軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

図南の成り上がり者2

「正解は、エレンでしたぁ」

フィーネの答えにカレンは目頭が熱くなり、顔をくしゃくしゃにした。

「わたしの名前に、似てる……っ」

「えへへ、そうだねぇ」

あえてカレンの名前に似せたとは言わない。

二人が名前を付けたわけでもない。

身近でもっとも権威ある人間の伝手を辿って名付け親になってもらうのは、よくあることだ。

伝手のあった錬金術ギルドの職員に名付け親を頼んだだけ、と言える。

そのギルド員が自分の担当する錬金術師の中で、一番出世した錬金術師にあやかっただけなのだ。

それなら大丈夫だろう。

英雄の名前にあやかるようなものだから。

あとはカレンがあやかりたいと思われて当然の錬金術師だと、英雄だと広く認められる人間になればいい。

そうすればナタリアたちが紡いでくれたこの細い縁を裏切らずに済む。

――そして、この子に魔力がなくても生きられる世界を作ればいい。

「エレン、あなたに女神の祝福を」

カレンは赤子の額にそっと額を当ててぐっと目を瞑って涙が流れるのをこらえると、フィーネの手にエレンを返した。

「抱っこさせてくれてありがとう……わたし、帰るね」

「揚げたて熱々のカレン揚げパンを忘れないでねぇ」

「おまけもつけといたからな」

カレンはパンの入った大きな紙袋を受け取って、店内の人がパンを買い占めてもおつりが出るくらいのお金を置いてパン屋を出た。

そして、カレンは軒先で待っていたユリウスを逆ナンする二人の女を見やった。

「彼、わたしの婚約者なの。諦めてね」

「えー」

「はい、散った散った」

女たちは一旦は離れていったが、つかずはなれずの場所で様子をうかがっている。

カレンという婚約者がいても、ユリウスを諦められないのだろう。

「ねえ、ユリウス」

「すまない、カレン。私は何度も拒んだのだが――」

「下町の女はユリウスの優しい拒み方じゃ諦めないからね」

たとえば冒険者の女は貴族の女と違って慎みがないので、むしろ男を押し倒すくらいはする。

鏡見ろブス、くらい言えば憤慨して引くだろう。

けれど、そんなことを言うユリウスをカレンが見たくない。

貴族だと身分を明かせばすぐに逃げていくだろうが、噂になっても困るのだ。

チラチラ視界の端に入り込んでくる彼女たちの存在を、以前のカレンなら無視できなかった。

優越感のために――それは不安を覆い隠すためのものでもあった。

ユリウスとの関係性を見せつけて、彼女たちを圧倒せずにはいられなかっただろう。

だが、カレンは無視することにした。

無視できるようになったのは、きっとユリウスとの関係が変わったから。

カレンとユリウスとの間に彼女たちは入り込むことはできないのだと、理解したから。

何より、カレンには今すぐにユリウスに伝えたい意志があった。

「そんなことより、ユリウス」

「なんだい?」

「わたしも子どもがほしくなっちゃった」

カレンは遠くを見つめて言った。

遠い遠い、空の彼方を。

「――だから、早く世界を変えたい。ついてきてくれるよね?」

カレンが真顔で言うも、返事が中々返ってこない。

怪訝に思ったカレンが遠い空の彼方から横にいたユリウスに視線を移すと――ユリウスは真っ赤になっていた。

顔だけでなく、耳も首筋も、手や腕まで赤くなっている。

カレンの視線に気づくとユリウスはうつむいて顔を手で覆った。

「す、すまない。君がそういう意味で言っているわけではないことは、わかるのだが……言い方が」

「ちょっと待って!? 確かにそういう意味に取れなくもないけど、でも、そういう意味ではなくってね!?」

「うん……店内の話は聞こえていたので、話の流れはわかってはいる……理解、はしている……のだが、その……」

真っ赤になって眉尻を下げ、へにょへにょと言うユリウスに、逆ナンの女たちは興ざめした顔を見合わせ去っていった。

彼女たちにとっては情けない顔かもしれないが、カレンはそんなユリウスを見ると胸にときめきが走った。

「くっ……ユリウスにそんな顔をされたら、わたしまで恥ずかしくなってくるんだけど……!」

「君が真面目な話をしているのに、すまない。無論、私はカレンについていくつもりだが」

「わたしもそういうことを考えていないわけじゃない、けど!」

カレンも真っ赤になって言った。

「まずは結婚、しなきゃね?」

「……婚約したばかりだというのに、もう君と結婚したい、が、待ってくれ。今の流れだと、まるで君の体目当てのように聞こえてしまうかもしれないが、そうではなく!」

「わ、わかってるよっ。……けど、少しくらいそういう目的でも――」

カレンがモゴモゴモジモジ言っていると、今出て来たパン屋の入口ががらりと開いた。

「お二人さん、店内にまで声が聞こえてるよぉ」

「昼間からこんなところでする話じゃないだろ? ま、お幸せになー」

「わーっ!!」

「すまない……」

ユリウスの顔は一度見たらそう簡単に忘れられるはずがない。

だから、フィーネとリーヌスはユリウスが同窓会に現れた貴族だと覚えているだろう。

しかし、二人はもうユリウスを恐れる様子もなく温かく笑っていた。

きっとカレンとユリウスの関係が変わったからだった。

いつの間にか起きたエレンも、笑顔の両親につられるように可愛らしく笑っていた。