軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

のこされたもの

目覚めた直後の状態は俺も直近で経験したからわかる。

昼過ぎくらいまでは身体に力が入りきらなかった。

だから、十河と会うのは明日へ回すことにした。

世話は聖たちがしてくれるという。

俺はそこで、先に神族組に会いにいくことにした。

夜――王城地下にあるヴィシスの研究室。

中に足を踏み入れると入り口近くに卓が置いてあった。

椅子は四つ。

壁際にもいくつか長方形の卓が設置されている。

卓上には魔導具らしきものや紙束がまとめてあった。

魔導具に見えるものは、あるいは神器かもしれない。

俺は今、ロキエラ、テーゼと卓を囲んでいた。

「元の大きさに戻ったんだな」

ロキエラは、ちびエラから元のサイズに戻っていた。

「テーゼ様のおかげでね。でもこれは姿形だけ。神族としての力は全然戻ってないからねぇ……ていうか神族としての干渉能力や戦闘能力はこっちの方が落ちるくらいさ。でもま、この研究室を漁るならこっちの姿の方が楽だから」

本来の能力より動きやすさ重視って感じか。

ロキエラがきょろきょろして、

「あれ? セラスは?」

「今日は、俺だけだ」

「……ふーん」

「で、俺に何か話が?」

テーゼが品のよい澄まし顔で、

「わたくしはお腹が空きましたよ、ロキエラ」

ロキエラは引きつり気味な笑みを浮かべ、

「この話し合いが終わったらなんか用意してもらいますから……流れを……流れをね、読んでください……」

「…………」

天界の序列第二位は……腹ぺこキャラなのか。

ともかくね、とロキエラが表情を引き締め直して話を切り出す。

「ヴィシスは天界を掌握したあと他世界をオモチャにして、さらにそのあとは本気で別軸の次元世界――つまり、キミたちが元いた世界に行くつもりだったみたい」

「……可能なのか? いや――」

勇者召喚には帰還の方法も用意されている。

ならば――不可能では、ないのか。

ロキエラは俺の思考を察した様子で、

「だけどね、神族が行くのはこれまで不可能だった。まず、次元の歪みが大きくなりすぎる。さらにキミたちの世界は、次元の軸そのものが違うはずで――ええっと、つまり……」

テーゼが引き継ぎ、説明する。

「つまり天界やこの世界……さらにわたくしたち神族が干渉しているいくつかの他の世界とも、本来はつながりを持てないまた別種の次元なのです」

俺は口調をテーゼ用にして、

「勇者の召喚や帰還の儀だけが、軸の違うその次元とこちらの次元を唯一繋ぐ手段なのですね?」

「はい、そういうことです」

「そして……あなたたち神族は、そもそも種族的に軸の異なる次元には移動できない。しかし、ヴィシスはそれを可能にしようと長い間研究を重ねていた?」

ロキエラが不服そうに、

「正直悔しいけど……ヴィシスは確かに、天才だったのかも。神族の次元移動を可能にする方法は、ほぼ完成に迫ってた。しかもね、次元の歪みなんてどうでもいいと考えていたのかと思いきや……それを最低限に抑える方法まで」

テーゼはトノア水を上品にひと口飲んで、

「もし歪みの膨張により次元崩壊が起きれば、自分がこれから”遊興”に行く先の世界まで崩壊しかねない……決して殊勝だったわけではなく、そういう理由だったとは思います。しかしそれでも、ヴィシスの才は傑出していたと言えます。この研究室に残されたいくつもの研究成果が、それを物語っていますから」

ロキエラは卓に突っ伏し、気怠そうに顔を上げる。

そして肘を卓上について「あーあ」と言い、ため息をついた。

「認めたくないけど、研究者としてはボクの負けだな。中でも――根源素の増幅装置に関しては、今後の天界に与える影響も大きいし……」

テーゼが立ち上がる。

彼女は移動し、水差しから杯にトノア水を注いだ。

俺はロキエラに聞く。

「増幅装置?」

「1の根源素があるとしたら、それを5くらいまで増幅できるってこと」

「――根源素ってのは、次元の歪みってのの矯正に使えるんだよな?」

「うん。要するに……今後、ボクたち神族の”干渉制限”を緩くできるかもしれないってわけ」

俺の手前の卓上にテーゼが「はいどうぞ」と杯を置く。

テーゼに「ありがとうございます」と礼を言って、俺は話に戻る。

「そうか……神族は今まで自分が担当する世界に干渉すると、次元の歪みが生じていた。だからそう自由には動けず、その世界のいくつかのことに自ら干渉するのが難しかった」

ゆえにこの世界の国も統一されていなかった。

反女神的な国や人間も長い間、ずっと残っていた。

残ることができた。

たとえば――”不自然”。

神族が干渉すると、そんな風に判断されてしまうのだろう。

テーゼが裾を気にしながら席に座り直し、ロキエラが言う。

「ボクら神族の最も大きな役割は、根源なる邪悪の討伐だ。これは因果というか、遺伝子的 宿痾(しゅくあ) というか――いわゆる、さだめのようなものでもあるんだけど……この”さだめ”に沿った関連行動である場合は、次元の歪みは少なくて済む。長年の測定でそれは判明してる。でも、それから外れた干渉と判断されると――」

「干渉の大きさに比例した歪みが生じる、か」

「うん。どんな存在が”判断”しているのかは不明だけど、確かにそれは”ある”。だからボクたち神族は、根源なる邪悪の降臨時以外はそこまでヒトの世界に干渉できない。本来はね」

「ヴィシスはその判定をなんとか逃れながら、悪事を働きまくってたと」

「それでも、限界はあっただろうから。たとえば自分以外の人間を使ってやらせたり……でもヴィシスはそういうのを気にせず、思うままに悪事を働きたかったんだろうね」

俺は卓に肘をつき、右手であごを支える。

呆れ顔で。

「……ヴィシスらしすぎるな」

天界はその”歪み”の大小を自動観測し、警報のように使っていた。

「この観測による判定をずっと巧みに逃れてたから、ヴィシスは”問題なし”と判断されてた。これは……自動観測装置に任せっきりだった、ボクら天界側の者の失態だ」

ロキエラに続くように、しょんぼりするテーゼ。

「失態でした……」

「で――ヴィシスはいずれ増幅させた根源素でその歪みを押さえ込み、やりたい放題する予定だったと」

歪みが観測されなければ、天界からの使いも来ない。

テーゼは両手でトノア水の入った杯を持ち、くいっと呷った。

そして、はふぅ、と息をついてから、

「皮肉なことに……その増幅装置のおかげで、わたくしはもう少しこの世界に滞在できそうなのです」

うん、とロキエラ。

「ヴィシスが溜め込んでた根源素のおかげで、テーゼ様が多少この世界に長居してても、発生した歪みを矯正できてる。そしてさらに今日、増幅装置が 完(・) 成(・) したから……のばそうと思えば、もっと滞在期間をのばせるかもしれない」

俺は意外に感じ、姿勢を戻して言った。

「……まだ、完成はしてなかったのか?」

代わりに答えるように、テーゼが言う。

「ええ、ヴィシスはどうやら最後の工程で躓いていたみたいなのです。ですから、まだ完成には至っていなかった。しかし……ロキエラがその未完成の増幅装置を分析し、それに関する資料を読み込み、そして――ヴィシスが詰まっていた最後の難所を、突破したのです」

が、その突破した当人はあまり得意そうではない。

「うーん……逆にボクからすれば、なんでヴィシスがあんなところで詰まってたのか意味不明なんだよなぁ。試行錯誤の痕跡はあったから、もうだいぶ前に最終工程までは来てたみたいなんだよ。ていうかむしろ、最終工程に行き着くまでの過程の方が”こんなん、どうやって思いついたの!?”って感じでさぁ……」

どこか悔しそうなロキエラ。

テーゼが薄く微笑み、

「わたくしが思うに、ロキエラとヴィシスの才は 対(つい) に近いものだったのでしょう。二人の凸凹な才能が互いを補強し合えていたら、真の意味で天才的な何かが生まれたのかもしれません」

ロキエラは手を左右にぶんぶん振り、

「だとしても、あのヴィシスと仲よく研究なんて無理ですよ! 無理無理!」

徹底した、拒否の構えだった。

苦笑するテーゼがまとめる調子で、

「要するに、ヴィシスの研究――特に増幅装置のおかげで、これからはわたくしたち神族も何かと無理がきくようになるかもしれません。ただ……その技術は元々、違う軸の次元へ神族が足を踏み入れるべく研究されたものだった。しかも、穏やかでない目的のために……なんだか、皮肉な話でもありますね」

「――無理がきくかもしれない、ですか」

俺は杯の液体の水面を暫し眺めたあと、

「たとえば……その装置があれば、軸の違う次元同士の行き来は可能になりますか?」

俺の問いにテーゼは、

「不可能、とは言い切れません。なぜなら異界の勇者は――召喚し、そして帰還させるまでが 一体(セット) 。これは行き来と言えます。ですが……そう都合よくもいかないでしょう。次元の歪みとは別に、因果律の問題がありますからね。極端な”不自然”の繰り返しは、因果律そのものを狂わせてしまいかねない――最悪、 世界記憶性根源領域(アカシックレコード) にまで悪影響が出かねません。どのような影響があるのか我々にも知れぬ以上、こちらとしては慎重になるしかないのです」

終盤辺りは固有名詞も含め、よくわからなかったが……。

要するに、簡単に行ったり来たりはできないわけか。

「なるほど、わかりました」

俺は少し、話題を変える。

「テーゼ様……実はこちらからも、いくつかお話がありまして。まず、送還転移についてなのですが――勇者の死体も、送り返せるのでしょうか?」

「死体ですか……? 死体は、送る行為自体は可能ですが、消失するはずです。つまりこの世界からも消え、元の世界にも戻れないということですね。……多分そなたの期待した回答ではなく、申し訳ありませんが」

「そう、ですか……いえ、テーゼ様が謝ることではありません」

これは、鹿島から聞いてほしいと頼まれていた。

今、浅葱の死体は魔導具で防腐処置をしてもらっている。

鹿島は、叶うなら元の世界で弔ってあげたかったようだ。

が……難しいか。

そして、

「では……」

こちらは、俺が聞きたかったこと。

「生きた勇者の送還についてもいくつか――うかがっても、よろしいでしょうか?」

翌日の午前。

俺は、王城の廊下を一人で歩いていた。

日にちが経つにつれ、王都は落ち着きを取り戻してきているようだ。

足を止め、ドアをノックする。

「俺だ」

「どうぞ」

聖の声。

部屋に足を踏み入れる。

会議に使うような長い卓がすぐ視界に飛び込んでくる。

そして――ドアの方を振り返ったのは、十河綾香。

「三森君……」

すっかり元気……って顔でもないな。

まだ負荷が残っているのか。

あるいは――別の何かの影響か。

俺は今、新調した方の通常の蠅王装のローブ姿。

もちろんマスクはつけていない。

一方、聖と十河は制服姿だった。

なんだか……制服姿の十河が、いやに懐かしく感じる。

部屋には三人だけ。

聖は十河の斜め右の席に座っている。

俺は、その聖の対面の席につく。

「もう大丈夫なのか、十河?」

「うん……三森君は?」

「見ての通りだ」

「……よかった」

言って、十河は微笑む。

が、どこか――浮かない顔にも見える。

「あのヴィシス戦、最後の時……あの時は、助かった。本当に」

十河は謙遜気味に、

「あの時はただ……私も、がむしゃらで……なんとかしなくちゃ……って。でも、三森君やセラスさんの助けになれたなら――やっぱり、よかった……」

沈黙。

十河の手前の卓上には、スマートフォンが置いてある。

あれは……安の動画が入ったスマホか。

もう安智弘の死については知ったようだ。

ただ――もう一人のクラスメイトの死を、ここで伝えなくてはならない。

「十河……話がある。行方不明扱いになっている、クラスメイトのことだ」

「小山田君は」

俯き、十河が言った。

「死んだのよね?」