軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最速の救助3

「ここで混乱した人が、アダマンタイトだけでも持って帰ろうと欲を掻くと、五階層の氷の裂け目に落ちていき、その下にいる魔物の食い物になる――そういう設計のように感じました」

「どうしてそんなふうに思った?」

「パニックに陥って、アダマンタイトを抱えて五階層にまで駆け戻ってダンジョンの罠に嵌まった方がいらっしゃいました」

「ああ、あいつだな」

リヒトは居心地悪そうに身を縮めている騎士を見やった。

落ち着いた今は自分のしたことを振り返れるからだろう、カレンの視線に気づくと気まずげに視線を落とした。

「あの人に鎮静のポーションを使ったら、落ち着きました」

「それだけのことで魔物の存在に気づいたのか? 俺たちの様子を見ただけで?」

「魔物の存在に気づいてはいませんよ。可能性があるとは思ってはいましたけど、ただ戻ってこないユリウス様に、皆様が動揺していらっしゃるだけかとも思いました」

「じゃあ、どうして万能薬を作って俺に食べさせた?」

何故か、どんどんリヒトの眼差しが鋭くなっていく。

カレンはしかし、よどみなくリヒトの問いに答えていった。

「何にせよ、落ち着いていただくのがユリウス様を助けにいくための最速だと思ったので。あらゆる状態異常を治す万能薬で冷静さを取り戻していただいた上で、腹ごしらえも同時に済ませていただく作戦です」

「……冷静だな。冷酷と紙一重だが、頼もしい限りだ。これは褒め言葉だぜ?」

そうは言いながらも、カレンの冷静さが気に食わないのかその言葉には皮肉めいた響きがあった。

カレンがついそんなリヒトを睨むと、リヒトも睨み返してくる。

「なんだよ、おい」

「いえ、別に。つまりこれが織り込み済みの罠なら、魔物が溢れてきているわけではない可能性が高い、ということです」

「……なるほどな」

リヒトは言うと、深呼吸して続けた。

「君の言葉を信じよう、カレン。信じるしかない。もしかしたら、なんて考える時間ももったいないからな。姿は見えずに精神干渉となると、ゴースト系か?」

「わたしはダンジョンの魔物には詳しくないので、苛立つ貴族の方々を前に沈黙しているうちの冒険者たちと相談してください。他の方々は今、話ができる状態じゃなさそうなので」

「あっ、おい」

カレンは鑑定鏡で完成したカレーを鑑定すると、リヒトの側を離れた。

「皆さん! ポーションが完成しました。――最速でユリウス様のもとに辿り着くためのポーションです。このダンジョンの崩壊を防ぐための、最速を歩むためのポーションです!!」

カレンは澱んだ目をした騎士たちにポーションの完成を告げると、一人分のカレーを器によそう。

それを、カレンは恐ろしく苛立たしげな顔をしたゴットフリートのもとに持っていった。

「ゴットフリート様、どうぞお召し上がりください」

「――今、私は万能薬が必要な状態なのだな?」

カレンはそれに自力で気づけるゴットフリートに軽く目を瞠りつつ、うなずいた。

「はい、ゴットフリート様」

「世話をかける」

ゴットフリートは万力で怒りを抑えているような目つきと低い声で言いつつ、カレンから器を受け取ると、ほとんどカレーを一気に飲んだ。

「カレーは飲み物……」

カレンはボソッとつぶやいた。

ゴットフリートはカレーを一気飲みした直後から、みるみるうちに穏やかな表情を取り戻していった。

「……フゥ。恩に着るぞ、カレン殿。ようやく人心地がついた」

「今『恩に着る』って言いましたよね?」

「うむ?」

ゴットフリートが前言を撤回しないうちに、カレンはその恩返しを要求した。

「どうか荷馬車を引く騎乗竜を貸していただけませんか? ゴットフリート様」

「……うむ? 何か牽かせたいものでもあるのか?」

「わたしとリヒト様が乗って先行します」

騎乗竜は本来、馬車を牽かせるものだがその背に乗ることもできる。

その速度は馬を優にしのぐ。

飼い慣らされた魔物としてそのランクはFとされているが、その速度はDランクの魔物レベルと言われている。

だが、人が背に乗りやすい形状の体ではないため、最悪の騎乗体験になるそうだ。

しかしもちろん、Bランク冒険者相当の強者にとってはなんてことはないらしい。

恐らくカレン一人では乗れない。

だから、リヒトの助けがいる。

「なるほど。しかし、荷物の大半を捨てていくことになるぞ? 未攻略ダンジョンの情報は乏しい。ここにある物資が必要になる場面が来るかもしれん」

荷馬車に積載されている荷物は当然のことながら、カレンやブドウ酒だけではない。

食糧や、魔法薬や魔道具、ダンジョン攻略に必要となる物資が山と積まれている。

「必要な物資があればすべてわたしがその場で錬金します」

「……なるほど。それができるのであれば確かに、それなら最速だな」

カレンの言葉にゴットフリートは気圧されたようにうなずいた。

「私としては構わんが、命がけになるぞ」

「ありがとうございます、ゴットフリート様」

「おい、俺には事後承諾かい?」

当たり前のように巻き込まれたリヒトに突っ込みを入れられ、カレンはうっすらと微笑んだ。

「リヒト様がお嫌でしたらわたし一人で行きますよ」

「君を一人で行かせられるわけがないだろう。行くに決まっている」

「お願いしますとは言いませんよ。リヒト様にとっても渡りに船でしょう?」

カレンの挑発的な物言いに、リヒトは目を丸くした。

「……あのさ、カレン。君、もしかして実は冷静じゃないのか? 結構キレてる?」

「苛々したり取り乱せば、早くダンジョンに潜れるというのならわたしだってそうしますけど、そうじゃありませんよね? 冷酷でいることによって最速でユリウス様のもとにたどり着けるなら、わたしはいくらでも冷酷になります」

「あー、悪かった、さっきのは――」

「ユリウス様の伴侶になろうとしている女が、ユリウス様が危ないのかもしれないのに落ち着き払っていたこと、友人として気分が悪かったんですよね? お気持ちはわかりますよ、リヒト様」

カレンは冷笑しながら完成したカレーを別の鍋に移し、錬金釜を手早く拭う。

中身の空いた錬金釜を、カレンはモコモコのマントの中に、縄で体にくくりつける。

柄杓も折れた腕の添え木のように縛りつけておく。

ジークにもらった水色の手袋は嵌めておく。

着々と準備を進めるカレンの姿に、リヒトは降参した。

「……ああもう、俺が悪かったよ! 泣き喚いて取り乱す女より、君の方が百倍いいさ!!」

「リヒト様も準備してくださいね。もう行きますよ」

カレンはリヒトの降参を軽くスルーして言う。

リヒトはカチンと来た顔で、カレンを煽った。

「俺はいつだって動けるが? 君こそ騎乗竜に乗った経験は? カレン」

「騎乗竜どころか乗馬経験もありません。ですので、わたしが吐いても泣き叫んでもお気になさらずに騎乗竜を走らせてください」

青い顔をしつつも気丈に言うカレンに、リヒトはにっこりと笑った。

「君があんまり気の毒なありさまになるようだったら気絶させてやろう。ありがたくて涙が出るだろう?」

「……頼もしいお言葉、痛み入ります」

カレンが苦虫を噛み潰したような表情で答えると、リヒトは喉の奥でくつくつと笑った。

準備を整えると、カレンとリヒトは荷馬車から外された騎乗竜のなだらかな坂のような背中にしがみついた。

人が乗るような形状の生き物ではないのをひしひしと感じる。

後ろにリヒトが乗っていなければ、たとえ並足で歩いていてもカレンはいずれ滑り落ちてしまっただろう。

「後から追いつく」

ゴットフリートの言葉にカレンがうなずいた後、リヒトは騎乗竜に合図をした。

その瞬間、カレンとリヒトを乗せた騎乗竜は先程まで四足歩行だったくせに、ほとんど二足歩行になってロケットスタートを決めた。