軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

退却

綾香は出立前、周防カヤ子にだけ今後の方針を説明した。

聞き終えたカヤ子は、

「十河さんに質問がある。西の戦場なら、相手は魔物じゃなくて――」

「ええ」

「私も行く」

思わず、綾香の目もとが緩む。

嬉しさと拒否。

綾香はその半々の籠もった笑みを浮かべた。

「だめよ、周防さん……気持ちは嬉しいけど、これは私一人でやると決めたことなの」

「だけど」

「それに、あなただからみんなを任せられるの。あの時と、同じように」

「魔防の白城の時」

「そう」

「でも」

「ねえ周防さん……前から一つ、聞いてみたかったことがあって」

「何」

「周防さんなら、もっとランクの高い勇者のいるグループに入れたと思うの。なのにどうして、私のグループに入ってくれたの?」

「十河さんだから」

「え?」

「覚えてないかも、しれない」

カヤ子は静かに視線を伏せ、

「私は人と話すのが苦手。付き合うのが苦手。だからいつも一人。だけど気にならない。そして周りも私を気にしない。私はそういう子。クラスでも”そういう子”として扱われている。成績も運動も平均以上。けれど上位に隠れて目立たない。話すのが苦手な風に見られるけど、まったく話さないわけでもない。人の悪口は言わない。害がない。突出した減点がない。だから、いじめや揶揄の対象にもなりにくい。絵に描いたような中の上どまり。そういう存在。学園生活を送るのに支障はない。結果、放っておかれる存在。卒業まで、きっとこのまま」

だと思っていた――と。

カヤ子は最後に、そう付け加えた。

少しだけいつもの無機質に、色を滲ませた声で。

「そんな私に、十河さんはたくさん話しかけてくれた」

「そ、それは……当然のことじゃないかしら?」

「クラス委員としての義務とか責任で……それはわかる。でも普通は、あんなに何度も話しかけてはくれない。私はいつも無愛想で淡々としている。だから普通は、少しずつ関係が自然消滅していく。間や空気が、もたないから」

カヤ子の頬には珍しく、ほんのりと朱が差していた。

「十河さんには”意図”がなかった。クラスで孤立してる子に話しかける優しい自分を周りに見せつけたいとか、そういう行動をする自分に酔ってるとか、そういうのがなかった。びっくりした」

「周防、さん」

「クラス委員として孤立してる子を放っておけなかった。それはわかる。だけど十河さんには善意しかなかった。普通じゃない。だから――、…………信用できると、思った。私はだから、信用できる人のいるグループを選んだ」

「そう、だったのね……その、ありがとう周防さん。そんな風に、思っていてくれたなんて……ふふ。じゃあ、クラス委員として……私は合格かしら?」

「十河さん」

こんな真剣な顔のカヤ子を見たのは、初めてかもしれない。

「は、はい」

「必ず、無事に戻ってきて」

「……ええ」

「私も、あなたに与えられた役目を果たす。あと、これから西の戦場で何があっても――私がいる。何があっても、私だけは十河さんの味方。最後まで、絶対」

「ありがとう……周防さん」

「……ただ、不安がある。今の十河さんは少し心配。いつも通りじゃない気がする」

少し言葉に詰まってから、綾香は返した。

「心配してくれてありがとう……でも、大丈夫。今の私には力がある……そう、みんなを助けられる力が。私は、誰も見捨てたくない……最善を尽くしたいの。ただそれだけ」

「十河さんの望み。みんなで帰る。元の世界に」

「だからもう、誰も死なせない。絶対に」

「だから、止めても無駄」

「……ごめんなさい」

「わかった。十河さんを信じる。だけど絶対に無理だけはしないで。自分を大事に」

「あと周防さん、いざという時は――」

「それも、わかってる」

「……ありがとう。お願いね、周防さん」

「任される」

それから、とカヤ子は言った。

「すべてが終わったら……あなたに、伝えたいことがある。とても、大事なこと」

綾香は、魔導馬を走らせていた。

魔導馬は通常の馬と比べ凄まじい移動速度を誇る。

とても貴重な馬だ。

女神は魔導馬の出し惜しみはもうしないと言った。

その女神も綾香が発つ前に魔導馬でアライオンを発った。

言葉通り、女神は女神で大事な何かのために動くようだ。

アライオンの王都からはすでに出ている。

綾香は夕映えの街道を駆けた。

西の戦場を目指して。

(周防さん)

カヤ子のためにも。

絶対、生きて戻る。

「……………………」

みんなを、巻き込みたくなかった。

彼らを対人間の戦争になど駆り出すわけにはいかない。

手を汚すのは、自分だけでいい。

これも、自分の本心で間違いではない。

けれど。

何よりも――

鬼と化すかもしれぬ自分を、みんなに見られたくない。

それがあったのかもしれない。

綾香はさらに、魔導馬の速度を上げた。

◇【カトレア・シュトラミウス】◇

女神率いるアライオン王国に反旗を翻したミラ帝国。

そのミラに蠅王ノ戦団が味方している、という噂が出回っている。

(こうなった時の打ち合わせはしておりますけれど……貴方は貴方の信じた道をゆきなさい、セラス。今、貴方の主はあの蠅王なのですから)

女神は何か危うい存在に思える。

しかし今の自分はまず、女王として国のために働かねばならない。

国を守るには、この出兵を断る選択肢はなかった。

(世知辛いものですわね……いえ、世知辛いと言えば何より――)

ネーア軍は現在、バクオス軍と共に西へ向かっていた。

ポラリー公爵率いるアライオン軍を助けるためである。

今もミラ軍の追撃を受けているアライオン軍。

いよいよ我が軍がその軍の近くまできている――

そんな報告を、カトレア・シュトラミウスが受けた頃だった。

大街道に、金眼の魔物の群れが立ち塞がったのである。

どこぞの地下遺跡から這い出てきたのか。

あるいは魔群帯から出てきたのか。

しかも最悪なことに、

(人面種が……それも、二匹もまじっていようとは……)

最前列が次々と、惨殺されていく。

傍の聖騎士が、

「女王陛下! い、いかがいたしましょうか!?」

カトレアは遠目に映る惨劇を見据え、

「……撤退を。迂回路を探しましょう。さすがに、あの大きさの人面種を二匹も相手にするのは無理ですわ」

その時、空から黒竜と共に降りてきたのはガス・ドルンフェッドだった。

「同感です、女王陛下」

続き、数匹の黒竜が竜騎士と共に降りてくる。

カトレアは配下に伝えた。

「急ぎ、撤退のふれを」

「ハッ!」

カトレアはひとまずの進路を指示する。

「撤退の先導はマキアに」

そしてカトレアも周囲の聖騎士たちをまとめ、撤退を始める。

ガスが振り向き、苦々しい顔で言った。

「あの速度……このままだと、いずれ追いつかれますな」

「……ええ、時間を稼ぐ必要がありそうですわね」

「あなたがたを我らの黒竜で運びたいところですが……捕縛後の利用を恐れ、バクオスの黒竜は定められた乗り手以外を乗せようとしません」

「存じておりますわ」

その時だった。

部隊長の一人が後方を振り向きつつ、馬を寄せてきた。

「カトレア様、我が隊がしんがりを務めましょう」

カトレアは一瞬にて思考を巡らせ、

「頼めますか。ただし、命は捨てることになりますわよ」

「ふふふ、カトレア様、あなたが女王に即位なされたのです……あなたが女王なら、我らがネーアの未来は明るい。なればもはや死など恐れませぬ。我が隊の者も皆、覚悟は決まっております。あとは残された家族たちのことだけ……頼めますかな」

「女王として義務を果たすと誓います。……ありがとう」

「さ、お急ぎなされ――ゆくぞ、皆の者!」

大音声(だいおんじょう) で応えるネーアの兵たち。

次々と反転し、逆方向へ駆けていく。

「ガス様、私も彼らと共にゆこうかと!」

威勢よくそう名乗り出たのは、バクオスの竜騎士だった。

「一人くらい、空から戦況を俯瞰できる者がいた方がよろしいでしょう?」

唇を噛むガス。

「……よいのか?」

「ただし残る竜騎士はこの私一人とお約束を! それが条件です! ははは! これ以上竜騎士が死んでしまっては、我が黒竜騎士団もいよいよ壊滅の危機ですゆえな!」

「――、……すまぬ」

「ではガス様、お達者で」

「お待ちを! あなた一人とネーアにだけ、いい格好はさせませんよ!」

続いたのは、バクオスの兵たちだった。

「ここでバクオスから残ったのが竜騎士一人だけとのちに伝われば、これは後世の恥! 我が隊も、栄誉のしんがりに加わりましょう!」

「おまえたち……」

「さあ、ガス様! ネーアの女王陛下と共にこのままお進みください! 我々の犠牲、無駄になされるな! さあ――ネーアの兵ども、どちらが持ちこたえられるか勝負!」

黒竜とバクオス兵が反転し、すでに反転したネーア兵たちを追う。

ガスと並走するカトレアは、

「あれが我が国を蹂躙したバクオス兵とは、信じられませんわね」

「恥ずかしながら、あの国は風向きが変わりやすいのです。結果、大きな空気の流れには逆らえませぬ。五竜士……シビト様の死、さらには先の大侵攻での被害……我が国の空気は、急激に変わっていきました。……言い訳にはなりませぬな。我が国が、貴国を侵略したのは事実……」

「つくづく真面目ですわねぇ。今のは、戯れの皮肉ですわ」

さて、とカトレアは話を切り替える。

「ポラリー公に軍魔鳩を飛ばさなくてはなりませんわね。撤退の進路を変更させなければ、このままだとあの人面種たちと鉢合わせしかねません」

「黒竜を伝令に使います。予備として一応、軍魔鳩も」

「わたくしたちの迂回路も考えなくてはですわね」

「……こうなると、時間の方が心配ですな」

「輝煌戦団……想定以上でしたわね。狂美帝やその二人の兄もいないというのにここまで手ごわいとは。聞く限り、軍を率いる選帝三家の次期当主たちがこれまた評判を超えて戦上手すぎるようですわ。爪を隠していたのでしょう。そしてこちら側は、もう目ぼしい戦力を欠いています」

「女神が我々に頼るほどには欠いている、ですな」

「……ポラリー公との合流、間に合うとよろしいのですが」

ここから街道を外れ、一度南へ進路を取る。

そこから元々の予定進路を避けるようにして、ポラリー公と合流すべく再び西へ。

大街道から外れれば当然、馬の移動速度は落ちる。

ポラリー公の援軍として自分たちが間に合うのは困難に思えた。

カトレアが現実と義理を脳内で秤にかけていると、ガスが息巻いた。

「困難ですが、ポラリー公を見捨てるわけにはいきません……ッ! 彼はあの戦いで死地を共にした仲……彼の率いる兵たちもです!」

「お優しいことですわね、ガス殿も。……まあ、お気持ちはわかりますが」

馬を走らせながらカトレアは振り返る。

自ら命を捨てる覚悟をした者たち。

「……まったく。お優しいこと、誰も彼も――あの子も」

同じく振り向いているガスが、苦い顔をする。

「魔物の半分が、しんがりの兵を振り切って追ってきている……」

「そのようですわね」

このままでは、追いつかれる。

「もう一度、犠牲が必要かもしれませぬな」

「…………気は進みませんが、仕方ありませんわね」

自分はどれもそれなりでしかないが、とカトレアは思った。

策謀を張り巡らせることもできる。

それなりに、判断力も培ったつもりである。

一応、戦術も捻り出せる。

しかし、と口惜しく思う。

「結局は力……力なくしては、どれほど頭を捻っても勝てないものがある……特に――」

遠くから聞こえてくる兵の怒号。

悲鳴。

巨大な影――人面種。

あれは災害であり、災厄だ。

元来、人がまともに対抗して勝てるものではないのだ。

例外存在なくしては制することはできない。

常人を外れた存在でなければ、敵う相手ではない。

たとえばそう、女神や”人類最強”のような――

「……? 何ごとですの?」

撤退している側の軍が、割れている。

道を――開けている。

そ(・) れ(・) は(・) す(・) ぐ(・) に(・) 姿(・) を(・) 現(・) し(・) た(・) 。

「アヤカ――――ソゴ、ウ……?」

馬を駆るアライオンの女勇者。

風を切り裂き疾走する馬上のアヤカが、ちらとカトレアを一瞥した。

カトレアは即座に意識を切り替え、

「あれは人面種ですわ! ご覧の通り、二匹います!」

「倒します、私が――ッ!」

「――――――――」

ブルッ、と。

短いそのひと言に、カトレアの身が震えた。

なんと、明瞭なことか。

感動すら覚えるほどに。

迷いなく、その勇者は言い切った。

死の香りなど塵すらもなく、ただ――

自分が倒す、とだけ。

敵があの巨大な人面種と認識した上で。

なおそう言い切れる者が、どれほどいるだろうか。

カトレアは決断した。

やれる――彼女なら。

カトレアの指示で、撤退中だった軍が動きを止める。

風に長い黒髪をはためかせるアヤカが、すぅ、と静かに息を吸う。

「――【 武装戦陣(シルバーワールド) 】――」

アヤカの頭上。

宙に銀色の巨大な流体が出現した。

その流体が続々と分裂し、変形していく。

剣に、

槍に――

数多の、武器に。

アヤカの馬の周りには大量の武器が浮遊している。

まるで、アヤカに率いられているみたいに。

壮大で、壮麗と呼べる光景だった。

さながら神話の一幕を切り取った絵画のようでもある。

銀の浮遊武器を引きを従えたアヤカが――跳んだ。

彼女は浮遊武器の中から銀剣を一本引き寄せ、

パシッ!

宙で掴み、そのまま、人面種目がけ振りかぶった。

遠目にその攻防を見にしたカトレアは、己の目を疑った。

気になったのは、巨大な剣で真っ二つに断裂される直前の人面種の動きだった。

ありえるのだろうか。

いやまさか、と思い直す。

あんな巨大な人面種が。

まさか……勘違いであろう。

そんなはずはない。

怯(・) み(・) 、 背(・) を(・) 向(・) け(・) よ(・) う(・) と(・) す(・) る(・) な(・) ど(・) 。

明日(みょうにち) ――

アヤカ・ソゴウを迎えたネーアとバクオスの連合軍は、無事、撤退戦を行っていたポラリー公の混成軍との合流を果たした。

こうして 暫時(ざんじ) 的に名を対ミラ連合軍と改めた彼らは、翌日の明け方――ポラリー公を追ってきたミラ軍と、相対することとなったのである。