軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女神の突きつけしもの

◇【ニャンタン・キキーパット】◇

ニャンタン・キキーパットの報告書を女神が読み終えた。

「想定外もありましたが、金棲魔群帯での勇者たちの底上げは成功のようですね。死者はいてもいなくても変わらない薄色の勇者が二名……と。成果は上々です♪」

アライオンの王城。

女神の自室。

室内には女神ヴィシスとニャンタンがいた。

女神は、くるくると指で髪を巻き取る。

「”レベルアップ”……金眼の魔物を殺すたび自分が成長していくのが目に見えてわかるわけです。世の中こんな”お手軽な成長”はなかなかありません。いつしか数値を上げること自体が快感へと変わっていく……ふふ、人の本性とは数字の奴隷なのかもしれませんね」

女神が報告書を卓の上に放る。

「ですがニャンタン……ソゴウさんの大切なお仲間さんたちが全員生きているのが不思議でなりません。なぜなのでしょう? とっても不思議で、仕方がないです」

「何者かに阻止されたようです」

「え〜? ま、まさか誰が阻止したか調べてない――わけありませんよね? あなたは優秀ですから。疑ったりして、本当に申し訳ありません」

「申し訳ありません。誰かまでは把握できませんでした」

「え〜? そんな馬鹿な! う、嘘ですよね? 人生舐めてませんか?」

深々と頭を下げるニャンタン。

「申し訳ありません」

「そうですか、そうですか……………………誰か庇ってます?」

「庇う相手などいません」

「あのぉ、これは尋ねづらいのですが……」

「どうぞ」

「ウルザから届いた情報をまとめたアシントの報告書、すぐに提出しませんでしたよね?」

「提出が遅れました。申し訳ありません」

自分の言葉を確認するみたいに、女神は呟いた。

「優秀なあなたが、 遅(・) れ(・) た(・) 」

女神が腰掛けから立ち上がる。

彼女はニャンタンの背後に立った。

「”人類最強”を殺したアシントと秘密裏に連絡を取って、何かよからぬことをたくらんでいたりとか……ふふふ、しませんものね?」

女神が腰に手を回してきた。

彼女の手がニャンタンの腹を撫でさすり始める。

「しませんものね?」

「しません」

女神はそのままニャンタンの身体をまさぐり始めた。

まるで、隠された何かを探すかのように。

「タカオ姉妹はどうです?」

姉妹の指南役にニャンタンを選んだ理由。

裏の理由は監視役である。

女神はいまだに姉妹の扱いを決めかねている。

「あの姉妹にはあえて自由を与えてあります。その自由を使って何かわたしが悲しむ動きをしていますか? あぁ……答えを聞くだけなのに、とっても緊張します。深呼吸が必要ですね……すーっ、はーっ……」

「気になる動きはありません。着実に、力はつけていますが」

「ですがこのあいだ私に逆らうみたいな質問をされました。まるで私が、ソゴウさんに意地悪をしているみたいに思われかねない……」

「分け隔てなく扱う印象を与えた方が、ヴィシス様も勇者たちから信頼を集められると思い……あのような質問をしたと」

「ヒジリさん本人がそのように?」

「はい」

「ん〜その割にはヒジリさん攻撃的でしたけど……とっても怖かったのです。およよ……、――あ、嘘ついてませんよね?」

「無論です」

「…………、――――、…………? ――――、…………………………………………? ……………………………………………………………………………………………………………………?」

言葉を発さぬ女神独特の 詰問(きつもん) 。

女神はまれに、あえて沈黙を用いて相手の心を探りにくる。

「そうなのですね〜」

判断に困るひと言だった。

どう受け取ればいいかわからない。

女神の手の動きが、止まる。

「あの、ニャンタン……辛くなったら裏切ってもいいんですよ? 決して無理はしないでください。私、咎めたりしませんから。処理するだけなのです」

「ヴィシス様を裏切るなど、ありえません」

「で、でしたら提出の遅れは本当にただのミスだったのですか……? あ、あんなに可愛い妹たちの命がかかっているのに……そこでミスができるなんて、すごいです。尊敬してしまいます」

「このところ任務続きで手が回っていませんでした。アヤカ・ソゴウ部隊の隊員暗殺失敗の件については、謝罪します」

「ふふふ……責任感が強いのですね、あなたは」

「…………」

「私、厳しすぎますか?」

「いえ」

「狭量ですか?」

「いえ」

女神がニャンタンの口もとに手を添え、指をねじ込んでくる。

「自省しようが、成長なき者には誰かが苦言を呈しませんと……あえて嫌われる勇気です。サラッと許す方が器が大きいみたいな風潮、さすがにちょっと勘弁して欲しいです。世界とは、誰かが傷つかないと成長しないのですから。ぐすっ……人の世ってとても厳しいんですね……がんばってください……」

「努力します」

傷つく側に 女神(自分) は、入っていない。

ニャンタンは感覚を閉じ、視線を彷徨わせた。

ある一点で目が留まる。

布のかかった一枚の大きな絵……と思われる。

以前この部屋にはなかった。

女神がニャンタンの視線に気づく。

「あれですか?」

女神は絵のところへ行くと、布を剥ぎ取った。

金髪のハイエルフが現れる。

「セラス・アシュレインの全身画です」

かつてのネーア聖騎士団長。

「私宛てのバクオス皇帝からの献上品でして。”人類最強”を失った今、より強い女神の庇護が欲しいのでしょうね。ふふ、私としては絵ではなく本人が欲しかったのですが」

実物を見ながら描いた絵とのことだ。

当時の宮廷画家の手によるものらしい。

元は聖王の秘蔵品だったという。

ネーア占領後、秘蔵品の大半はバクオス皇帝の手へ渡った。

しかしこの絵だけは最期まで聖王が手もとに置いていたそうだ。

「聖王は実物と対面させて描くのを滅多に許さなかったそうです。ご自分では専門の宮廷画家に描かせて何枚か所持していたようですが……まあ、そんなわけで実物由来の絵は貴重みたいですね。当然、贋作も頻繁に出回っているみたいですが……あ、傭兵ギルドに貼られている似顔絵も何枚か盗まれたそうですよ? 怖い話です……ああ、なんと恐ろしい精神性……人間は怖いですね」

姫騎士セラス・アシュレイン。

彼女は死んだ。

世間ではそう認知されている。

死体は確認されていないが……。

「そうそう、面白い話があるのです。彼女のかつての使用品が、各国の貴族間で活発に取り引きされているそうでしてね? 死亡説が広まって以来、価値が異様に高騰しているのだとか」

使用品。

それだけで価値が生まれる。

奇妙なものだ、とニャンタンは思った。

「そこまで価値が出るのなら……実物が手に入っていれば、さぞたくさん使い道があったのでしょうねぇ。たとえば、そう――」

使い道――嫌な響き。

「 た(・) く(・) さ(・) ん(・) 貸(・) し(・) 出(・) せ(・) た(・) の(・) で(・) す(・) が(・) 」

”貸し出す”

意味するところはわかる。

女神の口調に忌避感はない。

そう、駒でしかないのだ。

ヴィシスの徒も同じ。

所詮、神の駒でしかない。

「ぐす……本音を明かすと私も辛いのです。厳しい決断をし続ける私の心はいつも泣いています……ですがニャンタン、よく聞いてください。嫌われる勇気です」

ニャンタンは女神につき従い、アライオンを発った。

目的地はマグナル王国。

魔防の白城。

今回は十三騎兵隊が誇る第六騎兵隊も駆り出された。

再びその城へ足を運ぶのはなぜか?

大魔帝の軍勢がいよいよ本格的な南進を開始したためである。

各国代表も再び、北のマグナルに集結した。

魔防の白城。

集狼の間。

各国代表は約半日、ここで 侃々諤々(かんかんがくがく) と議論を戦わせた。

とはいえ、その大半は女神の意向通りに進行したが……。

室内には独特の熱が籠っている。

ヨナトの女王が頬杖をついた。

彼女は、くたびれた顔をしていた。

「窓を開けてちょうだい、キュリア」

女王が背後の聖女に頼んだ。

聖女が女神と白狼王に伺いを立てる。

「よろしいですか?」

無言で頷く白狼王。

手を差し出し、女神も同意を示す。

聖女――キュリア・ギルステインが窓を開け放つ。

爽やかな風が、舞い込んできた。

新鮮な風が女神の銀髪をふわりとなびかせた。

議論は、尽くされた。

対応策も出尽くした。

おそらく各国とも、自国の隠し手までは明かしていないが……。

と、文官が一人入室してきた。

彼は一直線に白狼王の傍へ寄ると、何か耳打ちする。

文官を下がらせると、白狼王は腕を組んだ。

「動きは緩慢だが……やはりこれは、小競り合い目的の南進ではないな」

目を閉じる白狼王。

眉間には深いシワが刻まれている。

多分、頭の中では北部の地図を広げている最中だろう。

痺れを切らしたのか、魔戦王が聞く。

「ど、どういうことだっ?」

薄く目を開く白狼王。

「ピタリと足並みを揃えたこの動き……西、南、東……三方位すべてに、同時侵攻する腹づもりだろうな」

女王が椅子に深く身を沈めた。

彼女は、難渋の相を浮かべた。

「大きく広がるように移動しているみたいね。今の動きからして……一か所にかたまる気はないみたい。狙いはこちらの戦力分散かしら?」

「わからん。魔族の考えることだからな」

女王が虚空へ視線を遊ばせる。

「南へ進む軍は、途中で分かれて……のちに東西の軍に合流するのかしら? つまり……南を目指す軍は、戦局の芳しくない方面へ適宜増援を送り込むための予備軍ってところ?」

「はたまたこの魔防の白城を通り越し、そのまま金棲魔群帯へ突っ込むつもりかもしれんな」

「いや、それはありえぬと思うが……」

魔戦王が控えめな否定を白狼王へ飛ばした。

が、

「まあな」

白狼王はすんなり否定を受け入れる。

「かつての根源なる邪悪が生み出した魔物と、新たな根源なる邪悪が生み出した魔物……新旧両者の仲間意識は驚くほど薄い。”生みの親”が違うためか、互いに敵対行動を取ることも多い……」

根源なる邪悪が新たに現れるたび、立ちのぼる説。

新たな根源なる邪悪の軍勢。

金棲魔群帯にひしめく魔物。

この二つの合流説。

が、白狼王の言葉通り両者の同胞意識は皆無に等しい。

過去の蓄積情報がそれを証明している。

白狼王が、硬い息を吐いた。

「しかし、三方から攻めてくるとなると配置でいささか揉めそうだが……そこはヴィシスに一任でいいか?」

軽く会釈する女神。

「ええ、承りましょう」

と、新たに男が一人入室してきた。

精悍かつ眉目秀麗な青年。

背が高く体幹もしっかりしている。

ミラ帝国の大将軍。

彼は元第一皇位継承者でもある。

つまり――狂美帝の実兄。

その実兄が弟の狂美帝に一枚の紙を手渡した。

二人が小声で何か囁き合う。

囁き合いが終わると、将軍は退室した。

狂美帝は受け取った紙に目を通したあと、それを卓へと放った。

「我が国による最新の敵の戦力分析だが……まず、数自体が尋常ではない。魔物個々の質も、予測より 悪(・) く(・) 見積もった方がよさそうだ」

女神がサッと紙に視線を走らせた。

「なるほど――大魔帝、そうきますか……」

狂美帝以外の代表が次々と腰を上げる。

皆、中央の紙の方へ上体を乗り出した。

魔戦王が白目を剥く。

「な、なんだこれはぁぁああああ……ッ!?」

「これまでの根源なる邪悪の軍勢とは数倍規模が違いますね……」

女神が珍しく険しい表情をしている。

「しかもこちらは黒竜騎士団の主戦力を失っていますから……どこの誰だかアシントだか知りませんが、まったく困ったことをしでかしてくれたものです」

両手を卓に突き、打ちひしがれる魔戦王。

「ぅ、ぅうう……ッ!? 三方への同時侵攻も、こ、この数だからこそ自信を持って仕掛けてくるわけかぁ!? こ、この数ッ……どの方角へ向かう軍勢もすべて大本命級ではないかぁッ! ぐぅぅッ……なんたる……なんたることだぁ……ッ!」

ヨナトの女王の頬を一筋の汗が伝う。

「この熱烈な大進撃……さて、どう受け止めたものかしらね……」

眉間に厳しくシワを寄せて紙面を見つめる白狼王。

「どの方面も一国のみの戦力ではまず太刀打ちできそうにないな。最前線と化す我がマグナルは……もし勝ったとしても、復興に気の遠くなる時間を覚悟せねばか……」

思慮深く双眸を細める女神。

「さすがにこの段階で敵の全軍投入はないと思いますが……しかし、これはもはや各国とも奥の手を出し惜しみしている状況ではなくなってきたようです。この一戦……私たちが手を取り合い、全戦力をもって臨まねば――」

女神は その宣(現実) を、突きつけた。

「すべて蹂躙されます」