軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者たちは、雨の中で

南野萌絵がおずおずと綾香に近づいてきた。

「ご、ごめんね綾香ちゃん……わたしたち、まるで助けてあげられなくて……」

綾香に激しい言葉を浴びせる安に対して助け船を出せなかった。

彼女はそれを申し訳なく思っているようだ。

綾香は努めて平気そうに微笑む。

「大丈夫。それに、心の中で助けようと思ってくれてただけで嬉しいから」

「綾香ちゃん……」

その時、

「いやーなんかそろそろ空気ヤバいよねー桐原も安くんも。やっぱアタシの読み通り仲良しこよしは無理かにゃ〜ん」

「あ、浅葱さんっ……」

ひょっこり会話に入ってきた女子。

B級ながら優秀な固有スキルを持つ戦場浅葱。

彼女は苗字で呼ばれるのを嫌う。

だから名前で呼ばねばならない。

と、浅葱グループの一人が茂みから出てきた。

「浅葱ー」

「おー」

「やっぱポッポいないわ」

「え〜マジか〜」

「マジマジ」

浅葱たちのグループをよく確認する。

……いない。

鹿島小鳩の姿が、見当たらない。

「浅葱さん! 鹿島さんは、どうしたの!?」

思わず、問い詰めるような形になってしまった。

浅葱は間宮祥子へ視線をやった。

説明を促すような視線。

唇を少し尖らせ、間宮がだるそうに口を開く。

「さっきのカイジュー大行進でウチらのグループ何人かはぐれちゃってさー……で、小鳩がはぐれた子を捜すって言って追っかけてったんだけど……」

間宮が仲間の 叶(かのう) 五十鈴(いすず) に視線をやった。

まるでバケツリレーのように話が振られていく。

話を振られた叶は、軽妙に笑った。

「あー、なんかね? はぐれたコの名前を大声でピーピー呼んでだから、ちょうどいいと思って……ポッポ囮にしてそのままコッソリ逃げてきちった♪ てへ♪」

ぺろっと舌を出す叶。

「なっ――」

クラスメイトを捜しに行った鹿島小鳩。

叶はその小鳩を無視して置いてきた。

どころか、自分が助かるための囮として。

綾香が言葉を口にするより早く、叶は表情を変貌させた。

「だ、だって魔物とか怖いじゃん! デカいのとかうろついてたし! え!? 何!? いいんちょっ……ここで私責めるわけ!? なんなの、そのイヤな感じ!? ひどいよ! うぇぇ……ぐすっ……ひどぃょぉ……綾香、ひどぉぃ……ひぃ〜ん誠子ぉ……」

泣いて間宮の胸に飛び込む叶。

浅葱グループに綾香を責める空気が流れる。

「ちょっと、綾香ひどくない?」

「誰だって自分の命がイチバンに決まってるじゃん!」

「五十鈴っちの判断、間違ってないって!」

「みんな待った! 聞いて! 生まれた時からすごい恵まれてる綾香にはわかんないって、あたしらの気持ちなんか!」

綾香はぐっと堪える。

今は、過ぎたことにこだわっている時ではない。

「浅葱さん」

「ほい?」

話を通すならまとめ役の浅葱だ。

「鹿島さんを、捜しに行きましょう」

「うっしわかった。がんばれ〜」

「え? いえ、その……浅葱さんたちも一緒に……」

「え? いや〜ほら、さっき捜索に出てった四恭聖さんたちも戻ってきてるしさ〜。これ以上の深入りはやっぱり危なくないかい? 現実的に考えて」

「だ、だけど鹿島さんは――浅葱さんたちの仲間でしょ!?」

「あっそ死ねば?」

唐突な、突き放した目。

無情に、

冷然に、

ひと言だけ、浅葱はそう口にした。

が、すぐ彼女は飄々とした空気に戻る。

「にゃはは〜今のはジョーク! マジにしないでよ〜ごめんごめん! あ、今の機嫌悪い時の女神ちゃんっぽかった? な〜んか女神ちゃん綾香にだけ妙にあたりきっついよね〜! 女神ちゃん関係でなんか辛かったらアタシんとこ相談きてよ? 愚痴くらいなら聞くよ〜?」

「そ、それより鹿島さんを捜しに――」

「いや〜現実的に考えてそれはキツイっしょ。アタシも小鳩失うのは正直キツイけどさ〜。ほら、遭難とかあるじゃん? あれとかもさ、深入りすると救助隊の人たちまで危険になったりするじゃん?」

「でも、今ならまだ助か――」

「小鳩一人と他の大多数の危険を天秤にかけると……ま、捜しに行くのは諦めざるえないかな〜。あ、気持ちとしては個人的に助けに行きたいんだよ? けど……ちょいと冷静に考えてみるとさ、この世界のことをアタシらより知ってて、アタシらより強い四恭聖とかニャンタンにここは任せるべきじゃないかな〜。あ、でもこれあくまでアタシの意見ね? 大丈夫、意見を押しつけるつもりはないから。押しつけるのって悪いことだし」

「……っ」

反論、できない。

結局、綾香はそこで二の句が継げなくなってしまった。

(だったら、私だけでも捜しに……っ)

が、四恭聖に却下されてしまった。

聞けば高雄姉妹もいないらしいが……。

いや、あの姉妹はもっと前から姿が見えなかった気がする。

彼女たちはそういえば、どこにいたのだろうか。

鹿島小鳩。

高雄姉妹。

四恭聖とニャンタンの捜索によってこの三名以外は合流した。

”日が落ちる前にもう一度だけ四恭聖が捜索を行う”

四恭聖のまとめ役であるアギトが皆にそう告げた。

ただし今日は魔群帯の様子が何かおかしい。

そのため今回の遠征は今日で打ち切る。

そうニャンタンがつけ加えた。

思い切って、綾香は捜索隊に志願してみた。

しかしやはり却下された。

今しがた四恭聖の長女から言われた言葉を、反芻する。

『あんたより単純にアタシらの方が強いからなー。あー……悪いけど、はっきり言うよ? 今のあんたじゃ足手まとい。あんたはまだまだ伸びるだろうし……命は大事にしな』

もどかしさを覚えながら、綾香は木の幹に背をあずけた。

雲が低い唸りを発する。

雨が、降り始めた。

「……、――ステータス、オープン」

【アヤカ・ソゴウ】

LV143

HP:+1935

MP:+3178

攻撃:+20483

防御:+2862

体力:+3331

速さ:+1611【+500】

賢さ:+1712

【称号:S級勇者】

雨の中でもくっきり表示されるステータス。

それをぼんやり眺める。

(まだまだ、私は弱い……だから……)

項垂れ、槍を強くかき 抱(いだ) く。

力なき者の言葉など誰にも届かない。

そう、

届(・) か(・) な(・) い(・) の(・) だ(・) 。

(強く、なる……誰よりも……もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……みんなを……みんなを守る、ために……強く……、――――)

◇【鹿島小鳩】◇

「――ぁ、はぁっ……はぁ……っ!」

暴力的に降りしきる雨の中を、鹿島小鳩は走っていた。

強雨(きょうう) と枝葉が衝突し、激音が耳を打つ。

今はその音すらも小鳩の心を恐怖で打ち据えてくる。

立ち止まって膝に両手をあて、彼女は振り返った。

「は、ぁっ――はぁっ、はぁっ……!」

(逃げ切れた、かな……っ!?)

途中、魔物と何度か遭遇した。

ただ、どうにかこれまでは逃げ切れた。

しかし逃げるのに集中しすぎて戻る道を見失った。

腰の短剣に視線を落とす。

(途中までは、目印をつけてきてたんだけど……)

最初は木の幹に×印をつけながら捜索していた。

けれど魔物と遭遇した後はそんな余裕もなかった。

強く目を瞑る。

(叶さん、無事かな……)

みんなを無事に元の世界に帰したい。

十河綾香がそう言っていた。

小鳩も、綾香に協力したかった。

誰一人欠けず元の世界へ戻る。

(佐倉さんの手首も女神様のおかげで繋がったみたいだし……まだクラスの人たちは誰も死んでない……死んで、ないんだっ……だから――)

「あっ」

反射的に口もとに手をあてる。

「違、う……」

そうだ。

すでに死亡者が出ていた。

三森灯河。

ただ――彼の死は、ひどく印象が薄い。

理由はおそらく普段の印象の薄さだけではない。

やはり、死ぬところを誰も見ていないからだろう。

皆、廃棄遺跡に転送されたのを見ただけなのだ。

だから彼の死には現実感がない……。

「…………」

叶五十鈴を反射的に追いかけた理由。

小鳩はそれについて考えた。

(三森君が廃棄遺跡に送り込まれる時、わたしは何もできなかった……怯えて、縮こまっていただけだった……)

日に日に小鳩は罪の意識に苛まれるようになっていた。

許せない。

弱い自分自身が。

(でも、だけどっ……)

今この胸を満たすのは恐怖。

そして……なぜか同時に湧き上がってくる焦燥感。

早く、戻らないと。

早く、帰らないと。

死ぬ。

(死んじゃうっ……)

死の恐怖は否応なく、小鳩の意思を挫きにくる。

金棲魔群帯の魔物たち。

間近で目にして、鮮烈な衝撃を受けた。

あの嵐のごとく行進する群れの絶望感。

あの獰猛な唸りと共に姿を現す威圧感。

本当なら耳を塞いでその場に蹲ってしまいたかった。

しかし、その場に留まれば死ぬ……。

大行進していた魔物の多くはどこかへ消え去った。

とはいえ大行進から外れた魔物もいた。

今もそういった魔物が、うろついているようだ。

(誰か、捜しに来てくれてるのかな……こういう時は、動かない方がいいのかなっ……わたしって、やっぱりだめなのかなっ……)

散り散りになり、弱っていく思考。

(わかってる……わたしは十河さんとは違うっ……でも、役に立ちたいんだっ……こんなひどい時でも、人を思いやれる十河さんの役に――)

ふと、

低く、くぐもった唸り声が、聞こえた気が、した。

――――――――ゾクッ

身体が、ガタガタと震え出す。

足が竦んで、動けない。

今のは明らかに人の唸り声ではない。

獣。

なんて、恐ろしい唸りだろう。

しかも、

こんな、すべてを洗い流しそうな雨の中なのに――

血の、ニオイ、が、臭ってきて、いて。

(! か、隠れなきゃ……っ! 急いで――)

ガサッ

「グルルルルルルゥゥゥゥ……ッ」

血塗れの そ(・) れ(・) が、茂みから姿を現した。

近い。

もうこんな近くに、来ていたなんて。

気配をまるで感じ取れなかった。

小鳩はその場にへたり込み、膝をつく。

ゆっくりと、恐る恐る、顔を上げる。

「――――あ」

現実を直視し襲ってきたのは、 直落(ちょくらく) の絶望感。

そこに立っていたのは、

「……何? こんなところに――人間、だと?」

言葉を喋る、豹の頭をした、人型の魔物だった。