軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

この空がどこまでも続くと信じられたなら

高雄聖、高雄樹、十河綾香、鹿島小鳩。

その日、四人は街へと繰り出していた。

駅前広場で待ち合わせたあと、駅前の大通りへ。

その目抜き通り近辺は市内で最も活気のある場所だ。

最近は秋も深まり、少しだけ肌寒さも出てきた。

秋に色づいた街路樹の葉が地面に落ち、重なっている。

四人が歩いていると、たくさんの視線が彼女たちの姿を追う。

「うーん、やっぱこの四人が揃って歩くのは華やかすぎるかもなー。今日はさらにそこへ、しっかりお洒落もしてきてるしなー」

樹が周りを見回しつつ、なぜか自慢げに言った。

自分ではなく他の誰かを誇示したい――そんな調子である。

「てか――戻ってきてから、アタシ以外みんな髪型変えたことになんのか」

綾香はロングポニーテールに。

聖は後ろでアップにしていた髪をおろした。

そのため、髪の先も今は腰の上あたりまで届いている。

小鳩は――――

「ほっぺの右側の方だけ編み込んでんのって……やっぱ、あいつを意識して?」

樹の問いに、うん、と小鳩が頷く。

小鳩も二週間くらい前にツインテールを解き、おろしている。

が、編み込みはつい最近のことだった。

「浅葱さんの、真似」

はっきり認める小鳩。

「最近、そのカチューシャもたまにつけてるよな? 学校では、つけてねーけど……」

小鳩は黒いカチューシャの端に手で触れ、

「これは今日みたいなお出かけの時とか、浅葱さんのおうちに行く時に着けてるんだ。学校とかアルバイト先では着けてなくて……実はこのカチューシャね、浅葱さんのお母さんから貰ったの。浅葱さんが昔、こういうの着けてたんだって。わたしが着けてると、なんだか嬉しそうで」

「小鳩は確か、バイト先も浅葱ママとおんなじとこなんだっけ? どう? 上手くやれてる?」

「うん、いい職場だよ」

「聞いていいか迷ってて、今まで聞いてなかったんだけど……やっぱスーパーのバイト、浅葱ママのために始めたのか?」

「そうだね、わたしに何か手伝えることがあればいいなと思って。あ、わたし自身もいい経験になるからってのもあるよ?」

「仕事はレジ打ちだっけ?」

「品出しとかもやるよ?」

「でもまー……接客業っちゃ接客業だよな。いや、失礼ながら……仲よくなる前の小鳩だと接客業ってあんま想像つかないよなーって。だからちょっと心配でさー……職場でイジメられたりとか、面倒な客に絡まれたりとかしてねーか?」

そこで聖は口を挟んだ。

「今の鹿島さんだと若さだけじゃなくて、可愛さで同性からやっかみを買うパターンもあるし、変に絡みたがる異性の客がいたとしても頷けなくはない――心配といえば、確かに少し心配ではあるわね」

「ふふ、心配してくれてありがとう聖さん……樹さんも。うん、でも大丈夫だよ? 最初に”わたしこんな感じですけど、けっこう腹黒ですっ”って自己紹介したら……パートのおばさんたち”面白い子だねぇ”って、笑ってくれてね? いちばん古参のパートさんにもタイミングを見て積極的に相談してるおかげか、今は気に入ってもらえてる感じだし」

それにね、と小鳩は続ける。

「休み時間の時とか、パートのおばさんたちに変なお客さんの愚痴とか言うと”よしきた!”って感じで、喜んで相談にのってくれるの。そのおかげかな? 変なお客さんがたまに絡んできた時は、パートのおばさんたちが守ってくれるんだ。みなさん、頼りになるよ?」

うぉぉ、と樹が感心と驚きを口にする。

「な、なんかすげぇ世渡り上手になってんな……今の小鳩は……」

「それに……わたしの立ち位置がよくなれば、浅葱さんのお母さんもフォローしやすくなるから。ただ……これも全部、元を辿れば浅葱さんのおかげかな。あんな風に浅葱さんと関わってなかったら、わたしだってこんな風に人と関われてなかったと思う。だから――こうなったのも実質的には、浅葱さんのおかげ」

樹が後頭部に両手をやって、

「浅葱なー」

過去を振り返る調子で言い、視線を中空へやる。

「やばい感じがしてたから、あんま関わんない方がいいと思ってたんだけど……小鳩から色々聞いてると、なんかもうちょっと話してみたかったなーとかも、思うんだよなぁ」

綾香と並んで樹たちの後ろを歩く聖も、似たことを思ってはいた。

「彼女が今も無事でここにいたなら……そうね、いくつかのことを私も彼女と話してみたかったかもしれない」

戦場浅葱は、あの三森灯河が評価していた人物でもある。

たとえばあの青志摩蜜流とディベートさせたらどうなるか――なんて。

そんな妄想をついさせるほどには、今となっては興味深い人物である。

小鳩も樹と同じ方向に視線を並べて、

「そうだね……わたしも樹さんや聖さん、十河さんと仲よくなった浅葱さんを見てみたかった気もする。あはは……でもここに浅葱さんがいたら、もっと騒々しくなっちゃうかも?」

しみじみした言い方ではなかった。

叶わぬのを悲しいと思うのではなく。

そんなIFも楽しいだろうな、と。

純粋に、その空想を楽しんでいる言い方だ。

(鹿島さんも、強くなったわね。いえ――)

あの金棲魔群帯の時から、片鱗はあった。

鹿島小鳩の 本性(ほんせい) はただ気弱なだけの女の子ではない。

綾香が口を開く。

「だけど、浅葱さんは今も鹿島さんの中で生きてる……鹿島さんの中で、今の鹿島さんを突き動かすエネルギーみたいになってるんじゃないかな? 私には――そんな風にも思えるけど」

「……うん、それは当たってるかもしれない。まだ浅葱さんは、わたしの面倒を見てくれてる……そんな気もするんだ」

小鳩は視線を下げると共に目を閉じ、浅葱の口調を真似るように言った。

「――ポッポはまだまだ手がかかるなぁ、って」

「あー……なんか言いそうだな、それ……」

樹が”想像できるわ……”みたいな言い方をする。

綾香が立ち止まって、スマートフォンを確認した。

「ええっと……ごめん、そこを右――かな? うん、曲がってちょっと行ったところだから……もうすぐだと思う」

今日はまず、四人でランチの予定。

店は綾香が選んでくれた。

一応好みや苦手なものは事前に聞かれたが、店の情報は伏せられていた。

「あ……そこだ」

綾香の視線の先――灰色の壁の建物。

聖の首くらいの高さの引き戸(?)らしきもの以外は、壁。

看板などもない。

一応、インターフォンのチャイムような機械だけはあるようだが……。

ぱっと見ではそもそも、なんの建物なのかすら不明である。

(こういうタイプのお店って……)

心当たりがある。

おそらく裏口での出入りがメインの店。

そして裏口は主に車での来店用――そんな形式ではないか。

綾香がスマートフォンで誰かと通話を始めた。

そして、

「ごめんみんな、少しだけ屈んで入ってもらえる? 頭、ぶつけないように気をつけてね」

建物の中に入ると、そこは外観とは一転した別空間だった。

まるで老舗の高級料亭である。

しかも、老舗の看板にあぐらを掻いていないタイプの。

「お待ちしておりました、十河様」

着物姿の女性が深々とお辞儀をし、上品な所作で部屋へ案内する。

部屋は個室。

テーブルの下が掘り 炬燵(ごたつ) のようになっている。

このタイプだと椅子に近い感覚で座れるので、楽ではある。

縦型の窓の外には手入れされた小型の庭園。

庭園の天井には採光用の窓でもあるのか、日の光が降り注いでいる。

小鳩はまだ面食らったように室内や庭をきょろきょろ見ていた。

樹も、

「なあ綾香……ランチのお金はそっちで出すって話だったけど……ここ、お高いんじゃねーの? つーかこういう店って……政治家とか芸能人とかが、お忍びで来る系の店じゃね?」

綾香は苦笑する。

「でもほら、今日はあっちの世界のことも久しぶりに話せたらいいねってことだったし……誰にも会話を聞かれる心配のないお店がいいかな、って。あと……できれば、時間も気にしなくていいようなお店がいいと思ったの。それでおじいさまに相談したら、ここを予約してくれて……」

あっ、と綾香が言い足す。

「お店の人はその呼び出しボタンを押さないと来ないから、会話の途中で部屋に入ってくる心配もないわ。だから、安心して話せると思う」

「いや、そういうことじゃなくてだな……女子高生の四人組が気軽に来ていい店じゃねーだろ、って話。ふ、服装は気を遣ってきてよかった……店の雰囲気に合ってるかはともかく……ギリギリセーフ説はある……よな?」

なんだか面白い混乱をしている樹の隣に座る聖は、

「でも、お金の方を十河さんだけに出してもらうのは少し気が引けるわね。私、今日はそれなりに持ってきているから、折半でもいいわよ? ……足りればだけれど」

「あ――いいのいいの! 実は……ここの代金、私が出すわけじゃないから」

「そうなの?」

「私がおじいさまに頼んで、ここの支払いを持ってもらったの。お願いしたら”舐めるなよ綾香。おれは、元からそのつもりだったぞ”って、少し叱られちゃったけど……あはは……」

綾香は革張りの表紙のメニューを自然な動作で手に取り、

「それに……自分のお財布から出したら、みんなに逆に気を遣わせちゃうと思って。でもおじいさまにご馳走になるなら、私個人が出すよりは気が楽でしょ?」

樹はあぐらを掻いて目を閉じ、腕組みをした。

「それは……そう、なのか? いやでも、確かにそうかも……」

聖は、ふふ、と指を唇に添えて微笑む。

「強くなったわね、十河さんも」

「……ありがとう」

綾香は二つあるメニューのうち一つを聖の方へ差し出し、

「まあ、あの世界の話をしたところで周りの人からは”変な話をしてる四人組だなー”くらいの印象だとは、思うんだけど。ただほら、周りに耳がある環境だと……私たちの側が、ちょっとやりにくいかもだから」

聖はメニューを受け取りながら、

「誰かの家でも、おうちの人の耳があるものね」

行方不明者のこともある。

万が一にもボロが出て、疑問を持たれる可能性もなくはない。

つまり、

”あたかも行方不明者が生きているような言動”

これは、まずい。

しかしこの店なら、リスクを限りなくゼロにできる。

メインの客層が客層なので、その点においては安心寄りだろう。

なされる会話の秘匿性を大事にするからだ。

(まあ、さすがに気にしすぎだとは思うけれど……)

綾香はもう一つのメニューを手に取って開き、置く。

そして、

「その、ね……使えるものは、使った方がいいかなって。まあ、そうね……今後、私がこういう立場を平気で使うことに対して、それが鼻につくって人もいるかもしれない。だけどいいの。誰もに好かれるなんて土台、無理な話だもの。すべての人に好かれる人物や物語が、この世に存在しないのと同じ。そして、今の私は誰にでも手を差し伸べるわけじゃないし、誰かを嫌いになることも私の自由だと思うようになった。だけど逆に……私が好意的に思う相手は、今まで以上に大事にしようと思うようにもなった。そう……ここにいる――みんなみたいな人たちを」

「なんだか十河さんも、変わったね」

言ったのは、綾香の隣に座る小鳩。

「そ、そうかしら? いえ……そうかも、しれない……あはは……でも三森君や聖さんみたいにはまだ、なかなかいかないけど……」

メニューを卓上に置いた聖が、

「あら? 十河さんが目指しているのは、その辺りなの?」

「え? う、うん……今の、ところは」

「――光栄ね」

その時だった。

きゅるるるぅ~、と樹の腹の虫が鳴いた。

樹が「げぇ」と赤くなる。

他の者は三者三様に、微笑ましさに表情を緩める。

聖はメニューを開いて樹の方へ寄せ、言った。

「一旦、頼みましょうか」

食事は(デザートまで)済んで、今は食後のティータイム。

綾香の言う通りこの店は暗黙の”そろそろお時間ですので……”がない。

「はぁ~……最初は雰囲気的に上品な味付けの料理だけかと心配したけど、けっこう色々あって満足だったな~」

「樹、失礼よ」

「う……すみません」

綾香が「いいのよ、聖さん」と紅茶が入ったカップを置き、

「ここは色んな好みの人が来るから、味付けや食材もそれなりのバリエーションを用意してるの。基本予約制だから、予約外のお客さんだと多少メニューは限られるけど」

「料理も和洋中……エスニック系まであるみたいね。飲み物の種類も豊富だし」

確かなのは、食材が一級品ばかりなこと。

他に特筆すべきは、単品メニューにも価格表記がない点か。

これもコースに含まれている扱い――なのだと思われる。

あるいは、後払いか。

ただ聖は今、別のことが気になっていた。

樹も、そして綾香も、それには気づいていたらしい。

「鹿島さん……もしかして、具合でも悪い?」

「あっ…ご、ごめん十河さん。ううん、そうじゃなくて……実は今日、聖さんに聞いてみたいことがあって。いつ切り出そうかなって、迷ってて……」

小鳩以外の三人に若干、安堵の空気が流れる。

「何かしら? 遠慮せず、どうぞ」

「あ、ありがとう……その……あっちの世界にいた時、浅葱さんがよく言ってたの。わたしみたいなのが元の世界に戻ってどうするんだ、って……あんな終わっていくどうしようもない国に帰っても、わたしみたいな人間は特に不幸になるだけだ――って。だから……こっちの世界で生きるのってそんなに不幸なのかな、って……」

聖はルイボスティーで唇を湿らせ、グラスを置いた。

「なるほど。浅葱さんはマクロの話をすべて個人に接続……あるいは、関連させて考えるタイプだったのかもしれないわね」

樹が「?」と腕を組み、視線を斜め上へやる。

「それってつまり、どういうことだ?」

「個人の幸せや生き方を考える時、なんでも世界や社会に繋げて考えてしまうということよ。もちろんまったく無関係ではないから、ややこしいのだけれどね」

「あー……悪いニュースとか見ちまうと、自分の人生まで悪くなってると感じるみたいな?」

そう、と聖は肯定する。

「私個人の話で申し訳ないのだけれど――私は夜眠る時……雨風をしのげて、それなりに空腹を満たせて、最低限の衛生環境と自由があり、身の安全が確保されていて……そして、こうして布団の中で眠りにつくことができる。それだけで、とてもありがたいことだと思う日が多いの。私は幸せなのだな、と」

目を丸くする小鳩。

「ちょっと……意外、かも。聖さんみたいな人が――こう言ったらなんだけど――そんなくらいのことで幸せって感じるなんて……あっ! そのっ……悪い意味じゃ、なくてっ……」

「もちろん知識欲を満たしたり、新鮮な思考に耽溺したり……こういう時間を過ごしたり。他にも、俗っぽい要素で幸せを感じることは私にだってある。それから世間的には……資産額やルックス、パラメータの高い恋人や配偶者の有無、社会的成功や地位なんかが、幸せの尺度として使われることが多いかしら?」

綾香が口を開く。

「ひと昔前によく耳にした、承認欲求とか?」

「そうね。そして私も、それらに幸福の尺度としての価値が無いとまでは思わない。けれど世間的な尺度として挙げたそれらは、どうしても相対的な属性が強くなりやすい。つまり”人と比べてどうか?”になりやすいわけね」

「聖さんが普段感じる幸せは、その属性がないとまでは言わないけど……弱い、ということ?」

「ええ。私が眠る前に感じる幸せは、この国で生きる場合においては他者と比べる尺度とはなりにくい。そして世界や社会――開かれたSNSあたりに触れれば触れるほど、逆に、人は相対属性の強い幸せを求めるようになる」

「アタシは姉貴と一緒にいられれば、それだけで幸せだけどな~。あと、猫とかスレイが可愛いとか!」

樹に穏やかな微笑を向けたあと、聖は続ける。

「つまり―― 開(・) き(・) す(・) ぎ(・) て(・) い(・) る(・) こ(・) と(・) が幸せの感じ方やあり方をねじ曲げ、固定化してしまっているんじゃないか……私は、そう思うの」

小鳩がちょっと理解できた、みたいな顔をする。

「あ……だから、世界や社会の出来事をなんでも自分とつなげて考えてしまうのが”不幸”につながる……暗い話ばかりで、なんでもだめだと思っちゃう――ってこと、かな?」

「そう。浅葱さんは他者の幸福感をそう捉えていたから、そんな風に言ったんじゃないかしら? まあ……鹿島さんを守るために――気づかせるために、わざと強い表現を使ったという捉え方も、あるかもしれないけれど」

「……だとしたら、嬉しいけど」

聖は微笑んだまま「私はね」と視線を落とす。

「今の世界は”開き”すぎているようにも思うの。この世界に生きる人たちはもう少し”閉じ”て……そして、もう少しだけ個々人の 今(・) を優先して生きても、いいんじゃないかしら?」

樹があごをテーブルの上にのせ、

「みんな、あれもこれも人と比べたり、でかい話ばっかり考えすぎってことか~」

「もちろん生き方を選ぶのはその人の自由。アメリカの作家ヘミングウェイの言葉のように、この世は素晴らしく戦う価値があるものと思い生きるのもいい。一方、同じくアメリカの作家サリンジャーのように、世間から距離を取り、耳や目を閉じ、口を噤み、孤独に”閉じた”生き方を選ぶのもいい」

聖が個人的に興味深いのは、両作家には面識がある点である。

共に従軍経験も持っている。

懸念でも思い出したみたいに、綾香が言う。

「あれ? でも、ヘミングウェイって……」

「そうね、彼は最終的に自殺を選んだ……けれど、彼の生き方や残した作品が否定されるわけではないと思う。それはいわば、彼が戦った軌跡なのではないかしら」

樹が目を閉じ、キリッとした顔をする。

「生きざまは残る、ってことかぁ」

ちなみに。

サリンジャーはサリンジャーで、そう悪い生き方でもなかったようだ。

晩年、暮らしていた村の人々とはささやかな交流もあったとか。

「今は作家を例に出したけれど……読書なんかも”閉じる”行為かもしれないわね。小説を読んでいる時は、そこに書いてある物語や考え方と1対1の関係になる。それはごく限られた、閉じた行為だと思わない?」

小鳩が、聖の考え方に一生懸命ついていこうとする様子で言う。

「そう、だね……言われてみると、そうかも……」

「それで没頭できるなら御の字。あと”人は集中している時間にこそ最も幸福を感じている”なんて説もあるわね。世界や国や世間という他の一切を忘れ、何かに没頭する……読書に限らず人の本来の幸福とは案外、そういうところにあるのかもしれない」

「楽しいことしてる時って、確かに時間過ぎるのあっという間だもんな~」

樹が身体の位置を戻し、そう言った。

長くなったけれど、と聖は前置く。

「話をまとめると――相対属性の弱い閉じられた幸せを追い求める生き方なら、そんなにこっちの世界も悪くない……私は、そう思う」

世界。

社会。

世間。

人は、そういう開かれたものからもう少し距離を取って生きてもいい。

ずっとそういうものと繋がっていては――心がいずれ、疲弊してしまうから。

時にはもっと悪い方向へと、引きずり込まれてしまう。

誰かが”どう”なのかは気にしなくていい。

自分が”どう”なのかが、大事なのだ。

高雄聖は、そんな風にも考える。

もちろん、と聖は言い添える。

「浅葱さんなら”その考えは逃げでしかなくて、結局はごまかしの鎮痛剤でしかない”なんて言うかも知れないけれど。それに私の考え方だって、まず他者を加害する存在に対処できることが前提の――、…………って、鹿島さん? というか、十河さんも……どうしたの?」

小鳩と綾香がいつの間にか、正座で話を聞いていた。

講義を傾聴する生徒のような面持ちで、小鳩が言う。

「べ、勉強になります……っ!」

さらに綾香も同じ顔つきで、

「私も――勉強に、なりますっ……」

すると樹が腕組みし、偉そうに言った。

「うむうむ……我が姉貴のありがたきお言葉、二人とも心して聞くように」

「どうしてあなたがそんなに偉そうなのよ、樹」

隣の樹の脇腹を左手で、わしゃわしゃ弄る聖。

「ひぃぁああっ――ご、ごめん姉貴っ! にゃぁあっ――だからぁ、ごめんってばぁ!」

正座組が目を丸くし、互いに顔を見合わせる。

そして小鳩と綾香は顔を向け合ったまま、くすり、と笑い合った。

綾香に皆で礼を言い、店の外へ出る。

このあとは樹の希望で、軽く駅近の店をぶらつく予定である。

この四人で一緒に服や装飾品なんかを見たいのだそうだ。

足を運ぶ店は一応、樹が事前にピックアップしている。

「あ、そうだ! ひと通り見て回ったらさ、みんなでカラオケ行かねーか?」

「えっ」

綾香が、戸惑う反応をみせた。

「あれ? 綾香、予定的に厳しい?」

「あ、違くて――私、カラオケって行ったことなくて……実はその、歌もあんまり自信が……」

「なんだ、そういうことか! 大丈夫だって! このメンバーなら茶化すようなやつもいないし! むしろ初めてなら、お試しの挑戦だと思って参加してみてもいいんじゃねーか? ま、無理なら遠慮なく言ってくれよな! カフェで駄弁るとかでも、全然いーしさ」

綾香が視線を小鳩へ移す。

他のメンバーの乗り気具合をうかがう様子である。

「か、鹿島さんは?」

「え? わ、わたしは……いいよ? というか、実はもう樹さんに誘われて何回か一緒に……」

「小鳩って前からヒトカラは行ってたみたいでさ! 歌、上手いんだよ!」

「わわ、樹さん! 上手いなんて――そ、そんなことないから……っ!」

「それに綾香……今日行ったら、貴重な姉貴の歌が聞けるぜ~?」

「うっ」

綾香の反応が一気に強い葛藤へと、変化した。

聖としては、

”え、そこで行く側に気持ちが傾くの……?”

と困惑する反応でもあった。

自分の歌に期待を寄せられても……である。

「別に私は曲のレパートリーが多いわけでもないし、特段上手いわけでもないわよ?」

「でも……そうね、初カラオケ……聖さんと……」

明らかに、綾香の気持ちが変わってきている。

樹が”ここだ!”とばかりに、綾香の腕に組み付いた。

「行こうよ綾香ぁ~? 姉貴の歌、聞きたいだろ~? 姉貴とはチューしたくらいの深い仲なんだし、気になるだろ~? な~?」

「い、樹さんっ!? そ、それはあの時の作戦の一環でっ……私の方が勘違いしたせいで――、……だから、あの……聖さんが、す、素敵な人なのは……そう、だけど……」

弁解めいた謎の言い方をしながら。

綾香の視線は、聖に注がれている。

帰還してから彼女も確かに変化してはいる。

しかし今みたいな反応を見ると、変わらない部分もあると感じる。

「樹、あまり十河さんを困らせるものではないわよ」

すると綾香が思い切って発車寸前のバスに飛び乗るみたいに、

「――い、いえ! 行きます! 行き、たいです!」

「お、綾香も来てくれるって! てか、やっぱアタシが誘うより姉貴のひと声の方が効果アリか~」

さすが姉貴だぜ、と。

そう口にする樹の隣で、聖は確認を取る。

「いいの、十河さん?」

「わ、私も……このメンバーだったらいいかな、って……それに――」

チラッ、と聖を上目遣いに見る綾香。

聖は「なに?」と微笑みを返す。

すると綾香の顔面が赤みを増し、サッと視線を逸らした。

「ぁ――いえ……なんでも、ないです……」

小鳩は「あははは……」と、その光景を見て苦笑している。

樹が嬉しそうに、よっしゃーと手をあげた。

「決まりだな! じゃあ、まずは店巡り行こーぜ!」

四人、歩き出す。

ふと――聖は立ち止まり、視線の先に続く空を見た。

こんな日々もまた、小さな幸せと呼べるのだろうか――

(いえ――)

きっと、呼んでいいはずだ。

別世界まで続いているかのような澄んだ空が、広がっている。

目を閉じ――風を感じる。

(とても……心地のよい日……)

――どうかしら。

(三森君)

あなたの方はちゃんと――元気で、やっている?