軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お金の話

「ほれ、とっとけ」

ピンッと弾かれた大ぶりの硬貨を、ソラはとまどった顔で受け止めた。

「これって大銅貨?」

「ああ、今日のお前の取り分だ」

山奥の村で暮らしていたソラでも、硬貨の種類くらいは分かる。

実際に触る機会は、ほとんどなかったが。

銅貨は五十枚で、中銅貨一枚になり、百枚で大銅貨一枚となる。

さらに大銅貨五枚で半銀貨一枚、十枚で銀貨一枚の換算だ。

銀貨は四十枚で金貨一枚となり、金貨二百枚で白金貨一枚となるが、この辺りになると庶民には全く縁のない世界である。

トールの話によると、この街の日雇い労働者の日給が大銅貨二枚平均。

冒険者局の新人受付嬢の月給は銀貨十枚ほどらしい。

独り身で最低限の生活であれば、金貨一枚あれば一年はなんとか過ごせるのだとか。

「もらっちゃっていいの?」

目を輝かせながら、ソラは急いで周りを見回す。

広場のあちこちには屋台が並び、夕食を手軽にすまそうと人々が群がっていた。

「帰ったら、大家さんの晩飯もあるから、ほどほどにしとけよ」

「わかったー! ほどほどだね」

大鍋がずらりと並ぶ屋台からは、濃厚な旨味を含む湯気が上がっている。

向こうでは串に刺された焼きソーセージがぎっしりと焼かれ、芋を揚げる香ばしい匂いも漂ってくる。

潰したにんにくの香りとともに緑がかった肉が鉄板の上でジュージューと音を立て、その横では甘い揚げ菓子が通行人の目を引く。

酒を飲ませる屋台のテーブルでは、乾杯の声とともに木製のジョッキをぶつけあう音が響いていた。

その様子を食い入るように眺めていたソラは、ゴクリと生唾を飲み込むと振り返って笑みを浮かべた。

「ねー、トールちゃんは、なに食べたい?」

「そうだな、アレなんてどうだ?」

トールが顎で指したのは、一口大に切った尖りくちばしの肉を木串に刺して焼いている屋台であった。

蜂蜜を混ぜたタレのせいで、甘酸っぱい香りが溢れかえっている。

「おいしそう! うん、アレにしよっと」

大きく頷いたソラは早足で屋台に駆け寄ると、網の上に並べてある串をじっくりと吟味し始める。

そして気に入った串三本を指名して、会計を済ませると弾むような足取りで戻ってきた。

「おまたせー、トールちゃん」

「三本も食うのか?」

「ちがうよー、もう。はい、あーん」

熱々の串焼きを差し出してくるソラに、トールは軽く顎の下を掻いてから観念して口を開く。

もぐもぐと噛みしめるトールをにこやかに見ながら、ソラも嬉しそうに自分の串にかぶりついた。

「おいひい! なにこれ! すっごい柔らかいね」

「久々に食ったが、味は落ちてないな。もう一本は、大家さんの分か?」

「うん、お土産だよ! でも、こんなおいしいのに、一本銅貨二枚ってびっくりだねー」

「そうだな。見てて、なにか気づいたか?」

トールの問いかけに、串焼きをほおばりながらソラの大きな瞳がくるくると動く。

「あ、よく見たら、お肉料理ばっかりだね。しかも、みんな安いよ!」

「うむ、ここじゃ肉のほうが簡単に手に入るんだよ」

冒険者たちが毎日、倒したモンスターを持ち帰ってくるこの街では、肉は他と比べると非常に安価な食材である。

逆に耕地は瘴気の影響を避けるために場所を制限されてしまい、野菜や果物は割高となっていた。

同様に小麦も高く、柔らかな白パンなどは贅沢品の範疇に入ってしまう。

だがこの肉食がメインな生活のせいで、冒険者の体つきは非常によくなったとも言われている。

それとは別にここ一年ほど続いている野菜や小麦の値上がりは、他にも大きな理由があったりする。

この街の北にあったボッサリアの境界街が落ちたせいだ。

モンスターが押し寄せた街は城壁を壊され、逃げ遅れた住民はことごとく殺された。

街があった場所は瘴地と化し、近隣の農耕地も全て瘴気に覆われてしまった。

そのせいで生産拠点が減っただけでなく、輸送路も大幅に遠回りする羽目になりそのコストが上乗せされているのだ。

「そっかー、お肉食べほうだいはうれしいだけど、野菜が高いのはきびしいねー」

「……村にいたころは、肉なんて滅多に食えなかったな」

「うん、それを考えたら幸せかも」

またも笑顔になったソラは、串を掲げて小躍りするように回ってみせた。

それから急に立ち止まり、ローブのポケットをゴソゴソと探り始める。

「はい、これさっきのお釣り」

「いや、お前の小遣いだぞ。好きに使えと言ったろ」

「こんなに使いきれないし、トールちゃんに返しておくよー」

「いや、必要な分の金は確保してあるから心配するな」

トール自身は、あまり物欲はない。

今日の稼ぎはすべて貯めておき、パーティの経費にあてる予定であった。

その経費も、今まで稼ぎの大半を占めていた武器防具の補修費用に関しては、<復元>で直せるのでいっさい不要となった。

新しい装備への買い替えも、ゴブリン相手では急ぐこともないだろう。

ただし、その先に立ち塞がる あの(・・) モンスターには、木剣ではまず勝ち目がないので、その辺りで鉄製の剣に替える程度である。

あとは家賃の支払いが、月に銀貨一枚となっている。

これはこの街で同額の相場なら、寝台だけの狭い部屋くらいしか借りられない。

それが三倍以上の広さで、しかも一部の食材の提供は必要だが三食付きである。

おまけにトールは今朝、こっそりユーリルから、家賃は据え置きで結構ですから、もう一部屋を空けておきますと言われたばかりだ。

年頃の男女が同じ部屋で寝起きするわけにはいきません、とのことらしい。

「もう少し儲かったら、大家さんのために魔石具を買うのもいいな」

「えっ、あの光ってるの?」

「お湯を沸かせるやつとかもあるぞ」

光量や熱量があまりないので、真昼のように明るくしたり調理全般に使えるほどではないが、それでもかなり便利な代物である。

しかも今のトールたちなら魔石を手に入れるさいに増やすこともできるので、獣脂や薪などの燃料費をいくらでも浮かすことができる。

「けっこう高かったりする?」

「だいたい、安いのでも銀貨五枚くらいだな」

「う、そんなに? ……あ、そうだ!」

急に何かを思いついた顔になったソラが、背伸びをしてトールの耳元に口をよせる。

「ケガした人とか治したら、お金もらえたりしない?」

「それは止めたほうがいいな。治療ってのは、施療神殿の領分だからな」

資格を与えられていない人間が勝手に代金を受け取って治療を行うのは、癒やしを司る水神アルーリアを激しく冒涜する行為である。

というのが、施療神殿の神官たちの言い分だ。

無資格の医術師が行うずさんな手当てや医療詐欺の問題などに、技術や技能に対する代価も絡んでくるので仕方がないといえるが。

なので、その辺りの縄張りを荒らす気は、トールにはこれっぽっちもない。

むしろ一番、遠ざかっておきたい場所である。

もしもトールの<復元>が神官たちに知られることとなれば、神殿地下に幽閉されて一生、そのスキルを使うだけの存在になる可能性がないとも言い切れない。

「あと、道具の修理なんかで稼ぐのも厳しいな」

同様に壊れた武具や防具の修復も、かなりの危険を孕んでいる。

こちらは鍛冶師組合や、革職人組合などの縄張りである。

少しくらいならバレないかもしれないが、金銭が絡むとどうしても噂になってしまうだろう。

彼らのテーブルの皿に手を出したことが明るみになれば、冒険者資格など簡単に剥奪されてしまいかねない。

この街は神の力にすがる冒険者と、それを支える商工組合で成り立っているがゆえ、かってに商売を始めることはほぼ不可能なのである。

もっとも両方とも、うまく潜り抜ける方法がないわけでもないが。

トールは二、三人の知り合いの顔を思い浮かべた。

「そっかー、お金稼ぎってのも、たいへんだね。うん、やっぱりこれ返すよ、トールちゃん」

「何度も言わせるな。お前がいなかったら稼げなかった金だ。それにお前は女の子なんだし、要るものが色々とあるだろ」

<停滞>中であったら衣装棚でじっとしててくれたが、今はそうもいかない。

その辺りにうといトールであったが、女性が何かと小物を必要とするくらいは知っていた。

トールの言葉に何度も嬉しそうに頷いてから、ソラは硬貨をポケットにしまった。

「ありがとうね、トールちゃん」

「足りなくなったら言え。らしくない遠慮はするなよ」

「うん! じゃあ、これからはがんばって、ワガママいうね。男の人ってそーいうのすきなんだよね?」

「いや極端すぎるだろ。ほどほどにしてくれ」

「男の甲斐性だって、お爺ちゃんがいってたよ」

「たくっ、あの爺さんは。ほら、串焼きが冷めないうちに帰るぞ」

最後の串を思わず食べかけるソラを促しながら、トールは一つだけ欲しいものがあったことを思い出していた。

小さな土地。

木を一本、植えるだけの広さがあればいい。

好きだった白い花をつける木のそばなら、ソラの祖父もきっと安らかに眠れるに違いない。

少女と並んで家路を辿りながら、トールは少しだけ懐かしい日々を思い返していた。