軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者たち

「まず――桐原に【フリーズ】を使う件を、先に片づけたい」

高雄聖の胸に顔をうずめる十河綾香。

その十河に確認を取るつもりで、俺は言った。

ピクッ、と十河の肩が反応を示す。

皆、次の反応を待った。

が――しばらく待っても、答えは返ってこない。

代わりにという感じに、聖が言った。

「そうね……私も、まずその件について話し合うべきだと思う」

聖は視線を胸元の十河に下げ、

「私がここに至るまでの経緯をもし知りたければ、あとで詳しく話すわ。今話しておくべきことがあるとすれば、死にかけていた時に私が三森君に恩義のある人たちに救われたことと、ヴィシスは倒すべき敵ということ、くらいかしら」

俺はタイミングを見計らいつつ、

「【フリーズ】についてだが……俺としては、信じてほしいと言うしかない。桐原の負った傷がもし気になるなら、治療を施してから【フリーズ】を使ってもいい。まだ【スリープ】の効果時間は大分残ってるからな」

聖が視線を、胸元の十河から俺へ向ける。

「あなたが最初に【フリーズ】で凍らせた例の虫というのは、まだ300日経っていないのよね? つまり300日後の状態を、誰も確認できていない」

「このスキルはなぜか生者と死者を区別してる。生者への【フリーズ】は保存――つまり冷凍睡眠みたいなものなんじゃないかと、俺は思ってる。コールドスリープ、って聞いたことないか? SFとかで……その時には治療法がなくても、冷凍睡眠から目覚めた先の未来では治療法が確立されてるかも、みたいな。そういう使い方のできるスキルじゃないか、とも思ってる」

詭弁もいいところだ。

が、否定材料もない。

ありえる――と。

三森灯河は”心から”そう思っている。

「わざわざ【フリーズ】は生者と死者が区別されてる。だから……そこには何か、特別な意味があるはずだ」

すると。

聖の胸に顔をうずめたまま、十河が口を開いた。

「…………聖、さんは……どう思う? 今の……【フリーズ】の話……」

「そうね……私としては妥当な線だと思う。虚偽を口にしてもいないようだし」

聖は続けて、

「実は、私の固有スキルだけれど…進化によって、嘘を見抜けるようになっているの。だから、三森君が嘘をついていないのがわかる」

十河に、驚いたような反応があった。

「…………」

そんな能力もあったのか。

俺にまだ隠しておいた辺りは、まあ高雄聖って感じか……。

そういえば。

セラスの嘘を見抜く能力も風の精霊によるものだ。

案外、同じ原理だったりするのかもしれない。

この場で十河に嘘を見抜く能力を明かしたのは、効果的ではある。

前提として、おそらく聖の言葉なら今の十河は信じる。

その聖がお墨付きを与えるのなら、結果として俺の言葉も信じてもらえる。

十河は震える声で、

「……ねぇ聖さん。桐原君を、説得して……これから協力することは……できない、かしら……私は、それができるなら……」

「残念だけれど、今の桐原君には不安要素が多すぎると思うわ」

「…………」

「生半可な拘束では、以後、元の世界へ戻るための大きな障害となるリスクが出てくる。常に桐原君の横槍を頭の隅に留めながら戦うのはあまり気乗りしない――これが、私の考え」

姉の言葉を引き継ぐように、樹がお気楽な調子で言う。

「姉貴もこう言ってるし、三森の案でいんじゃねーの? 三森のその冷凍スキルで固めちゃえば、新鮮な状態で長期間保存がきくって感じなんだろ? まあさー……桐原は絶対、邪魔にしかなんねーよ。元々、邪魔だったし」

ピクッと。

小さく震える十河。

聖は十河の頭に手を置いて、

「樹」

「ふえ?」

「十河さんに対して、今は少し言葉を選んであげて」

「うぇぇ――ごみんなさい。うぅ……あ、姉貴に叱られてしまった……」

目をバッテンにして小さくなる樹。

……なんかアホっぽい雰囲気だが。

あれで学業成績は優秀なんだよな、高雄妹……。

聖は十河を柔らかく抱き締めるようにし、

「十河さんがこうして重荷を抱えるはめになったのは、元は私がヴィシス暗殺に失敗したのが原因……あなたは今回のことで責任を感じることはないわ、十河さん」

がばっ、と顔を上げる十河。

「そ、そんなことないわ! 私のことは、聖さんの責任じゃない……私が全部……決めた、ことだから……私が……聖さんに、頼りすぎてた……からっ……」

言いつつ。

今も、十河綾香は高雄聖に頼っている。

十河綾香の絶対的な寄る辺――”軸”は今、高雄聖しかいない。

こうして観察してみて、確信に変わった。

そして十河は――また、ぼろぼろと泣き始める。

自分のぐちゃぐちゃなすべての感情を聖に受け止めてもらいたい。

そう言わんばかりの勢いで。

……もはや色々と、限界だったのだろう。

ただ、聖に会うまでに纏っていた十河のあの危うさはかなり消えている。

十河対策に聖を呼んだのは、やはり正解だったか。

「で――」

俺は言う。

「【フリーズ】の件は了承してもらえるのか、十河? 高雄姉がどう言おうと、おまえの了承を取らないことには、俺は【フリーズ】を桐原にかけられない――かけるつもりは、ない」

あまり気持ちのいいやり方ではないが……。

誘導があっても、最終的な形としては本人に選ばせる。

自らの意思で選択させる。

納得感を出すには、これが一番いい。

…………ああ、そうか。

ヴィシスもこれをやったのだろう。

誘導されてはいるが。

最終的には自らに選択させる。

自分で、決めたのだから。

自分で背負わなくてはならない、と。

これも、呪い。

自らが自らにかける呪い。

結局、俺も――やってることはヴィシスと同じ。

そう。

所詮、

同(・) じ(・) だ(・) 。

手段は、選ばない。

「…………」

十河の葛藤が、伝わってくる。

聖も。

誰も。

先を促すことはしない。

ただ、待っている。

……急かして得た”答え”に、意味はない。

そうして――十河は俯いたまま、口を開いた。

「……私、は」

その時、だった。

「どうかトーカ殿を信じていただけませんか、アヤカ殿」

口を出したのは――セラス・アシュレイン。

顔を上げ、セラスの方を振り向く十河。

「セラス、さん……」

「もしキリハラ殿が死んだ時は……その時は――私も、この命を絶ちます」

俺は、少し驚いてセラスを見た。

「セラス……?」

これは――セラスの独断。

十河もこれには、驚きを浮かべる。

「! セラスさんっ……それ、は――」

セラスは左胸に手をあて、落ち着いた声音で言った。

「私は、死にたいと思っているわけではありません」

「…………」

「しかし……命を賭けてもよいと思えるほど、私はトーカ殿を信じているのです。トーカ殿は確かに……たくさんの者を手にかけてきたかもしれません。欺き続けてきたのかもしれません。これは自分のための復讐の旅だ、とおっしゃっていました。ですが、結果として――その旅の中でたくさんの善性の者たちが救われていくのを私がこの目で見てきたのも、また、事実なのです。かく言う私も、この方に何度も救われております……トーカ殿がいなかったら――私も今頃、どうなっていたかわかりません」

セラスは長い睫毛を伏せ、微笑みを浮かべた。

何かを、大事に噛み締めるみたいに。

「トーカ殿はいつも、悪逆なる者たちによる理不尽から、力なき善性の者たちを守るための最善手を――この方にとってできうる限りの手を、打ってきたと思います。時に……その身を犠牲にするほどの”手”を、選択してまで」

ですから、と。

セラスは視線を上げ、真っ直ぐに十河綾香を見つめる。

「今回の選択も――守るべき者たちもその目に映っているからこその選択……私は、そう信じております」

「…………」

十河は明らかに、揺さぶられている。

今のセラスの言葉に。

先ほどの聖の説得の時点でかなり”こちら”に寄っていた。

今のが――決定打と、なるかもしれない。

十河が、俯く。

そして、

「……わかった」

ぎゅ、と。

こぶしを握り込む十河。

次いで、彼女は顔を上げる。

「桐原君に――【フリーズ】をかけて」

「……礼を言う、十河」

十河は。

いびつな笑みを浮かべた。

また、涙を流しながら。

「正直なところ……もう、私にはわからないの……桐原君を説得できるのかどうかも……もう自分自身ですら……私は、信じられない、から……今の私より……聖さんや、セラスさんの方が……よっぽど、信じられると……思う、からっ……私は、もう――」

再び、十河は縋るように聖の胸元に飛び込む。

二人の間で何かやりとりがされている。

呟くような小声なので、聞き取れはしない。

ただ、

”聖さんが、信じるなら”

一瞬、そんな言葉が聞き取れた気がした。

ややあって――わかったわ、と聖が頷く。

「三森君……【フリーズ】をかけるのは桐原君の傷の治療を行ってから……その条件は、守ってもらえる?」

「ああ、守る」

「それでいいのね、十河さん?」

こくり、と。

十河綾香は――高雄聖の胸の中で、小さく頷いた。

こうして。

傷の手当てはセラス。

治癒術式を、樹が施すことになった。

で、俺も一応その輪に入る。

桐原に何か”問題”が起これば即座に対処するために。

傷の手当てを行うセラスを見る。

手当てに集中し、腕で額の汗を拭っている。

さっきの戦いの疲労が相当あるのだろう。

「…………」

胸を打つ、わけか。

いつの時代も。

セラスのような生真面目のかたまりみたいなヤツの言葉、ってのは。

真っ直ぐに、響く。

善性には、善性で。

結局。

最後の最後の大事なところでは、そこが決め手になる気がする。

俺ではなく。

十河みたいなヤツには、本来、セラスみたいなヤツが合ってるんだろう。

そう。

これがもし――

十河綾香とセラス・アシュレインの二人旅みたいな物語だったら。

邪悪がこれほど蔓延る世界でなかったら。

これは、もっと綺麗で。

もっと、清々しい物語だったのかもしれない。

「か、完全に今回わたし――出る幕がない、って感じだわ……」

「ブルルルル」

励ますみたいにスレイが、ムニンに頬ずりしていた。

こうして。

治療が終わって。

「――【フリーズ】――」

300日――

桐原拓斗は、氷の中で眠ることとなった。