軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者たちと、王の器

◇【十河綾香】◇

突然、それは起こった。

大量の魔物の鳴き声。

咆哮。

それらがけたたましく押し寄せ、重なり合い、近づいてくる。

地を踏みしめ、土の上を間断なく這いずる音。

足裏を揺らす微震動。

木々をなぎ倒し、巨大な魔物が姿を現した。

「ィぃイいギぃィぃィいイいイぇェえエえ゛エ゛――――っ!」

中、小型の魔物が追随している。

十河綾香は把握する。

自分たちが今いる場所だけではない。

離れた場所でも魔物の群れが移動している。

何が起こっているのだろうか?

現れた魔物はどこかを目指している――ように見えた。

中には綾香たちを認識して立ち止まる魔物もいた。

けれどその大半は”何か”に引き寄せられているようだ。

こちらには目もくれず一心不乱に”どこか”を目指している……。

そう、まるで何かに呼び寄せられているみたいに。

ならば――

隠れてやり過ごせるのではないか?

綾香はある方角を指し示す。

「みんな急いであっちに移動して! 周防さん! 先導をお願い!」

仲間に指示を飛ばす。

今はあの魔物の群れから離れるのが先決。

気づかれると危ない。

結果、彼女の判断は功を奏した。

一部こちらに気づき襲ってきた魔物もいた。

しかし、それらは綾香が難なくねじ伏せた。

そうして嵐のような大行進は、過ぎ去った。

綾香のグループは全員無事だった。

だが、

「――――、嘘」

ぽつり、と。

綾香は虚ろな声を漏らした。

二名、死亡。

死亡したのは二人とも2−Cの男子生徒。

一人は巨大サイズの魔物に踏み潰された。

もう一人は存在に気づいて襲ってきた中型の魔物に殺された。

死んだ二人は、安智弘のグループだった。

唇を噛む。

綾香は死体の傍に立つ安のところへ駆け寄った。

「安君っ……」

「ん? ああ、綾香か」

安は平然としていた。

死体は並べられ、布を掛けられている。

顔を確認する勇気は――なかった。

確認すれば……重すぎる現実感に耐えられないかもしれない。

クラスメイトの死。

どこかまだ感覚がフワフワとしていた。

三森灯河の時はもっと現実味がなかった。

転送される瞬間すら綾香は目にしていない。

ただ――死んだのだ。

綾香は動揺を抑え、言った。

「広岡君と佐久間君は……逃げ、遅れたの?」

「そうなのかもしれんな」

「――え? 安君は……二人と一緒にいなかったの?」

「自分の身は自分で守る。優先すべきはまず上級勇者であるこの僕の身の安全。とりあえず僕は最善の判断をした。今後を考えれば、数少ない上級勇者がこんなところでいらんダメージを負うわけにもいかぬからな」

クラスメイト二人の死体を見下ろす安。

やれやれ、と彼は首を振った。

「逃げ遅れた二人が悪いのは、言うまでもなかろう」

死(・) が(・) 響(・) い(・) て(・) い(・) な(・) い(・) 。

二人の死に対する反応があまりに薄すぎる。

他の安グループの勇者を窺う。

皆、大小なりともショックを受けているのがわかる。

しかしリーダーの安は、まるで他人事で――

「い、言うまでもなかろうってっ……二人とも安君のグループだったわよね? あなたは魔物の群れが現れた時、何もしなかったの!?」

「…………綾香は何が言いたいのか?」

「あ、あなたはA級でっ……」

「そうだが?」

綾香は安に詰め寄る。

「自分のグループのクラスメイトを守る義務があると、あなたはそう思わないの!?」

言ってから、

”いかにも優等生な言いぶりだ”

と思った。

なぜか不思議と込み上がってきたのは悔しさに似た感情。

しかし綾香は、溢れてくる言葉の本流を抑えられなかった。

「あなたのグループの子たちは安君を頼って一緒にいる……だから、あなたが守ってあげないとっ……」

桐原グループにも浅葱グループにも入れなかった生徒たち。

十河綾香と一緒だと女神や桐原たちから目の仇にされる。

これを恐れた生徒たちは安グループに入らざるをえなかった。

ただ――ここで安智弘を責めるのは正しいのか?

頭の中で自問自答する。

望んでではなく、消去法で安智弘に寄った生徒たち。

ここで安智弘をこんな風に責めるのは、ちぐはぐにも思えた。

しかし、それでも――

守ってあげて、欲しかった。

自分が呼びかけても、彼らは離れていってしまった。

だから、

「安君しか、守れる人はいなかったの……っ」

そう、言うしかなかった。

と、安が不意に綾香の両肩を掴んだ。

彼は俯きながら口を開いた。

「だだだっ」

「安、君……?」

その手には、痛いほどの力が籠っていた。

「だまれぇぇぇええええええ! 黙れ黙れ黙れぇええ! だ、ま、れぇぇええええ綾香ぁぁあああ゛あ゛!」

(……え?)

「な、なんなんだよ!? あぁああ゛!? なぜおまえはいまだにこの僕に対してその上から目線なんだ!? どうして上からくる!? なんだその序列意識!? 気づけよ!」

ガバッ!

安が顔を上げる。

「もう、 僅差(きんさ) なんだって!」

「な、何を――何を言ってるの……っ?」

当惑する綾香。

「出た出た出た! これだこれ! 十河綾香はこうくる! 自分は普段からそんなのゼンゼン意識してませんって感じでさぁ! ナチュラル! ナチュラルに人を見下してくる! 十河綾香って人間わぁ!」

「待って? ほ、本当になんの話をしてるの? 私は、さっきはあなたが彼らを守るべきだったんじゃないかって話を――」

「そんなん知るかぁぁああああ! 広岡と佐久間の生き死になんて僕が知ったことかよぁああ! はぁ!? ていうかなんでこいつらを僕が助けなくちゃならないんだよ!? 僕は強いから生き残った! こいつらは弱いから死んだ! シンプルな話でしょーが!」

「持つ者は、持たざる者を守る義務が――」

「あぁぁあああ゛あ゛! この世界のどこの法律で決まってんだそんなことぉぉおおおお!? ……あ、ほら見ろ! 綾香は今、ナチュラルに自分を”持ってる側”に据えて発言している! そういうとこなんだよ綾香は! 無意識に聖人 面(づら) で見下してくる! 嫌味っぽくなくステージの違いを見せつけてくる! ナチュラルにそういう接し方するの……いい加減、やめろぉ!」

「わ、私は別に聖人でもないし安君を見下してもいないっ……それに安君は勘違いしてる! 私だって持っていないものがあるわ! だから……そういう私が持っていないものを持っている誰かが、足りない部分を埋めてくれて……そうやって支え合って……」

綾香は真摯に訴える。

「私だからできること、安君だからできること……他の誰かだからできることがある! そしてさっきは上位勇者だからできることが、あったはずだからっ……だからっ……」

「そそそ――そもそも笹岡も佐久間も死んでいいんだよこんなやつら! 女神にのされて退場した貴様は知らんだろうがなっ……クソザコ三森が地獄送りになった時もこいつらノリノリで罵倒してたんだぞ!? 僕のことだって普段からコソコソコソコソ小馬鹿にしてたしなぁ! 因果応報――ふはははは、これぞ因果応報なる世界だ! それとも何か!? 生まれつき金持ちの家で育った遺伝的にも環境的にも恵まれたクラス委員のお嬢様は、そんなやつらにすらも慈悲を持つってぇ!?」

「安君には、何か思うところがあるのかもしれない……だけど……私はそれでも、死んでいい人間がいるなんて思わない。だって、私は――」

誰も死なせない。

守ってみせる。

自分に、そう誓った。

それこそが、力を持つ者の義務だから。

と、

「ザコすぎる」

割り入ってきたのは――桐原拓斗。

「き、桐原っ……」

若干、桐原には苦手意識があるのか。

安が少しばかり狼狽を見せる。

「安おまえ……器の話、知ってるか?」

桐原の視線が綾香と安を一往復する。

反応を観察する目だった。

何かを、推し量るような。

「父親のダチがよくウチの週末のホームパーティーに来るんだが……その客の中に仮想通貨で大儲けしたすごい人がいて、このオレに器の話を語った」

一体なんの話が始まったのか。

話の筋がいまいち綾香には見えない。

「人間の器には大きさがあって、成功した後にそいつがふさわしい器だったかどうかがわかるって話でな? 王の器がないと、見せかけの一時的な成功だけで終わるらしい」

髪を額から後頭部にかけて撫でつける桐原。

「話……ついてこれてるか? まあつまり運だけで成功した人間ってのは、上のステージに行っても元々のザコ臭が消えねーって話」

ため息をつく桐原。

「身の丈以上の成功をそいつのショボい器で受け止め切れないザコは、溢れそうな器にヒビが入った状態で生きてる感じのブザマさらしい……けど、本人だけがそのブザマな醜態に気づかない。上のステージの仲間入りしたつもりになってるのは本人だけで、でかい器の強者から見ると勘違いザコがイキってるようにしか見えねーって話なんだよな……ビジネスパーソンが集まる財テク系のパーティーに、たまにそーゆーザコがまじってるんだと」

ギリッ

安が歯噛みした。

「何が……言いたいんだよ?」

「反応までザコいぜ、安。わかれよ……オレとおまえじゃ遥かに器が違うって意味しか、ありえねーだろ」

瞬間、桐原が手元で器用に刀をクルッと回転させた。

そのまま彼は刀の切っ先を安の鼻先へ向けた。

「――うっ」

安が一歩、後ずさる。

「オレのこの刃の先にいるクラスメイト……そいつがその勘違いザコだって話しか、ありえるはずがない。そろそろ自分の身の丈を自覚する時期に突入しろよ、安」

緊張のせいだろうか?

安の額や頬は汗ばんでいた。

畳みかけるように桐原が続ける。

「おまえのザコ感は、薄っぺらいキャラづけを忘れて十河の前で喚いたさっきの行動が証明している。擁護できないくらい、ザコすぎた」

すると、

「ぶほっ! ぶふーっ!」

突然、桐原の後方にいた小山田翔吾が噴き出した。

「ここにきての株価ストップ安はマジウケるわーっ! このまましばらく勘違いザコムーブ晒させたかったんだけどなぁ〜! 調子乗りすぎて拓斗に封殺されてやんの! え〜とナニ? なんかキャラ変えてカッコつけてましたが〜……安センパイ、ぜぜぜ、ぜんっぜんブザマに浮いてたからよーっ! ぷふーっ!」

呆れの息をつく桐原。

「翔吾……おまえもザコっぽいジャブばっか打ってるとランク下がるぜ」

「へいへい気をつけやーす。うひー、マジ拓斗は評価シビアだわー」

もう一度、刀を手首で器用に回転させる桐原。

「よく自覚しておくといいぜ、安」

刃が音を立てて鞘に納まる。

「器以上の力を手に入れても……器がザコだと、無自覚なブザマを晒すしかなくなる。凄まじい力は、オレのような王の器がないとまずい」

安は俯き、プルプル震えていた。

彼はこぶしを強く握っていた。

息も荒い。

ふーっ、ふーっ、と呼吸が肩の動きと連動している。

しかし、桐原は安の様子を気にする風ではない。

前髪を指先で整えながら、続ける。

「A級判定で勘違いしちまったのには、まあ、同情の余地もあるかもし――」

「 ほ(・) ざ(・) け(・) よ(・) 、 桐(・) 原(・) ぁ(・) 」

なんと――安が、食い下がった。

そして彼の表情は、形容しがたいほどに歪んでいた。

「【 剣眼ノ黒炎(レーヴァテイン) 】」

安の背後に黒き炎が巻き起こった。

綾香は反射的に後退する。

威圧するがごとく、安の背で燃え盛る黒炎の渦。

と、小山田の目が不快げに据わった。

「は? なんだてめぇ、やんのか安? つーか……ナニいきなりテンパってぶちキレてんだよ。うっざ……本気、そーゆーのうっざ……」

片や、桐原は微動だにしない。

刀を抜くこともなく無表情で沈黙している。

安が前に出る。

彼は桐原の顔面に自分の顔を近づけた。

まるで、挑みかかるように。

「今の勘違いした絡み方はなんだよ桐原ぁ? さっき僕に獲物を取られたのがそんなに悔しかったのか? あ〜? それで、絡んできたのかぁ?」

桐原が視線を伏せる。

「――救えないレベルのザコだったか、安智弘」

「ふっ……貴様こそS級だからと勘違いせぬことだ。貴様こそ気づかねばならんな、桐原拓斗……っ」

安が指を横へ向けた。

(……え? わた、し?)

なぜか安の指先は、綾香を示していた。

「S級なのに固有スキルを覚えられない勇者の存在……他のS級は全員固有スキルを習得してるにもかかわらず、だ。ほら、綾香の存在がその証明と言えよう? 一方、B級なのに小山田の平凡固有スキルを凌ぐ固有スキルを覚えた浅葱。もう、僕が何を言いたいかわかるであろう?」

桐原は答えない。

彼は横目で綾香を無感動に見ていた。

安が口端の肉を醜く捻じれさせ、歯を覗かせる。

「つまりぃ、勇者のランクがすべてではないのだなぁ。で、あるからしてS級というだけで上だと思うのは……それこそ勘違いザコの思考でしかない! さっき隙だらけだった貴様が僕に魔物のとどめを 献(・) 上(・) したみたいになぁああ? クキキ! どっちが王の器にふさわしいか――」

ザッ

宣告でもするみたいに、安が、桐原の眼前へ再接近する。

「いずれこの僕がわからせてやるよ、 勘(・) 違(・) い(・) 野(・) 郎(・) ぉ(・) お(・) 」

小山田が冷酷な目になって、前へ踏み出す。

「拓斗、マジでこいつ【 赤の拳弾(バレット) 】で潰すわ。調子コキすぎだろいい加減。温厚なおれも、さすがに気持ち冷えてきたわ」

安は踵を返すと、

「勝手に冷えているがよい」

そう言い捨てて、その場から立ち去る動きを見せた。

「て、めっ――」

「やめとけ、翔吾」

突っかかろうとした小山田を、桐原が制止する。

「あぁ!? んでだよ!? まさか、ビビってるとか言わねーよな!?」

「……………………は?」

「あ――いや、その……悪ぃ……」

ゴッ!

「うっ」

桐原が、肘で小山田の腹をつついた。

「安い挑発に乗ったらザコと同レベルだろーが。弱い犬ほど、よく吠えざるをえない。ただ――」

桐原が綾香を一瞥。

「S級の足を引っ張る人間がいるって話だけは認めざるをえねーかもな……分不相応なS級となると、これは全体の士気にもかかわる問題だ。いい加減立場を弁えないとそろそろまずいぜ、十河」

”ごめんなさい”

”私なりに精一杯の努力はしているつもり”

どう答えるべきか。

綾香にはわからなかった。

(だけど……まだまだ私が力不足なのは、確かな事実……)

二人のクラスメイトの死体を見おろす。

重く垂れこめた空がゴロゴロと鳴り出した。

黙り込む綾香の横を桐原が通り過ぎる。

小山田がそれに続いた。

桐原はもう今の綾香に興味がなさそうだった。

彼は、ブツブツと独り言を口にしていた。

「にしても、安のような勘違い野郎が出てくるとなると――」

髪を力強く撫でつける桐原。

「鈍いバカどもにも、もっと キリハラ(王の器) をわかりやすい形で見せていかねーとか……」