軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決断

俺がリストを 捲(めく) っていると、狂美帝が口を開いた。

「一つ、相談がある」

手を止め、顔を上げる。

「新たな条件、ということでしょうか?」

「禁字族に一度、ミラへ足を運んでもらいたい」

……現時点では意図が読めない。

「理由をお聞きしても?」

「実は、我が国の王城の地下に封印された扉がある。地下の大宝物庫と同じ階層に、遙か昔からあるものだ」

封印された扉、か。

「何をしても開かないのだ。部屋の周囲の壁を破壊しようと試みたこともあったが、不可能だった。開くには、正規の方法を用いるしかないらしい」

「…………」

「その部屋の中には禁呪に関する重大な秘密が隠されている……と、そう伝わっている。できれば女神とことを構える前に、その封印部屋の秘密は解き明かしておきたかったのだが――」

つまり、

「禁字族であれば、確実に開けられると?」

「そう記されている。しかし――”印を持つ者でなければ扉は応えない”と。余にはわからぬが……ただ単に禁字族であればよい、というものでもないらしい。もちろんその印とやらを持つ者がいないのなら、封印部屋の秘密の方は諦めるしかあるまい」

「封印部屋の秘密に賭けずとも対女神戦の目算――勝算はあるのですね?」

「一応は、な」

念には念を、って感じか。

狂美帝の言う”印”とやら。

おそらく、ムニンの背にあるあの紋様のことだろう。

禁呪を使用できる者の 印(あかし) 。

ムニンと、もう一人。

その二人しか持たない紋様。

となるともしミラへ赴く場合……。

適当な禁字族に扉の秘密を持ち帰ってもらう、ともいかないわけか。

禁呪は女神を追い詰める強力なカードだ。

封印部屋に新たな禁呪の呪文書がある可能性もある。

あるいは……。

俺の持つ三つの呪文書。

一つはいわゆる”無効化の禁呪”と判明している。

が、他二つはその効果がまだわかっていない。

呪文書に記された禁呪を定着させるための呪文。

ムニンはそれを読める。

当然、残る二つの呪文書に綴られていた呪文も読めた。

が、呪文から効果を想像するのは不可能に近かった。

呪文の内容はなんというか――詩的な語り、というか。

なんらかの人物についての語りみたいな感じなのだ。

そんなわけで、いまだ効果の推測すら困難な二つの呪文書。

これを無闇に定着させ試用するのはやはり気が引ける。

ましてや禁呪。

効果がわからぬ状態で使うのは、リスクが高い。

……今のところヴィシスを倒すのには【 女神の解呪(ディスペルバブル) 】の無効化さえあればいい、ってのもある。

まあ、普通は残る二つが”召喚”と”送還”の禁呪と考えるのが妥当か。

が、こと禁呪に関して決めつけは危険に思える。

”効果は不明だけど、効果確認のために試しに一度使ってみた”

結果、何かの間違いで俺が元の世界へ送還でもされたらそれこそ”こと”だ。

――といった状態だったところに、今回の封印部屋の話。

効果不明なその二つの呪文書について、何かわかるかもしれない。

「…………」

どんな禁呪であれ――復讐の相手はあの悪辣女神。

手持ちのカードが増えるに越したことはない。

俺は脳内算段を一旦保留し、

「ちなみに……陛下の勝算とは具体的にどういったものなのでしょうか? 女神は圧倒的な力を持つと聞きます。失礼ながら……異界の勇者を召喚したり元の世界へ戻す禁呪とやらがあっても、女神を倒すことには直接繋がらないのでは?」

「封印部屋に眠る秘密の中に、女神を直接倒しうる禁呪が眠っている……と、余は願っている」

「ですが陛下は”もしくだんの印を持つ禁字族がいなければ封印部屋は諦める”とおっしゃっていました。とすると、封印部屋への期待とは関係のない別の勝算があると考えられます」

「元の世界へ帰還できる禁呪があれば、S級勇者を説得し、こちらの陣営に引き込むこともできよう。共に戦うことができる。あるいは――こちらが暗躍し大魔帝が女神を始末できるよう巧みに取り計らうことも、策の一つとしてありえなくはない……こちらは博打要素が強すぎて、非現実的かもしれぬがな」

「……失礼を承知で申しますが――いささか、説得材料としては欠けるように思えます」

俺は、少し問い詰める調子で言った。

相手が皇帝と考えるといささか失礼にあたる物言い。

が、狂美帝は微笑みを返した。

どこか、愉快げに。

狂美帝の空気に何か思うところがあったのか。

ルハイトと補佐官が、狂美帝を見る。

”現時点でそれも明かすのですか?”

そんな視線を、向けていた。

狂美帝は、

「それは――」

あっさりと、

「そこに控える者だ」

左右の二人の懸念をよそに、勝算の正体を明かした。

狂美帝が手で示したのは――

戦場浅葱。

「あり? あたし? どもー」

ぺこ、と会釈する浅葱。

相変わらずマイペースな雰囲気のヤツである。

俺はまったく浅葱の正体を知らぬ 体(てい) で、

「彼女は?」

「アサギ・イクサバ……異界の勇者だ」

ざわっ、と。

こちらの陣営にさざ波が立つ。

もちろん俺もそれなりに意表をつかれた反応を作り、

「異界の、勇者……? まさか彼女は――女神を、裏切ったと?」

「過去にも女神に反逆した勇者は存在する。前例がないわけではない」

狂美帝が続ける。

「彼女の持つ特殊な力が女神すらをも討つ切り札となる、と余は見ている。見ようによってはこれも禁呪と同等に”神を引きずり降ろす力”と言える。そして……先ほどの封印部屋に眠る禁呪の秘密との相性によっては、その力の確実性をより増すことができる――と、余は期待している」

記憶通りなら浅葱のランクは、B級。

「…………」

固有スキルか。

それを習得できるのは本来A級以上だと召喚直後に説明を受けた。

が、最底辺とされたE級の俺も破格の状態異常スキルを得ている。

浅葱の”B”もただの”B級”を示すものではないのかもしれない。

だからB級の浅葱が覚えても不思議はない。

狂美帝はその力の中身まで明かす気はないようだった。

表情と空気で”これ以上は明かさない”と、はっきり示している。

と、そこで背後のセラスから合図があった。

これまでの狂美帝の言葉。

セラスの合図によれば――すべて、真実。

嘘偽りはない。

俺がセラスの真偽判定逃れに用いる、

”嘘は言っていないが、実は微妙に真実とはズレている”

この手を使っている可能性は考慮しておくべきだが……。

ひとまず、信用していいだろう。

狂美帝が鋭い視線で俺を見る。

「もう一つ……今の話にも繋がるが、最果ての国との同盟締結についてだ。正式な調印式は我がミラにて執り行いたい。これは、我が国において絶大な力を持つ 選帝三家(せんていさんか) の意向だ。もちろん、正式な場での調印を執り行わずとも、同盟関係にあると余は考えて動くつもりでいる。しかし、例の食糧援助についてだけは――」

「ミラの豊かな食糧事情を支えているのがその選帝三家の持つ土地だから、ですか?」

「そちはやはり理解が早い。想像力の及ぶ側の者だ。会話をしていて、心地がよい」

口約束での同盟はひとまず結ぶ。

しかし食糧援助の件だけは自ら足を運んでからだ、と。

……誘ってやがるか。

そりゃそうか。

さっきは諦めるのもやぶさかでないみたいに言ってたが……。

対女神の勝ちの目を強めたいと思うのは当然。

となれば――くだんの封印部屋の秘密は、なんとしても手に入れたいだろう。

”禁字族と共に足を運んでみては?”

暗に、そう提示している。

俺はリィゼを見た。

「正式な調印式となると……さすがにワタシが代理というのは、相手方の選帝三家も納得しかねると思います。ワタシは、正式な最果ての国の民ではありませんから」

話を振られたリィゼは背筋をのばしたまま、ええ、と頷いた。

「そう、ですね」

狂美帝が言う。

「王でなくとも、宰相であるリィゼロッテ殿が足を運べばあれらの家も納得するだろう。貴国は長らく閉ざされていた国と聞いている……ならば一度”外”の世界を視察してみるのもよいかもしれぬ――と、余は考えるが……リィゼロッテ殿はいかがか?」

リィゼは真っ直ぐ狂美帝を見て、

「私は――はい、宰相として調印式のために貴国へ足を運んでもよいと考えております。おっしゃるように、今後を考えれば外の世界を見る必要もあるでしょう」

先ほどと違う。

話し方に、淀みがない。

気負いも薄らいでいる。

いくらか、慣れたようだ。

狂美帝の放つ雰囲気にも少し慣れが出てきたのだろう。

新人アーティストのライブみたいなものか。

最初は緊張や気負いでぎこちなかったりする。

歌やパフォーマンスも、本来の力を出せなかったりする。

が、時間と共に緊張や気負いが少しずつ取れていく。

本来の力が、出せるようになってくる。

気持ちの面で完全な敗北さえ認めなければ――きっと、そういうものなのだ。

「ただし、一つ」

狂美帝が言い、リィゼが次の言葉を待つ。

「外の世界においてリィゼロッテ殿の種族――アラクネはかなり希少と言える。今やドワーフなどと同じく伝承上の種族と認識している者も多い。つまり……奇異の視線に晒される機会は多いやもしれぬ」

「――といって」

リィゼは怯まず、

「いつまでもそれを恐れているわけにも、いかぬかと思います。私たちもそういう視線に慣れなければならないし、貴国の民にも少しずつでも慣れていただく――でなれば何も前へは進まない……そう、思っております」

「そうなるための一番槍は自分でよいと?」

「今の私にはその覚悟があるつもりでございます――陛下」

ふっ、と。

狂美帝は微笑んだ。

「いささか、安堵した」

「?」

なんの話をしているのかわからない、という顔をするリィゼ。

狂美帝は頬杖をつき、改めてその白い頬を緩める。

「最初は、慣れぬ空気や場のせいか焦燥やぎこちなさが目立ったが……余はリィゼロッテ殿も交渉相手としては決して能力の低くない相手とみていた。ゆえに先ほどは、ルハイトや後ろにいた者どもを咎めたわけだが……余の見立ては、間違っていなかったようだ。要するに――余の目が曇っていなかったと証明され、安堵したのだ」

リィゼは恐縮気味に俯き、顔を紅潮させた。

「……あ、ありがとうございます」

照れよりは嬉しさが強そうな印象である。

これが今後を見据えて心証をよくするための狂美帝の策かは、ともかく――

リィゼに交渉役としての主導権が戻った空気になったのは、悪くない。

元々どこかで主導権は戻そうと思っていた。

狂美帝は微笑みを残したまま、

「ではこの話、大筋はまとまったと見ても?」

「はい。大筋としては合意が取れたかと。ただ……」

答えたあと、リィゼが俺を見る。

そう。

最後に、確認を取らねばならない。

「禁字族――クロサガの者が貴国へ足を運ぶ件については、当人に意思を確認する必要がございます。リィゼ殿、確認はワタシが……」

「わかりました。ベルゼギア殿に任せます」

俺は狂美帝へ顔の向きを戻し、

「そういうわけでして……陛下、しばしお時間をいただけますでしょうか?」

背後の 鴉(ムニン) が、飛び立つ。

狂美帝はその鴉を一瞥したのち、

「承知した……しばし、休憩としよう」

禁字族の意見を聞きに扉の中へ戻る体で、俺は場を離れた。

あの場は残ったヤツらにしばらく任せる。

大分リィゼは持ち直しているし、セラスもいる。

やや頭に血がのぼりやすいとはいえ、ジオもいる。

話も大筋はもうまとまっているから大丈夫だろう。

ちなみに俺が戻るまでリィゼたちは何もしないわけではない。

あいつらには大宝物庫のリストの閲覧を頼んだ。

他にめぼしいものがないかチェックしてもらうのである。

セラスは『禁術大全』を読み込んでいる。

俺とほぼ同レベルで重要度を判断できるはず。

リィゼたち最果て勢も彼ら独自に欲しいものがあるかもしれない。

相手がくれると言ってるんだ。

クソ女神との決戦は近い。

役立つもんは、もらっときゃいい。

で、あの場を離れた俺はというと――

「――あんたは、ミラに赴くつもりなんだな?」

「ええ」

ある程度まで引き返した辺りで、俺は飛び去ったムニンと合流した。

結果としてムニンがあの場にいたのはよかった。

ミラのヤツらと実際に会って話を聞いた方が判断もしやすいだろう。

俺は、そう考えた。

もちろん”禁字族”として安易に身を晒させるのは避けたが。

「女神との決戦へ向けて勝利の要素を少しでも増やせるなら、手に入れるべき――と、わたしは思います」

今、ムニンは人型に戻っている。

彼女は俺に微笑みかけ、

「あなたも、ついて来てくださるとのことですし」

「……ま、あんた一人で行かせるわけにはいかないからな。ただ、他のクロサガのヤツらの意見は聞かなくていいのか?」

「これでもわたし、族長ですから♪」

「んな、適当な……」

「ふふふ、大丈夫です。みんなにはもう経緯や私の意思は話してあります。納得もしてもらっています。彼らもクロサガの辿ってきた歴史は知っていますから、ある程度の覚悟は決まっていますよ。心配ご無用です。それが――クロサガですから」

「……同行するのはもう一人の例の紋様持ち、ってわけにもいかないみたいだしな」

「そうね……できれば女神との決着をつけるこの戦いは、わたしだけで決着まで持って行きたい……そう、考えています」

もう一人の紋様持ちはフギという名の女の子である。

年は13。

まだ若い。

「でも、あの子も覚悟は決まっています。もしわたしの”刃”が女神に届かず、道半ばで倒れたなら……次は、あの子が命を賭けるんだと思います」

ムニンは微笑みを残したまま、哀しげに視線を伏せる。

「わたしとしては、無理をしてほしくないんだけど……そういう子なんです。今回のことも”自分も旅に同行する”って、最初は聞かなくて……」

微笑みを苦笑へと変えるムニン。

「説得するの、大変だったのよ?」

正直、俺としては。

フギって子の闘志はありがたいっちゃありがたい。

いや――クロサガの者たちの覚悟もだ。

もし、

”ムニンを戦いに巻き込まないで! 連れて行かないで!”

”おまえが来たせいでクロサガがようやく手に入れた平和が壊れたんだ!”

みたいなパターンだったら、もうひと悶着あったのではないか。

ま、これもすべて――ムニンの努力の賜物か。

「苦労したんだろうな、あんたも」

「ふふ、まあね♪ ただ、そうね……だからこそ、この戦いは族長のわたし一人が出るだけで終わらせたいの。ここでヴィシスを倒せば、そのあとは禁呪だって必要なくなるかもしれない……そうなれば、フギの重荷を――クロサガの重荷をようやく、下ろせるもの」

やっぱり、この人は。

強いな――芯が。

「わかった」

意思は、固まった。

「なら一度――行くとするか、ミラへ」

大宝物庫の転移石。

ピギ丸の最後の強化剤の素材――紫甲虫。

封印部屋に眠るという禁呪の秘密。

それらを手に入れたらいよいよ本格的に――

「…………」

クソ女神との決着をつける戦いが、始まる。