軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去と、未来と

俺が目覚めたと知り、最初に会いに来たのは高雄聖だった。

聖は荻十学園の制服姿だった。

もう勇者としての役目は終わった――そんな感じなのだろうか。

俺がそう尋ねると聖は、

「制服を着ているのは、元の世界に戻る前の予行演習みたいなものよ。感覚を取り戻す意味でね。それより、あなたはもう大丈夫なの?」

「こんなに長く眠ったのは生まれて初めてだ。こうしてたっぷり眠ると、改めて睡眠の大事さがよくわかるな」

「どうやら、大丈夫そうね」

聖は、俺が眠っている間に進んだ事柄について話した。

あのあと約束通りカトレアが指示役として動いてくれたようだ。

元々女神討伐軍をまとめていたから、色々とスムーズだったという。

まずは王都エノーの暫定的な統治回復。

アライオンの堅王はすでにヴィシスに始末されていた。

邪魔と思われたのか堅王以外の王族もほとんど死んでいた。

堅王だけが操り人形として生かされていたのだろうか。

ただ、孫が二人ほど存命しているそうだ。

まだ6歳の男児と5歳の女児とのこと。

他の孫世代は不審死(おそらく始末された)。

最も若い孫だけを残したと見るべきか。

堅王亡きあとの”スペア”として使う予定だった……あたりだろう。

……代わりは二人くらいで十分ってわけか。

聖が話を続ける。

「この王都では今、あなたの指示通りヴィシス教団の人間たちの拘束も始めているみたいよ。まあ、自暴自棄になって妙なことをされても困るものね。……こんなに眠りが必要な頭の状態であなた、よくそんなところまで気が回ったわね」

「優秀なんでな」

やれやれと肩を竦める聖。

「相も変わらず、謙虚なことね」

「こういう冗談の通じる相手にしか、言わねぇよ」

真に受けちまうヤツもいるしな……。

「他国にも現状を――必要な分だけ――知らせる伝書を送ったそうよ」

カトレア主導で、あれやこれやの後処理も進んでいるようだ。

聖も目覚めたあとは現状を把握し、カトレアの相談役をしているという。

「十河はまだ?」

「ええ」

眠っている間の世話は周防カヤ子と樹が交代でしていた。

聖が目覚めた後は三人のローテーションでやっているらしい。

「命に別状はないんだよな?」

「過去に、極弦っていう勇者のスキルとは関係のない技術――というか、あれはいわゆる気功みたいなものなのかしら……それの使用の負荷で、しばらく不自由だった時期があるの。あれは、魔防の白城戦のあとかしらね」

「あいつだけ元からそのへん、なんか世界がちょっと違うよな……」

実際、俺の廃棄直前にヴィシスの手刀を防いだりしてたし。

つまり、と俺は続ける。

「ヴィシスと戦った時の……最後に放った あ(・) れ(・) による負荷が、原因か」

真に十河のすべてを込めた一撃だったのだろう。

あれがなければ勝敗も正直、危うかったかもしれない。

「といっても確実に回復はしてきているから。意識の方も、そのうち戻るはずとロキエラさんたちが言っていたわ」

ちなみに。

聖はすでに、救われたお礼を二人の神族に言ってきたそうだ。

「ま、あの二人がそう言ってるなら大丈夫か」

「あと、ロキエラさんから伝言。今はテーゼさんと一緒にヴィシスの研究室を調べているところだから、先に済ませておきたい用事があれば自分たちの方は後回しでもいいって。ただ、あなたに何か話しておきたいことがあるみたい」

「てことは……特に急ぎの用事ではないんだな」

なら、後回しでもいいか。

「ロキエラさんによると、ヴィシスの研究室にはかなり興味深いものがたくさんあるみたい」

そういや、まだテーゼもこっちの世界にいるのか。

天界に帰らなくて大丈夫なんだろうか?

と、聖が腹の辺りで緩く腕を組み、てのひらで肘を支えた。

そしてしばらく何か考えたあと、口を開いた。

「……十河さんが目を覚ましたあとのことだけど」

「わかってる。そっちは、俺に任せてくれればいい」

聖は緩慢に視線を外すと、

「さすがに……あなたに危害を加えることはないと思うわ」

「意識が戻ったら当然、まだ合流できていない”行方不明の勇者”捜索の話は出るだろう」

が――事実上”行方不明の勇者”はもう存在しない。

ヴィシスは戦いの最中、浅葱、小山田、安が死んだと十河に告げた。

しかし十河は真に受けていない感じだった。

動揺を誘うための出まかせと思ったのだろう。

「…………」

俺はそこで、ふと気づく。

「ああ、聖は……安――安智弘の話は?」

「安君? ああ、そうね……あなたの話を聞く限りだと、彼も一応行方不明者といえば行方不明者になるわよね」

俺は――安の死について、伝えた。

聖は聞き終えたあと、しばらく押し黙った。

自分の中で思考と感情を整理している感じだった。

やがて聖が口を開く。

「……彼とは別に親しいわけではなかったし、こっちの世界にきたあとも接点はほぼなかったに等しいけれど……そう……安君は、そんな風に……」

アッジズから届けられたスマートフォン。

中には、十河綾香宛ての動画もあった。

この動画は俺が今見るわけにはいくまい。

だからあえて再生はしていない。

他には、元安グループ宛ての動画もあった。

さらに死亡した広岡と佐久間それぞれに個別の動画も。

そして――三森灯河宛ての動画まであった。

死者にまであいつは動画を残していたのだ。

俺宛て――三森灯河宛ての動画は、すでに再生して見ている。

主な内容は、謝罪だった。

が、安はすでに”三森灯河”は死んだと思っていたはず。

だからそれは広岡や佐久間宛ての動画と同じく、

”死者への手紙”

動画の中でも本人が言っていたが、それでもあえて撮ったらしい。

安は、動画内でこう言っていた。

『自分でもこれは……自分のための、自己満足だと思う。それでも……ちゃんと口に出して、こういう形でも謝っておきたかった――謝っておくべきだと、思った』

もしあの世で会えたら直接、謝りたい。

そうも、言っていた。

たとえ許されずとも。

謝らなくちゃいけないんだ、と。

…………安。

三森灯河宛てについては――

届いたぞ…………ちゃんとな。

あるいは、と聖が言った。

「十河さんに宛てたその動画の内容が……彼女の考えに、何か影響を与えるかもしれないわね」

「俺は小山田翔吾を殺した。ヴィシスへの復讐を達成した以上、それを隠すつもりもない。相手が十河だからこそ、ここで隠し通す選択肢も取らない。今のあいつには、知る権利がある」

にしても、高雄姉妹のスキルでスマホの充電ができてよかった。

遡ればそのおかげでヴィシスの本性を広く伝えられた。

文明の利器に、感謝だな。

ああそれと、と聖。

「あなたの指示通り”氷漬け”の桐原君も、馬車でこっちに運ばれているって」

「そっちは到着まで、ちょっと時間がかかりそうか」

現在【フリーズ】状態にある桐原拓斗。

こいつについても――どうするかを、決めないといけない。

「ん?」

部屋の外が、なんだか騒がしい。

廊下の方だ。

「ちょっとまだなの!? 目は覚ましたんでしょ!?」

……リィゼか。

「いや……姉貴が中でまだ三森と話してて……えっとなんの用――、……ですか?」

「えっ!? なんの用って……アタシはその……最果ての国の宰相だから……話したいこととか、あるし……あって……」

「……む、なんか怪しいな。要件も曖昧だし、挙動不審だし」

苦笑するセラスがドアの方を指差し、

”私が行ってきましょうか?”

と、アイコンタクトで俺に聞いてくる。

その時、

「だ、だって――順番待ちしてたんだもん! ただ……話したいだけよ! 元気なのを確認したいだけ! 声を、聞きたいだけ! な――なんか文句あるわけ!? 正式な用事がないと、個人的感情で訪ねてきちゃいけないわけ!? どうなのよ!? も~!」

「えぇ……そういう感じかよー……あ、姉貴ー……」

お手上げと言いたげな樹の声。

次いでガチャリとドアが開き、樹がひょこっと顔を出した。

「き、聞こえてると思うけど……この蜘蛛の女の子、通していいのか?」

緩く腕組みしたまま、聖が俺に顔を向ける。

俺は、

「――通してやってくれ」

聖がちょっと呆れて、

「三森君、あなた……面白がって、あえて放置してなかった?」

「……なんの話かな」

「やれやれ、ね」

またも聖に、肩を竦められてしまった。

と、ドアがすべて開かれてリィゼが勢いよく飛び込んできた。

「ちょっと――大丈夫なの!? 心配ばっかりさせて……こ、こっちの気にもなってよね!」

……なんというか。

「今はおまえが登場するとなんか……ホッとするよ」

「えっ!? なっ……いきなり求婚なんてされてもッ――――心の、準備がッ――」

どこをどう解釈したら、今ので求婚になるんだよ。

少し落ち着いてくれ……リィゼロッテ・オニク。

高雄姉妹とセラスは一旦退室し、リィゼと二人で話した。

別にセラスたちがいても問題なかったのだが、聖の提案でそうなった。

リィゼは照れくさそうに唇を尖らせ、聖にぼそっとお礼を言っていた。

で……リィゼとは、意外と(?)今後の最果ての国の話などができた。

もうしばらく最果ての国勢もこの王都に滞在するという。

ミラの皇帝であるツィーネがここにいるのもでかいらしい。

『一応ね、今回の女神討伐戦での功績を加味して、ミラとウルザって国の領土の一部を割譲してもらえそうなのよ』

実現すれば最果ての国と実質的に地続きの領土になるらしい。

『二つの国の領土から半々くらい、って感じで想定してるんだって。それで交易特区――交易都市みたいな役割を担って、人を集めて……親しみや、アタシたちの国の亜人や魔物が安全だってのを知ってもらう方針……それを提案されたわ。あのツィーネっていうミラの皇帝……なかなか頭、回るわね。大きい帝国の皇帝のわりに、それなりに話もわかる方みたいだし』

ツィーネは……あまり欠点も思いつかないヤツなんだよな。

そして、セラスに並ぶ美貌の持ち主と言われるほど美形でもある。

あとは……ココロニコ・ドランの件を、伝えた。

ちょうど話の流れで聖眼防衛戦の件に触れた時、伝えた。

リィゼは――ショックを受けていた。

『もちろん誰かが命を落とす覚悟は……していたけど』

と彼女は言った。

リィゼは、震えがちな声で続けた。

『でも……覚悟はできてても……それは、悲しんじゃいけないってことじゃ……ないのよね……』

リィゼは、ジオたちには自分から伝えると言って部屋を出た。

悲しんではいたが――毅然としていた。

出会った頃より”宰相”になってるな、と。

なんとなく今のリィゼを見て、そう思った。

そのあとは聖が戻り、再び話し合いを行った。

クラスメイトは現在、十河が目覚めるまでは待機状態。

また、担任の柘榴木保も同じく待機状態。

今の柘榴木はすっかりしょぼくれてしまっているとか。

召喚後はヴィシスにこの城の調理場に放り込まれていたそうだ。

そこでかなりやり込められたらしい。

そういや……柘榴木とは、まだまともに再会はしてないんだよな。

さらにそのあとは、ニャキたちとも顔を合わせた。

ピギ丸にスレイ、イヴも一緒だった。

さらに、ムニンやフギも顔を出してくれた。

昼前にはツィーネとも軽く話した。

まだしばらくこの王都に残るつもりらしい。

「白狼王がここへ向かっているのであろう? しばらくこの王都で待てば、ヨナトを除く反ヴィシス勢力の代表者、もしくは、その代理に値する者が一堂に会するわけだ。今後の各国の方針などを話し合うには、ちょうどよかろう」

ちなみにウルザの魔戦王はヴィシス側だった。

なので、すでに国の代表としては扱わないそうだ。

「ウルザ軍は竜殺しに臨時の代表をやって欲しいと請うているらしいが、当の竜殺しが乗り気ではなくてな。余は、あの男には人をまとめ上げる力があると思うのだが……」

俺は、ここにとどまるのはわかったがミラ本国の方はいいのかと尋ねた。

するとツィーネは、

「カイゼがいるから問題あるまい。元よりあれは内政向きの資質を持っている。反面、余は血生臭い戦や謀略に資質があった。だから、平和になればカイゼのような者の方が皇帝には向いている。戦備面でも、平和な時はルハイトの方が向いているだろう」

だそうである。

話しぶりや表情を見るに、

「今回の反ヴィシス戦争の後始末をしたら……本当に、皇帝の座から退くつもりなんだな。退いたあとは、どうするつもりなんだ?」

「そうだな……正直、あまり具体的なことは考えてはおらぬ。隠遁してしばらくはのんびりしたい気もするが……どうかな……この際だから、妻でも取ってどこかでひっそり暮らすのも悪くないかもしれぬ」

今、部屋には二人きりである。

俺はベッドの上で、ツィーネはその脇の椅子に座っている。

彼の横には背の高めな丸テーブル。

その上には皿が二つ。

ツィーネは丸い果物の皮を器用にナイフで剥きながら、

「で、そちはどうなのだ?」

「……俺か」

ツィーネが手を止め、

「異界の勇者である以上、やはり元の世界に戻るのであろう?」

「…………」

「余にもようやく友らしい友ができたと思ったが……しかし、そちの帰り待つ者も元の世界にいるであろう」

「……まあ、な」

ツィーネはその視線を果物を持つ手元に置いている。

彼は一度、長くのびた皮を切り離した。

そしてその皮を摘まんで皮用の皿に置き、尋ねた。

「そちたちは、このあとすぐ帰らねばならぬのか?」

「どうかな……元々”異物”である勇者がこっちの世界に長く滞在した場合、どのくらい問題があるのか……まとめて一斉に帰る必要があるのか……その辺は、ロキエラやテーゼに確認してみるつもりだ」

再び、ナイフを動かし始めるツィーネ。

刃が皮の内側を滑る音だけが室内に小さく響く。

やがてツィーネが口を開き、

「……大丈夫か?」

「ん? 何がだ?」

「隠さずともよい。何か、迷いがあると見える」

ふふん、と微笑するツィーネ。

彼は長い睫毛を伏せ気味にし、

「ヴィシスを倒したからか……以前より少し、トーカは感情が読みやすくなった」

俺は手を後ろについて、フン、と天井を見上げる。

「気が抜けて……演技力が少し、鈍ってるのかもな」

「つまりそれは、素に近いトーカと話せているということであろう?」

皮を剥き終えたツィーネが、コトリ、と一度ナイフを卓に置く。

そして言った。

「余はそれが、悪いこととは思わぬ」

その日の夕刻、十河綾香が意識を取り戻した。