軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪い夢

「アレがユリウス様だなんて、信じられない……」

震える声で言ったのは、怪我人を運ぶと言っていたのに最前列でユリウスの戦闘を眺めていたらしいテレーゼだった。

カレンは思わずそちらを睨んだ。

「ユリウス様をそんな目で見ないでください、テレーゼ様」

「でも……あんな姿を見たら……」

確かに笑うユリウスの姿は不気味ではあるものの、テレーゼが青ざめるほどとは思えない。

戦う姿がよほど衝撃的だったらしいが、カレンはそれを見ていないからわからない。

もどかしく思いながらカレンは素速く周囲を窺った。

騎士たちも引いた顔をして、ざわついている。

冒険者にも騎士たちのように青い顔をしている者もいたが、中には「酔っ払ってんな」と呑気な感想を口にする者もいる。

ともかく、ユリウス本人が他人に見られたくない姿を晒している状態なのは確かだった。

カレンはエルダートレントをというより、今やユリウスを遠巻きにする人々の垣根を抜けて、ユリウスを彼らの視界から遮るように立って言った。

「誰か! 水を用意してください!」

「十階層のボスを倒した高揚は、水ぐらいじゃ落ち着かねえぞ!」

「わたしのポーションなら落ち着かせられるはずなので――!」

カレンの言葉は、背に庇ったユリウスに乱暴に引き寄せられて口の中に消えた。

背後から、ユリウスがカレンを羽交い締めにする。

抱きしめるというには力が強すぎて、カレンは一瞬息ができなかった。

「私が恐いか?」

ユリウスがカレンの耳元で問う。

いつの間にかユリウスの高笑いは止んでいた。

「く、苦しい、です。ユリウス様……!」

それどころじゃない、と訴えかけるべく、カレンはユリウスの腕をパシパシと叩いた。

若干カレンを締め上げる力は緩んだものの、苦しいは苦しい。

カレンはユリウスの腕に首を絞められてでろんとなりつつ、テレーゼを見やった。

「テレーゼ様、水魔法使えますよね? わたしたちに水をかけてください……」

「これは本当に魔力酔いのせいで起きていることなのですか?」

テレーゼはカレンたちに向かって手を向けつつも、青ざめた顔をして問う。

カレンはでろんとしたまま青い顔で言った。

「その話、あとでもいいですか? ユリウス様の力加減が間違ってて、息苦しいので」

「――水よ」

テレーゼがカレンたちに水魔法をぶち当てた。

攻撃魔法ではないものの、顔を庇うこともできずに受け止めることになって結構痛い。

カレンは鼻に入った水に咳き込みつつ、マントの内ポケットから出したハーブをぺたりと濡れたユリウスの頬に貼り付け、魔力をこめた。

魔法で生み出された水には当然のようにテレーゼの魔力がふんだんに込められていてひどく効率が悪い。

しかも、体を濡らす水をポーション化しようとしているので更に効率が最悪だった。

だが、カレンはユリウスを見上げ、懸命に魔力を込めた。

ユリウスは色のない目でカレンを見下ろしてはいるものの、特に抵抗はしなかった。

金色の髪から水滴をカレンに滴らせつつ、ただ、問いを重ねた。

「私が恐いか? カレン」

「さあ。戦うところ、見てなかったので」

「それにしては私を落ち着かせようと必死ではないか?」

ユリウスは皮肉な笑みを浮かべた。

ひどく暗い目つきと嘲笑っているかのような歪んだ笑顔。

これまでに見たことのないユリウスの姿を見上げつつ、カレンは平素の口調を心がけて言った。

「あなたがその姿を誰にも見せたくないと願っているから、それを叶えてあげたいだけですよ」

ユリウスは目を見開く。

その瞳の中にぐるぐるとうごめく魔力の勢いが、緩んだのが見えた気がした。

次の瞬間、カレンを締め上げるユリウスの腕の力が緩んだ。

「だが……私が恐いのは間違いないだろう」

意気消沈した声音。深い絶望の浮かぶ表情。悲しみに沈む金色の瞳。

カレンはそれを見上げつつ、息を吐いた。

「今のところ、それほどユリウス様を恐がっていない証明、してもいいです?」

「何を――カレン!?」

カレンがユリウスのゆるんだ腕の中で全身の力を抜き、ユリウスの胸に背中を預けた。

ユリウスはとっさにカレンを支えた。

目論見通り抱き留められたカレンは、その腕に全体重を委ねて目を閉じた。

「もう、疲れ果てました……わたしはユリウス様の腕の中で寝るので、あとはよろしく」

ユリウスも十階層のボス討伐で疲れているはずなのだが、元気が有り余っているようなので。

後事をすべて丸投げし、カレンはユリウスの腕の中で気絶することにした。

トールがカレンたちの野営地に戻ると、ユリウスがカレンを抱き上げていた。

何かあったのか、と鳥肌を立てて一瞬で近づいたトールだったが、ユリウスの腕の中でカレンはすやすやと眠っているだけのように見えた。

若干濡れているのはトレントの炎への対処のためだろう。

「カレンは疲れて眠っているだけだ」

「で、なんでアンタが腕に抱いてんだ?」

ユリウスはトールから顔を逸らして問いを黙殺した。

トールはユリウスを睨んだが、殺気を向けるとカレンの眠りに支障が出かねない。

本人にとっても満更ではないだろうと想像がついたので、トールは溜め息を吐いて本題に入ることにした。

「オレたちの方にはトレントの大軍がでた。犯人らしきバカを捕まえたんで、連れてきたぜ」

そう言って、トールは投げ縄に引っかけて引きずってきた男を衆目の面前に差し出した。

「この男は……グーベルト商会の商人ではないか?」

騎士たちを引き連れて犯人を見に前に出てきたのはボロミアス。

ボロミアスは、不快感よりも困惑を滲ませた表情で言った。

見るからに異様な状態だったからだろう。

「助けて、くれ……助けて……」

イザークは土に転がされた格好のまま、ぶるぶる震えながら言う。

その顔も、体も、体中の水分を抜かれてしまったかのようにしわだらけに干からびている。

漆黒の石のようなものを両手で握っていた。

その石から両手が離れないらしい。石から伸びる茨のような棘のついたくだが両手の皮膚を突き破って体内に食い込み、また手の指先が石に埋まるように沈み込み、黒く染まっている。

「王子サマ、こいつ、どうやらオレを殺そうとして何かしたっぽいぜ」

「Bランクの冒険者を殺そうとしただと?」

一瞬、トールのタメ口に眉を顰めたボロミアスだったが、トールがあえて身につけてきたBランク冒険者の印であるペンダントを確認すると話を進めた。

「この黒い石に魔力をこめたら強い魔物が現れて、オレを殺せると信じていたみたいで、これで終わりだとかなんとか言ってた。トレントの群れが現れた時には意気揚々としてたんだが、両手が石から離れないと気づいたら焦りだして、魔力が吸われるとかなんとか言ってたかと思ったら、みるみるうちに干からびてった。あと、触らない方がいいぜ」

トールに言われ、イザークを捕縛しようと近づいていた騎士たちはビクッとその手を止めた。

「こいつに触れたやつも魔力を吸われる。うちの仲間はこいつに触っちまった腕を切り落としたよ。そうしないと命ごと持ってかれそうだったんでな」

「えーん」

巨体の斧使いらしき男が、口先だけの泣きまねをしながら潰れた袖をぷらぷらと振る。

騎士たちはごくりと息を呑んでイザークから距離を取った。

イザークは息も絶え絶えに懇願した。

「お、おれの、腕も、斬り落として、くれ……!」

「どーする? 王子サマ。こいつ助ける?」

「……話を聞かねばならない。一体どうやって十階層の魔物をおびき寄せたのか、その石は何なのか、その男の身に何が起きているのか」

「わかった。じゃ、助けるぜ」

トールは無造作に剣をイザークの腕に振り下ろした。

イザークは耳を劈くような悲鳴を上げてのたうち回った。

「あー……助からないっぽいな、コレ」

トールが振り下ろした剣はイザークの腕は断ち切れても、腕の中に潜り込んでその体内にまで伸びる赤黒い茨は断ち切れなかった。

剣を伝ってトールに向かって伸びてくる茨を避けるため、トールは剣を手放した。

黒い石から伸びる茨は剣を取り込み、イザークに巻き付く本数を増やしていく。

じわじわと蝕まれていくイザークがすすり泣く声だけが、虚しくその場に響いていた。