軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪食の蠅

俺たちはミラの本軍を離れ、目的の砦を目指し西へ駆けた。

その砦へ向かう途中で、俺たちはミラの兵たちを見つけた。

時刻は深夜。

近づくにつれ、その集団の様子がおかしいことに気づく。

重々しい足取り。

頭を垂れている者も多く……。

負傷者もたくさんいるようだった。

ひょっとすると、あの兵士たちは――

「? あれは……蠅王、殿?」

向こうもこちらに気づいたようだ。

すぐにこの大隊の指揮官だという伯爵がやって来た。

「蠅王殿……それから、セラス殿……この隊を率いるロウムでございます」

「お聞きしますが、あなた方は……」

「はい……」

俺の問いに答えていくロウム。

彼らはやはり、例のパヌバ砦攻略を行っていた兵たちだった。

「――そうして、もう砦を落とせると確信した頃……あの耳障りで不快な巨大音がし、砦の中から漏れる紫の光が見えました。その直後、巨大な津波の前触れとして波が一斉に引くような……そんな静けさがありました。そして……ほどなく、砦目がけ襲来したのです――金眼たちが」

パヌバ砦は魔防の戦城をほぼそのまま西へ行った位置にある。

要するに、比較的魔群帯に近い。

「砦には、人面種までも集まってきまして……このままでは全滅しかねぬと無我夢中で撤退し、どうにかここまで逃げのびましたが……500ほどいた兵も、今や半分に満たぬほどとなってしまい……」

松明に照らされる兵たちの顔。

生気が失われている。

その表情には重い絶望が張り付いている。

よく見ると拘束されたウルザ兵の姿もあった。

ウルザ兵たちもすっかり意気消沈している。

聞けば、金眼の襲来後はもはや敵味方がどうこう言える状態ではなかったという。

「人面種……相当な脅威だったと見えます」

俺が言うとロウムは、

「はい、あれはもはや……人の手に負えるものとは、思えませぬ。不気味で、残虐で……あれらの前では、人間などなんとちっぽけな存在かと思えました。我々は、ただ蹂躙されるだけの……無力な生き物なのだと……ッ」

ロウムは、悔しげに面を伏せた。

力強く握り締めたその手は震えていた。

「伯爵」

「……はい」

「ここまでよくぞ折れずに兵をまとめ、そして、ここまで撤退なされました」

「え?」

「あなたは今、悔しげなご表情をされました。それは、恐怖に完全に支配され切った人間にできる感情表現ではありません。心が折れ切っていてもおかしくない中……指揮官としての役割をまっとうしたあなたは、ご立派だと思います」

俺がそう言うと、後ろに座るセラスも続く。

「私もそう思います。兵がここまで不安定な状態にありながら、部隊としてそれなりに統率がとれているのは……指揮官が気丈さを完全に失わなかったゆえかと」

ロウムは感極まったように、目尻に涙を浮かべた。

「……敗残の将にそのようなお言葉……感謝、いたします」

そこでロウムはハッと面を上げ、

「と、ところで……お二人はなぜここへ――」

俺は目的と今後の動きを説明した。

聞き終えたロウムは驚嘆し、

「あ、あの砦近辺に集まった人面種を一掃する――ですとッ!?」

ロウムの声に兵たちも反応し、こちらに意識を向けてきた。

「経路的に、こちらへ向かっている最果ての国の援軍が人面種の脅威に晒される可能性があるのです。今は砦近辺をうろついているかもしれませんが、人面種たちがさらに外側へ出てこないとも限りません」

そう、やはり楽観はできない。

「で、では我々も共に――」

「いえ、ワタシたちだけで行きます」

「そ――そのようなっ……相手はあの人面種なのですぞ!?」

「ワタシはかつてこの黒馬らと共に、魔群帯にて複数の人面種と戦い――そのすべてをくだした過去がございます」

「! な、なんと……」

「今回、だからこその我々なのです。しかし複数の味方を守りながらでは……ワタシも気がかりが増えてしまい、戦いに集中できないかもしれません」

「う、む……おっしゃる、通りですな……わかりました。いえ、我々も蠅王殿の足手まといとなるのは望みませぬゆえ……」

「何より……あなた方は最果ての国の援軍と合流し、彼らを連れて陛下の元へ馳せ参じる役目があるはずです――この先に控える、決戦のために」

力になれぬと忸怩たる様子だったロウムが、顔を上げる。

「我々の、役目……」

「はい。人面種と相対し生き残った経験を持つ者など、そう多くはないでしょう。人面種に襲われながらも隊の半分をまとめ上げ、ここまで撤退させた手腕を持つロウム殿……圧倒的な死の予感に見舞われながらもこうして生き残った兵たち……決戦で共に戦う仲間として、活躍を期待したく思っております」

稲妻でも走ったかのように、ロウムが目を見開いた。

「――――――――蠅王、殿……」

今のやりとりは、周囲の兵にも届く声量で行った。

わずかにだが、兵たちも顔に生気が戻ってきている。

「ロウム殿、パヌバ砦とその近辺に関する地形などの情報を手早くいただけますか?」

「か、かしこまりましたっ……ただ今!」

最果ての国の援軍の方にはもう軍魔鳩を飛ばしてある。

一旦移動は止めているはずだ。

俺が人面種ども排除しないと、あいつらもずっと足止めをくらう。

……にしても。

実はエリカの使い魔を持ってきていた。

上空からの偵察なんかを頼めればとも思ったんだが……。

やはり一向にエリカが浮上してこない。

「…………」

貴重な使い魔だ。

ここから先、守り切れるかは怪しい。

ここまで連絡が取れない以上……。

他の荷物と共に、使い魔はこの隊へ預けて行くべきだろう。

今回、使い魔の支援は諦めるしかない。

得るべき情報を得て軽いやりとりを終えた俺は、

「それではワタシたちは砦へ向かいます」

「蠅王殿、セラス殿……どうかご無事で。それから……ありがとうございます」

俺は一つ頷き、スレイを翻し――駆けた。

再び目的地を目指して。

「……………………」

夜が、明け始めている。

傾斜のさほどきつくない丘。

俺たちは今、そこを駆け上った先にいた。

スレイに乗ったまま、俺とセラスは、丘の向こうに広がる光景を見渡す。

例のパヌバ砦は、この丘の上から見通せる場所にあった。

その砦を北へ行った先には魔群帯が広がっている。

遠目からでもわかる範囲で……

人面種とおぼしき個体は、三つ。

ナメクジのような動きでうろうろしているのが一匹。

二足歩行で腕を大きく振りながら歩いてるのが一匹。

ブリッジみたいな姿勢で虫みたいにコソコソ動いてるのが一匹。

で、普通の金眼の魔物がそれなりの数……と。

……けっこう砦から東西に散らばってるな。

金眼の魔物とはここへ来る途中でも何匹か遭遇している。

やはり、用事が済んだら魔群帯へ帰るって感じでもないようだ。

むしろ新たな獲物を求めて”外”へ出てきている……。

そんな印象も、なくはない。

にしても――改めて見ても、けっこうな数だな。

人面種にしても、この一帯にいるのがあの三匹だけとは限らない。

火蓋を切れば……。

ここら一帯の金眼すべてを相手にする覚悟が必要となる。

背後から、セラスの悲痛そうな声が届いた。

「トーカ、殿……」

まるで、歯噛みでもしているような調子だった。

「……あの伯爵から教えてもらった通り、ここから左手側へちょっと走ると傾斜になった林がある――あれだ。このまま丘から突撃ってわけにもいかねぇからな……あの林を通って近づく」

一度、俺たちは今いる丘の切れ目から後ろへ戻った。

そこからやや迂回するように左手側へ移動し、先ほど話した林の中に入った。

人面種ではないが、林の中にも金眼がいた。

「ぎギぇェ――」

「【パラライズ】」

俺が麻痺させ、

ザシュッ!

通り過ぎざまに、セラスが撫で切りにする。

こうして魔物を処理しつつ、林の切れ目――出口を目指す。

木々の隙間から覗く砦近辺の人面種。

今のところ、そいつらがこちらに気づいた様子はない。

「……クソどもが」

さっき、丘の上からでも小さくは見えていた。

砦の付近には兵たちの死体が散乱している。

時折、悲鳴が聞こえてくる。

おそらく、少しだがまだ生きている者がいるのだ。

否……

生かされている。

金眼の――人面種のオモチャとして。

近づくにつれ、その光景は解像度を増していった。

筆舌に尽くしがたい酸鼻極まる光景。

もし、この世に地獄というものがあるのなら。

あの光景はきっと、その一例と言っていい。

悪意とは。

邪悪とは。

こうも心に、吐き気を催すものか。

死体に。

蠅が、たかっているのが見える。

死臭が。

ここまで、漂ってくるかのようで。

人の死骸の上で飛び回る蠅たちは、まるで、死者の怨嗟のようでもあった。

……想像はしてたが。

そう。

先ほどセラスが悲痛な声をしていたのは。

歯噛みするような調子だったのは。

丘の上から見ても、ここで起きている光景がなんとなくわかったからだろう。

地獄を、見た。

「……フン」

「トーカ、殿?」

あぁ、そうだ。

「そう、だった……そうだったな、あいつらは――」

勇の剣。

アライオン十三騎兵隊。

ジョンドゥ。

小山田。

桐原。

このところ……。

人間の邪悪さに触れる機会の方が多くて。

なんとなく。

感覚がぼやけていたのかも知れない。

感覚の解像度が――下がっていた。

廃棄遺跡の魔物ども。

魂喰い。

そして、魔群帯で遭遇したあの人面種どものドス黒い嗜虐心……。

金眼の魔物は。

人面種は。

「 そ(・) う(・) い(・) う(・) ヤ(・) ツ(・) ら(・) だ(・) っ(・) た(・) 」

人間を、遊び殺す連中。

遊び殺す玩具としてまだ生かされている兵士たち……。

ここで救出優先で飛び出せば、俺たちも危険になる。

元から考えていた戦い方は――できなくなる。

ゆえに、救うことはできないだろう。

だから。

だから、せめて――

「セラス」

「はい」

セラスの声も、明らかな冷たさを帯びていた。

氷めいた凍結性。

限界までそれが拡張された、冷ややかなる怒り――

「遠慮は、なしだ」

「承知です」

「すべて殺す」

この状況。

イヴやリズとエリカのところを目指していた時と少し似ている。

魔群帯で人面種どもと殺り合った、あの時だ。

あの時との違いは――敵の強さ。

今回は、北方魔群帯に生息していた人面種どもが相手……。

けれども。

あの頃より強くなったのは、向こうだけじゃない。

あの時と、やることは同じ。

そう……まったくもって、同じだ。

背後でセラスが起源霊装を身に纏うのと同時――

「すべて、 蹂躙(ふみつぶ) し……あいつらを――」

俺は、宣する。

「 蠅(・) 王(・) の(・) エ(・) サ(・) と(・) す(・) る(・) 」

そうして俺たちは――――――――林を、抜けた。