軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟻の巣の主

「怖くないのか?」

<魔力不良>のせいで遅々として回復しない魔力が溜まるのを待つ間、トールはふと気になってクガセに尋ねてみた。

その質問は、道中にトールが少女にされたものと同じである。

「そりゃもちろん、怖いですよ」

「まぁ、そうだよな。クガセはなんで冒険者をやってんだ?」

「稼ぎが良いからに決まってますよ。でなけりゃ、こんな汚くてきつい仕事やってないですよ」

「金か。うん、金は大事だな」

金は所詮、手段でしかないなどと、トールはのたまう気はない。

世の中の大抵の事柄に対処できる存在である限り、金銭は十分に目的足り得るものだ。

「ボクの田舎、瘴風にやられて畑が全部、ダメになったんです。だから良い場所の土地を買うのにお金がいるんですよ」

淡々と打ち明けながら。少女は腰帯の宝玉が詰まった袋を叩いてみせた。

瘴風は"昏き大穴"から生じる瘴気が、風に乗って遠く離れた地にまで達する現象だ。

ここ近年で発生し始めた災厄で、汚染された土地は時に数年単位で草木が生えず、獣も近寄らない場所となってしまう。

央国の南西にあるグランは、風の影響でそれなりに被害があるらしい。

安全な土地の確保は、今や周囲六国にとっても重要な課題であった。

「私はいろいろね。名誉も欲しいし、贅沢も嫌いじゃないわ。でも、一番は悔しいからよ」

聞かれてもいないのに蒼鱗族の少女も話に混ざってくる。

トールたちの視線に気づいたラムメルラは少しだけひるんだ顔になったが、それでもキッパリと言い切ってみせる。

「私は守り切れなかったものを、もう一度守りたいの」

ラムメルラとリコリの姉妹は、元はこのボッサリアに所属していたAランク冒険者だった。

それ故に、このダンジョンには、思うところがあるのだろう。

「え、私ですか? うーん、楽しいからですね」

「我の道は、自らの剣の先に」

何がどう楽しいかは答えず、ニネッサは心地よさげに笑みを浮かべてみせた。

その隣に座るストラッチアは、眼帯を持ち上げて位置を定めるのに苦心している。

年上のコンビは、本心を明かす気はないようだ。

特別な人間であるはずの彼らの普通な部分に触れて、トールはなぜか懐かしい下宿先の光景を思い出していた。

七層の呪詛は<闘気半減>だった。

泡を突きぬけた目眩と痒毒をラムメルラが治してる横で、赤毛の剣士は露骨に顔をしかめてみせた。

準備を整えた一行は、ようやく目的地へと踏み込む。

意外なことに最下層の部屋は、五層よりも狭いようだった。

部屋の主は一匹。

燦然と輝く体節は、やや腹部が大きいだけで普通の蟻そのものだ。

ただしその大きさは、琥珀蟻の十倍近い。

最強の硬度を誇るこのモンスターの名は金剛女王蟻。

この巣の全ての蟻の上に君臨する存在である。

女王蟻の奥の壁には、真っ黒な太い柱のような物がむき出しになっていた。

壁が崩れて姿を見せた大瘴穴の一部のようだが、植物の根のようにも見えなくはない。

侵入者の気配に気付いたモンスターは、その巨躯を持ち上げて長い触角を蠢かす。

戦いが始まった。

「大いなる地樹の頼もしき幹よ、宿るですよ――<硬刃>」

硬さを増した二振りの黒剣が、モンスターの体表に叩きつけられる。

甲高い音とともに、キラキラとした破片が飛び散った。

轟音を立てて振り下ろされた前脚を巧みに躱しながら、ストラッチアは再び刃を閃かす。

またもわずかに女王の殻に傷がつく。

一撃でも掠れば致命傷となりかねない中、剣士は最大の集中をもって己の務めを果たす。

美しい円を描く刃が力を逃し、紙一重の距離で蟻の猛撃はいなされていく。

その対価として、剥がれ落ちる断片と外殻のヒビが少しずつ増えていった。

順調な滑り出しであったが、そう甘くないのはこの地で何度も経験している。

当然、女王蟻にも厄介な習性は存在した。

不意にその巨体から、眩しい輝きが放たれる。

至近距離で光を浴びたストラッチアは、軽やかに後方に下がりながら器用に眼帯をずらして視覚を確保する。

その背後で、クガセが小さく舌打ちした。

「始まりやがったですよ。まったく、もう。――<地解>、<硬刃>」

腐屍龍の剣が最初から黒い状態であったのは、この白光が原因であった。

浴びた者の強化された状態を、問答無用で全て打ち消す。

というのが、女王蟻の放つ光の特性である。

つまり、魔技で高めたり闘気を溜めこんでいても、一瞬で帳消しにされてしまうというわけだ。

そうなると、事態は持久戦に入るしかない。

しかし、そこでも甘くない状況が発生した。

剣の強い一撃を受けた殻から、大きめの断片がこぼれ落ちる。

それは地面で跳ね返った後、形が急激に変わり始めた。

二箇所がくびれ腹部と胸部、そして頭部に分かれる。

同時に六本の脚が伸び、触角と顎が頭部から突き出てくる。

女王蟻の足元に現れたのは、親とそっくりな見た目を持つ小型の金剛蟻であった。

さらに剥げ落ちた断片が、新たな蟻へと変わる。

生まれ落ちた子どもたちは、即座に敵を見つけ群がろうと動き出した。

「解放の樹より来たりて焼尽せよ。その身をもって大いなる炎威の片鱗を味わえ――<激発炎>」

そこへ待ち構えていたかのように、風を切って火の玉が飛び込む。

飛び散った火球が次々と、子蟻たちを包み込んだ。

だが、金剛蟻はそれくらいで焼け付くような柔さはない。

燃え盛る火から飛び出してきたモンスターたちは、少し離れた場所に立っていた赤毛の美女と背の高い少女へと殺到した。

前に出て迎え討つのは、石よりも硬い金剛鉄の籠手をはめたクガセだ。

そしてニネッサも、背中に隠してあった金剛鉄のナイフを抜いて応戦する。

女王蟻の異常に硬い体へ攻撃する度に、強化が消され下僕が産み落とされる。

対する人間たちは、何かする度に体力と魔力が奪われ、その回復もままならない有り様だ。

「…………まだ、……まだ行けるですよ」

「フゥ……ハァ……、炎樹の……赤き実り……よ、<火弾>」

衣服が裂かれ、あちこちから血を垂れ流す二人へ<水癒>を続けざまに飛ばしたラムメルラは、青い顔でえづきながら魔力回復薬を再び飲み干す。

すでに三十分が経過し、ストラッチア以外の三人は大きく肩で息をし始めている。

王子からもいつもの凛々しい顔つきは消え失せ、徐々に獣じみた唸り声が漏れつつあった。

そんな泥沼のような戦いに、ストラッチアの一撃で積み重ねた攻撃によって遂に大きな変化が生まれる。

ついには全身にヒビが入った女王蟻の動きが止まり、小刻みに震え始めたのだ。

足を止めた全員が見守る中、モンスターの体を覆う殻が次々と剥がれ落ちだす。

そして破片を全て落としたあとに姿を見せたのは、黒く変色した女王の姿であった。

ようやく狂乱相を見せた迷宮主の足元で、大量の金剛蟻が立ち上がる。

仕切り直しの第二戦が、否応なしに始まった。