軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

記念日デート8

「舞踏のあるパーティーにいらしたのですから、せめて、私が紹介したご令嬢とくらいは踊っていただきたいわ。それほどたくさんの方と踊っていただかずとも、私のごく親しいおうちのお嬢さん、一人二人……できれば三人ぐらいで構いませんわ。貴族の社交場にはそういうマナーがあるのですよ、カレンさん」

カペル子爵夫人はユリウスを説得しつつ、カレンにもわかるようにと解説してくれた。

カレンはそれにうなずいた。カレンも、一通り習ったことのあるマナーである。

招待された令嬢たちが容姿に優れていなくとも家が裕福でなくとも、招待したからにはせめて一曲くらいは踊れるようにと配慮するのが主催者の仕事で、招待を受けて楽しむ場を与えられた招待客の男性にも義務がある、とカレンは習った。

男性側には好きな女性をダンスに誘う権利があるが、主催者に令嬢とのダンスのお願いをされたら、基本的にはえり好みしてそれを断ってはいけないらしい。

よほど家格が異なる相手ならともかく、主催者も配慮して身分的に釣り合う相手を紹介するので、こういう場がコネクションを増やすきっかけにもなるという。

だが、ユリウスは溜息を吐きつつ首を振った。

「マナーは理解しているが、私は私の愛する女性に影で悪口をささやくような令嬢とダンスをするつもりはない」

カレンはぎょっとしてユリウスを見て、令嬢を見やった。

見た目には可愛らしい令嬢にしか見えなかったが、ユリウスによるとカレンの悪口を言った前科があるらしい。

「わ、わたくし、そのようなことしておりません……!」

「私はダンジョン二十階層の攻略者だ。Bランクの冒険者相当の階梯に昇っているのだよ、ご令嬢。このホールにいる者の会話ならすべて聞こえている。君が私のパートナーをなんと呼んだか、カペル子爵夫人の前で復唱してほしいのかい?」

サア、と令嬢が青ざめる。よほど行儀の悪い言葉を口にしたらしい。

そそくさと逃げていく令嬢を見送り、カペル子爵夫人は溜息を吐いてユリウスに謝罪した。

「そんなことがあっただなんて……申し訳ありません、ユリウス様、カレンさん。あの子は昔からユリウス様に憧れていたので、それでつい、いけないことを言ってしまったのでしょう。とはいえ、だから許してほしいだなんて言えませんわね」

「こういうことが起きるとわかっていて、私は彼女を連れてきた。今のままの彼女を、カレンを、愛しているのだと広く知ってもらいたかったからだ。あなたを責めるつもりはないよ、カペル子爵夫人」

ユリウスは悲しげな目をして溜息を吐いた。

カレンには聞こえない色々が聞こえているせいで、それで余計にユリウスは消耗していたらしい。

カレンも階梯は昇っているが、やっと貴族の魔力量に追いつくかというところなので、彼らの基準で声をひそめられると聞こえない。

貴族には戦いの義務があるというが、次期当主の立場であったり結婚して嫁ぐことが決まっている令嬢など、王都によくいる戦いの経験のない者たちは、ユリウスの強さや耳の良さがピンと来ないのだろう。

「本当なら、何人かとダンスはするつもりでいた。カレンの味方となってくれそうな女性がいれば、味方に付けるために。私とダンスをした女性は私の願いを叶えてくれることが多いのだよ」

「それは少々……難しい計画ですわね?」

「ダンス一曲でユリウス様の願いを叶えてくれるような女性は、わたしの味方にはならないですよねえ」

カペル子爵夫人とカレンがうなずき合うと、ますますユリウスは落ち込んだ様子で肩を落とした。

「すまない。私の浅はかさでカレンをさらに傷つけてしまったね」

「いえいえ、わたしの方は何も聞こえてないしユリウス様が気づかってくれるので、まったく気にしていませんよ」

「気にしていないとは言っても、傷ついてはいるだろう?」

ユリウスは瞳を揺らしながらカレンを見つめる。

果たして傷ついているのはどちらなのか、とカレンは苦笑して、腹をくくって重い腰を上げることにした。

きっと、ユリウスはどんなカレンを目の当たりにしても、好きでいてくれるだろう。

カレンは頬に手を当てて溜息を吐いた。

「気にしていない、と言うと嘘になるかもしれませんね」

「やはり」

「実は――めちゃくちゃ気分がいいんです」

「……うん?」

ユリウスがきょとんと目を丸くする。

カレンは喫茶室のウェイターからぶどう酒をもらい、ぐびりと飲んで景気づけにした。

これからカレンが口にしようとしているのは、かなり性格が悪い女の本音というやつである。

「三国一の男がわたしのことが大好きなんです。平民の女の、わたしをですよ? そりゃあ貴族の女性たちは悔しいでしょうね。もう、睨まれるたびに鼻が高くて仕方ありません」

ユリウスがすでにはるか遠くに置いて行かれた顔になっている。

頑張っていついてきてほしいと思いつつ、カレンはアクセルを全力で踏み込んだ。

「淑女教育を受けた令嬢たちが、それでも悪口を言わずにはいられないぐらい悔しくて妬ましいんです。わたしのことがうらやましくてたまらないんですよ? 大得意ですよこんなの。ふんぞり返るあまりそのまま後ろ向きに倒れちゃいそう」

カペル子爵夫人は苦笑している。

普通、思っていても胸に秘めて口にしない種類の胸の内だ。

「わたしのことが気に食わなくてわたしのことを睨んだら、逆にユリウス様に睨まれちゃう姿が可哀想で憐れで笑っちゃいそうなくらいです。まったくお気の毒なことで、言ってはなんですがざまあみろ、と胸がスッとしています。傷つくどころかわたし、とってもいい気分ですよ!」

「……なる、ほど?」

「気にしていない、と言えば嘘です。わたし、この状況を存分に楽しんでいます! ロマンス小説みたい!!」

ぽかん、としているユリウスに、カレンは大丈夫だろうなと思いつつも確認を入れた。

「性格が悪いとは思うんですけど……こういうことを思うわたし、嫌いですか?」

「まさか」

ユリウスは、心からほっとした様子で零れんばかりの笑みを浮かべた。

「君が強い人で、心から安堵しているよ」

「これは愛だわね」

傍で見ていたカペル子爵夫人がしみじみと呟く。

カレンも心の中でうなずいた。わりと最悪な楽しみ方だが、カレンが傷つくよりは楽しんでいる姿に安心して、好きでいてくれるユリウスの気持ちは、愛なのだろう。

そして、醜い気持ちを打ち明けてでもユリウスの心を軽くしたいと思ったカレンもまた――と思ったところで、カレンは恥ずかしくなって思考を中断しておいた。