軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

風に消えた真相

腹部を貫かれたガルウドは、苦しそうに顔を歪めた。

ナイフが刺さった部分からは、ゆっくりと血が盛り上がって滴り落ち始めている。

通常であれば鍛え抜かれた盾士なら、この程度で死に至ることはない。

だが防御系の最上級武技を放った反動で、今のガルウドは赤子同然の状態だ。

しかも白硬銅の頑丈な鎧も、激闘のせいで見る影もない有り様である。

それを見越してサラリサは、この機会をずっと待っていたのだろう。

懸命に手を伸ばしナイフの柄を掴むガルウド。

それに逆らって抜こうとするサラリサと力比べになる。

もみ合いになった二人の後ろから、トールは簡潔に問い掛けた。

「なぜだ?」

「なぜって……、姉さんを殺したのは……、殺したのはこの人だから」

「破れ風に偶然、巻き込まれたんじゃないのか?」

「……いいえ。あれは明らかに故意でした」

サラリサはナイフの柄を握ったまま、ガルウドの顔色を窺う。

血の気がみるみる引いていく様に、このままでも遠からず息絶えると判断したのか、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。

その日は、かなり行程が遅れていたらしい。

しかし、いつもであれば大長岩で一泊するところを、それまで決して危ない橋を渡ろうとしなかったガルウドが前進を言い張る。

そして夕刻の破れ風がもっとも発生しやすい時間に、ここを通り抜けようとして惨劇が起こったというわけだ。

撤退戦をもっとも得意とし、慎重さでは誰もが名を挙げる男としては、あまりにもありえない失態だった。

さらに、その後の挙動も不自然すぎた。

当時の最高のメンバーであれば巨人を倒すのは無理でも、セルセだけを探して助け出すことは難しいことではなかったはずだ。

だがガルウドが集めた面々は、さほどの技量を持ち合わせていない者ばかりだった。

しかもまだ荒野に来たばかりで、慣れてない者まで交じっている。

それでは負けが続くのも無理はない。

敗走する度にサラリサは、何度も何度も義兄に訴える。

けれどもガルウドは、一度たりともその抗議に取り合うことはなかった。

結果として巨人の悪評は広まり、募集はとても難しい状況になってしまう。

そしてガルウドの逃げ上手の呼び声だけが高まることとなった。

「見殺しにした理由はそれなのか? 自分の評判のためだけにか」

「それもあると思いますが、狙いは姉の保険金だと……」

「金ならもう受け取って、馬車を買ったと聞いたが」

「行方不明は半額しかもらえません。確実に死んだ証拠……、死体を見つけないと満額にならないんです」

死体がすぐに出てくれば、なにか不味いことがあった場合は露見してしまう危険性がある。

だからじっくりと、殺した痕跡が消えるのを待っていたのだと。

あとは白骨死体に残った貝殻の紐と、トールやサラリサの証言があればこと足りる。

「そんな、そんなことのためだけに、……この人は姉を、…………あんな優しかったセルセ姉さんを!」

憎しみに染まった形相で、サラリサは再び義理の兄を睨みつける。

対してガルウドは、何も語ろうとしない。

ただ俯いているだけだ。

いや、その肩はわずかに震えていた。

同時に空気が漏れるような音が、その口から溢れ出す。

妻殺しの疑いをかけられた男は、苦しそうに笑っていた。

そして顔を上げると、瞳を見開く義妹へ可笑しそうな口調で告げる。

「ここまで見事に読み切るとはな。本当に最高の指し手だったぜ、こいつは」

姉の頭蓋骨を顎で指されたサラリサは、何かを言い返そうとする。

だが怒りがつのりすぎて、上手く言葉が出てこないようだ。

大きく息を吐いたガルウドは、ハッキリと言い切る。

「確かにセルセは殺された。だが手を下したのは俺じゃないぞ」

「いまさら、そんな嘘を!」

声を荒げるサラリサを制し、トールは砂に埋もれる白骨に近づいた。

そっと手で触れて履歴を探る。

モンスターの放つ砂風にさらされていたせいで、その秘められた経歴は死の直後まで読み取れるようだった。

大きな傷跡が骨に残ってないことを確認したトールは、振り向いて事実を告げる。

「それらしい外傷はないな。おそらく、ここから動けなかったのが死因だろう」

「な、そう言ったろ」

「そうさせたのは、あなたでしょ! 一人で逃げられない姉さんを、こんなところに置き去りにして!」

「いや、そう願ったのはセルセだ。セルセを殺したのは、セルセ自身だよ。あいつはわざとここに残ったんだ」

「そんな、どうして!」

苦しそうに息継ぎをしながら、ガルウドは頭蓋骨に残っていた枯れ草を指差す。

「その草がどうしても欲しくてな……。だが、見つけるのが遅すぎちまったな」

「これは……、青冠草か」

しなびた草に触れたトールの言葉に、髭面の案内人は驚きで少しだけ目を見開いた。

「しかも死体に咲いていたようだな。てっきり、寄生植物だと思っていたが」

「本来は骨を養分にして咲く腐生植物らしいぞ。オードル先生の受け売りだがな」

「それで、この草を何のために?」

「病気に効くんだと。血の病気の症状を和らげて、もっと生き長らえるようになる。そう教えてもらった」

「……そんな、…………まさか!」

「ああ、ルデルの混交の病を治すためだ。だが誰の死体でもいいってわけじゃない。血のつながった人間の青冠草が要るんだ」

白骨から青冠草が芽を出すのは、一年から二年ほどかかる。

その間に死体が見つかれば、目論見は失敗に終わってしまう。

死体を埋めたところで、今度は草だけ持ち去られてしまう可能性が出てくる。

そのために二人が企んだのは、誰も近寄りがたいこの場所に死体を隠すことであった。

だが誤算だったのは、嵐砂の巨人は考えていた以上に強敵であった点だ。

人を遠ざけるための噂も、やりすぎたせいで悪い方向へと働く。

結局、モンスターを排除するのに三年もかかってしまい、草の回収が手遅れになってしまったというわけである。

「本当はもう少し、手前で死ぬつもりだったんだ……」

言葉をなくした義妹へちらりと視線を送ったガルウドは、そっと言葉を付け足す。

「けど、あいつが妹を確実に逃がすためだって、こんな奥まで入り込んじまってな」

「なんで……、どうして私には黙って……」

「それはな、俺をここで殺させるためだよ」

「えっ」

いきなりナイフを押さえていた手を放したガルウドに、サラリサは呆気にとられた声を上げた。

そして慌てて柄を握り直して、傷口がそれ以上広がらないようにする。

「セルセの分は駄目だったんだ。なら次は俺が咲かすしかないだろ」

「なにを? えっ?」

「そのための覚悟はとうにしてきた。ここで終われば、セルセの死は全く無意味になっちまう。それだけは……」

「だったら一人で死ねばいいだろう。なぜ、この子にやらせる?」

茫然自失となったサラリサに代わって、トールが冷静に尋ねた。

苦しいのか肩で息をしながら、死にかけの男は答える。

「俺が死んだら、死体を隠して見張らなきゃならん……。根気の要る仕事だ。それにルデルの世話もある……」

耐えきれなくなったガルウドは、膝をついて息を整える。

だが視線は揺るがない。

「同情心には限りがある。だがそこに罪悪感が加われば、きっと人は目的を果たすまで止まらない。止まれなくなると。……セルセの言葉だ」

「まさか、この筋書きを考えたのは?」

「ああ、あいつは俺よりも、ずっと先を見る目があった女だからな。ふっ、俺は一度もあいつに駒盤で勝ったことがねえんだよ」

「そんな……、姉さんが……」

ガルウドは真っ向からトールを見据えて、最後の提案を持ちかけてくる。

「俺が行方不明になれば、俺に掛けておいた死亡保険の金が半分だけ入ってくる。それに馬車と巨人を倒した魔石もある。なあ、悪い話じゃないだろ」

「見逃して、手伝えと?」

「ずっと逃げて、逃げて、いじきたなく生き延びてきたのは……、こいつの横で死ぬためなんだ。頼む、後始末を引き受けてくれ」

眼の前にいるのは、ふてぶてしい笑みを浮かべた黒鋼級の冒険者ではない。

近づく別れを知って、あえて娘から距離を置いてきた父親だ。

そして愛する妻との間に生まれた子どものために、その身を犠牲にする覚悟を決めた男だ。

しばし吹き荒ぶ風に、トールは身を委ねる。

それから静かに近づいて、男の腹に刺さったままのナイフに手をかけた。

それが共犯者になる意味だと受け取ったガルウドは、安堵の表情を浮かべる。

だが次の瞬間、トールが放ったのは拒絶の言葉であった。

「遠慮しておくよ」

「助か――えっ?」

「えっ?」

発言と同時に、ナイフが勢いよく引き抜かれる。

その行為に慌てて、義理の兄妹は傷口に視線を移した。

しかしそこに見えたのは、あれほどの出血が嘘のように消え失せた腹部であった。

「トール、お前!」

「前に駒盤で遊んでいる時に言ってたな。何かをなすのは、それ相応なものを支払う必要があるってな」

「あ、ああ、そんなことを言ったかもな……」

「あれ聞いてて思ったんだよ、支払うことで余計に失う場合もあるんじゃないかって」

「何が言いたい?」

「気づいてないのか? お前を心配するルデルの気持ちや、ずっと身を尽くして世話を焼いてきたサラリサの気持ちが。お前らはもうとっくに新しい家族なんだぞ」

「……それくらいは分かってる。お前こそ分かるのか? 親のせいで子どもが死ぬかもしれないって気持ちが!」

「同じとは言えんが、俺も似たような気持ちは味わってきたよ。自分のせいで誰かが死にかけるってのは、本当に辛いもんだ」

「だったら、こうするしかないってことくらい分かるだろ!」

「そうやって犠牲になれば、お前の気持ちは楽になるかもしれんが、お前を失った家族はずっと重荷を背負うんだぞ。それが父親のやることか?」

「綺麗事でどうにかなるってもんじゃねえんだよ!」

言葉を荒らげるガルウドに、トールは静かに語りかけた。

「他にも治療できる方法があるかもしれんだろ。全部を一人で背負い込むな。まず、家族で話し合え。お前の気持ちだけを押し付けるな」

「だ、だがな。俺は許されないことを……」

「そうやって自分を責めるのはもう止めろ。セルセが死んだのはお前だけのせいじゃない」

「くっ……う……うう……、本当は……、俺が先に死ぬって言ったんだ。でもあいつ、私じゃここまで会いにこれないって…………くそ!」

「辛いことを思い出させたな。詫びの品だ。受け取ってくれ」

そういってトールは、頭蓋骨に絡まる枯れ草に手を伸ばした。

死んだ存在を蘇らせることはできないが、モンスターと関わりがあるなら死の直後まで戻すことはできる。

トールが差し出した手に握られていたのは、摘みたてのようなみずみずしさを誇る青い草であった。

たちまちガルウドの両眼が最大限に見開かれる。

「……お、お前」

「ほら、これで何とかなるだろ」

「できるなら、最初からやってくれよ! さっきの説教は何だったんだ?」

「ちょっとは釘を刺しておかんと、お前みたいな奴はまたやらかすからな」

「は……ははっ…………違いねえな、ははは」

青冠草を受け取ったガルウドは、大きな声で笑い出す。

その髭まみれの頬は、いつの間にか流れる涙で覆われていた。

ひとしきり泣いて笑った男は、かたわらの奏士に声をかける。

「すまんが、一曲歌ってやってくれるか?」

「…………はい」

竪琴を拾い上げたサラリサは、軽やかに弦をかき鳴らす。

そして透き通るような声で、死者を悼む<鎮魂歌>を歌い出した。

遠く離れたどこかを思い出させるような旋律が、砂と風と岩しかない大地をゆったりと流れていく。

この歌をいつか歌えるようになるのが嫌だったと、サラリサは懐かしく思い出していた。