軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者の心得

破れ風の荒野の嵐砂の巨人が倒されたことは、またたく間に噂となった。

たった六人で巨大な精霊系モンスターを討伐してみせたトールたちの評判は、たちまち上々となり、いっそうの注目を集める。

特に三年もかけて妻の敵を討ったガルウドの行為は美談とされ、それにさらなる拍車をかけた。

そんな中、当の本人はあっさりと冒険者稼業からの引退を表明する。

長らく病気で苦しんでいた娘が回復したため、傍に寄り添ってやりたいというのが理由である。

当然ながら渦中の人物を、周囲が放っておくはずもない。

たちまち衛士隊や地神ガイダロスの奉仕神殿が手を挙げた。

もとより拠点防衛や要人護衛に最適の盾士で、しかも上枝スキル持ちとくればそれだけで引く手あまたなのだ。

かなり熱い給与額や契約金のやり取りがあったようである。

だがガルウドは、それらもさらっと全て断る。

髭面の元案内人が取った選択は、トールたちの馬車の馬丁兼御者であった。

「それで良かったのか?」

「ああ、誘われた仕事は今すぐじゃなくても大丈夫だからな。ルデルのこともあって、数年なら待つって言われてる」

「でも、本当に良いのか? 俺としては助かるが」

「ちゃんと馬車を譲るって約束したんだ。最後まで面倒見させてくれ。それに長く連れ添った馬車だ。俺以外にあんまりさわらせたくねぇんだよ」

巨人退治から四日後。

ゴタゴタとした後片付けも終わり、トールたちもようやく一息ついていた。

今は詳細を報告に訪れたガルウドと、下宿の居間で相談中である。

明日からはまた荒野で、獣鬼の岩屋砦探しを再開する予定であった。

「それに冒険者局は、まだちょいと顔を出し辛い状態だしな」

「お咎めなしだったんだろ?」

「表面上はな。だが、あの副局長とまともに顔を合わせる勇気はまだねえよ」

「それは何もしてなくても御免こうむりたいな」

案内にかまけて強引に腕利きの冒険者を探していたガルウドの件は、今回の英雄的行為と相殺でうやむやにはなったようだ。

だからといって、大きな顔で乗り込むわけにもいかないのだろう。

トールとしては、ガルウドの提案は非常にありがたい話である。

馬車は購入するのにも金がかかるが、その維持にも金を食うのである。

幸いにもユーリルがCランクのおかげで、冒険者局の馬車置き場の使用は特権で無料となっている。

だが馬の世話係の賃金や、飼い葉代や蹄鉄代まではただとならない。

便利なものには、やはりそれなりの代償が必要なのだ。

「そう気にするなって。俺なりの恩返しだ。まぁ、給料も前払いでもらっちまってるしな」

「あれこそ取り分だから気にするなと言っただろう」

「だから、おあいこって意味さ」

巨人を倒して得た報酬だが、残念ながら冒険者局から褒賞金の類は出なかった。

依頼があったわけでもない案件に金を出すのは、予算的に厳しいようだ。

そもそも討伐証明の嵐晶石を提出してないので、局側としても動きようがないのだろう。

ただし魔石の買い取りには詮索せず応じてくれた。

巨人の精霊核についていた魔石は六個。

すべて黒光りした三等級だったため買い取り額は一個金貨十枚となり、合計六十枚という恐ろしい額になってしまったのだ。

これは大手の商人の年収に相当する金額で、おいそれと稼げるようなものではない。

ちなみにこの等級の魔石だと強力過ぎて、通常の魔石具では使用できないので売却一択となる。

分け前はいらないと言い張ったガルウドたちだが、命をかけてともに挑んだ仲間であることは間違いない。

全員で相談した結果、六等分しようという話でまとまったのである。

二人も色々と口実をつけて渋ったが、最終的には受け取ってくれた。

それと嵐晶石のほうは、風神ロヘの交易神殿で祭具に加工してもらう手筈になっている。

ちょうどタパとタリの双子が、風獣の毛皮で祭具を作るらしく便乗して頼んでおいたのだ。

余談だが交易神殿は働きに応じて祭具を与えるのではなく、自ら祭具の材料を調達してくることが神官位の証明になっていたりする。

そのかわり献納がかなり免除されたり、飛竜便を安く使えたりと特典も多い。

ただタパたちは現在、荒野を探索中のため、詳しい話が聞けるのはもう少しあとになりそうである。

そういえば、今回のベッティーナらの案内人を務めているのはサラリサだ。

彼女はもうしばらく、冒険者を続ける心づもりだと言っていた。

トールたちを見て、自分ももっと先に進んでみたい気持ちになったらしい。

屈託のない笑顔を見せるサラリサは、憑き物が落ちたように別人の雰囲気をまとっていた。

どうも元から思い込みが激しい性格だったうえに、ルデルの病気の件もありかなり追い詰められていたようだ。

ガルウドを殺したあとは、自分もすぐ後を追うつもりでしたと明るく語る姿からは、完全に肩の力が抜けているようでもあった。

「なあ、もしもセルセの青冠草が枯れずに残っていたら、どう収拾をつける気だったんだ?」

「うん? ああ、その場合は手紙をちゃんと持ってきてあったんだよ」

どうやら姉妹にしか分からない事柄を記した手紙で、本人の遺志だと説得するつもりであったと。

「帰ってから手渡したらサラリサの奴、すげぇ泣き出しちまってな。慰めるのがたいへんだったぜ」

「そりゃ仕方ないな。色々と張ってた気持ちが抜けたんだろう」

「で、手紙と一緒に入っていたのがこれでな……」

そう言いながらガルウドが持ち上げた手には、見慣れない貝殻の指輪がはまっていた。

それは愛しい相手と正式な家族となる約束の証でもあった。

「俺もほだされちまってな。式も近いうちに挙げるかもしれん」

「そうか。大事にしてやれよ」

「いや、大事にされるのは俺のほうだろ。怒らせたら間違いなく、また刺されちまうぜ」

中年の男どもはニヤリと笑ってから、持ち上げた拳を互いに突き合わせた。

「しかし……、ここまで先読みしてるとはな。つくづくあいつは凄い女だったぜ」

ガルウドが帰ったあと、隣で話を聞いていたソラが感じ入ったようにしみじみと呟く。

「うーん、やっぱり覚悟って大事なんだね」

「何の話だ?」

「ガルウドさんとサラリサさんを見て、そう思ったんだよー。うん、分かったよ、トールちゃん!」

「次は何だ?」

「冒険者の心得だよ! ずっと考えていたんだけど、何かをやり抜く覚悟。これじゃないかなって」

「ああ、もうそれで良いんじゃないか」

気のないトールの返事に、少女は頬をふくらませて愛らしい怒り顔を作る。

「もう、トールちゃん、まじめじゃないよ!」

「いや、ちゃんと真面目に答えただろ」

「ううん、すっごくてきとーぽかったよ!」

納得していないソラの表情に、トールは面倒臭そうに答える。

「そもそもだな、冒険者の心得なんてものは、これだって決まってないぞ」

「えっ、そうなの?」

「何をどう心得るかなんて、本人次第だからな。他人に言われて、そのまま飲み込む奴はむしろ向いてないかもな」

「う、そうかも」

「だから百人冒険者がいれば、百通りの心得があるんだよ。ようは自分にあった信念なり目標なりを探せってこった」

「やりたいことなら、ムーもあるぞ! トーちゃん」

さっきまでルデルとたっぷり遊んでご機嫌なムーが、横から口を挟んでくる。

「えっと、トーちゃんたちとずっといっしょにいること。あと、おいしいものいっぱい食べる。それから、おはな丸にのって、いしつみもして、おうたもうたって」

「ふふ、ムムさんは盛り沢山ですね」

「ユーリルさんもあるんですか?」

「私ですか? 私は新しい物事を発見するのが第一の目標なので、そのために目や耳をよく利かせることですね。つねに注意深くあれと」

「ほー、しらなかったです」

「ええ、その気持ちがなくなった時が、私の冒険の終わりですから」

「うーん、それもカッコいいですね。ね、トールちゃんは?」

期待で目を輝かせて見上げてくる少女に、トールはやれやれと顎の下を掻いた。

「俺の心得は、帰る理由をちゃんと持っておけってとこだな」

「どういうこと?」

「心残りがある場所や物があると、ここぞって時に意外な底力が出るんだよ。こんなところで死んでたまるかってな」

「なるほどー、うん。一番重要なのは、ちゃんと生きて戻ってくることだしね」

納得した表情で頷いてみせる少女の頭を、トールはぽんぽんと叩いてみせた。

そして言い聞かせるように事実を明かす。

「俺のこれまでの二十五年間、お前がずっとそうだったんだぞ」

「…………えっ?!」

「死にそうな目に遭う度に、ソラのことばかり考えていたな」

「えっ、えー! ト、トールちゃん」

頬を真っ赤に染めたまま、ソラは瞳と声をうるませる。

そんな少女に対し、トールは何気ない調子で言葉を続けた。

「部屋から死体が出てきたら、ユーリルさんの下宿の評判は最悪になっちまうだろうし、幼馴染が血まみれの像とか呼ばれて見世物にされるかと思ったら、気が気じゃなくてな」

「あら、ご心配していただいて、ありがとうございます」

「もうっ、せっかくドキドキしてたのに!」

「トーちゃん、ムーのことも、もっとかんがえて!」

飛びついてきた子どもを抱き上げながら、トールはその続きの言葉はあえて口にしなかった。

<復元>のスキルを完枝させるための長い年月。

ずっとトールを突き動かしてきたのは、確かにソラの存在であった。

そして少女が甦ったあとも相変わらず、トールの中でソラは大事な存在のままであると。

もちろんソラだけでなく、ムーやユーリルもであるが。

この三人と冒険をし、必ず一緒にこの場所へ戻ってくることこそが、今のトールの冒険の心得であった。

くつろいだ雰囲気に包まれた部屋。

すねたように唇を尖らせていた幼馴染の少女は、もう笑顔に戻っている。

膝に二匹の猫をのせた美女は、穏やかな笑みを浮かべながら目を細める。

そしてぴったりと体を寄せて、ぬくもりを伝えてくる幼子。

小さく唇の端を持ち上げたまま、トールは明日からの冒険の日々に思いを馳せていった。

「うーん、そろそろ飽きてきたわね。このオークとかいう亜人、突っ込んでくるしか能がないのかしら」

「おっしゃる通り、やや単調な相手ではございますが、そう侮れる相手でもないかと思われますよ、お嬢様」

「……そうやって油断すると」

「……痛い目にあうのがお約束だぞ」

トールたちがゆっくり骨休めしていた同時刻。

サラリサを案内人につけたベッティーナたちは、荒野の奥地の探索中であった。

今回は風の獣に遭遇しなかったため、まだまだ十分に余力と時間はある。

そう息巻いていたのだが、すでに三日目も半ばが過ぎようとしていた。

焦る気持ちを隠そうともしないベッティーナに、三人の男性は肩をすくめて視線を交わす。

その時、先頭を歩いていた赤毛の女性はいきなり立ち止まった。

そして前方の岩山の陰に潜む二つの影を嬉しそうに指さす。

「ほら、見てあれ!」

「……うむ、またオークだな」

「……二匹か。どちらから殺る?」

「待ちなさい、気づかないの? ほら、私の要望がようやく叶ったのよ」

「おや、今回はちょっと毛色の変わった相手のようですね」

盾士だからこそゴダンは真っ先に気づいたようだ。

短い首をひねる双子たちに、違いを説明する。

「ほら、あの二匹、槍だけじゃなくて盾も持ってますよ」

「……ほほう」

「……言われてみれば」

「……えっ、盾ですか?」

一番声を上げて驚いたのは、最後尾を歩いていたサラリサであった。

慌てた顔でベッティーナたちに追いついて、瞳を凝らす。

しばし蒼鱗族の女性は、まじまじと盾を持つオークを見つめた。

それから少し困った口ぶりで、驚きの事実を告げる。

「間違いありません。あれは砦の入り口を守るオークの 番兵(ガード) ですね」