軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不成立の賭け

もうしばらく来るかどうか待ってみた。

しかしセラスが現れる気配はなかった。

時刻は午後3時半に差しかかろうとしている。

遅くとも午後1時には戻ると彼女は言っていた。

「…………」

さすがに遅すぎる気がする。

昨夜、セラスは約束の時刻ピッタリに部屋を訪ねてきた。

時間には厳しいタイプだと思われる。

ローブ下のピギ丸に声をかける。

「どう思う?」

「ピ……ピュゥゥ〜……」

弱々しく鳴くピギ丸。

「約束を反故にしてそのまま消えたと思うか?」

「ピィィ〜」

赤。

否定の色。

が、弱々しい。

けっこう懐いてたからな。

「ま、確かめもしないうちから約束を反故にしたと決めつけるのは時期尚早だろう」

「……ピ?」

「俺の見る目が、なかったか――」

もしくはセラスの身に、

「 何(・) か(・) あ(・) っ(・) た(・) か(・) 」

何が起こったのか確認はしておくべきだろう。

自分の人を見る目をここで判断する意味でも。

「おまえはどっちに賭ける?」

「ピ?」

「あいつが俺たちに黙って消えたと思うなら鳴くのは二回、違うと思うのなら鳴くのは一回だ」

「ピッ」

二回目の鳴き声は、なかった。

「俺もおまえも今回はずいぶんとお人好しの側に立ってるらしい」

歩き出す。

「この賭けは、不成立だな」

他にも疑問点はあった。

この時点でセラスが俺たちを欺いて消える動機が薄い気がする。

同行する気がなければ最初から護衛の誘いを断っているはずだ。

あのあと正体が暴かれたのを気にしたのか?

であれば今朝の時点で俺が起きる前に姿を消すべきだ。

バラされるのを恐れたならもっと早くミルズを去っているはず。

俺を始末しないなら、だが。

それとも金貨300枚を得てから消えるつもりだった?

これにも疑問は残る。

昨晩セラスには青竜石を渡してある。

あの石の流通について彼女はこう言っていた。

『 表(・) の(・) 市(・) 場(・) では流通していないはずです』

つまりセラスは裏の市場の存在を知っている。

換金ルートに心当たりがあるのだ。

もし、正体のことで一刻も早くミルズから離れたいのなら……。

青竜石を手にしたまま、やはり夜や早朝のうちにミルズを離れればいい。

ヨナトまでは路銀が持たないかもしれない。

が、路銀をやりくりして換金できる大都市くらいまでは行けるはず。

ウルザの王都にでも辿りつければ、換金できるのではないか。

何より、

「最初から騙すつもりだったなら、無駄な行動が多すぎる」

演技屋の端くれからすると、セラスは下手を打ちすぎている。

大穴で天性の女優の目も残ってはいるが……。

いずれにせよ何があったかは確認したい。

聞いていた侯爵の屋敷の位置を頭に思い描く。

「確か、ミルズから少し離れてるんだったな……」

…………。

伝聞情報のみだと脳内地図がまとまらない。

ここへ来て俺は日が浅い。

土地勘もない。

「ミルズ近辺の細かい地図も、必要か」

この辺の地図を買おうと、大通りへ足を向けた時だった。

「おい、聞いたかよ!? 例の竜眼の杯を見つけた女の話!」

足が止まる。

目抜き通りの広場に人だかりができていた。

何やら突然のニュースに湧いている感じである。

「おれも聞いたぜ! あの女、例の逃亡中の姫騎士だったんだろ!?」

「――――――――」

まさか、バレたのか。

正体が。

「…………」

何があった?

耳を傾ける。

と、新しく輪に入ってきた者に対し一人の男が語り始めた。

新鮮なスクープをまだ知らない者に語るのは楽しい。

人間心理とは多分、そういうものだ。

「なんでもな? セラス・アシュレインが竜眼の杯の報酬をもらいに侯爵様の屋敷を訪れたら、幻術破りで有名な魔術師様がその場に居合わせたんだと! で、幻術による変身が解けちまったらしい!」

「そんで幻術が解けてみたら……なんと! 出回ってる元聖騎士団長サマの似顔絵に顔がそっくりだったってわけさ!」

「へぇ!? エルフってのは幻術で顔の形まで変えられるんかい!?」

「なんてこった! あの女、マジに噂の聖騎士だったのか!」

会話には、遺跡攻略の説明会に居合わせた傭兵もまじっていた。

「さっき流れてきた噂じゃ、闇色の森の方へ逃げたらしいぜ!」

「おいおい待てよ! てことは今からあの女を捕まえれば莫大な懸賞金が手に入るってわけか!?」

「よっしゃあ! なら今すぐにでも闇色の森に行こうぜ! 聖騎士狩りだ!」

その時だった。

「やめとけ!」

先ほどこの場に現れたばかりの一人の傭兵が、声を上げた。

勢いを削がれた別の傭兵が不満げに突っかかる。

「あぁ? ナニ言ってんだてめぇ……? あの女にゃ今回の遺跡攻略で竜眼の杯を取られてんだ! せめてとっつかまえて懸賞金くれぇもらわねぇとな!」

「やめておけと言っているだろ! 話が伝わって、もう動き出してるらしいんだよ!」

「はぁ!? 侯爵サマが、自らの兵で捕まえるってかぁ!? はっ! 関係あるかよ! ならおれが先にとっ捕まえて、侯爵サマから報酬をもらってやるよ!」

「違うんだって!」

「あぁ!? じゃあなんだってんだよ!?」

「セラス・アシュレインを追っていた 聖なる番人(ホワイトウォーカー) の道筋を辿って、どうも近くの都市まで来てたらしいんだよ! いいか!? これは僕らの出る幕じゃない! いや――これは”僕らが出られる幕”じゃないんだ!」

「だから、ナニ言ってんだよおまえは!? これでもおれたちは腕に自信アリの傭兵なんだぜ!? ハークレー侯爵の私兵部隊じゃなきゃ、他に何がいるってんだよ!? 一体全体、何が来てるってんだ!? あぁ!?」

「それはっ――」

「ギィィ゛ェゲエ゛ェエエ゛エ゛エ゛ァ゛ア゛ア゛――――ッ!」

甲高くも濁った鳴き声。

鋭いその叫び声は、遥か頭上で響き渡った。

一斉に空を仰ぐ広場の者たち。

黒き竜が、空に躍っていた。

「グギャェ! ギョェ! ギョゴェエ゛ッ!」

「グゲェエ゛! グェァ゛! ギョアァ゛ッ!」

「ギィェエ゛ッ! グェ! グェェエエ゛ッ!」

連なっていく獰猛なる 竜声(りゅうせい) 。

距離が遠いため人影しか見えないが、竜には人が乗っている。

竜たちは闇色の森の方角へと消えていった。

あっという間の、出来事だった。

聖騎士狩りだと息巻いていた傭兵は今や声を失っていた。

もはやその顔に、先ほどまでの威勢のよさはない。

「こ――」

ようやく絞り出したような声で、彼は”その名”を口にした。

「黒竜、騎士団……」