軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

記念日デート7

「ユリウス殿とこのような場所で会えるとは思わなかった!」

「お会いできて光栄ですわ、ユリウス様」

「ところで、隣の方はどなたかな? 付き人、にしては距離が近いような――」

笑いながらカレンの凡庸さをからかおうとした男性に、ユリウスは剣呑な目つきになった。

幸いその貴族の男性はユリウスの変化に目聡く気づいて途中で口を噤み、前のめりになりかかるユリウスの腕にカレンが抱きついて抑え込む。

「彼女は私のパートナーの錬金術師カレン。装束を揃えて仕立てているのが君には見えないのか?」

「こ、これはこれは、私の見る目がなく、失礼なことを申し上げました」

「謝罪をしていただきましたし、ユリウス様! 傍目に釣り合って見えないのはもう仕方のないことですから! 間違えてしまうのは仕方のないことですよっ、ね!」

男性は軽い冗談のつもりでカレンを笑おうとしただけなのが見てとれる。

そして、それだけのことにユリウスが見せた過剰な反応に明らかに驚いていた。引いていると言っていい。

面白くない冗談に不快になりはしても、ユリウスが今やろうとしているようにつかみかかったり、ましてや決闘に至るようなことは普通は起こらないだろう。

カレンの言葉にぎゅっと眉間にしわをよせたユリウスは、男性に掴みかかろうとするのをやめ、カレンに向き直った。

「君はFランクの錬金術師であった頃から、私に相応しくなかった時など一時たりとてないよ、カレン」

聞こえよがしに言うユリウスに、カレンをからかおうとした男性貴族は目を剥いた。

「あ、ありがとうございます、ユリウス様」

「むしろ私が君に相応しくあれているのかを問う日々だ」

「うん、ホントに、そう言っていただけて光栄です」

カレンとユリウスの言葉が届く範囲にいる人々が異様なものを見る目になっているが、カレンはユリウスの対処に専念した。

これまでも、カレンが人々の非難に晒されたことはいくらでもある。

その時のユリウスはここまで過剰に反応はしなかった。

だが、ユリウス側にいることでカレンがより軽んじられる事態になることを、ユリウスはあまりにも恐れているらしい。

いつになく甘い言葉を紡ぎながら、金色の瞳が不安に揺れている。

その甘さに耽溺する間もなくカレンはユリウスを安心させるために笑みを浮かべて言った。

「この調子で、ユリウス様がわたしを大切にしてくれているんだってことを周りに見せつけていきましょう。目標は、ユリウス様が平民の錬金術師にメロメロだって噂が流れること!」

「そうだね。そういう噂が流れるように、カペル子爵夫人のパーティーを選んだのもある」

口が軽いところがあるというカペル子爵夫人。

カレンが横目でこのパーティーの主催者を探していると、ユリウスがカレンを軽く後ろから抱きしめた。

明らかにパーティーの場でやるようなことではないのだろう。途端に場の空気がざわめき出す。

その瞬間、黄色い悲鳴が聞こえた方角にカペル子爵夫人がいた。

キャイキャイ言いながらカレンとユリウスを見ているのが遠目にもわかり、カレンは苦笑した。労せずして噂を流してもらえそうである。

カレンはこの状況に恥ずかしさを覚えるよりも前に、ユリウスの様子を気にかけて言った。

「作戦は着実に進んでいますよ、ユリウス様。大丈夫です」

「……だが、君を睨む令嬢たちがいる」

ユリウスがカレンの耳元に唇を寄せて言う。

くすぐったさに笑いながら、カレンはユリウスの言う令嬢たちの方をチラ見した。

口許を扇で隠しつつ、冷たい目でカレンを見やる若き令嬢たちのグループがあちこちにある。

「ま、あれはもう仕方ないですよ」

ユリウスは人気者なのだ。平民のカレンが憧れるように、貴族の令嬢たちもユリウスに憧れていただろう。

むしろ貴族の令嬢たちの方がより現実的に、ユリウスとの結婚を夢見ていたはずだ。

それがポッと出の平民に横からかっさらわれたのだから、怨念が滴っていても無理もないところを、令嬢たちの目つきが冷たいくらいで、見た目には予想よりも理性的である。

「ユリウス様、モテモテですからねえ」

そんなモテモテの男が自分に夢中になっている。

こういうシチュエーション、カレンは嫌いではない。

好んで嗜むロマンス小説にもよくある大好物展開である。

が、令嬢たちの嫉妬が心地いいなどと言ったらあまりに性格が悪いので、カレンはコホンと咳払いして控えめに要望を告げた。

「そんなモテモテのユリウス様からダンスに誘われたら、女の子なら誰だって嬉しいと思います」

ユリウスはカレンの要望を受けてカレンから離れると、カレンの正面に立ち手を取ると優美にお辞儀した。

「カレン、私と踊ってくれないか?」

「喜んで。貴族の前で踊るとなると緊張しますね……!」

同窓会の時にはみんな五十歩百歩の舞踏技術の中、カレンはむしろ上手な方だった。

だが、ここは貴族の舞踏場である。

「私がいる限り君が転ぶことは万が一にもありえないが、たとえ君が転ぼうとも私が愛する存在であることに代わりはない」

「……うん、そうですね。それを見せつけにここにいるんですもんね!」

カレンは次の音楽でユリウスと共に舞踏の場に躍り出た。

少々緊張はしたものの、ユリウスのリードが上手いので、楽しめるだけの余裕もありつつ特に危なげなくダンスを終えた。

ただ、カレンが一息吐く横でユリウスは壁際を睨みつけていたりした。

「どうしましたか? ユリウス様」

「どうもしないよ、カレン」

ユリウスはカレンには笑顔で答えた。

先程までユリウスが睨みつけていた方角を見れば青ざめてプルプル震える令嬢たちがいた。大方、カレンの悪口か何かを言ったのだろう。

カレンの耳には聞こえずとも、階梯を昇って肉体が強くなった地獄耳のユリウスには届いてしまったらしい。

カレンだけが令嬢たちの嫉妬にまみれた悪口を聞いていたら、たとえダンスの出来映えを酷評されても所詮はユリウスに愛された者への嫉妬だろうと、虚栄心を刺激されて得意になっていたくらいだったろうに、運のないことである。

ユリウスがカレン以上に悪意に敏感になってくれているのを見ていると、カレンにはそれを楽しむ余裕すら出てきてしまった。

「ユリウス様、わたし、本当に気にしていません。だから、手加減してあげてくださいね」

「何のことかな?」

ユリウスはにっこりと笑った。

恋愛脳の令嬢たちが他人とは思えないカレンだったが、素知らぬふりをするユリウスに強く言う気もない。

カレンも、逆の立場だったらユリウスを悪く言う人間にいい顔はできないだろう。

とりあえず、これ以上ユリウスを刺激しないためにもカレンはぴったりユリウスにくっついておくことにした。

カレンが傷つかないことが、ユリウスを傷つけない一番の防御策である

だが、喫茶室に移動したカレンとユリウスのところにカペル子爵夫人がやって来て言った。

「ユリウス様、次はこちらのお嬢さんと踊ってあげていただけないかしら?」

招待された男性は壁の花となる女性が出ないようにダンスに誘ってあげるのもマナーの一環である。

特に、主催者のカペル子爵夫人からの紹介であればそれは受けるのが礼儀だ。

だが、ユリウスはきっぱりと言った。

「すまないが、断らせてほしい」

それはマナー的にいいのだろうか、と怪訝に思うカレンの認識の方が正しいようで、カペル子爵夫人は呆気にとられた顔をし、彼女の背後にいた令嬢は泣きそうな顔になった。