作品タイトル不明
迷宮主、狂乱相戦
光り輝く闇。
矛盾するその一言を、狂乱相と化した主たちは見事に体現していた。
幻灯の明かりに浮かび上がるその体躯は、漆黒でありながら目を吸い寄せるような光を放つ。
鋭角に削ぎ落とされた黒曜に輝く外殻。
針のような鋭さと鋼以上の強靭さを併せ持つ触角や脚。
本体よりも長く伸びる刃のように薄い黒翅。
黒金剛石にその身を包んだ巨大な蟻どもは、不気味な振動音をいっせいに発した。
次々と宙に浮かび、その身を削り取った男へと飛びかかる。
対するストラッチアは、棒立ちのまま動こうとしない。
いや、動けないのだ。
ユーリルの放った<月禍氷刃>に巻き込まれ、その体は白炎を弱々しく放ちながらも半ば凍りついて静止したままであった。
無防備な剣士に容赦なく迫るモンスターたち。
今まさに噛み砕こうと開かれた大顎が、寸前で見えない壁に阻まれたように留まる。
続け様に飛び込んできた七匹は、次々と空中に静止していく。
螺旋を描くように宙に配置された蟻たちは狂ったように翅で空気を叩き身を捩るが、<固定>された顎はびくともしない。
連続で魔技を放ち、あり得ない光景を作り出してみせた少女は、安堵したように深く息を吐いた。
以前のソラであれば、これほど完璧な対応はできなかったかも知れない。
満足げに頷いた少女は、頭から青い針を生やす隣の子どもへ視線を移した。
<感覚鋭敏>の特性を得たムーともっとも感覚を同調していたのは、実はずっとそばで寄り添い見守ってきたソラであった。
少女が手を伸ばすと、小さな手が応えるようにギュッと握ってくる。
伝わってくる温もりに、ソラは嬉しそうに口元を綻ばせた。
蟻が動きを止めた間隙を縫って、トールは再びストラッチアのもとへと向かう。
伸ばした手が鎧に触れたとたん、白い炎が逆巻くように強く燃え上がった。
さらにトールはもう一箇所を<復元>し、肩を強く叩いて飛び退る。
甦った赤毛の剣士は空を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。
膝が折りたたまれ、放つ寸前の矢の如く、その身に力が蓄えられる。
発端は上枝武技があると、それ以外の呪詛、特性がつかないという仕組みであった。
トールに技能樹をいじってもらい、一度、まっさらな状態に戻してもらったストラッチアだが、そこで新たな可能性に気づく。
魔技とは違い武技の場合、長年手に馴染ませた武具に相応しい枝スキルしか発生しない。
だが稀に、その法則を飛び越える天才が存在する。
熟達していない武具向けの枝スキルを、強引に使いこなしてみせる才の持ち主が。
水瓶の中でたゆたう水が、ストラッチアの炎武樹の根に注がれた。
急速に伸びた枝がまたたく間に限界まで育ち、新たな枝瘤を生み出す。
二本目の枝も止まることなく最後まで伸び切り、連なるように三つ目の枝が生まれる。
剣尖で眼帯を斬り飛ばしたストラッチアは、両眼をかっと見開いて高々と叫んだ。
「永劫に燃え盛る火よ 眼前の全てを焦滅せしめよ――< 劫火剣嵐(ごうかけんらん) >!」
言葉と同時に、双剣を握るストラッチアは地を蹴った。
その身がひるがえり、錐揉みに回転しながら宙を穿つように上昇する。
同時にその二枚の刃から、灼熱の白炎が噴き出した。
動けない蟻どもの頭部を横薙ぎにしながら、赤毛の剣士の身体は空高く舞い上がる。
本来であれば、この上枝武技は両手剣や大太刀に適したスキルであり、剣身が短い片手剣では威力が落ちてしまう。
それを補ったのが、絶妙の配置で迷宮主たちを止めてみせたソラの手腕であった。
蟻どもを存分に切り刻みながら、ストラッチアは頂点へ到達する。
そして最後の力を込めて、双剣を一気呵成に振り下ろす。
顔面を両断された蟻は、大きく身震いしたあと動かなくなった。
しかしそれは、華麗に着地したストラッチアも同様であった。
二本の剣を地に突き刺し、またも凍りついたようにその身を止める。
闘気を使い果たした体に、二つの上枝武技を併用した反動が襲いかかったのだ。
通常であれば上枝武技を一つを使えば、その反動のせいで、違う技を放つのは不可能である。
しかし最初の技が終わる前であれば、いくらでも放つことができる。
これもまた天賦の才を持つ男しかできぬ発想であった。
体が硬直し激しい目眩に襲われるストラッチアの首筋を、がっしりとトールが掴んだ。
そのままカブを引き抜くように、背後へと投げ捨てる。
ばっちり待ち構えていた土人形どもが受け取り、即座に部屋の端まで運んでいく。
去りゆく弟弟子をチラリと見送ったトールは、視線を上に向けて呟いた。
「さて、後は俺だな。これ、借りるぞ」
軽く伸びをしながら、地面に刺さったままの腐屍龍の剣を一本抜き取る。
時を合わせたように<固定>が解け、黒い蟻たちも自由を取り戻した。
ストラッチアに仕留められた一匹を残し、いっせいに飛び立つ蟻ども。
そこへ狙い澄ましたように、ユーリルが杖を持ち上げた。
「すべからく凍えよ――<凍全至獄>」
能動特性の<凍芯貫通>を通して注ぎ込まれた魔力が、絶対の死をもたらす。
動き出すと同時に、地面へと向かう一匹。
さらにもう一度、同じ過程を経て、新たな一匹があっさりと地面へ転がる。
ストラッチアの剣技で傷を負っていたとはいえ、凄まじい成功率である。
上級魔技を四連続で放って平然としているユーリルを、ラムメルラとクガセは恐れおののいた目で眺めた。
「蒼玉蟻が無傷で死んでたのも、あの人の仕業ですか? おっそろしい人ですね」
「し、喋ってみると、すごく優しい人なんだけどね……」
残り四体となった蟻どもは仲間の死を気にも留めず、目にも留まらぬ速さで宙を飛び回りながら身近な獲物へ飛びかかる。
黒刃が残像を生みながら閃き、硬音の響きが鳴り渡った。
顎の一撃を弾いたトールへ、間髪容れずに二匹目が迫る。
その前にトールは踏み込んでいた。
高速の剣撃が舞い、タイミングをずらされた蟻は触角を斬り飛ばされ方向を転じる。
そこへ続けざまに襲いかかる二匹を、見越していたように動くトール。
またも蟻どもは目標を見失い、体の一部を失いながら空へ逃れた。
すでに使えそうな上級武技や魔技は残っていない。
手傷は負っているが、四匹の狂乱相をみせる迷宮主どもはほぼ健在である。
絶望的な状況であるはずなのだが、おそらく誰一人今すぐ逃げようとは考えないだろう。
気負う素振りもなく強敵どもの攻撃を淡々とさばいていく兄弟子の姿に、ストラッチアは自嘲の笑みを漏らした。
動きを捉える眼なら、おそらくストラッチアのほうが勝っているであろう。
反応速度も上回っている自信はある。
だが、それだけだ。
今のトールの境地へ達するには、目や反応がいいだけでは足らないのだ。
培われた経験によって相手の動きを読み、一歩先んじて動く。
言ってみれば単純な理屈であるが、それが実戦に使えるようになるまで、どれほどの時間を要することか。
しかも相手は、大瘴穴を守る迷宮の真の主たちである。
それだけではない。
四匹がいきなり宙を舞い、いっせいに突撃を仕掛ける。
巨大な重量がトールを押し潰そうと差し迫った。
どんなに先を読んでいたとしても、この攻撃は躱しようがない。
しかし無残に中身をまき散らすはずの男は寸前で消え去り、居るはずのない場所からひょいと姿を現す。
黒い刃が苛烈に繰り出され、一匹の翅がズタズタに斬り裂かれた。
四匹目が地に這う姿を眺めながら、敗北を認めた天才は人知れず呟いた。
「……やはり最強の座を名乗るのは、我ではなかったようだな。だが、これで……」