軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

主張の舞台5

観衆たちは飽き始めているか、あるいは野次でも飛ばしたそうな顔をしていた。

アヒムが怒鳴ったから出鼻を挫かれて黙っているだけで、これ以上観客たちの不興を買えば、カレンは舞台から無様に引きずり降ろされかねなかった。

やっぱり魔力なしなんていない方がいい――そういう結論になってしまうのは織り込み済みで、白けた空気もアウェイの雰囲気も承知の上で、今日この場で何かを変えることなんてできないと思っていた。

でも、世界の理について考える時間が欲しい。

だから、カレンは観衆の中で今まさに不機嫌な顔で何かを叫ぼうとした男を見やった。

カレンに見すえられると男は口を開けた状態で言葉を呑み込んだ。

うごめきだした魔力がカレンの身のうちでのたうっているのが見えたのかもしれない。

『わたしの弟子の成長が早いのは、わたしの教えのためじゃない』

カレンの前世知識から来る教えももしかしたら多少は関係しているのかもしれないが、当のカレンの成長速度はハラルドに及ばない。

『この弟子の特徴はもちろん、元魔力なしだということだよ』

『カレン、もしかして、魔力なしはそうではない私たちより階梯を昇りやすいの? それなら、階梯を昇れない魔力なしどもは怠慢だって話になるわね?』

『それは違う』

庇うための言葉ではなかった。ただ単に、違うからカレンは違うと言っただけだった。

『怠慢なわけじゃない。魔力がない人にとってこの世界は存在するだけでも苦しい場所なの。魔力を身に纏っているだけでも、この世界はとても息のしやすい場所なの』

「本当なのか?」

「……ええ、本当ですよ。カレン様の仰る通り、階梯を昇り魔力量が増えてから、とても息がしやすくなりました。二度と元には戻りたくないと思うほどに」

アヒムの問いにハラルドが答える。

答えを聞いたアヒムはイライラと頭をかきむしった。

「なんでそんなことがわかるんだよ……!」

ハラルドはともかくカレンにどうしてそんなことがわかるのか。『理解』にまで至れるのか。

アヒムは理解できないことに苛立っていた。

生まれつき魔力を持たないか、あるいは魔力を使い切ることによってのみ理解できるようになる。

だが、前にユルヤナに無責任に勧めた時のようには、おいそれと人には勧められない。

ダンジョン調査隊で魔力を強制的に奪われた冒険者たちの惨状は記憶に新しい。

人とは魔力なしでも生きていけるということを理解していない人たちが魔力を奪われるとどうなってしまうのか、カレンは想像もできていなかったのだ。

『だから魔力がない人たちがやってることがわたしたちには簡単に見えても、彼らにとってはものすごく大変なことなんだよ。怠けているわけじゃない。きっと、ハラルドにとってもとてつもなく困難な試練だったはず』

……なのだが、ハラルドはカレンに視線を向けられるとにっこりと笑ってみせる。

苦難のくの字もカレンに見せるつもりはないらしい。

『あらゆることが困難だから、魔力なしの人たちにとっては生きているだけで試練の連続、なんだろうね。だから階梯を昇れる機会が多い』

『それなのに、他の魔力なしたちは女神が与えたせっかくの機会をふいにしているってこと? 台無しにしているということじゃないのかしら?』

『試練が困難だから乗りこえられないんだよ、マリアン。わたしが階梯を昇るより、マリアンが階梯を昇るより、魔力なしが階梯を昇るのは大変なことなんだよ』

じり、とうなじに迫る空の感触。

間近に迫ってきたからか、異変を感じ始めた人々の間に流れるざわめきの質が変わっていく。

一体、この場にいるどれだけの人々が階梯を昇ったことがあるだろう。

『あまりに困難だからこそ、一度乗りこえた時の上がり幅が大きいのかもしれない……いや』

何かがほんの少しズレている――そんな感覚を覚えて、カレンは溜息を呑み込んだ。

実はすでに理由らしきものに思い当たっている。

だが、カレンは別の理由かもしれないと思いたくて遠回りしていた。

けれど空はじりじりとカレンに正答するよう迫ってくる。

その圧迫感に、カレンは冷や汗をかいた。

カレン以外は誰も天からの圧を感じていないらしい。

それでも、今まさに階梯を昇りかけている人間が目の前にいれば、それとはわかるらしかった。

「まさか、これ、女神の階梯が降りてきてる……?」

「うそ、はじめてみる!」

「人生で、女神の階梯を見られる日が来ようとは」

どうやら、階梯を昇るどころか階梯を昇る姿を見たことがある人すら稀らしい。

だから、カレンを何を寝ぼけたことを言っているんだと言いたげな目で見ていた人たちすら、今や背筋を正し固唾を呑んでカレンを見上げていた。

一般の人とはそういう存在だった。

それでも不思議だった。カレンが今理解しかけている事柄は、そう難しい話でもない。

それなのにどうして女神はこれを階梯に昇れるほどの理解だと評価してくれるのか。

大神官は言っていた。

死者の魂は女神の慈悲と愛によって階梯を昇るのだと。

生者も同じだとすれば、だ。

『――困難な試練だからこそ、魔力がほとんどない状態から試練を乗りこえる者を、女神様はより愛しているんだと思う、よ』

女神の圧に耐えきれなくてカレンが吐露した瞬間、正解とばかりに虹の粒が降ってきた。