軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最速の救助

「助けッッ、助けてくれー!!」

「あっ、声は聞こえる」

騎士の姿は見えないが、やっと息を吹き返したような大きな呼吸音の後に絶叫が響いた。

「下に! 下に何かいる!! 助けろ!! 早く! 平民ども!!」

「おっ、見つけたぞ。ほら、見えるかカレンちゃん。あのでっぱりの、影のところに引っかかってるぞ」

真っ暗な崖の闇の隣にある、ほんの少しだけまだ光の届くところ。

目に魔力を集めると、視力が強化される。

その少し光の当たる氷のでっぱりに、確かに豆粒のように小さな動く姿が見て取れた。

服が引っかかっているだけで、手が壁に届かないらしい。

そしてカレンたちには闇にしか見えない裂け目の底には、どうやら何かがいるらしい。

「早くしろぉぉぉ!!」

「助けてもらいたかったら落ち着きな!!」

これまで貴族相手には敬意ある態度を貫いてきたウルテが初めてタメ口で怒鳴った。

だが、下からは矢継ぎ早に喚き散らす声が響く。

ウルテは背負っていた荷物から縄を取り出した格好でカレンに言った。

「あんな興奮状態のやつを助けにいったら巻き込まれちまうから、こういう時は落ち着くまで待つんだよ。助けを求められたからって、ホイホイ助けにいかないようにするんだよ、カレン」

「わたしじゃそもそも、こんな崖を下りたりできないよ?」

「今の話じゃなくて、いつかの話だよ」

「でも、すぐに助けないと落ちてしまいそうだったら――」

「その時はその時! 仕方がないでおしまいだよ」

ウルテは冷徹に言うと、興奮する騎士を見下ろした。

「こういうのはね、焦って行動するより、落ち着くのを待った方が結果的には早く助けられるものなんだよ」

「急がば回れってこと?」

「それだ」

しかし、落ち着くまで待っていては落ちてしまいそうだった。

カレンは背嚢を漁った。

常備している鎮静の魔法薬――いつもサシェに入れる乾燥ハーブの瓶を取り出すと、ウルテに差し出す。

「これ、心を落ち着かせる魔法薬。使えるかな?」

「へえ! 気付け薬とは違うのかい?」

「うん。安心したり、体から力が抜けてリラックスしたりする鎮静効果がある香りのポーションなんだけど、落ち着いた途端に体から力が抜けて落下しないかちょっと心配」

「ふうん。ま、そうなった時には致し方なしさ」

ウルテは瓶の中から鎮静の魔法薬になっている乾燥ハーブをひとつかみしてポケットに入れた。

縄を肩に掛け、ナイフを手に命綱も無しに、するすると氷の崖を下りていく。

「しっかし、行きには馬車が通っても落ちたりしなかったんだがな。ダンジョンから出る時にだけ発動する種類の罠か?」

セプルは余裕の見物顔で雑談をする。

ウルテのしていることは冒険者的にはさほど難しいことではないのだろう。

「アダマンタイトが重すぎたんじゃないかな。あれ、魔法金属だから、魔力を込めると性質が変化するでしょ? 軽く感じられたりとか」

「ああ。だから防具や武器にできるんだもんな」

「でも、実際の重さが変わるわけじゃないから……何なら、馬車より重たかったのかも」

「うえっ」

セプルは顔を歪ませた。

「六階層からアダマンタイトを持ち出したから、落ちたってことかよ……」

「鉱床自体が罠なのかもね。ここのダンジョンは」

人の欲望を操って嵌める罠。

魔物が出ないのはアダマンタイトを持ち出しやすいと思わせるためなのかもしれない。

カレンはぞくりと背筋を震わせた。

ダンジョンは女神の試練といわれているので、これは女神の采配のはずだ。

ウルテが崖中腹で騎士の男に鎮静のポーションを使ったのか、途端に喚いていた男は静まり返った。

「随分といやらしいダンジョンみたいだな」

つまり、女神はいやらしい性格だということだろう。

随分前から、カレンはそれを知っていた気がした。

――幼いユリウスは、このダンジョンから命がけで脱出したのだ。

「カレン殿!」

遠くから名前を呼ばれて振り仰ぐ。

カレンたちの姿がなかったからだろう。

ゴットフリートとリヒトも五階層にやってきた。

「何をしている!?」

「ゴットフリート様! この穴下に騎士様が落下したので現在救助中です!」

坂を滑るように駆け下りてきたゴットフリートは、クレバスの裂け目から引き上げられる騎士を見下ろしうなずいた。

「なるほど。うちの騎士が世話をかけたようだな」

「お気になさらず。今はダンジョンを共に潜る仲間ですので」

ゴットフリートはいつになく険しい表情をしていた。

眉間にしわを寄せ、カレンを見下ろす。

「カレン殿、もしやもするとユリウス様が危ないかもしれん」

カレンは瞠目した。

「ユリウス様ならとうにダンジョンを攻略できていなければおかしい。時間がかかりすぎている」

「……ユリウス様なら十階層程度は問題なく攻略できるんじゃないんですか?」

「うむ。そのはずだったのだが、現実そうなっていない」

「カレン、早くユリウスのところへ向かおう」

カレンにそう言ったのはリヒトだった。

険しい顔つきをしたリヒトが、カレンに近づいてくる。

ダンジョンに入ってからずっと側に貼りついていたはずのリヒトの姿がいつの間にか見えなくなっていたのは、ゴットフリートとユリウスについて相談するためだったらしい。

ヘラヘラとカレンに近づいてきた時の軽薄さなど、今のリヒトのどこにもなかった。

「君の心配、当たってしまったのかもしれない」

みんなユリウスなら大丈夫だと言うが、果たして本当にそうなのか。

そう(・・) であったとしても、カレンは迎えにいきたかった。

カレンは言いたいことがたくさんあったが呑み込んだ。

「――なら、ユリウス様を迎えに来てよかったです」

リヒトの顔を見れば、カレンが言いたいようなことはすべてリヒト自身がすでに内心反芻しているのが見て取れる。

クレバスから騎士を救助し、カレンたちは六階層に戻った。

再び逃げ出さないように縄を巻かれた騎士を見て、仲間の騎士たちはウルテに詰め寄った。

「エルマーに何をした!?」

「崖下に落ちたところを救助させていただいただけでございます」

ウルテは特上の愛想笑いを浮かべると、うやうやしく騎士を引き渡して苛々しながら戻ってきた。

「お仲間を助けてやったってのに、あいつらなんだい。あの態度は!」

「貴族のやつら、苛立ってるみたいだな」

「崩壊しかけのダンジョンが恐くてたまらないんだろうね。あの御仁が攻略しきれないんじゃ、十階層がどうなっているかわかったもんじゃないからね」

声を極限まで潜めて言うウルテに、セプルはうなずいた。

「はんっ。あいつらみんな臆病者ってことか」

「シッ! 本当のことでも貴族の怒りを買ったら恨まれるよ!」

声が大きくなりすぎたセプルの口をウルテが塞ぐ。

仲間の騎士たちに縄を解かれた騎士はうなだれていた。

だが、再び五階層に走り出しそうな気配はない。

遠目にも落ち着いている騎士の様子を見て、カレンは目を細めた。

「カレン、荷物をまとめてくれ。君たちが荷物をまとめたらすぐに出発する」

リヒトがカレンを急かすように言う。

六階層の洞穴前には中から戻ってきた騎士たちがすでに荷造りを終えていた。

誰もが深刻な表情を浮かべているのは、すでにユリウスの状況が周知されたからなのか。

パニックに陥って逃げ出した騎士も、ユリウスですら防げない大規模な 大崩壊(スタンピード) を起こしかけているダンジョンから逃げ出そうとしていたのか。

恐れと不安の浮かんだリヒトの目を見ながら、カレンは言った。

「わかりました」

「わかったなら、急いでくれ」

「でもその前に、昼食にしましょう」

カレンが手をポンと叩いて言うと、リヒトは目をまん丸に見開いた直後、顔を歪めた。