軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空白地帯へ

「どうしてこんな簡単なことに気づかなかった!? 王国騎士が聞いて呆れる!」

「申し訳ございません、殿下」

ボロミアスの怒鳴り声が聞こえた。

遠目に、ボロミアスの側には頭を下げるトリスタンがいるのが見えた。

あの異様な甘言をささやく近衛騎士のステフの姿はない。

カレンが冒険者と騎士の話をすり合わせた結果、ダンジョン八階層に調査の手がまったく及ばない空白地帯があることが判明した。

判明して、理解した上で調査をしようと何度騎士や冒険者を送っても、何故か迷ってたどり着けない。

そのため、現在、空白地帯に近づいても迷うことのない最短距離まで肉薄し、改めて次の策を練っているところだった。

ボロミアスがトリスタンを叱責しているのは、これほど簡単なことがこれまでわからなかったのは王国騎士たちの怠慢ではないかと疑っているせいらしい。

岩場の合間の狭い場所にいくつもの天幕が立っていて、カレンが住み着いているヴァルトリーデの天幕とボロミアスの天幕も近く、王国騎士も冒険者も近い。

この状況が長く続けばトラブル発生は必定である。

「カレン、今いいか?」

声をかけてきたのはライオスだった。

ライオスはカレンと旧知ということもあり、王国騎士側の交渉人のような立ち位置を築いているらしい。

カレンが冒険者にとって貴族側の代弁者であるのと似たような立場だ。

「どうしたの?」

「トリスタン様から、おまえへの伝言だ。近衛騎士たちはこの作戦には参加せず、後方支援という名目で七階層に置いてきたので安心してほしい、とのことだ」

「えっ、わたしのために置いてきたってこと?」

「単純に邪魔だからだろう。だが、おまえを侮辱して結果的にユリウス殿と決闘になった者や、トリスタン様に処罰された者もいる。おまえを理不尽に恨む者もいるし、側にいられては気も休まらないだろうとトリスタン様はおっしゃっていた。だからわざわざ俺が報せにきてやったんだ」

「そっかぁ。トリスタン様にありがと、って伝えておいてね」

「適切な意訳させてもらうぞ」

「おねが――」

カレンの言葉が途中で途切れた。背後から体を抱きこまれたせいだった。

「カレン、その男と何を話している?」

「ユ、ユリウス様? こんなところで何をするんですか!?」

「何を話しているのかと聞いている」

「仕事の話ですけど! 離してもらっていいですか!?」

「カレンの言う通りで、トリスタン様からの伝言を預かってきただけでして――」

「君の話など聞いていないよ、ライオス」

ユリウスに睨まれ、ライオスはぐっと言葉を詰まらせた。

腕の中から自分を睨むカレンを見下ろし、ユリウスは眉間に深いしわを刻んだ。

「たとえ仕事の話であろうと、君が元婚約者と話しているところなど見たくない」

「仕事なら誰とだって話しますよ! ユリウス様だって仕事だからテレーゼ様と話してるでしょ!? それと同じです! 気に入らないならわたしたちの姿が見えないところに、ユリウス様が行ってください!」

ユリウスはカレンの言葉に目をきりきりと見開いた。

「――もしかして、君が私を避け続けていたのは、テレーゼ嬢が原因か?」

「そ、そうだとしたら何なんです? 自分の機嫌は自分で取るのでお気づかいなく、ユリウス様は存分に仕事をなさってください! ともかく、こんな人目の多いところでやめてくださ、いっ!?」

カレンの語尾がひっくり返る。

ユリウスが、カレンの耳朶を噛んだのだ。

かろうじて悲鳴を飲みこんだカレンはユリウスの腕の中で暴れたが、ビクともしない。

「~~~~何を! するんですか!? 人前ですよっ!?」

「私も二度とテレーゼ嬢と言葉を交わさないと誓ったら、カレンも二度とライオスと会話をしないと誓ってくれるかい?」

カレンは唖然とした。テレーゼが温泉で言っていたように、本当にユリウスがテレーゼと二度と口を利かないと言い出した。

カレンはヴァルトリーデの天幕の側にいて、もちろん、すぐ側にはテレーゼもいる。

思わずカレンがテレーゼのいる方を見やると、テレーゼはカレンたちに背を向けていた。

その肩をパーティーメンバーが抱いていて、カレンはいたたまれなくなった。

エーレルトのためだろうが何だろうが、今言うべき言葉でもないし、やるべきことでもないだろうに。

ユリウスは一体どうしてしまったのかと思いながら、カレンは言った。

「誓いません! テレーゼ様と普通に会話してください! わたしも会話しますから。ライオスだけではなく、仕事で必要なら誰とでも!」

「――すまない。頭に血が上っておかしなことを言ってしまったね」

ユリウスはそう言うとカレンを離した。

解放されたカレンは手近な遮蔽物の影に隠れた。

「ここで俺のところに来るのは愚の骨頂だぞ!?」

「他に盾にできるものがないんだから仕方ないでしょ!?」

「盾にするな! 痴話喧嘩は余所でやってくれ!」

慌てるライオスを盾にするカレンを、ユリウスは暗い目つきで見下ろした。

「そうか……私は君にこのような思いをさせていたのか」

その暗く翳った金色の瞳の中で、魔力がぐるぐるとうごめいている。

カレンは息を呑んでライオスの背後から顔を出した。

「ユリウス様、サシェは足りていますか?」

鎮静効果のある香り袋。

カレンは定期的にまとまった量の魔法のサシェをユリウスに渡し続けてきた。

これまでのペースであればまだなくなる時期ではないが、ユリウスが魔力酔いしているように見えてカレンは問うた。

だが、ユリウスは応えずにくるりと踵を返すと、そのまま歩き去ってしまった。