軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もう一つの選択肢

ベッドで横になっていたセラスの開口一番は、

「……申し訳ございません」

だった。

セラスは目を腕で覆っていた。

ぱっと見、熱でダウンしてるみたいにも見える。

「今はもう大丈夫なんだな?」

「はい、今は」

自分に呆れている、みたいな調子だった。

俺は椅子を引き寄せ、ベッド脇に座る。

ここは城内の一室。

ベッドは一つ。

他にはさして特筆すべき点のない簡素な部屋。

部屋には俺とセラスの二人だけ。

ピギ丸、スレイ、ニャキは別室にいる。

ちなみに今、俺はマスクを脱いだ状態である。

「城の敷地内の畑を見学してたって?」

「ゼクト王が”城の敷地内であれば自由に出歩いてよい”とお許しをくださった、と伝えられまして……城内とその周辺の感じを把握しておくのも、悪くないかと」

で、ピギ丸たちを連れて敷地内を歩いていた。

そうして敷地内の畑を見学中に、起こったのが――

『地下でもこのような作物が生育するのですね。なるほど、これらもエリカ殿から伝わった技術を使っているのですか。さすが、エリカ殿です』

『ピギ〜♪』

『パキュ〜♪』

『はニャぁー……人間さんが全然いないこの光景に、ニャキはまだびっくりなのですニャぁ〜……』

『ところでこの作物なのですが、実を言いますと私も初めて目にしぃやぁぁああああぁぁぁああああああ巨大ミミズーッ!』

『ピギィーッ!?』

『パキューッ!?』

『セラスさんっ!? 突然どうしたのですニャ!? うんと……このおっきなミミズさんがどうかしたのですかニャ……? ご安心くださいニャ! これはただのミミズさんですニャ!』

『…………ッ、――――』

『ピギィイイッ!』

『パキュゥウウッ!』

『はニャぁああ!? セラスさんの顔から血の気が引いていくのですニャぁああッ! もしかしてミミズさんのせいなのですニャ!? にゃ、ニャら急いで……ニャキが埋め戻しますのニャッ! はニャ、はニャ、はニャ……これでよしニャ! セラスさん、ニャキが土の中にしっかり帰したのですニャ――はニャぁあ!? セラスさん! そのまま倒れると危ないのですニャぁあ! というか、気絶してるのニャーっ! お、お二人さん! ニャキと一緒にセラスさんを支えてほしいのですニャ! うニャニャー!』

「――といった感じ、だったそうでして」

恥ずかしさがこみ上げてきたのか。

目もとを腕で隠したまま、セラスは耳まで真っ赤になっている。

なんとなくその時の光景が鮮明に想像できてしまった。

しかしまあ、これは……

「――――」

「……ん? どうした、セラス?」

セラスが、目を覆っていた腕を上げている。

青い瞳を丸くし、不思議そうに俺を見ていた。

「ぁ、いえ……その、あなたが――」

「?」

はにかみがちに言葉を継ぐセラス。

「そんな風に笑うのは……とても、珍しいので」

「そうか? あの笑わない魔女と違って、俺は普段からけっこう笑ってると思うが」

「今のような……思わず吹き出してしまった感じは、本当に珍しいかと」

「まあ、言われてみれば……」

そうかもしれない。

いや、笑っちゃいけないのかもしれないが……。

ニャキたちのわちゃわちゃした光景を想像したら。

どうにも微笑ましく思えて。

思わず、笑みがこぼれてしまった。

「……かもな」

指先で眉間をかきつつ微笑する。

「怖い思いをしたセラスには悪いが……久々にこんな感じで笑えたのは、おまえのおかげだな」

セラスも、ふふ、と俺の微笑みに続き。

彼女は、穏やかに睫毛を伏せた。

「あなたの心持ちが軽くなる一助となったのなら、私としては幸いです」

「見方を変えれば、ミミズのおかげでもあるわけか」

複雑そうな顔をするセラス。

薄い掛け布の端を左右の指で摘まみ、

「ぅ……私も感謝、すべきでしょうか? ミミズとなると心情的に、少々複雑で」

ちょっと拗ねた風にそう言った。

眉尻を下げ、セラスは困った顔をする。

「もちろんミミズに罪がないのは承知しています……しかし、ミミズとなりなすと……その、ミミズが……ミミズで、つまりミミズなので…………ミミズ」

セラスなりにミミズのよいところを探そうとしたらしい。

が、よいところが思いつかないようだ。

というか……。

話しながら小刻みにぷるぷる震え、また青くなっていた。

自罰的な感じに、セラスは目を閉じる。

「だめですね……蠅王ノ戦団の副長であるのに、ミミズ程度でこのような情けない姿。克服できるよう、がんばります」

「そのままでも、それほど悪くはないんじゃないか」

「ミミズが苦手なままで、ですか?」

「セラス・アシュレインは非の打ちどころを探す方が難しいハイエルフだ。そういう弱点が一つくらいあってもいいだろ。それに……」

まあ、

「可愛いと言えば可愛いだろ、そういう弱点も」

「ぇ――そう、でしょうか?」

「ただし、クソ女神陣営には隠しとくべきかもな。大事な局面で、ミミズ程度に邪魔されちゃあ困る」

冗談っぽく言うと、セラスは眉間に皺を寄せた。

むぅ、と口をへの字にし、彼女は決意を口にする。

「やはり、克服の努力をします」

「するのか」

「します」

するらしい。

さて……。

セラスの無事も確認できたので、

「ところで、今後のことだが」

俺は禁字族の協力を得られたことを話した。

ここへ迫る女神の勢力と戦うことについても。

話し終えた俺は、椅子から腰を浮かせる。

すると、セラスが片手をついて身体を起こした。

労わりの表情を浮かべ、彼女が俺を見上げる。

「ようやくここまで、来ましたね」

「今はまだ【 女神の解呪(ディスペルバブル) 】を無効化する力を手に入れただけだが……ああ。ようやく、下地が整ってきた」

蠅王のマスクを装着しながら、言う。

「ただ、まずはここへ向かっているヴィシスの手駒を先に潰す」

「やはり警戒すべきは、アライオン十三騎兵隊の中で最強と名高い第六騎兵隊でしょうか」

「今のところはな」

「私も以前よりその強さは聞き及んでいます。前にお話しした通り、直接会ったことはありませんが……」

第六騎兵隊。

ルイン・シールもそいつらの話をしていた。

妙に、歯切れが悪かったが。

言葉の感じからして、第六騎兵隊を嫌っている風に見えた。

「十三騎兵隊ってのは、アライオンの国民にはあまり好かれてないんだったか」

「はい。以前お話しした内容の繰り返しも、入りますが――」

セラスはそう前置き、

「今の十三騎兵隊を束ねているのは、公爵家の者のようです。第一騎兵隊の隊長で、十三騎兵隊の統括役は昔からその公爵家の者が務めているとか。第一騎兵隊だけは、貴族の次男や三男なども所属していると聞きます。そして十三騎兵隊の他の大半は、あまり褒められた過去を持つ者ばかりではない……そんな噂も、あるようでして」

強いが人格に問題のある傭兵や、ごろつきや罪人。

大半がそういった者で構成されている。

そんな噂があるそうだ。

勇の剣から得た情報と、そこは一致している。

「また、彼らは女神の命令しか聞き入れず、アライオンの王の命令であっても聞き入れないとか。一方で、女神の命令には驚くほど忠実だそうです」

「つまり勇の剣と同じく、ほぼヴィシスの子飼いと見てよさそうだな」

あの人面種すら洗脳しやがった女神だ。

……第六騎兵隊も案外、ヴィシス手製の洗脳集団だったりしてな。

「で……その中で最も強いってのが噂の第六騎兵隊か。そこの隊長については、名前以外知らないと前に言ってたな?」

セラスにとっては他国の話。

詳しくなくても仕方あるまい。

「どんな人物だったか問われても、実際に会った者は”これといった特徴のない男だった”と答えるそうです。とにかく、印象の薄い人物だとか」

「影が薄いってことか……有名な騎兵隊の隊長をやってんのにな」

それはまるで――なんというか。

空気を演じているかのような。

たとえば、そう……。

かつての――どこかの、誰かさんみたいに。

それこそモブでも、演じているかのような。

「姓を知ってるヤツもいないんだったか。名は……確か、ジョンドゥ」

「はい」

名は前にセラスから教えてもらっていた。

「いずれにせよ、油断は禁物……だな」

実際には想定していたより弱かった。

過大評価。

それならいい。

が、はなから弱く見積もるのは危険だ。

相手を完全な弱者と決めつけた者たち――

そいつらの末路を、俺はよく知っている。

セラスに背を向ける。

「俺はこれからゼクト王に会ってくる」

「私も行きましょうか?」

「いや、二人きりで話すことになってる」

「かしこまりました。それと近いうち、私もムニン殿にご挨拶せねばですね」

「最初は堅いタイプかと思ったが、意外と話しやすい感じだったぞ。セラスたちとも上手くやれるとは思う――じゃあ、また後で」

「はい」

ドアノブに手をかけたところで一つ、質問を思い出す。

「泊まる部屋だが……同じ部屋でいいか? 二人一緒の方が何かと都合がいい」

ふふ、とセラスがちょっと悪戯っぽく微笑む。

「 同衾(どうきん) でも、よろしいのなら」

「わかった」

「えっ!? ぁ、はい――ぉ、お願いします」

「……なんだ、そんなに同衾したかったのか」

「あ、いえっ……それは、その――」

ちょいっ、と。

恥じらうように、両手で敷布を持ち上げるセラス。

顔の下半分が敷布で隠れている。

彼女はそれから視線を脇へ逸らすと、観念した風に認めた。

「――、……はい、やはりしたい気がいたします」

「冗談っぽく拒否されたら、それはそれで俺もショックだったけどな」

「私はこれでも常に本気なのです」

「なら、よかった」

言い置き、俺は部屋を出てドアを閉めた。

ゼクト王に話がある旨はアーミアを通して事前に伝えてある。

俺は、ゼクト王の待つ部屋へと向かった。

「わかった。ムニンの件は、承知した」

ムニンを連れてこの国を発つことになった。

俺はそのことをゼクト王に話した。

「改めてあんたには礼を言う。クロサガとの交渉がここまでスムーズに運んだのは、あんたの協力が大きい」

「礼ならエリカ殿に言うとよい」

「エリカにはもちろん礼を言うつもりさ。が、あんたにもやはり感謝してる。ああ、それから――ムニンが俺へ協力する条件というか……ムニンから、頼まれごとをされてる。ここを発つにしても、それを済ませてからの話になりそうだ」

迫りつつある女神勢力と戦うのに、蠅王ノ戦団も力を貸す。

それを伝えた。

が――ゼクト王の反応が、 芳(かんば) しくない。

「うぅ、む……」

懊悩(おうのう) めいて、額をおさえるゼクト王。

「何か懸念でも?」

「そちがクロサガの集落へ向かった後、皆を集めて七煌で合議を行った。実は、現状の方針として……女神の勢力とは、話し合いによる交渉を行うことになりそうなのだ」

交渉?

「……話し合いの通用する相手だと?」

「当初はヨも迎え撃つしかないと思っていた。ただ、合議の中で……」

一度そこで言葉を切るゼクト王。

「七煌の中に、話し合いによる交渉を提案した者がいる?」

「……そちの推察の通りだ。平和的な交渉によっておさめるべしと強く主張しているのは、宰相のリィゼロッテという者でな。七煌の中で、彼女は最も発言力を持つ者でもある」

ん?

七(・) 煌(・) ?

七煌には、不死王ゼクトも含まれているはず。

「宰相が、王より発言力が上なのか?」

そうだ、と恥じ入る風にゼクト王は頷いた。

王は、俯き気味にぽつぽつと語り出す。

「この国は長らく 戦(いくさ) と縁がなかった。そんな国で最も称賛されるものが何かと言うと……それは内政の手腕であり、技術を発展させる者たちだ。そして、代々中心となりそれらを担ってきたのがアラクネたちなのだ。中でも、歴代宰相を排出しているオニクの一族は特別な立ち位置でな」

エリカがこの国へ託した技術。

運用、ひいては発展を担ってきたのも、オニクの者なのだという。

「ヨは長生きこそしているが決して戦上手ではない。個人的な武力も大したことはない。この国に引きこもっているから、外の知識も入らぬしな……そう、ヨはただ長く生きているだけなのだ。実質的にこの国を動かしているのも、ヨではない……」

不死王。

死なぬ王。

が、 不(・) 老(・) とは限らない。

人間もそうだ。

長生きしているからと言って――

必ずしも、若者より優れているわけではない。

これが”不老”長寿ならずっと精力的に活動できる。

けれど、年月と共に様々な能力が少しずつ劣化していくのなら……

「不死王と言っても、常に全盛期を維持できるわけではない。となれば当然……精力的に活動する配下が必要となる、か」

「その通り。ゆえに、秀でた者たちをしかるべき役割へ配し続けねばならない。そちたちの世界もそうであろう。王一人では、国は決して回らぬ」

確かに。

しかし、王より発言権が強いってのは……。

「他の七煌も宰相のその方針に賛成なのか?」

「明日、改めて七煌でそれを決めることとなった。国の今後を左右する決断だ……一晩くらい、考える時間が必要であろうと」

俺はあごに手をやり、俯き気味に黙考した。

ほどなくして、顔を上げる。

「あんた個人としては、どうしたい?」

「ヨとしては、この国の行く末は他の七煌に委ねたいと考えている。ただ……」

一拍置き、続けるゼクト王。

「そろそろ外の世界とこの国を繋げねばならぬ、とヨは考えている。つまりそう遠くない未来、この国を外へ開く必要がある……ヨは、そう思っているのだ」

「…………」

「明かしてしまうと、この国は一つの危機に直面している」

俺は黙って次の言葉を待った。

ゼクト王は嘆息し、言った。

「危機というのは、食糧問題だ」

つまり、

「この国に住む者たちを、そろそろ 賄(まかな) えなくなってきている?」

疲労がちに息をつき、首肯するゼクト王。

「エリカ殿から授かった技術や古代魔導具の力で、どうにかここまでやって来られた。しかし……国に住む者たちの数も増えている上、食糧生産を支えてきた一部の古代魔導具が寿命を迎え始めているのだ。この国で今のところそれを知る者は限られているが……」

「だから外の世界と繋がりを持ち、外で食糧を得られる状態を作る必要がある」

「そうだ。だからこそ、ヨは……」

「外の世界の者たちから”排除すべき敵”と認識されぬよう、できるだけ平和的に解決したい」

「うむ……ゆえにヨは、リィゼの示した方針を魅力的と感じてしまった。この国がようやく外の世界へと開いた途端、人間と戦わねばならないというのは……とっかかりとしては、あまりに我々側の印象が悪い」

確かに。

気持ちは分かる。

しかし、そう話すゼクト王にも――

「が、迷いもある?」

「うむ……女神の存在が気がかりなのだ。いまだこの国に執着している女神の手の者が……果たして、我々の平和的交渉に応じてくれるものかどうか……」

「応じる可能性は、低いと思うが」

「ベルゼギア殿はそう思うか?」

「特にここへ向かってる連中……アライオン十三騎兵隊なんかは”仲良くしましょう”と提案したところで、本心から”はい、そうしましょう”と応じる連中とは、とても思えない」

「……そう、か」

悲嘆的に息を落とすゼクト王。

「ただ……さっきも言った通り、ヨにはわからなくてな。一縷の望みに賭けたい……真摯に話し合えばあるいは、とも思ってしまうのだよ」

「……ま、今のも俺個人の感覚と言われちまえばそれまでだしな。そして俺には、この国の行く末を決める権限もない。ただ、共に戦ってほしいと言われれば力を貸す。それに……その攻めてくるヤツらの中に、潰しておきたい連中がまじってるらしくてな」

弾かれたように、ゼクト王が俺を見据えた。

「……何か、因縁でも?」

「かたき討ちだ――大切な、仲間の」

リズの集落を壊滅させたヤツら。

しかも、そいつらの狙いはおそらく禁字族。

俺としては、潰さざるをえない。

が、さすがに今回は相手の数が数である。

蠅王ノ戦団だけで相手をするのは、なかなか厳しい。

そしてムニンだけを連れてここを離れれば――

残されたクロサガは、ほぼ確実に殺されるだろう。

ムニンはクロサガを救いたい。

だから、俺に力を貸してくれる。

なら、

ムニンだけ連れて最果ての国を離れる選択肢は、取れない。

ニャキのこともだ。

ここが当面あいつの居場所になるのなら……

守らなくちゃ、ならない。

どうする?

ニャキと一緒に、クロサガを部族ごと外へつれていくか?

あの人数を?

いや、現実的ではない。

「…………」

もし明日、話し合いによる平和的交渉の方針で固まった場合……

俺としては、なかなか困った事態になるわけだ。

俺個人としては――平和的な交渉は、ありえない。

「――――――――」

思考を、走らせる。

「ベルゼギア殿……?」

「ゼクト王」

「う、うむ」

俺は宰相について人となりも何も知らない。

ひとまずここは――

「これから七煌をもう一度、招集してもらえないか?」

一度、直に会って話してみるべきだろう。

動(・) く(・) にしても――まずは、そこから。