作品タイトル不明
最強へと至る道
林を抜けると人面種が一匹、凄まじい速度で近づいてきた。
起源霊装を発動させた時の光で俺たちの存在に気づいたか。
……あいつは、ナメクジみたいな動きをしてたヤツだな。
よく見ると平らな身体の底部に無数の小さな足が見える。
臀部の数本の尻尾らしきものは、まるで昆虫の足みたいだ。
背中を見れば、そこには腕が生えている。
背から生えた腕は複数あって、すべて背から空へ向かって伸びていた。
その腕の先にある手の指が、何か掴もうとするみたいにワシワシ動いている。
一部の腕の手中には……首のない人間の死体が、収まっていた。
「うェぇエんエんエんオんギゃァぁァあアあアあアあ゛ア゛――――――――ッ!」
前方の顔面――人面種の口から、腸と刃が混合したような器官が吐き出される。
勢いよく吐き出された刃が、襲い来る。
俺は身を低くした。
背後で、セラスが片膝立ちになる。
セラスがタイミングを見計らい馬上で白い光の剣――精霊剣を振るう。
振るわれた光のかたまりが、人面種の口から放たれた刃をごっそり消滅させた。
これにより――敵の正面が、がら空きになる。
初撃をいとも簡単に防がれ、意表をつかれたか。
人面種が、
”ん?”
みたいな反応をした。
直後。
天へ向けられていた何本もの腕が、宙へ射出された。
さながらミサイルのように。
上空に放たれた腕が耳鳴りのような音を発し、発光を始める。
今までの獲物と違うと判断し、奥の手でも出してきたのか。
が、命を守る防御反応としては――――もう遅い。
すでにいつものコンボが、
「――【バーサク】」
成(・) 立(・) し(・) て(・) い(・) る(・) 。
人面種が破裂めいて、まき散らすかのごとく青い血を噴き出す。
そして、
【レベルが上がりました】
久々の、レベルアップ。
「……上々だな」
降り注ぐ青い血。
宙へ射出された腕部も一緒に降ってくる。
本体が死んだためか、光を失った腕がボトボトと地面に落ちてきた。
そんな血と腕の雨を背後に、俺はスレイを魔群帯へ向けて走らせる。
ここのような障害物の少ない平地で囲まれると不利になる。
小賢しい戦い方をするなら、多少ごちゃごちゃした魔群帯の方がいい。
……皮肉なもんだ。
誰もが恐れて踏み入りたがらない特級危険領域。
しかし俺にとってそこは――
今や、獲物を引き込む狩場に等しい。
二足歩行の人面種が、早歩きの動作で猛然と迫ってきた。
たとえるなら、競歩みたいな動きをしている。
身長は五メートルくらいか。
人面の部位は両肩に確認できる。
人間なら本来顔があるべき頭部は梅干しみたいな形をしていた。
その人面種は速度が上がるにつれ、腕の振りが大きくなっていく。
「ぺッぺッぺッぺッぺェえエっ!」
両肩に張り付いた顔面の口。
そこから唾と一緒に、人間の腕や足が宙へ吐き出されている。
……リスみたいに両頬が膨らんでるかと思いきや。
人間の死体を口いっぱいに頬張ってやがったのか。
その人面種が、
「イぃヤっホぉォおオおオおオおオウ♪」
爽快そうに叫んだ。
そして宙へ吐き出した死体を掴み、こっちへ投擲してくる。
「気味悪ぃだけで――爽快感もクソもねぇんだよ」
肩の顔面の目がセラスの刃を注視している。
警戒しているのだ。
さっきの斬撃の射程距離に、ギリギリ入ってこない。
が――
俺の 射程圏内(レンジ) には、入っている。
起源霊装を纏ったセラスの存在――これが、大きい。
今までは戦闘能力が劣るがゆえ無茶や策を要する場面も多かった。
しかし起源霊装のセラスがいれば”それら”がなくとも、いける局面が増えてくる。
「【バーサク】」
再びの、確殺コンボ。
人面種を――始末。
【レベルが上がりました】
「…………」
こいつらが想定通り北方魔群帯の人面種なら。
なるほど。
美(・) 味(・) い(・) わけだ。
そのまま、
「【ポイズン】」
周りに集まってきていた普通の金眼には、こっちをお見舞いする。
やや大型の金眼には【バーサク】。
大型の金眼が、他の周りの金眼たちを襲い始め――
ブシャア!
「うホほホほホーん! ホーん!」
ブリッジみたいな態勢で移動していた人面種。
そいつが【バーサク】で襲ってきた大型の金眼を、真っ二つにした。
巨大な手刀によって、大型の金眼の上下半身を切り離したのである。
……恐ろしいほどの切れ味を持つ手刀ってわけか。
ジタバタともがきながら後続の金眼を襲う上半身のみの魔物。
ブリッジ姿勢の人面種はそれを置き去りにし、俺たちを猛追してくる。
そいつは首の付け根がそのまま顔面になっていた。
つまり首から上の頭部がなく、首の付け根に顔面が収まっている。
ブリッジ姿勢だが、顔面の向きは上下逆さではない。
…………。
気になったのは、その人面種のひどく品のない笑み。
鼻息が異様に荒い。
その鼻の穴から、赤い血が細く流れている。
本来は青い血の人面種。
そいつらが流す赤い血は演出用。
これは、あの魂喰いと同じと考えていいだろう。
その鼻血が目に合流し、涙のようにもなっている。
恍惚に近い表情。
照れて赤面している――そんな風にも見える……。
その目は、ただ一点を凝視しているのだが――
…………セラスか?
そう。
注意がずっと、セラスに向いている。
「…………」
つーかあの人面種、ひょっとして……。
セラス以外、眼中にないのか?
そうとすら思えるほど、俺に注意を払っていない。
「……つまり」
そういうこと、なのか?
「トーカ殿」
「ああ」
「あの人面種はどうやら、私しか見えていないようです」
「おまえも気づいたか」
「観察していて気づきました。そして、私に注意を向けさせての勝利への組み立ては――あなたの得意とされる戦術の一つ、だったかと」
俺は鼻を鳴らした。
「フン――よく、わかってるじゃねぇか」
セラスが馬上で姿勢を変え、スレイの背で再び片膝立ちになる。
そして――光刃を纏った精霊剣を、構える。
馬上で立ってもスレイの能力のおかげで振り落とされない。
スレイが身体を変形させ、それによって足などを固定、補助してくれる。
伸縮性も確保できる。
ゆえに、馬上でも振り落とされず多少のオーバーアクションなら可能となる。
「セラス」
「はい」
「俺は、正しかった」
あの時。
ミルズ遺跡で護衛として共に潜り。
黒竜騎士団から救う選択を、した。
「セラス・アシュレインを選んだ判断は……やはり、間違ってなかった」
ピクッ、と。
背中越しにセラスが反応したのが、わかった。
そして、
”ありがとうございます”
と。
俺の耳にギリギリ届く程度の声量で、彼女は、そう呟いた。
一拍ほど、間があって。
40メートルほどに迫る人面種とセラスは相対し、
「私も……よかったです。あなたに選ばれて。あなたと……出会うことが、できて――」
光の刃がその勢いを、増す。
「本当に、よかった」
▽
三匹目の人面種をくだし、そのまま俺たちは魔群帯内に入った。
ここからだ。
後ろから金眼の群れがさらに追ってきている。
さっきの戦闘に気づいて追いかけてきた金眼ども。
他の金眼も引きずられてついてきているようだ。
けっこうな数が遅れて魔群帯へ雪崩れ込んできているのがわかる。
前方――魔群帯の中からも、こちら目がけ集まってきている気配……。
進路を定め、進む。
魔防の戦城の近くにある砦なら。
――アシント、ズアン公爵との戦い――
そう、あの戦いを抜けて入った先の魔群帯なら……。
多少、土地勘がある。
いや。
あそこに辿り着けなくてもいい。
あの辺りと似た地形ならば。
戦いやすさもかなり変わる。
周囲へ視線を飛ばしつつ、駆ける。
使えそうな地形や遺跡建造物を把握していく。
先行して襲いかかって来た金眼どもを蹴散らしながら、
「ピギ丸、おまえの本格的な出番はまだ先だ。おまえとの合体技はセラスが離脱するまで温存しておく……ただ、警戒だけはいつも通り頼む」
「ピギッ!」
次に、
「セラス、今言った通りだ。起源霊装の持続限界が見えたらおまえとスレイは離脱させる。もちろん……できるだけ安全を確保してからだがな。おまえらが離れてしばらくしたら――残りは拡声石を使ったピギ丸の鳴き声で、こっちに集める」
「かしこまりました」
その短い答えにはもう、曇りも、迷いもない。
セラスが剣の構えを変え、
「トーカ殿」
「頼む」
飛びかかってきた中型の金眼を、危なげなく斬り伏せる。
「やたらめったらスキルを放って、対象数の制限枠を圧迫されるのもまずいからな……ここからは、小型や中型はおまえに任せていいか」
「お任せを。トーカ殿は、ここでレベルをお上げになりたかったのでしたね?」
「ああ」
イヴたちとエリカの家を目指していたあの時とは、目的が違う。
レベルアップによるMP回復を目的とした戦闘、ではない。
――人面種、シビト、アイングランツ――
――勇の剣、ジョンドゥ、剣虎団、桐原――
くぐり抜けてきたいくつもの戦い。
ステータス補正のおかげで勝てたのも、確かにあるだろう。
特に――【速さ】。
気配察知や反射神経にも補正が入っているのではないか。
これがなければ……。
針の糸を通すような賭けも、負けていたかもしれず。
ステータスの重要性は最近だと、特に桐原戦で顕著に感じた。
起源霊装のセラスと組む戦い方。
俺の方が、セラスについていけていない。
俺の方が――セラスの足を引っ張っている。
あの時は俺が動きやすいようにセラスが動いてくれていた。
が、俺がもっと”動けた”なら。
セラスがもっと、動きやすくなっていたはず。
イヴたちと初めて魔群帯に入る時に思ったことと同じだ。
他のステータスにしてもやはり、底上げに意味はある。
「聖によると、あいつらS級でもレベルは100くらいから伸びが鈍くなっていたそうだ」
側近級を倒した十河でも500に届かないくらいだと聞いた。
「が、俺は――2500まで伸びている」
どころか。
さっき北方魔群帯の人面種三匹を殺って。
俺の中に生まれたこの予感は、確信に変わりつつある。
一匹辺りは、側近級のアイングランツほどではないかもしれない。
が、今のところ経験値の保有量はかなり多い気がする。
言うなれば。
北方魔群帯の人面種は、人面種の中における大ボス軍団。
「ステータス、オープン」
【トーカ・ミモリ】
LV3121
HP:+9363
MP:+102993
攻撃:+9363
防御:+9363
体力:+9363
速さ:+9363
賢さ:+9363
【称号:E級勇者】
伸びた。
レベルが、さらに。
上昇曲線の形はよくわからない。
が、聖から聞いたほど伸びは鈍化していない――気がする。
頭打ちの気配もまだない……。
聖たちはレベルが上昇するほど、ステータスの伸びも鈍化したという。
しかし。
俺のステータスは今も、固定値で伸び続けている。
ならば。
もっと経験値を注ぎ込んでいけば。
まだまだ”上”を、目指せるのではないか?
もちろん数値でS級に匹敵するかは疑問である。
けれど、まだ伸びるのなら――
迫れる、かもしれない。
他の勇者の枠に収まらない伸び方――枠から外れた、上昇率。
「相手はあのクソ女神だ。あいつとの決戦前にどこかでレベルの底上げでもできれば、とは思ってたんだよ。たとえばアライオンへ向かう途中で、どこかで地下遺跡にでも潜って人面種を探す……とかな。ただ知っての通り、そんな機会を作れそうにはなかった」
「今回がその機会、だったのですね?」
「ああ……必要になる時が来るように思えてな――いや、おそらくこれはやっておくべきことだ」
最悪を想定し、最善を尽くす。
ステータスの上昇は結果として俺を救ってきた。
その時が来れば、これが後になって活きる気がする。
底上げのエサとしての人面種。
……結果によっちゃあ、連れてきてくれた桐原に感謝かもな。
「では予定通りあなたが経験値を得られるよう――私は、人面種にとどめを刺せるよう動きます」
「……セラス。シビトと対峙した時のこと、覚えてるか?」
「シビトと対峙した時のこと、ですか?」
「あの時――シビトが”完成品”の俺を要求した時のことだ」
シビトの言葉。
『ああ……その女が金眼の魔物を弱らせて、とどめは貴様がさす算段か』
セラスがその記憶に至った反応をする。
「私が……トーカ殿のレベルアップのため協力者として魔群帯に同行し……”完成”したあなたをシビトのもとへ届ける……それは――」
奇しくも、
「形的には……あの時に話したような状況になってる、と思ってな」
「ふっ……確かに、そうですね」
「俺の”完成”のために――遠慮なく力を借りるぜ、副長殿」
木々がなぎ倒される音が近づいてきて、
「ギぃョぉオおオおオおオお――――ッ!」
人面種が姿を、現す。
「お任せを、トーカ殿……今こそ――」
セラス・アシュレイン精霊剣の出力を、さらに高めた。
「我が全霊をもって、この刃そのすべて――あなたのために、振るいます」
□
襲い来る人面種。
俺たちは……、――殺し、殺して、殺した。
今のところ。
苦戦らしい苦戦を、していない。
まず、やはり起源霊装を纏ったセラスの存在が大きい。
策をそこまで巡らせずとも倒せる局面がいくつもあった。
純粋な戦闘能力でセラスが単に上回っているケースがあるのだ。
こうすると、俺へとどめを回しやすくなる。
そして状態異常スキルとセラスの近~中距離の攻防による連係。
これが、見事に嵌まる。
敵の攻撃をまったく寄せつけない。
時には地形や遺跡の建造物も利用した。
ここにいるのが北方魔群帯のヤツらだとすれば。
この辺りの土地勘はないはず。
つまりここは、向こうのホームってわけじゃない。
その点も味方したのだろう。
地形や建造物に潜み、引き込み――殺す。
これまで対多数の戦いも、経験してきた。
おかげで対多数の戦いに慣れも出てきてるのかもしれない。
欺き、嵌め殺すのも。
以前よりなんだか、より容易にできるようになった気がする。
相手は特に凶悪と名高い、あの北方魔群帯の人面種だというのに。
あるいは。
俺が人面種という生き物をそれなりに” 識(し) った”のも大きいのか。
もっと言えば。
今まで遭遇してきた邪悪の存在が、でかいかもしれない。
わかるのだ。
邪悪の性質――思考が。
ある程度……それを、なぞれている気がする。
邪悪をドロドロに煮詰めたような連中と、戦ってきた。
人間、魔族、人面種は、それぞれ違うものだろう。
が、邪悪という指向性においては共通項も多く思える。
獲物をいたぶろうとするヤツの思考――行動。
敵の思考のトレースに近いことができているのではないか。
これはさっき、何匹かの人面種と戦ったあとで感じたことだった。
セラスは出遭った凄絶な邪悪たちを理解できなかった。
一方の俺は……セラスと違い、理解できた。
理解、できてしまった。
ゆえに。
邪悪の思考をなぞり、それを利用できる。
そう。
ある部分では確実に俺たちは強くなっていて。
成長、している。
しかし、だからこそ。
こういう時こそ。
敵が自分の想定を上回ってくる可能性を、模索し続けるべきで。
自分の中に浮かび上がってくる”最悪”を、想定し続けるべきだ。
限界まで敵を 侮(・) る(・) な(・) 。
魂喰いと戦った時、俺が心中にて叩きつけたあの言葉……
相手よりも格上だと思い込んだ、その瞬間。
もう勝利が確定だと思い込んだ、その瞬間。
生じるは、大敵――
名を、油断。
自らが最強へ至ろうとするならば。
あれは、驕った敵に叩きつける言葉ではなくなる。
あの言葉は――
自(・) ら(・) の(・) 、 戒(・) め(・) へ(・) と(・) 変(・) わ(・) る(・) 。
そしてこの自戒さえ忘れなければきっと――――
▽
「セラス」
「はい」
「俺たちはきっと、最強になれる」