軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

選帝三家

紹介するように、カイゼが手を向けた。

「左から――ディアス家当主、ハウゼン・ディアス殿」

老年の男だった。

グレーの髪を後ろへ上品に撫でつけている。

髪は長く、後ろで尻尾のように結っていた。

黒を基調とした軍服を思わせる装い。

高身長で背筋はピンとしている――しすぎている。

容貌から、若い頃もずいぶんモテたんだろうなと想像がつく。

「オルド家当主、ヨヨ・オルド殿」

こちらは老年の女だった。

短髪に刈り込んだ白髪。

深い皺の刻まれた顔。

目つきは鋭い。

シュッとした凜々しい美人と言っていい。

おそらく、若い頃からずっとそうだったのだろう。

驚くのは隣のディアス家の当主と同じくらい伸びた背筋……

ではなく――身長だ。

ディアス家の当主より高い。

いや、ルハイトより高いのか……?

この場にいる誰よりも高い。

「最後がシート家当主、リンネ・シート殿」

中年の女。

印象としては40代~50前半くらいか。

ややふっくらしている。

この場で一番派手なドレスを着ていた。

スカートはふんわり裾が広い。

気の強そうな顔立ち。

髪には白いものがまじっているが、髪は整っており艶もある。

ディアス家当主――ハウゼンが握手を求めてきた。

「おーあんたが噂の蠅王さんじゃなぁ? 陛下をよろしく頼みますぞ? どうか、どうか」

握手を返す。

腰が低い。

が、弱々しさはない。

ずい、と次に俺を見下ろすのはオルド家当主――ヨヨ。

「素顔も隠して、声も変えて、陛下の信頼を得るとはな。陛下は詐欺師に引っかかるようなタマじゃねぇ。てぇしたもんだ」

「あぁ! もー我慢できない! ちょっとあなた!? セラス・アシュレイン!」

シート家当主――リンネが詰め寄ったのは、俺ではなかった。

俺が間に入ろうとすると、カイゼが視線と動作で制してきた。

大丈夫だ、と目で告げている。

「は、はい。ご挨拶が遅れまして……私は蠅王ノ戦団、セラス・アシュレ――」

「ちょっと、何よそのドレス!?」

「え……あ、こちらは陛下からお借りしたもので……その、もし何か問題がございましたら――」

「すっごく似合ってるじゃないのよぉ――ッ!?」

「あ、あの……?」

「あたしの仕立てなの! あ、た、し、の! イヤー素敵! ここまで着こなせるのはやはりセラス・アシュレイン! ねぇ!? あんたたちもそう思うでしょ!? ほら、おいでなさい!」

ドタドタドタドタッ!

同じくらいの体型の女が二人。

スカートを両手で少し持ち上げながら、駆け寄ってきた。

「まあまあまあお姉さま! お呼びですのね!? あーら本当! セラス・アシュレイン!」

「は、初めまして。私は蠅王ノ戦団の副長、セラス・アシュ――」

「もーちょっとどきなさいなジョゼット! ここ! ここのところが……あ、た、く、し! あたくしの仕立てなのよぉ! まーセラス・アシュレイン! このドレスを選ぶなんてあんた才能あるわ! 早速うちにお嫁に来なさい! さぁてどの息子の花嫁に――」

「ちょっとカーミラ! セラス・アシュレインはあそこの蠅王のお嫁に決まってるでしょ!? このとんちき!」

「きー! いっつも頭ごなしに否定して! あたくしの才能に嫉妬してるんでしょ!?」

「んまー!? なんて態度なの!? きー! あのドレスはあんただけの手柄じゃないでしょーに! リンネお姉さまの力よ! そもそもあれは着る者の素材がいいの! そうでしょ!? セラス・アシュレイン!」

「いえ……私がどうという以前に、このドレスは大変素晴らしいもので――」

「謙虚でよろしいセラス・アシュレイン! まーそうそう! 今日の陛下のお召し物の仕立ては……あ、た、く、し! ふふん!」

「はぁ!? 半分はわたくしでしょ!?」

「認めるけれどね!」

「じゃあ二人の勝利じゃないのよ!」

「あらまあ――ほんと! 言われてみればそうね!」

「きー! 二人ともうるさいうるさい! 仲よくなさい!」

「もうしてるわ、お姉さま!」

「言い訳はおよしなさいな! 大変見苦しいわ!」

「お許しになって、お姉さま……っ!」

「そんなことより、ほら見なさい……見て! 見ろ! この子はドレスを完全に活かすことのできる奇跡の逸材よ……セラス・アシュレイン! さんはい!」

「セラス・アシュレイン!」

「セラス・アシュレイン!」

「んーセラス・アシュレインはとってもよい子! よって、あたしたちは蠅王ちゃんも認めるのよ!」

「お姉さま、判断が早すぎるのでは……」

「ああ、ちゃんと苦言を呈してくれるあなたが好きよジョゼット! ならもう少し、セラス・アシュレインとお話ししましょう、そうしましょう」

「あら! んまー! ちょっと男ども! 邪魔よ、邪魔! 視界に余計なものを入れないで! 美しい構図が損なわれるわ!」

「もっと遠巻きに見なさいったら! 絵画的な完成度が崩れる! いいこと!? しばらくここは乙女の花園卓よ! きーっ!」

「この卓に近づいていい男は陛下かカイゼ様か蠅王ちゃんだけ! おまけで老ハウゼン! ……あーしかし美しいわぁセラス・アシュレイン! ちょっとお願いだから、この姿勢をしてごらんなさい? ……あーん素敵ぃ! ほら、宮廷画家を呼んで! 早く呼べ!」

カイゼが、

”だろう?”

みたいな顔をしてきた。

なんかすごいパワフルだが……ま、あれなら大丈夫そうか。

悪意もなさそうだし。

「ふぉっふぉっふぉ……ああ見えて、あれはシート家の歴代当主の中では最も優秀と言われておりましてな? 家を、よく切り盛りしておりますじゃ」

あごの灰色のひげを二本の指で撫で、ハウゼンが言った。

傍らのヨヨはひったくるように近くの空き椅子を引き寄せると、

「優秀な妹たちの支えも大きいわな。三人とも服やらなんやらを作るのが趣味で、おまけに揃って芸術家肌ときてる。そっちの才能もある」

長い足を組むヨヨ。

座っても背筋がシャンとしている。

「その上で、当主としての才覚はさっき聞いた通りだ。あんな感じでもな。人は見かけによらねぇんだ」

好々爺然として、ふぉっふぉっ、と笑うハウゼン。

「とはいえ、もう儂らも領地経営は次期当主任せ……対ウルザ戦も次世代に任せておる。普段、儂らジジババは帝都の屋敷でのんびりさせてもらっておるよ。もうトシじゃな。隠居じゃて」

ヨヨが不快そうに顔をしかめた。

「なぁにが隠居だ、クソジジイが。一緒にしやがって」

「は、はは……昔から口の悪い女でのぅ。失礼があったらすみませんですじゃ、蠅王殿」

ガッ!

ヨヨが座ったまま、ハウゼンの太ももを蹴った。

「気味悪ぃ口調でしゃべってんじゃねーよ、クソジジイが」

「……何しやがるクソババア」

さっきまでの優雅な老執事みたいな雰囲気が、一瞬で消失した。

ハウゼンは冷たい怒気を顔に浮かべ、ヨヨを睨む。

「さっさと死にやがれ」

「あ? ここで殺してやろーか?」

「あ~?」

額を突き合せ、ガンを飛ばし合う二人の当主。

カイゼは二人を温かい目で見ながら、

「お二人はいわゆる、幼なじみでな」

「腐れ縁、というやつですか」

「そんなものだ。しかし、先ほどハウゼン殿はああ言ったが……普段こそ次期当主たちに活躍の座を明け渡しているものの、いまだあの方々の巨大な影響力は健在だ。いや、今回の反アライオンもあのお三方が健在なうちに、と陛下は考えたのだろう」

「あの方々なら他の諸侯から文句が出てもどうにかできる、と?」

「実際そうなった。もちろん陛下の威光なしに国はまとまらなかっただろう。が、その地盤を支えたのは選帝三家の当主たちだ」

「で、蠅王よ――」

互いに唾を飛ばし合った(二人ともよけた)後、ヨヨが俺に向き直った。

「陛下から話は聞いてる。てめぇの素性も目的も知った上で、陛下は信用すると決めたらしい。ならいい。あたしらは文句は垂れねぇよ。選帝三家はてめぇを支持する。何かありゃあ相談しろ。力んなってやる」

「おう、オレたち老人どもを好きに使え」

と、すっかりガラの悪くなったハウゼンが続く。

俺は得心し、

「なるほど」

首を傾げるハウゼンとヨヨ。

俺はきゃあきゃあ騒いでいるシート家の三姉妹を見た。

再び二人の老当主へ向き直り、

「今日、選帝三家のお三方とお会いしたことで、陛下がこたびの反女神戦争を決意した理由がわかった気がいたします」

「ほぅ?」

あごを上げ、ヨヨが先を促す。

「ミラは若き才帝のみにあらず。人材が豊富とお聞きしていましたが、なるほど……神聖連合を向こうに回して勝てる見込みを得るほどには、逸材揃いのようです」

「世辞でもなさそうだな。合格だ」

じゃがな、とハウゼン。

「儂ら選帝三家は皇帝を無条件で支持するわけでもねぇ。歴代皇帝の意思を継ぐにふさわしくないと判断すれば、認めない。帝位を継いだあとであろうと排斥する。どころか、こりゃ完全にだめだと思えばミラすら捨てるだろうぜ」

「歴代皇帝はそうならねぇよう”完璧な皇帝”を求められる。もちろんあたしら三家はその完璧へ近づけるようお支えする。が、あたしらがだめだと思えばそれで終いだ」

「もちろん選帝三家の方も、質を維持するべく教育に力を注ぐ。権力を持つ家系は腐りやすいからな。一定の質を保って長期間持続するってのは、存外難しいのさ」

俺は言った。

「選ぶ側――選定する側が腐ってしまえばすべては腐っていく、と」

ヨヨは開いた両膝の上に肘をつき、口の端を吊り上げた。

「おう、その通りだ蠅王」

司法や第三者機関みたいな存在まで、腐ってしまえば。

国や組織は健全な機能を失う。

あとはもう、腐れ堕ちるのみ。

ゆえに選帝三家も”水準”を保つため、たゆまぬ努力が必要となる……か。

「あー……わかるな。言葉の選び方、理解度……返しの速度なんかは、陛下好みだ」

俺はそれに対して恐縮の言葉を述べてから、

「好意を持っていただけて、また、信用していただけるのはありがたいことです。しかし……自分で言うのもなんですが、怪しいとは思わないのですか?」

「あ? そりゃあ、怪しいだろうがよ」

ヨヨはそう即答し、

「けどこの戦い、多少怪しくても役立つなら使うしかねぇのさ。正々堂々真っ正面からやって勝てる戦いじゃあねぇだろこいつは。毒も必要になる」

「馬鹿正直で潔白なだけのやつは搦め手に弱すぎるからなぁ。このクソババアみてぇに」

「ハッ! 今回の帝都防衛で敵の侵入を防ぎきれなかったジジイの言えることじゃねぇわな」

カイゼが割り込み、やんわり取りなす。

「まあまあヨヨ殿……あの数で押し寄せられては、帝都の残存兵力ではあれが限度というものでしょう。むしろハウゼン殿が途中から直接指揮に出てくださったからこそ、この程度の被害で済んだとも……」

「あんまこのジジイを甘やかすもんじゃねぇぞ、宰相殿よ」

「おいヨヨ。てめぇんとこのオルド家こそ、ゼーラの亡霊に陛下んとこまで侵入されてんだろうが」

「あたしが帝都にいりゃあ、化けて出た追放帝くらいぶっ潰してたさ」

カイゼがそっと俺に囁く。

「ヨヨ殿はオルド家の兵を率いて、城壁外へ出陣していたんだ。帝都の北西部はオルド家の領地だから、戦局が許せばそのまま援軍の兵を集めに行くつもりだったらしい」

二人の当主の言い合いは、過熱していく。

しかしこの二人……。

「この場で決着つけてやろうか、ヨヨ!?」

「あー上等だ! きやがれハウゼン!」

見ると――やや離れた場所に立つセラスが、青ざめていた。

三姉妹の相手をしながらハラハラ顔でこちらを見ている。

それに気づいたのか、ヨヨが舌打ちして声量を上げた。

「気にすんな! こんなのはあたしらにとっちゃ挨拶みてぇなもんだ!」

「まー本気で仲が悪かったらここまで関係が続かねぇよっ。安心しな、エルフのお嬢さんっ」

と、続くハウゼン。

二人の空気感からそれは伝わってきていた。

あれだ。

ジオとリィゼみたいなもんだろう。

……いや、一瞬ちょっと本気っぽい瞬間もなくはなかったが。

それでセラスも心配になったのか。

ただ、周りの空気が”いつものことだ”と告げている。

喧嘩腰で立ち上がりかけていたヨヨが、ドカッと座り直した。

「にしても……信じられねぇほどアホみてぇに綺麗なもんだな、あのエルフ」

「ああ。陛下と並んで見劣りしねぇ造形美ってのは、オレも長い人生で初めてだ。シート家手製のドレスにも負けちゃいねぇ」

「ちっ、そこは同意してやるよクソジジイ」

「ほんっとこのトシになってもおまえは素直じゃねぇよなぁ、ったく……」

「うるせぇぞ」

払いのけるように言って、ヨヨは俺に向き直った。

「てわけで、謎の呪術師集団だろうが、陛下のお目に叶ったならもうあたしらにゃ何も言うことはねぇよ。今日はあたしらより、どっちかってぇと弱小貴族どものご機嫌取りだろ。ふん、ご苦労なこった」

「だがこうして実際言葉を交わしてみると、オレとしちゃあ……」

ポケットに手を突っ込みながら、ハウゼンが視線を滑らせる。

……さっきから。

途中から入ってきた”そいつら”に俺も、少し意識を割いていた。

「あの娘の方が――抱き込むにゃあ、少々危うい気がするがね」

ハウゼンの視線の先。

「蠅王とは別の意味で、何を考えてんのか掴み所がねぇ。陛下は信用してると言っちゃいるが……どうも蠅王とは、違ぇと思うがねぇ」

そこにいるのは、

「うひょぉ!? 豪華なお食事やーっ! ほれ見てみぃ篤子! 皆の者! 戦じゃ戦じゃーっ! んじゃ、まー……英気を養おうと、しようかい」

戦場浅葱と、そのグループの勇者たちだった。

あのあと、俺は予定通り”狂美帝との会話風景”を周りに披露した。

そもそも、この夜会の目的はそれだったのだ。

”陛下もそれなりにあの蠅王には心を許しておられるようだ”

かすかに聞こえる会話や周りの表情から、それが伝わってくる。

俺は小声で狂美帝にいくつか頼みごとをし、席を離れた。

そして一人でいたい空気を出しつつ、壁際に立つ。

「…………」

話しかけるなオーラは効果が出ているようだ。

セラスは言いつけ通り、ムニンと同じ卓についている。

ムニンの席移動は狂美帝に頼んでおいた。

選帝三家の当主たちも同席している。

同じくその卓につくカイゼは、

『二人は俺に任せていい。ああ……安心しろ。俺にはもう心に決めた相手がいる。これでも茶化されるほどには一途で有名でな。呪術の王を敵に回す気も、さらさらない』

と、言っていた。

セラスの真偽判定もクリアしている。

……この場は狂美帝とカイゼを信頼し、任せていいだろう。

で、

「ワタシに、何か?」

近寄りがたい空気を出す俺へ、そいつは覚悟した風に近づいてきた。

一人になって、様子とタイミングを探っていたが……。

こっちから行かずとも――来たか。

向こうから。

「あ、あの……少しお話しをしたいんですけど……いい、ですか?」

鹿(・) 島(・) 。