軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇の奥

◇【剣虎団――フォス】◇

剣虎団は聖体軍を率い、南下しながら侵攻を行った。

ゼーラ帝やオヤマダから連絡や接触はない。

今、剣虎団は町を一つ落としたところだった。

帝都も近づいてきている。

小雨が降っていた。

日が落ち、辺りはすっかり暗くなっている。

湿った不快な夜気が頬を撫でる嫌な夜だ。

最前線で指揮を執る副団長のフォスのところへ、フードを被ったユオンがやって来た。

「おう、ユオン」

「どうも、フォスさん」

沈黙。

聖体以外ひと気のなくなった夜の町を見やるフォス。

ユオンが視線を落とす。

「僕らが今回やったこと……ミラに勝利しても、剣虎団の名は悪い意味でずっとミラの人たちの記憶に刻まれるんでしょうね」

「……覚悟の上だ。リリも、おれもな。ユオン……もしそれが気になるなら、悪いことは言わねぇから――」

「待った、フォスさん。僕は降りませんよ。何があっても、僕は団長についていくって決めたんですから。それにわかってますよ、みんな」

ふっ、と緩く覚悟を浮かべるユオン。

「今の僕らは家族や仲間を人質に取られてるに等しい。そして、彼らは僕らにとって何よりかけがないのないもの……団長だって、それを守るために仕方なくやってる。ミラで汚名を被るのを覚悟でね」

今回の作戦。

剣虎団の存在を誇示するよう指示されている。

いやが上にも剣虎団の名はミラの人々の耳に入っていくはずだ。

「気にすんな、ユオン。世界的に見りゃあ、こんな時期に戦争をおっぱじめたミラが悪いって見方が大半なんだ。ま、女神に思うところがあるのはおれも同じだがな……いずれにせよ、おまえの言ったようにおれたちはリリについてくだけさ。にしても――」

かすかに前傾した姿勢で立ち尽くす聖体を、フォスのランタンが照らす。

「不気味なやつらだ。おれたちの命令を完了したあとは、ああやって待機状態みたいになる。で、こっちの言葉に大した反応もしない。近くで誰が怒声を発してようが、泣け叫んでようが、指示がなけりゃ反応すらしねぇ。いわばこの、一方的な意思の疎通ってのが……どうもな」

気味が悪い。

指示を出す剣虎団の誰かがいなければ木偶の坊と一緒。

雷が鳴ろうと反応しない。

また、複雑すぎる指示には対応できないようだ。

単純で解りやすい指示を出さねばならない。

聖体軍は便利だが、司令塔がやられれば役立たずになる。

「ですねぇ。糧食も睡眠も必要ない兵士……便利っちゃ便利ですけど、一緒に戦ってる仲間って感情は抱きにくいですよ」

「死に方もな」

まあ、と近くで死んでいる二体の聖体を見下ろすユオン。

地面に溜まった雨水に白濁としたものが溶け込んでいる。

聖体の体液は白い。

これを流しすぎると、人の失血死と同じように死ぬらしい。

そして聖体は死亡と同時に、白い翼に酷似したものが勢いよく目から飛び出す。

いわばこれが、死亡の合図のようだ。

もう一つ不気味なのは、こと切れる寸前のとある共通した行動だろうか。

互いに、手をつなごうとするのだ。

何が目的なのかはわからない。

意味があるのかも、わからない。

ただ、死が近づいたらしき個体は他の聖体と手をつなぎたがる。

ゆっくりと……腕が細くのびて、手を、取り合おうとする。

無言で。

「得体が知れない、ってのはこっちもやりづらいわな」

「いきなり僕らに牙を剥いてこないか不安ってのもありますね。一応、本来命令を聞くのはあのゼーラ帝なわけでしょう?」

「……あのゼーラ帝自体、きな臭い。すでに寿命でとっくに死んでるはずの元ミラ皇帝が、神の力を分け与えられて生きてる? ったく、無茶苦茶だぜ……神族ってのはそんなことも許されるってのか?」

「そういや、なんで呼称が”追放帝”なんでしたっけ?」

「女神に――アライオンの王に国を移譲しようとした、とかって話じゃなかったか? ミラの初代ファルケン帝と二代目のドット帝……この二大皇帝の呪いを解かねばならない、とかゼーラ帝が言い出して。で、当時の第二皇位継承者と選帝三家によって皇帝の座を剥奪され、ミラを追放されたとか……歴史をかじった程度の知識だと、そんな感じだった気がするが――」

「フォス――ああ、ユオンもいたか。ちょっといいか?」

「どうした、ビグさん」

しとしとと降る雨に濡れたビグが、フードを手でのけた。

「金眼の魔物の群れがこっちへ向かっておる。ゼーラ帝が変転しきれんかった魔物どもかもしれん。一度、皆で集まってそっちの対応をするそうだ」

「僕らは追放帝と違って聖体を増やせませんからね。今後を考えると、できるだけ聖体の数は減らしたくない……となると、その群れは僕らがやった方がいいか。でもま、魔物をやる方が今はよっぽど気楽に感じますよ」

「ユオンの言うとおりじゃな。よいか、フォス?」

「わかった。おれはここらの聖体に指示を出してから、あとで追いつく」

ビグとユオンがけぶる雨の中へ消えていく。

フォスはこの辺りの聖体たちを一カ所にまとめるため、指示を――

「誰か!」

「!」

声だ。

近くの家屋から。

「誰か、助けてっ……父さんが!」

若い男の悲痛な声。

「よせ、タラム! やつらに見つかる! おれは大丈夫だ! おまえは早く逃げろ!」

太い声が続いた。

こちらは、声の調子から若さがない感じだ。

「い、嫌だよ! 絶対に嫌だ! 父さんを見捨ててなんていけない! せめてこれを、どかして……ッ! く、そっ……だめだ! だ、誰か……誰かいませんか!? 助けて……ぐすっ……お願い、だから!」

「やめろ、タラム! 頼むから、逃げてくれ!」

「嫌だ! 絶対に、嫌だぁぁああああ! 僕は、諦めない! ぐっ……くそっ! 上がれ、上がれよぉぉおおおお――――ッ!」

――あの 傾(かし) いだ家か。

(襲撃時の被害で、家具か何かが倒れて父親が下敷きになったのか……)

状況をそう分析したフォスは――しかし、考える。

罠かもしれない。

ミラ側の敵が自分を誘い出そうとしている。

ありえなくはない。

けれどフォスは、そちらへ足を向けていた。

見捨てては、おけない。

聖体を連れていくのは――だめだ。

怖がらせるだけだ。

フォスの足は声のする建物を目指す。

葛藤を抱きつつ、大股で歩きながらぐっと歯噛みする。

(……町を襲ったことへのせめてもの罪滅ぼしのつもりか、おれは)

揺らぐ気持ちに整理をつける前に、気づけば、もう屋内へ足を踏み入れている。

入る前に中へ呼びかけることもなく。

普段の自分らしからぬ浅慮な行動。

また、仲間と離れすぎた場合は単独行動は極力避ける。

剣虎団のその方針すら、破っている。

雨が勢いを増していた。

カッ、と窓の外で雷が明滅。

抜き身の剣を手にそろりそろりと歩き、様子をうかがう。

助けを求める声は、止んでいた。

「……おい、助けに来たぞ」

返事はない。

暗い屋内はしんと静まり返っている。

ランタンで先を照らす。

人影は、見当たらない。

「どこにいるっ? 助けに来たぞっ」

少し声量を上げて呼びかけるも、やはり返事はない。

フォスは己の短絡さを恥じた。

懸念した通り、これは罠なのか?

それとも……。

町を襲撃した者だと警戒し、息を潜めたか。

「助けが必要なら言ってくれ! 安心しろ、危害を加えるつもりはない! 襲撃しておいてなんだが、この町の人たちも大半はすでに避難していて、無事なはずだ……っ!」

さらに声量を上げて呼びかけてみる。

が、予想通り返事はない……。

ふと、外の雨が勢いが急速に弱まった。

板張りの床を踏みしめ、隣の部屋に入る。

ギシッ、という床板の軋む音が響いた。

これなら小さな足音も聞き漏らすまい。

近づく者がいれば気配や音でわかる。

天候がフォスに味方した形となった。

大丈夫だ。

問題なく――

「……………………」

何か、いる。

い(・) る(・) 。

近(・) く(・) に(・) 。

自分の体温が、急速に低下していく感覚……。

どこだ?

どこに、いる。

わからない。

気配の位置が。

嫌な焦燥感を押し込めながら、耳を澄ます。

音は……ない。

ピタッ

フォスは、足を止めた。

………………………………頭上?

「――――――――」

上(・) 。

上に、いるのか?

でもなぜ?

この上は、天井ではないのか?

隠された屋根裏部屋でもあるのか?

浅い呼吸音――それは、自分の呼吸。

それ以外、聞こえない……。

かすかな雨音にかき消されるほど、上にいる何かの呼吸音は小さいのか?

……はっ、はっ、はっ……

己の、短い呼吸音。

短くて。

短い。

……息が、白い。

雨を吸った衣服。

寒い。

震える。

まるで、冬のよう――

上(・) だ(・) 。

……何を、している?

仕掛けて、こないのか?

なぜ、仕掛けてこない?

いや。

実は、何もいないのかもしれない。

極度の緊張から”いる”と思い込んでいるだけなのではないか?

あるいは、あの父と息子の声ですら――

心の奥底の罪悪感から来る、幻聴だったのかもしれない。

罪滅ぼしの機会がほしい、なんて。

自分は、無意識にそう思ってしまったのかも、しれなくて――

い(・) い(・) や(・)

いる。

いるんだ。

いるはず……。

……はっ、はっはっ、はっはっはっ、はっはっはっはっはっはっ…………

呼吸の間隔が、短く、なっていって。

……はっはっはっはっはっはっ、ひゅーっひゅーっ、はぁぁ、はっはっはっはっはっはっ……ひゅーっ、ひゅーっ……、――

く、そ。

確認、しなくては。

何もわからない。

観測、しなくては。

何も――

バッ!

フォスは勇気を振り絞り、天井を見上げた。

闇の、中――に

眼。

赤(・) い(・) 、 眼(・) 、 が(・)

「ギャッ」

ドサッ