軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小鬼の森の歩き方 その三

小鬼(ゴブリン) の背丈はその名の通り小さく、十歳ごろの子どもと同じ程度である。

肌は黒みがかった緑色をしており、耳元まで裂けた大きな口とぎょろぎょろ絶え間なく動く両目という一度見たら忘れがたい容貌をしている。

昼間は動きが鈍く、日暮れとともに動きが活発になる。

これはゴブリンども亜人が、絶望と終わりなき闇を司る女神ラーラムーアの眷属であるからだと言われる。

普段は森の奥を徘徊しているが、まれに夕闇に混じって林道付近まで現れることがあり注意が必要である。

性格は凶暴ながら狡猾で、小柄な体格をいかしての奇襲を得意とする。

また必ず二、三匹の群れで行動し、常に獲物を取り囲むよう連携してくる。

見た目に騙されやすいが膂力も強く、振り回す棍棒に当たれば人の骨など簡単に砕けてしまう。

油断して噛みつかれ、指を失くしかけた者もそれなりに多い。

小鬼ごときと侮って返り討ちに遭うのは、駆け出し冒険者の死因ではそれなりに上位であった。

そんなゴブリン三匹相手に、トールはすでに十分近く攻防を続けていた。

密生する枝葉のせいで、辺りはかなり薄暗い。

まともに陽光を浴びてない木々の根は、コブだらけでねじれが目立つ。

うっかり踏めば、足首を痛めるのは間違いないだろう。

さらにところどころに広がる深緑色の苔も、踏ん張りを不安定にしていた。

耳障りな奇声を上げながら、正面の一匹が棍棒を振りかぶった。

わずかに時をずらし、もう一匹が右から地面すれすれを飛びかかってくる。

片足を掴まれるだけで、今の状況では致命的だ。

さらにもう一匹。

いつの間にか近くの木によじ登っていたゴブリンが、枝を揺らしながら音もなくトールの背中へ飛び降りた。

背にしがみつかれたら、小柄な相手では武器も届かず振り落とせない。

徹底的に自分たちの体格を熟知した戦い方であった。

横と背後からの奇襲を、トールは対面のゴブリンの眼球の忙しない動きで見抜く。

振り下ろされる棍棒をかいくぐるように、その身を左前方へ投げ出した。

前転で脇をすり抜けながら、ゴブリンの右膝に一撃を入れる。

さらに立ち上がると同時に、無防備な背中にも木剣を叩きつけた。

膝蓋骨を砕かれ、腰椎を打ち抜かれたゴブリンはうめき声を上げて動きを止めた。

その両脇から、背を低くした二匹が走り出る。

トールが選んだのは左の一匹であった。

多数が相手では、一ヶ所に長く留まるのは不利である。

たえず動きながら、できるだけ一対一に持っていくのが最善手だ。

トールは左側に回り込みながら、掴みかかってきたゴブリンの腕を叩き落とし、剣の軌道を変えて空いた顔面へ突き出した。

剣先で左眼を貫かれたゴブリンは、派手な悲鳴を上げた。

柔らかい眼球と口内は、他の場所よりも確実に刃が通りやすい。

あと一歩踏み込めば脳髄へ達するが、刃を掴まれそうになったトールは一歩退く。

そこへよろける仲間の背中を踏みつけたもう一匹が、宙を跳んで掴みかかってきた。

とっさに剣を振り上げ、足の裏を払う。

だがすでにトールの動きに慣れてきたゴブリンは、それを読んで空中で剣先を蹴り飛ばした。

体勢を崩したトールの肩口にしがみつき、ゴブリンは大きく顎を開く。

喉が食い破られる寸前、トールは冷静な声で仲間の名を呼んだ。

「――ソラ」

動きに慣れたのは、モンスターだけではなかったようだ。

解禁の合図とともに、少女の魔技がトールを守る。

――<反転>。

ズラリと並ぶゴブリンの牙が、トールに触れる直前でいっせいに弾け飛んだ。

驚きひるんだゴブリンの右眼へ、いつの間にか鞘から抜かれていた解体用のナイフが差し込まれる。

刃が薄いナイフは頭骨に当たって折れ曲がるが、柄元まで押し込んでから、すかさず<復元>してまっすぐに戻す。

深々と刺さったナイフを、トールは容赦なくねじった。

脳をかき回され息絶えたゴブリンを、トールは棍棒を振り回しながら近づいてくる一匹へ押しやった。

先ほど砕いた背骨と膝は、もう治ってしまったようだ。

次いで腰に飛びかかってきたもう一匹に、膝頭を突き出す。

そこに<反転>が加わったせいか、トールに抱きつこうとしたゴブリンは鈍い音とともにもんどり打って地面に倒れた。

一匹だけになったゴブリンは、棍棒で仲間の死体を突き飛ばしてトールに迫る。

振り下ろした棍棒は、木剣に弾かれ横にそれる。

がら空きになった顎を、下から戻ってきた剣が強打した。

よろめくゴブリンの頭部に再び剣が振り下ろされたかと思うと、軌道を変えた刃がさらにこめかみをぶっ叩く。

脳を揺らされ足をふらつかせるゴブリンの眼に、深く木剣が突き刺さった。

断末魔の呻きを上げながら、ゴブリンは棍棒を手放す。

しかしトールは油断せず、ゴブリンの足を払い地面へ倒すと剣をさらに奥へ押し込む。

大きく痙攣したモンスターは、眼窩から緑色の血を溢れさせながら今度こそ絶命した。

「…………お、終わったかな?」

「いや、まだだ」

トールは膝蹴りを食らって倒れたままの一匹へ近づく。

そのまま木剣をその首筋に叩き込んだ。

くぐもった悲鳴を上げて、伏せていた一匹が顔を起こす。

すでに先ほど突かれた眼球や折れた鼻は、肉が盛り上がり治りかけている。

そこに間を置かず、木剣が突き立てられた。

頭部を串刺しにされた最後の一匹は、腕を伸ばし牙をむき出しながら息絶えた。

「よし、出てきていいぞ、ソラ」

「はーい。おつかれさま、トールちゃん。あっ、首、血がでてるよ!」

「ああ、飛んできた歯が当たったか」

スッと手を当てると、傷は跡形もなく消え去る。

安堵したソラは、ゆっくりと息を吐いた。

ソラの<反転>は、攻撃をすべて無効にできるわけではない。

十分に分かっていたが、トールが傷を負う姿はやはり心臓に悪い。

できれば自分が代わりになりたいが、それはトールにとって絶対に許可できないことであるらしい。

なんとも言えないジレンマに陥りかけた少女は、改めて今の自分ができることに全力を尽くそうと決意し直した。

「しっかし、近くで見るとすっごい悪そうな顔してるねー」

杖の先でおっかなびっくりにゴブリンを突いていると、トールが死体から抜き取った解体用のナイフを差し出してきた。

「うん、これどーするの?」

「まず右耳だな。討伐証明になる」

「ほっほうー。こうかな」

受け取ったナイフで、ザクザクとゴブリンの右耳を切り取るソラ。

田舎育ちなので、その辺りは躊躇しない。

「次は首の下だ。顎の付け根あたり。そう、そこ」

「切れたよ、トールちゃん」

「指を入れて、堅いものがないか探ってくれ」

「あ、これかな」

ソラが引っ張り出したのは、細長いゴツゴツした石であった。

親指ほどの長さで、結晶のように透き通っている。

「なんだろう? ゴブリンの種?」

「お、当たりか。それが魔石ってやつだ」

魔石とは瘴気に含まれる変容の神気が、亜人系や精霊系モンスターの体内で凝り固まって純粋な力だけとなった存在だといわれる。

そのままでは使い道はないが、魔石具と組み合わせると様々な効果が引き出せる。

この魔石の売買こそが、境界の街を支える大きな柱の一つであった。

「へー、すごいんだねー。でも手がベタベタだよ」

「とりあえず苔で拭いとけ」

緑の血でヌルヌルになった魔石を、ソラは足元の苔に擦りつける。

そして不思議そうな声を上げた。

「あれ、貝殻が落ちてるよ。トールちゃん、袋に穴あいてない?」

「それは、こいつらが食った分だな」

「えっ? この貝、おいしいの?」

「止めとけ、腹壊すぞ」

細巻き貝の中身であるカタツムリは、ゴブリンどもの好物である。

このカタツムリは見た目から煙管貝とも呼ばれ、瘴気の森深くに棲息しているため通常よりも堅くなった殻は容器としてよく使われていた。

ちなみに五個で銅貨一枚買取であるが、トールの場合は洗って自分で使うようにしている。

今回の戦利品は小鬼の耳が三個、十等の最下級である魔石が二つ。

それと細巻き貝が六個であった。

ゴブリンの棍棒はただの太い木の枝なため、薪ざっぽうくらいにしか用途はない。

「お肉はもって帰らないの?」

「亜人の肉は不味いらしい。買い取ってくれんぞ」

「そっかー。ちょっと、もったいないね」

小鬼の死体は、しばらくすると溶けて消えてしまう。

これは瘴気に戻って、新たに生まれ直すせいだと言われている。

ならば死体を持ち帰って弔えば、ゴブリンの数は減らせるかもしれないがそれは禁止されていた。

疫病などがおこりやすいというもっともな理由だが、本当のところは魔石絡みである。

魔石の供給元が減れば街も困るし、冒険者も困るからだ。

「思ってた以上に簡単に片付いたな。次を探すか」

「はーい。次はトールちゃんが怪我しないようがんばるよ!」

「俺は治せるから気にするな。倒す方に集中してくれたほうが助かる」

「えー」

以前のトール単独であったら、今の三匹を倒すために延々と逃げながら戦わねばならなかった。

たいていの相手なら立ち向かえるトールであるが、それは眼前の相手に集中できるという条件があってこそだ。

いかに回避と反撃が上手くても、死角からの攻撃を延々とその場で躱し続けるのは、さすがに体力と集中力がもたない。

だが今のトールとソラの組み合わせなら、避けきれない攻撃でもはね返せるし、傷も負ってもすぐに治せてしまう。

このパーティは、トールが思っていた以上に優秀な力を発揮しつつあった。

「ね、トールちゃん、わたし、役にたってる?」

「ああ、頼りにしてるぞ、ソラ」

聞きたい一言をさらっといってくれたトールに、少女は満面の笑みを浮かべる。

連れ立った二人は、さらに森の奥へ進み始めた。