な技を使いこなす様に観念したとも言えるが。
聖遺物である"欲喰の灯明"は、大瘴穴から漏れ出す瘴気を燃やし尽くし、動きを抑える神威を持つ。
だが神の遺物とはいえ、火が燃え続けるには燃料が必要となってくる。
その名の通り、"欲喰の灯明"に必要なのは欲望だ。
解放神殿ではそれらを集めるために賭事や色事の場を提供し、溢れかえる欲を吸い取って聖遺物に蓄えていたらしい。
だが、ここではそのような施設はない。
街が復旧し神殿が再建されるまで、かなりの年月を要するのは明らかだ。
「それで?」
「うむ。炎を永らえさせるには、贄を要するという話だ」
「で、それに立候補したと」
正座状態のストラッチアは、表情を消し去った顔で頷く。
その顔を呆れた顔で眺めながら、トールは数ヶ月前にチョイ屋の席で交わした言葉を思い出す。
ボッサリアに一回目の強行偵察へ赴く話だったが、廃墟にひとたびの灯明を輝かせるとストラッチアは言い放っていた。
それはつまり、あの時から覚悟を決めていたということでもある。
「誰か他の人間では……」
「生粋の冒険者でなければ贄は務まりません」
「理由はあるのか?」
「無論、生きるという欲望が最も強き身だからな」
さらに炎神ラファリットの聖遺物だけあって、その民である紅尾族だけしか受け付けないそうだ。
直に触れたトールや、すぐ側まで近寄ったムーが火傷をしてない点からも嘘ではないようだ。
強い冒険者の魂を喰らった"欲喰の灯明"は、一年ほどは捧げ物がなくとも燃え続けられるらしい。
「それがないと?」
「一ヶ月が限度ですね……」
打つ手のない状況に、トールは顎の下を静かに掻いた。
「しかし、白金の焔はお前が居なくなると大変だろ。地下監獄はどうするつもりだったんだ?」
「だからこそ、兄弟子を誘ったのだ。我のあとに座る身に相応しいかを」
「いやいや、勝手に押し付けるな。それにランクが足らんから、すぐには行けねえぞ」
「その間はキキとネネの二人が――」
「ええ、ボクは嫌ですよ!」
「私もあまり……。あの二人は苦手です」
神妙な顔で聞いていたクガセとラムメルラが、抗議の声を上げ出した。
同じくソラも驚いた声で尋ねる。
「え、トールちゃん、違うパーティに行くの?」
「その気はないから安心しろ。反対意見が多いようだがどうする?」
「だから私が贄になれば――」
「それはもっと反対ですよ! ニネ姐さん」
「こんな時に悪い冗談は止めて、ニネッサ姉さま」
「だそうだ」
「ですが……」
確かにこのままでは、一ヶ月しか大瘴穴を抑えることができない。
今回使われた"欲喰の灯明"は、今の状態に育つまで十年以上の年月がかかっているらしい。
なら諦めて、再び封じる機会を待つかと言うと、それも良い手ではない。
まだ一年足らずの発生だったからこそ、迷宮主を倒すことができたのだ。
次はさらに手強くなっていることは間違いない。
今回の好機は、絶対に逃すべきではないというのが、ストラッチアたちの考えであった。
全員の顔を見回したトールは、再び考え込んだ。
ここで見捨てるのは寝覚めが悪いし、厄介な問題が発生することも目に見えている。
それに少しばかり金剛級の人間に付き合って、毒されてしまった面もある。
「力を持つ者の義務か。……なら、やるべきことは一つだな」
地上の様子を思い出しながら、トールは大きく息を吐いてみせた。