軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

刻む、刻

◇【十河綾香】◇

「ゲラゲラゲラゲラッ!」

両腕を左右に広げたヲールムガンドが天井を仰ぎ、 哄笑(こうしょう) する。

一方、十河綾香は汗に塗れた姿でその神徒と相対していた。

「はぁっ……はぁっ、はぁっ……ッ!」

ピキッ、と。

身体の中で音が鳴った。

どこかの筋が発した音だろうか。

あれから綾香は長い間、ヲールムガンドと戦い続けていた。

誰もこの場に現れなかったのは不幸だったのか。

あるいは――――

「ゲラララ……そろそろ切れてきたようだな、 そ(・) の(・) 状(・) 態(・) も(・) 」

綾香に顔の正面を向け、ヲールムガンドが指先でこめかみを掻く。

「おめぇさんが”入って”た無意の状態ってのは、いわゆる超過集中状態なわけだが……そいつを今まで持続できてたこと自体がそもそも異常なんだぜ? ゲラゲラ……やっぱバケモンだ、おめぇさん」

「はぁっ、はぁっ……ッ!」

綾香はもはや、汗を拭う余裕もない。

消耗は、恐ろしく激しい。

ヲールムガンドには何度も攻撃を浴びせかけた。

何度も何度も、傷を与えた。

何度も。

出血させた。

しかし――

ヲールムガンドは、倒れない。

「オラァと戦ってここまで血を流させた人間はおそらくおめぇさんが初めてだ。再生の容量もそれなりに使わされちまった……クク……ここまで人間が食い下がるたぁな。ゲラララ……こんなに嬉しいことはねぇ……なぁ、ヴィシス……」

(くっ……確かに……集中力、が……)

汗ばむ手で固有剣を握り直す。

そこで、ふと思い出した。

突入前。

綾香は、セラス・アシュレインと言葉を交わしていた。

互いの戦闘能力を把握する意図もあった。

戦いのこと――強さのことを、二人で話した。

(持続力……)

セラスはこう言っていた。

『お聞きする限り、アヤカ殿も私と同じく自己の最強状態を維持できる時間は限られているようです。そしてこれが、私たちの最大の弱点となるかもしれません』

『セラスさんは起源霊装の負荷……私は有限のMPと、極弦の負荷……』

今の綾香はそこへさらにヲールムガンドの言う”無意状態”が加わる。

どれも――有限。

『すでに死んでいるのであくまで感覚でしか語れませんが……私ならば起源霊装の状態、アヤカ殿であれば固有スキル使用と極弦の状態なら、あのシビト・ガートランドの強さにも迫れるのではないか……私は少し、そう思っています。いえ、あるいは――勝てる余地すらあるかもしれません』

『あの”人類最強”と言われた……』

『少なくとも今の私たちであれば、たった一撃で殺されることはないと思います』

渡り合えるかもしれない、とセラスは言っている。

その一方で、

『ただ……あの”人類最強”の真の強さは、また別のところにあったのだとも気づきました』

『真の強さ、ですか?』

『はい。ご存じかも知れませんが、かつてバクオス帝国で兄の皇帝に対し弟の公爵が反乱を起こした事件がありました。当時はバクオス貴族の大半が、人望の厚かった弟の側についたそうです』

兄と弟による帝位争い。

数の面で圧倒的劣勢を強いられる兄。

しかしその争いは、兄側の圧勝で終わる。

『現皇帝……兄の側には、シビト・ガートランドがいたのです。シビトはただ圧倒的に強いだけではなかった。神出鬼没なだけでなく、昼夜問わず襲撃してきたといいます。それこそいつ眠っているのか知れぬほど、何日にも渡り弟の反乱軍に継続的な襲撃をかけ、そのたびに指揮官の首を取っていったとか』

ここにシビトの真の強さがあるのだと思います、とセラスは続けた。

綾香もこの辺りで話の意図が理解できてきた。

『有限の私たちと比べれば、シビトは無限に等しいと言えます。シビトは私たちと違い時限的な強化などなくともその最強状態を維持できる。さらに、ほとんど眠りや疲労に縛られず戦闘を継続できる……トーカ殿が相対した時はそれを発揮する機会がありませんでしたが、その継続戦闘能力こそが、恐るべき才だったのかもしれません。しかし一方で――』

『私やセラスさんの”最強”は、有限……』

はい、とセラスは綺麗に首肯した。

『今の私たちが辿り着いた”最強”は有限……この決戦では、そこを強く意識して戦わねばならない局面があるかもしれません』

「…………」

けれど、意識しようとしても。

このヲールムガンドに、温存の選択など取れなかった。

そして――ついに、訪れたのかもしれない。

限界が。

睥睨するように、あごを上げ綾香を見るヲールムガンド。

あの、いつも嗤っているような顔で。

「ゲラゲラ……ま、痛み分けってとこかもなぁ。おめぇさん相手じゃ対神族強化が の(・) ら(・) ね(・) ぇ(・) のに加えて、そっちの誰かが仕掛けたらしい神族弱体化の影響もある……とはいえ――このヲールムガンド様が、人間相手にここまで手こずった。こいつは、想定以上だ。間違いなくおめぇさんはオラァが戦ってきた中で最強の人間だろう。クク……迷宮内を駆けずり回っておめぇさんの仲間どもをどんどん始末していけと命じられてたんだが、おめぇさんにかかりっきりだったせいでこのザマよ。オラァまだ誰一人として、おめぇさんの仲間を殺せちゃいねぇ。ゲラゲラ、笑えるだろ?」

ヲールムガンドがどこか演技っぽく、三度、両手を打ち合わせた。

拍手のつもり――なのだろうか。

そして、

「だが―――― こ(・) こ(・) ら(・) で(・) 、 幕(・) だ(・) 」

綾香は……呼吸を、整える。

強い。

本当に。

今まで戦ってきた敵の中でも格が違う。

違いすぎる……戦士としての、格が。

他の神徒も、こんなに強いのだろうか?

「おめぇさんがさっきまで入ってたあの状態はな、自らの意思で入れるもんじゃねぇ。条件が揃った時、無意識に 入(・) っ(・) ち(・) ま(・) う(・) もんなのさ。そして今、おめぇさんはその状態をついに切らしちまった。よく食い下がったが――ここまでだ」

ふぅぅぅ、と綾香は息を吐く。

…………リィィイイイイイン…………

ヲールムガンドがとぼけた様子のまま、目を、見開いていく。

「あぁ?」

綾香は再び――その音色の中へと、落ちる。

指先で額を掻いていたヲールムガンドの右腕が、だらん、と垂れた。

垂れ下がったその腕は、無意識に垂れたように見えた。

「……マジかよ。自らの意思でその状態に”入る”ことができる、だとぉ……? おいおい……この人間――」

ブシュウッ!

綾香が斜め下から放った斬撃が。

ヲールムガンドの腰から肩口までを、切り裂いた。

瞬きにも満たぬ速度の肉薄。

一瞬で綾香は懐の手前――斬撃の届くベストな位置まで飛び込んでいた。

”完全な 距離(間合い) ”

ギョロリ、と。

眼下にて固有剣を振り上げた姿勢の綾香を、ヲールムガンドが見下ろす。

……ビキ、メキ……

ヲールムガンドの白い顔に走るヒビのような黒線。

それが、太さを増してゆく。

「訂正だ……こいつはまだ、幕じゃあねぇな。ゲラララ……いいぜ、人間………… そ(・) う(・) こ(・) な(・) く(・) ち(・) ゃ(・) あ(・) な(・) 」

ヲールムガンドが言い終える頃には、綾香はもう、次の動きに移っている。

脇へ回り込み、身体の寸断を狙う。

硬質化したヲールムガンドの裏拳が綾香を殴りつけた。

綾香も硬度を一点に集約した固有武器で、それを受ける。

殺意。

綾香の肌を――感覚を。

焼き殺しにくる。

焦熱(しょうねつ) なる、白き殺意が。

もはやヲールムガンドの鮮明な像を綾香は目で捉えられない。

動きが速すぎるためだ。

綾香は殺意に焼かれゆくその感覚を頼りに、敵の動きを捉えていた。

背後からの攻撃を、振り向きもせず固有剣で防ぐ。

振り向く動作すら隙と化すレベルの攻防。

綾香は、瞬きもしない。

今のヲールムガンド相手では瞬きの間すら死の種へと化ける。

ここで 死花(しばな) を咲かせるわけにはいかない。

綾香は必死だった。

ヲールムガンドも今や、言葉を発しなくなっていた。

極限まで感覚の研ぎ澄まされた者同士による攻防。

駆け引き。

削ぎ落とすものを削ぎ落とした果てに選ばれた攻撃、防御――回避。

あるいは見る者が見れば、この戦いに芸術性すら覚えるのかもしれない。

この盤面――

一手でも誤れば、即死しかねない。

針の穴に糸を通すような戦い。

いつ切れるとも知れぬその糸を、繋ぎ止めながら――

綾香はさらに深く、 潜(・) っ(・) て(・) ゆ(・) く(・) 。

この糸が切れるまで―― 奔(はし) る。

迸(ほとばし) る白い殺意で焼かれゆく喉。

喉が。

目が。

肌が。

頭の中が。

ヒリヒリとして――熱い。

白き、灼熱。

感覚とその身を殺意の灼熱に焼かれながら、白銀の勇者は、刃を振るう。

十河綾香は、信じている。

仮に勝てなくとも。

少しでも長く、この場にヲールムガンドを繋ぎ止めておけるのなら。

きっとこの時間が 仲間(みんな) を救う時間になってくれていると、思うから。

守るんだ。

私が。

だから――

刻(きざ) め、 刻(とき) を。

一秒でも、長く。

二重の意味で”釘づけ”となったその戦いは――ついに、終わりの 刻(とき) を迎えようとしていた。