軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

懇願の告白 ユリウス視点

カレンの諦めに曇った瞳を見てしまったユリウスは結局その願いを拒絶できなかった。

だが、ユリウスはすぐにカレンの頼みを引き受けたことを後悔した。

これほど近いと背を向けていても、無駄に気配を読む能力が高すぎて、見なくともカレンが何をしているのかユリウスにはわかってしまう。

カレンがまずは靴を脱ぎ、次に靴下を脱いだこと。

ユリウスがすぐそこにいながら、カレンが躊躇いなく服を脱いでいくこと。

だが、下着だけは脱ぐのをしばらく躊躇って――ユリウスは今からでもこの事実をカレンに伝えるべきか、ひどく悩んだ。

魔力回復ポーションを飲むことで治まっていたはずの飢餓感が腹の底でのたうちはじめ、明らかにカレンにとって良い状態ではなかった。

だが、カレンの様子がいつもとは違うように見えてこの場を離れがたく、なまじ食欲を押さえ込めるだけの余裕があっただけに、天秤にかけた結果ユリウスはその場に踏み止まることを選んでしまった。

「ユリウス様がわたしにしたかった話って、何ですか?」

不意にカレンが話かけてきて、ユリウスは動揺した。

だが、最初からカレンは話がしたいからとユリウスをこの場に引き入れたのだ。

動揺をあらわにしないよう、ユリウスは平静に答えようと努めた。

カレンに何の話をしようとしていたかを思い出せば、努力をせずとも気持ちは沈み、ユリウスは自嘲を浮かべて答えることができた。

「私の話はヴァルトリーデ王女殿下をお助けしたあとで構わない」

「わたしが構うんですよ。気になって、万能薬作りに集中できません」

「……それは、困ったね」

「でしょう? ですから教えてください。ユリウス様のところに帰ってきたら話してくれる約束だったでしょ?」

確かに約束はしたが、すべてが終わったあとでするつもりだった話だ。

何もかも終わってしまうかもしれないから、すべての問題が片づいたあとで話をするべきだった。

だから、ユリウスはやんわりと断ろうとした。

「私がこの話をすればかえって君の気を散らすことになるだろう。だから――」

「それでも話してください、ユリウス様」

カレンは、いつになく強引に言った。

「わたしは聞きたいです。今すぐに」

カレンがどんな表情を浮かべているのか、ユリウスは気になって仕方がなかった。

顔を見合わせさえすれば、いつもの調子でカレンの口を噤ませる自信もあった。

だが、今は万が一にも振り返るわけにはいかない。

「カレン、私は――」

今はこの話をしたくはないのだ、と。

ユリウスもまたきっぱりと言おうとした時、カレンが水音を立てながら湯舟から上がった。

ぺたり、と濡れた素足が岩の床を踏む音。

その足音が近づいてくる。カレンの肌をすべり落ち、床に落ちる水滴の音と共に――ユリウスは言葉を飲みこんだ。

「大事な話をしようとしてくれてるって、わかってます。だからこそ、今聞いておきたいんです」

ユリウスが言葉を喉に詰まらせているうちに、近づいてきたカレンがユリウスの真後ろでそう言うと、ユリウスの背中にもたれかかった。

「お願いします、ユリウス様」

温かく濡れた手がシャツを掴み、カレンの額が押し当てられる感触が伝わってくる。

ユリウスはその願いを断る方法を完全に見失った。

「ろくでもない話なのだよ? カレン」

「はい」

「――私は、殺すのが楽しくて仕方ないのだ。魔物を殺すのを楽しむ冒険者たちとも違い、私は相手が人間だろうとこの楽しみが減じることはない。……恐かったらいつでも離れてくれて構わないよ」

「はい」

恐らくはユリウスの言い方が悪かった。

カレンは恐くないと示すためにか、ユリウスの背中に抱きついてきた。

薄いシャツ越しにカレンの体のやわらかさが伝わってきて、ユリウスは頭を抱えた。

「ええと、どこまで話したかな……私が殺しを楽しむ悪辣な人間であるというところまでは話したね。普段はこの欲を我慢できているけれど、魔力に酔うと抑えきれなくなって、獲物をいたぶって無残に嬲り殺したくなる衝動に駆られてしまう。魔力に酔ったからそうなるわけではない。普段からこの欲求は私の中に存在し続けている――まごうことなく、これが私の本心なのだ」

カレンが魔力に酔ってユリウスに口づけをせがんできた時のように、酔っていたとて、それこそがユリウスの心からの欲求。

「私は父親譲りの醜い本性を隠し持つ、人殺しの化け物なのだよ。普段は貴族らしい立ち居振る舞いと身なりで隠しているだけでね」

「わたしのことも殺したくなっちゃうんですか?」

「それはない。家族に対してもこの衝動を覚えるわけではない。だが――君に対してはもっとおぞましい欲求を抱いている」

ユリウスは自分の腹に回ったカレンの白い手を見下ろして、生唾を飲んだ。

カレンに対して食欲を覚えはじめた時には、下劣な欲求が行きつくところまで行きついてしまったのではないかと、ホルストの話を聞くまでは己を疑わずにはいられないほど、自分の理性など何も信じられなかった。

自分は、あの醜くおぞましい父親とうり二つの性質を受け継いでいるのだから。

「だからカレン、君は私を恐れるべきだ」

しかし、カレンが今更恐れはじめてもすでにユリウスはカレンを手放す気がない。

カレンの中でユリウスという幻想が壊れてしまい、これまでのように慕えないと言われようとも、ユリウスもまたカレンを逃がさない。

そう決めたから口づけた。

決して諦められないと気づいたから、手段を選ぶのはやめることにした。

だがそれでも、カレンに恐れられることに怯え、今日まで本性を隠し続け、今もまだすべてを打ち明けられてはいない。

そんなユリウスに対して、カレンは一体何を思うのか――振り返ることができない今は、腹に回るカレンの手だけが手がかりだった。

その手がユリウスのシャツをきつく掴んだ。

「嬉しいです……あんなキスをされたのはじめてなのに、食欲のためだけにされたのかと思ったら、悲しかったんですよ」

「カレン――」

「少しは女として求められていたなら、幸せです」

少しどころの話ではない。息継ぎをするために口づけを求めていたはずなのに、唇を許すカレンの寛容さに溺れて貪る自分は、一体どちらの欲でカレンを捕食しているのかもわからなかった。

それを、カレンは幸せだと言う。

間違いなくユリウスの欲がどのようなものかを正確に理解していないゆえだとわかっているのに、救われた気分になる。

同時に、許されたと勘違いした身のうちの欲が暴走しそうで恐ろしく、ユリウスはつい声を荒らげた。

「~~ッ、早く服を着てくれないか!? 湯冷めをしてしまうし、私は今、君の顔が見たい!」

「ふーん、見ればいいのに」

「見られるわけがないだろう! さっさと着てくれ!」

「は~い」

カレンがくすくすと笑いながら離れていく。

先程よりもさらに生々しく聞こえる衣擦れの音にユリウスは頭が痛くなってきた。

「服を着ましたよ、ユリウス様」

振り返ると濡れた髪をしたカレンがいて、ユリウスに向かって腕を伸ばしてくる。

口づけを許容するカレンの動きだと、ユリウスはすでに学んでいる。

生唾を飲みつつ、ユリウスはその腕を掴んで差し止めた。

「今口づけたら、君の魔力をすべて吸い上げてしまいかねない。万能薬を作ろうとしているところなのはわかっているが、自分を止められる自信がない」

「食欲のせいで?」

「……主に、それ以外の欲のせいだ」

ユリウスは、カレンが受け入れられるのかどうかを測りつつ正直に答えた。

答えを受けて、カレンは嬉しそうににんまりと笑ったあと、ぽつりと言った。

「残念です」

そう言うカレンは寂しげで、心から残念そうに見えて、ユリウスはどうにか触れるだけの口づけだけでもできないか自問自答してみたが、どうしても自分を抑えられる自信がなかった。

魔力と体力を回復させたカレンは危なげなく万能薬を再現した。

鍋に一杯の万能薬は、空白地帯へ向かう道の途中まで、ユリウスが運んでやった。

「すまない、カレン。私はここまでのようだ」

「そうですか……もうちょっとだけ一緒にいられませんか?」

「これ以上は、君を見失ってしまう」

トールから、カレンとはぐれた時の話は聞いている。

これ以上魔力の空白地帯に近づけば、カレンから意識が逸れてしまいそうだった。

ちなみに現在、トールはカレンについて行くために自分も魔力を使い切ろうと挑戦したものの失敗し、寝込んでいる。

魔力を使い切ることができるというのは、ある種の特別な才能なのだろう。

「じゃ、お鍋を受け取ります……うっ、魔力がない体には重いですねえ」

カレンは鍋を持ち、十歩ほど空白地帯の方に向かうと、くるりとユリウスを振り返った。

「もう、一歩もこちらに近づけませんか?」

「ああ。君を見失いたくないから、ここから見送らせてくれ」

「そうですか。――話すか話さないか迷ったんですけど、わたしだったら後から知らされたら裏切られた気持ちになると思うから、今のうちにお伝えしておきますね」

「……カレン?」

裏切る、という言葉に不吉な予感を覚えるユリウスに、カレンは透きとおった微笑みで言った。

「実は空白地帯にはSランクの魔物がいて、ヴァルトリーデ様を捕らえているんです。その魔物にはブラーム伯爵たちの実験で傷つけられた子どもがいて、この子どもを万能薬で治せたら、ヴァルトリーデ様を解放してくれるそうです。でも治せなかったら――わたしとヴァルトリーデ様は殺されると思います」

「カレン! どうしてそのことを言わなかった!?」

ユリウスはカレンに近づこうとして、しかし目の前にいるカレンという存在のことを忘れかけて慌てて退いた。

完全にユリウスの手の届かないところまで逃れ終わった状態のカレンは、そんなユリウスを見て目を細めた。

「止められると思ったからです」

「戻ってきてくれ、カレン! 相手がSランクの魔物ならば、もはや誰にもどうにもできない災害だ。ボロミアス王子殿下も許してくださる!」

「――本当に止めてくれるんですね。ヴァルトリーデ様を見捨ててでも、わたしの命を選んでくれるんですね。それってもしかして、わたしのことがすっごく好きだってことじゃないですか?」

カレンはおどけたように言う。それは不安を押し殺した表情なのだと、今更気づいたユリウスは手の届かないもどかしさに気が狂いそうだった。

「そうだ、カレン。私は君が好きだ。愛しているのだ! 他のものは何もいらない! だから戻ってきてくれ!! 頼む!!」

ユリウスの懇願めいた告白にカレンは目を瞠り、やがて頬を染めてほころぶ花のような笑みを浮かべた。

「嬉しいです、ユリウス様。でも、ごめんなさい。わたし、もう何一つ諦めないと決めてしまっているんです」

「カレン――!」

「いってきます、ユリウス様。サクッと友だちを助けて帰ってきますね」

カレンは笑顔で言うと、鍋を抱えてユリウスの意識の外側に消えていった。