軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

禁呪の理由

翌朝、下の食堂で俺はセラスと朝食をとっていた。

他の客がセラスにチラチラ視線を送っている。

今の顔は”ミスト・バルーカス”時のものだ。

その美しい風貌は異性の目を惹く要因となるだろう。

が、今はおそらく竜眼の杯の発見者として注目を集めている。

「おい見ろよ、もうあの女に取り入った傭兵がいるみたいだぜ?」

「へへ、どうやら発見者殿はああいう男がお好みらしいな」

「昨晩あの美人さんがあいつの部屋から出てきたって噂もあるぞ?」

「ひょ〜♪ 竜眼の杯と一緒に男の味も発見しちまったってか!?」

「あの目つきの鋭い彼も羨ましいねぇ〜♪」

ひやかしの空気。

スプーンを持つセラスの手が止まっていた。

硬い表情。

彼女は、キュッとこぶしを握り込んだ。

「私への侮辱はともかく――恩人であるハティ殿にあのような侮辱、聞き捨てなりません」

「俺のことなら、どうとでも言わせておけばいいさ」

食事を口に運びつつ俺は言った。

「あんな連中に一々目くじら立てるのも無駄な労力だ。モンクみたいに絡んでくるわけでもないしな」

今ここで騒ぎを起こすのはデメリットしかない。

ま、あの程度なら問題あるまい。

セラスがゆっくりとこぶしを解く。

表情からも硬さが取れていく。

彼女はひと息ついた。

自分を落ち着かせるみたいに。

「大人なのですね、ハティ殿は」

「悪意には慣れてるしな」

慣れているというよりは他愛ないと感じる、か。

クソ女神や桐原たちと比べれば可愛いものだ。

殺意はともかく、悪意はスルーの方が楽な場合もあるしな……。

「ま、 堪(こら) えてくれたのには感謝するよ。ところで話は変わるんだが……あんた、禁呪って聞いたことあるか?」

呪文書の文字のことは前に尋ねた。

が、禁呪自体の話はまだ持ち出していない。

「ええ、ありますよ」

あるのか。

というか、

「なんでも知ってるな」

「なんでも知っているわけではありません。ただ、昔から古い文献を漁るのが趣味だったもので」

穏やかな顔で胸に手をあてるセラス。

「読書中は特に心を穏やかにできる時間なのです。私と書物だけの一対一の対話が心地よい、とでも言いますか」

俺にはない感覚な気がする……。

文字を俺は情報の羅列として追いがちだ。

もちろん、感情が動かされることはあるが。

それからどうでもいい発見を一つ。

セラスは話す際、胸へ手をあてる癖があるらしい。

「ふーん、自分を心穏やかにしてくれる趣味があるのはいいことかもな。ええっと、禁呪の話に戻っても?」

「あ、すみません。一般的に禁呪とは”ある特定の古代呪文”をさすと言われています」

「”禁じられた呪文”と命名された理由なんかも知ってるのか?」

「命名したのは、女神ヴィシスとされていますね」

「――――――――」

「ハティ殿?」

「……ちなみに女神ってのは、どういう存在なんだ?」

「この世界に救いと祝福をもたらすべく天界の主神より遣わされた神族と言われています。アライオンの女神ヴィシスがそれにあたる存在でしょう。巨大な邪悪が現れた際、神の召喚術をもってその邪悪と戦う異界の勇者を召喚する――この大陸でそのすべを有しているのが、女神ヴィシスです」

クソ女神。

「その女神の禁じた古代呪文が”禁呪”ってわけか……」

「ええ、私が読んだ文献にはそう記されていました。ですので、女神の意向によって禁じられたと考えていいでしょう。まあその禁呪は、存在自体も疑問視されていますが」

この情報は重要な気がする……。

女神が禁じると指定した呪文。

裏を返せば、女神にとっては危険な呪文なのではないだろうか。

要するに――

禁呪は女神に有効な対抗手段である可能性が高い。

大賢者が呪文書を廃棄遺跡まで持ち込んだ理由にもこれなら納得がいく。

となると、禁忌の魔女と会う必要性はより増した。

今の情報の確度が高いのなら……。

禁呪の読み手を捜す意味は大いにある。

微苦笑するセラス。

「申し訳ありません。私が知っているのはこのくらいでして……古い文献をつぶさにあたる者なら、おそらく大抵は知っている知識です」

「いや、十分だ」

俺はセラスの目を見た。

「ありがとう」

セラスが膝に手を置き、肩を縮める。

「お、お役に立てたのでしたら幸いでございます……」

ん?

「礼を言われただけでそんな畏まるものか?」

「ハティ殿から率直に”ありがとう”と言われたのは、初めてな気がしましたので……少し、気恥ずかしいものですね」

なるほど。

適度な態度の緩急は効果的のようだ。

俺は話題を変えた。

「それで、これからの今日の予定はどうなんだ? 発てるなら今日中にミルズを発とうと思ってるんだが」

「そうですね、このあとの私の予定は――」

セラスは今後の詳細な予定を話した。

聞く限り歓待は午前中で済みそうな感じである。

ちなみに今、ピギ丸は部屋で待機中。

昨夜、強化剤を与えたあとは寝るまで経過を観察していた。

前より色ツヤがやや増した気はした。

が、特に外見で変わったところはなかった。

まあ”第二実験”に関する記述通りと言える。

変わったのは外見ではない。

別のところだ。

そうだな……。

セラスと合流するまで、あとでアレコレ試してみるか。

朝食を終える。

しなやかに椅子を引き、セラスが立ち上がった。

「遅くとも午後1時には侯爵から報酬を得て戻ってきます。あちらも何かと忙しいようでして、昼前には切り上げると話していましたから」

青竜石は換金が面倒かもしれない。

一方、金貨はすぐにでも使用可能な通貨。

やはり竜眼の杯の報酬はもらっておくべきだ。

そう彼女は判断したようである。

昨日も言ったように、金はたくさんあっても困らないしな。

「ではハティ殿、のちほど」

「ああ。昼過ぎには、宿の前にいる」

「わかりました」

そうしてセラスは侯爵の屋敷へ向かうため、宿を出て行った。

セラスと別れたあと、俺は部屋へ戻った。

部屋は今日の昼過ぎまで取ってある。

10時までは強化後のピギ丸の能力をアレコレ試してみた。

次に、宿を出て人目のない場所を探すことにする。

俺は宿の裏手の小道に入った。

裏手には雑木林が広がっている。

その先を行くと廃墟が見えてきた。

宿の主人の話通りである。

以前は宿の建物だったそうだ。

今は移転して、俺が泊まった宿の方で商売をしている。

要するにここはあの宿の前身。

「なかなかイイ場所だな」

ここへ来たのは、ピギ丸の新しい能力を少し広い空間で試してみたかったからである。

万一のために人目を避けられそうな場所を探す。

すると、遮蔽物の多いちょうどいい場所を発見。

広さも宿の部屋より確実にある。

「それじゃあ始めるぞ、ピギ丸」

「ピギッ!」

こうして俺とピギ丸は、昼頃まで強化後の確認と試用を行った。

試用を終えたあとは宿へ戻って昼食をとった。

この時点で時刻は12時半を回っていた。

あと30分くらいすれば約束の時間になる。

早く終わっていれば、もういるかもしれない。

「外へ出てるか」

俺は出立の準備を終えて一階へ降りた。

宿の主人に声をかける。

「何かとお世話になりました」

「おぉ、ハティ様! またミルズへ訪れた際には、是非ともこの宿をご贔屓にお願いいたしますねっ!」

「ええ、またミルズへ訪れることがあれば是非こちらの宿に泊まらせていただこうと思います」

チップで融通がきくのはやりやすい。

主人に礼を言い、俺は宿の外へ出た。

セラスの姿はまだなかった。

ローブ下のピギ丸と一緒に、俺はセラスが来るのを待った。

「…………」

午後3時を過ぎても、セラスは姿を現さなかった。