軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者たちは、帰還する

◇【十河綾香】◇

十河綾香は、アライオンに戻ってきていた。

綾香だけではない。

南軍に参加していた勇者は全員一時アライオンへと帰参した。

魔防の白城で繰り広げられたあの大激戦。

すでにその話はここアライオンにも届いている。

ちなみに綾香たちのいた南軍すべてが戻ってきてはいない。

戻ったのは勇者と一部の者のみである。

綾香たちと別れた南軍の大部分は、元の目的地であった王都シナドへと向かった。

(聞けば、激しい戦いになったのは私たちのいた場所だけじゃなかったみたいだけど……)

苦戦を強いられた軍も多かったそうだ。

中には”勝利”と呼んでよいのかわからぬ戦いもあったという。

自分たちのいた南軍だって同じだ。

死者のことを考えれば、素直に喜べる勝利とは言えまい。

(……でも、救いもあった)

生死不明だった者たちの安否。

この点について、綾香はほんの少しだけ救われた気がしていた。

まずは”竜殺し”ことベインウルフ。

彼は、生きていた。

が、戦線への復帰は当面難しいとのことだ。

彼はそれほどの重傷を負ってしまった。

それでも意識は確かだったし、会話もできた。

ベインウルフの生存がわかり急いで駆けつけた時、

『悪ぃな……早々に、離脱しちまって』

涙ぐむ綾香に、彼はそう謝った。

けれどその時は生きていただけで十分だと思えた。

たとえ戦いに復帰できずとも、また、こうして会話を交わせただけで。

人面種に押し切られて変身が解けた後、ベインウルフは戦える状態になかった。

まともに動けるかも怪しかったそうだ。

包帯まみれのその姿から考えれば当然だろう。

しかし彼はどうにか魔物の死体の下へ潜り込んだ。

幸い魔物に見つかることもなく生き延びたという。

ベインウルフは自分の左腕がまるで上がらないのにやや驚いた後、

『ま、とりあえずは……ソゴウちゃんのこたぁ忘れずに済んだらしいね』

口もとを緩め、そう言った。

綾香を安心させようと、腕を上げて何かしようとしたらしい。

が、その時の彼にそれは不可能な動作だった。

そうだった、と綾香は思い出した。

彼の竜化は、記憶を奪う。

ベインウルフが微笑む。

すると、

パリッ

と、固まりかけた唇のかさぶたが裂けた。

『悔しいが当面、おれはまともに戦えそうにない』

目を細め、彼は言った。

『あとは――ソゴウちゃんたちに、任せていいか?』

『はい』

綾香は、しかと頷いた。

『大魔帝は、私たち勇者が倒します。だからベインさんはゆっくり休んでください。それから――』

爪先を揃え、頭を下げる。

『私たちを救ってくれて……ありがとうございました。あなたのおかげで、今、私はここにいます――勇者として』

ベインウルフはアライオンを経由し、そのままウルザへ戻るという。

なのでアライオンまでは綾香たちと一緒に戻ってきた。

さて。

他の生死不明者と言えば、四恭聖のアギト・アングーンである。

彼はあの戦場において多くの者を救った。

遠距離からの攻撃術式で綾香たちを人面種から救ったのも彼なら――

その人面種を引きつけ、桐原グループの勇者たちを救ったのも彼だった。

アギト・アングーンは、生きた状態で発見された。

かろうじて、ではあったが。

彼はベインウルフ以上の重傷を負っていた。

アギトを診た者は、

『生きているのが不思議なくらいです』

と言っていた。

意識は今も戻っていない。

綾香もアギトの状態は確認した。

確かに、誰がどう見ても戦線に復帰できる状態ではなかった。

けれど――生きていてくれた。

やはりこれも綾香は救われたような気分だった。

いささか身勝手な安堵とは、思いつつも。

そして、

生死すら判明していなかった南軍の勇者二人。

錯乱しながら粉塵の中へ消えた、小山田翔吾。

指を数本失い安グループの懇願を振り切って逃げた、安智弘。

二人とも、生存していた。

小山田翔吾が発見されたのはなんと魔防の白城の中だった。

彼は城の地下牢の奥にいた。

背を向け、小さく蹲って震えていたという。

捜索していた兵が声をかけると、彼は激しい悲鳴を上げた。

悲鳴が治まった後はガタガタ肩を震わせ、再び蹲ったという。

ただ、幸運なことに目立った外傷はなかった。

しかし、

(小山田君……)

再会した小山田翔吾は、豹変していた。

まるで別人だった。

あまりの変化に綾香も話しかけることができなかったほどだ。

その小山田も綾香たちと共にアライオンへ戻ってきている。

が、戻ってきた後すぐ自分たちと離されたので今この場にはいない。

さて、安智弘の方だが……

彼は、魔防の白城からやや離れた平原にて発見された。

小山田と比べて発見は遅かった。

そのため彼は綾香たちと共にアライオンへ戻ってはいない。

というか、この情報はつい先ほど得たものである。

兵士が同行しアライオンへ向かっているそうだ。

情報だけが軍魔鳩によって先にこちらへ届いた形である。

安は、乗っていた馬を焼いて食べていたらしい。

空腹に耐えられなかったのだろう。

発見した兵士が声をかけた時、彼はこう言ったという。

『遅い……遅すぎる……ッ! 我こそは南軍にて決死の覚悟で生き残った上級勇者――最後の希望とも呼べるA級勇者ぞ! グズらず早々に打診せよ……ッ! 女神にだ! この安智弘の指を早急に治癒せよ、と……ッ! 軍魔鳩とやらを使って、我が言葉を一字一句たがえずに送れ!』

切断された指の他に外傷はなかったという。

(安君……)

聞いた言葉から察するに、発見時の安は綾香が死んだと思っていたようだ。

(それでも二人とも生きていてくれた……そう、あの状況だったら死んでいてもおかしくはなかった。生きていただけでも今は幸運だったと考えるべきだわ。あとは、鹿島さんたちだけど……)

西軍の浅葱グループ。

綾香が特に身を案じる鹿島小鳩もそのグループにいる。

彼女たちの生死に関する情報はまだ入ってきていない。

西軍の主戦場となったヨナトの王都が壊滅的被害を受けたのは知っているのだが……

(鹿島さん、浅葱さん、みんな……どうか、無事でいて)

と、

「あらあらまあまあ、まあまあまあ、皆さんおそろいで」

現れたのは、

「予想以上の目覚ましい戦果をあげたそうですね! 素晴らしいです! 話を聞いて、私、感動しました! ええ、とても!」

女神、ヴィシス。

今、綾香たちは城内の広場にいる。

ここは出立前にも何度も訪れた広場だった。

郷愁にも似た思いで女神の立つ辺りに視線をやる。

以前はあそこに、もっとたくさんの人がいた。

四恭聖。

竜殺し。

剣虎団も、今はいない(西軍へ編入された彼らはどうなったのだろう?)。

(ニャンタンさんも、いない)

そういえば帰還後、一度も姿を見ていない。

と、

「特に、ソゴウさん!」

女神が満面の笑みで、両手を打ち鳴らした。

綾香に近づき、両手を取る。

「やはりS級勇者の称号は飾りではありませんでしたね!? 人面種に留まらず、まさか側近級の第二誓を真っ二つに 断殺(だんさつ) してしまうとは! 正直に言いますね? 私、最初から信じていました。厳しい態度を取ったのも、実はソゴウさんに早く覚醒してほしかったからなのです。S級の名に恥じぬ固有スキル習得、おめでとうございます!」

ぐいぐい来る女神。

と、そこで……

女神が、停止した。

そう。

まるで、動画の再生中に一時停止でもされたみたいに。

笑顔全開のまま。

「?」

「 今(・) 、 何(・) を(・) い(・) け(・) し(・) ゃ(・) あ(・) し(・) ゃ(・) あ(・) と(・) 、 と(・) 思(・) っ(・) た(・) ん(・) じ(・) ゃ(・) あ(・) り(・) ま(・) せ(・) ん(・) か(・) ?」

無感動な調子で、女神が言った。

女神が、てのひらを上下交互に翻し始める。

クルッ、クルッ、クルッ、クルッ……

ピタッ

動きが、止まる。

「ふふふ、これではいくらなんでもてのひら返しが過ぎますからね。これまでソゴウさんにあんなひどい態度を取っていたのに、その過去の態度を微塵も反省せず、ソゴウさんが覚醒した途端に態度を急変させたのでは……女神としての、程度が知れます」

腰の後ろへ両手を回し、前かがみ気味で微笑む女神。

「大丈夫です。私、心から反省しています」

女神は上体を起こすと、姿勢を整えてから、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。秘められた素質を見抜けなかったのは私の目が曇っていたからでしょう……まあ、元を辿ればあなたが召喚直後に錯乱して私の心を傷つけたのが、私にひどい態度を取らせた原因ですから、そもそもの発端はソゴウさんなのですが……それでも、私は女神ですから。自分が悪くなくとも、自らの非を認め、謝れる度量が必要とされてしまうのです。ですので本当にすみませんでした、ソゴウさん」

面(おもて) を上げ、微笑みを深くする女神。

「これからは過去のことは水に流し、仲良く手を取って大魔帝を倒しましょうね? すみません……先ほどはちょっとトゲのある言い方を含みましたが、許してくださいね? そうですね、謝罪があれば普通は水に流すものですよね――まともな神経の持ち主なら、ですが。はぁ……」

安堵めいた息をつき、女神が左胸に手をやる。

「ソゴウさんがまとな神経をお持ちの方でとても助かりました。なるほど、クラス委員長とはそういうものなのですね。なんせ大魔帝を倒す理由も”仲間のため”ですものね――本当に、ご立派です。私のためではなく、クラスメイトの皆さんのためなんですから……本当に、本当に、尊敬できます」

こんなに軽い”尊敬”を受けたのも初めてであった。

が、女神の性格が難アリなのは今に始まったことではない。

「女神さま、でしたら……」

「はいはい、今ここから力を合わせましょう」

「過去の態度を水に流す代わりに、一つ、私の願いを聞いていただけませんか」

「え、もうそんな感じなんですか? なんて――――強欲」

気にせず、綾香は続ける。

「治療をお願いしたいんです」

女神の両目が、温かみのないアーチを描く。

「え? 誰のでしょう?」

「ベインウルフさん、アギトさん……小山田君や安君……佐倉さんの手首が魔骨遺跡で切断された時、女神さまはその手首を元通りに治してくれました。同じように、治療をお願いできませんか?」

「あーなるほど――なるほど。ソゴウさんはやはり仲間想いですね! 変わりませんね。力に溺れて、もっと傲慢になっているかと――あ、いえ、見方によってはそれも傲慢な願いなのですが……」

女神が苦笑し、口もとへ手をやる。

「あらあら、私としたことが口が滑ってまた雰囲気の悪くなるようなことを……ふふふ、気にしないでくださいね? 大丈夫ですか?」

煽りは流す。

「できますか?」

女神は一瞬硬直した後、

「んーできなくもないですよ? ただ、オヤマダさんに関しては心の問題ですので、簡単に治癒ともいかないでしょう。あとですね、私の【 女神の息吹(ヒール) 】には副作用がありまして」

「副作用、ですか?」

「私の治癒は、重傷であっても大抵のものは治癒できます。ただ――治療を終えた後、いつ目覚めるとも知れぬ長い眠りを必要とする場合があるのです」

くぁ~あ、と。

女神は口に手をやり、あくびまじりに続ける。

「必ず眠りにつくわけでもないのですが、私自身にも……眠る者と眠らない者、また、短い眠りで済む者とそうでない者の分かれ目が、いまだにわからないのです。まあ、重傷な者ほど長い眠りにつく比率が高いのは確かのようですが」

神と名のつく力も万能ではない、ということか。

中には傷が治っても数十年と眠り続ける者もいるそうだ。

眠ったまま寿命を迎える者すらいるという。

目覚めるか否かは運任せに近い。

ある意味、賭けとも言える。

となると、

(ベインさんやアギトさんは、長い眠りにつく可能性が高い……?)

なら、ベインウルフなどは女神の治癒に頼らぬ方がよいのだろうか?

「理想論に逃げず現実を言いますと、いつ目覚めるとも知れない者の面倒を見続けるのも人力やら資源の無駄ですし……なので、あまり【 女神の息吹(ヒール) 】は使いたくないのです。以前も話しましたが、何より私自身もそれなりに消耗しますので……私自身も、消耗するのです」

厄介事を忌避するみたいに、息をつく女神。

「特に勇者に関しては、根源なる邪悪がまだ健在な状態で長い眠りにつかれても……そんな最も必要とされる時期に重傷を負った勇者に、果たして救う価値があるのか……とてもとても、悩むのです。本当に、悩みます」

微塵も悩む気配なく、女神は眉尻を下げた。

「ただまあ、下級勇者ならまだいいのです。ですがS級に長い眠りにつかれてしまうと、これはもう召喚した意味がないとしか……そうなんです。ですので、S級のソゴウさんが重傷を負っても治療は難しいと理解していただけますか? ええっと、それで……ソゴウさんはどうなれば満足なんでしょう?」

アギトは今も生きているのが不思議な状態と聞いた。

つまり予断を許さぬ状態。

なら、

「アギトさんは、治癒をお願いしたいと思います」

「わかりました。貸し一つ、ですね」

「ただ……ベインウルフさんや安君は意思の確認ができます。ですので、副作用のことを教えた上で、もし各人が望むなら、治癒をお願いできれば……」

女神が目を細めた。

金色の瞳には、松葉杖に支えられた綾香が映っている。

「わかりました、そうしましょう。あ、ソゴウさん」

「はい」

「今の話でご理解いただけたと思いますが、がんばって早く治してくださいね? 強くなられたのは心から喜ばしいですが、その身体ではまだまともに戦えないでしょうからね」

綾香は女神の視線をしっかり受け止め、

「はい」

真正面から、毅然と答えた。

「なるほど、そうですか。それでは、ソゴウさん――」

女神が姿勢を正し、にっこり微笑む。

「性格の不一致はどうにもならないかもしれませんが、がんばりましょう。そしてそろそろ、お互い大人になりましょう」

女神が身を翻す。

「私はこの後少々用事がありますので、一旦失礼します。後ほど配下の者を通じて指示を出しますので、少しここでお待ちを」

去り際に一度振り返ってお辞儀をし、女神は立ち去った。

女神が城内へ消えてすぐ、一人の男が広場に入ってくる。

「あ……」

「――十河か」

「桐原君」