軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者たちと、戦場

◇【竜殺し】◇

アライオン。

王城の廊下。

この位置からは兵舎を望むことができた。

”竜殺し”ことベインウルフは手すりに片肘を置き、酒を呷った。

眼下では兵士たちが忙しなく動き回っている。

皆、きたるべき大魔帝軍との戦いに備えているのだ。

背後を通り過ぎようとした麗しの女神に、彼は声をかけた。

「で――おれをアライオンに残した意図は?」

「こちらを手薄にし過ぎるわけにも、いきませんからねー」

ヴィシスが足を止め、続ける。

「できれば私も同行したかったのですが……明日には所用でマグナルへ赴かねばなりませんから。ああ、とても心配です……彼らは、大丈夫でしょうか」

「剣虎団にニャンタン・キキーパット、何よりあの四恭聖がついてるんだ。大丈夫さ」

「そうやって大丈夫だ大丈夫だと言われるほど、むしろ心配になってしまうのですよねぇ」

異界の勇者たちは先日この王城を発った。

向かった先は、アライオンの西方に位置する大遺跡帯。

別名、金棲魔群帯。

ヴィシスへ向き直ると、ベインウルフは手すりに両肘をのせて寄りかかった。

「おれを魔群帯行きの隊から外したのは、アヤカ・ソゴウの師になっているのと関係が?」

「え? なんのお話ですか?」

首を捻るヴィシス。

思い当たる節がない。

そう言いたげな目だった。

ベインウルフは続ける。

「女神さまの目的は、あの子の隊の誰かが死ぬことか?」

「んんん〜? さすがに意味がわかりません。なぜ私がそんなことを?」

「おれがいなければ彼女たちの危険が増す――違うかい?」

「えー? 急に意味不明な推論を口にされましても、困ります……」

ベインウルフはあごヒゲを撫でた。

彼は、視線を斜め上へやる。

「たとえば、そうだなぁ……女神さまがあの子を操りやすくするため、とか?」

「んん〜? すみませんが、何をおっしゃっているのか本当にさっぱりわかりません。あの、時間を無駄にしていませんか? もしかして、実は自分にだけ通用する論理でお話ししていませんか? 気は確かですか?」

「心が壊れた人間ほど、操りやすいものだ」

「えー!? お、思いつきでそんな話をされても切実に困ります……」

「…………」

「そういえばベインさん、お父さまはお元気ですか?」

「……まあね」

「魔戦騎士団に入ったのも、確か元を辿れば病床に伏せっていたお父さまのためなのですよね? 男手一つであなたを立派に育て上げたのですから、ご立派です」

ヴィシスはベインウルフの隣に寄った。

彼女は手すりに腕をのせ、兵舎を眺める。

その表情は、憂いを帯びていた。

「ウルザの管理する鉱山でしか取れない材料……それによって作られるとても貴重な薬。あなたのお父さまの病はその薬でしか症状を抑えられない……そして、鉱山の立ち入りも含めてあらゆる決定権を持つのはウルザの長たる魔戦王ジン……言うなれば、魔戦王の指先一つで何もかも変わってしまう……その状況はとても危険に思えます。ですがどうか、ご安心なさってください」

ヴィシスがベインウルフの正面に立つ。

彼女は、彼の手を強く両手で握りしめた。

「この私が魔戦王に口添えしている限り、あの高価な薬は無償であなたに提供され続けます。こういうことですよね?」

ベインウルフは息を吐き、口端を小さく緩ませる。

「だからこそ……ものぐさで有名なこの竜殺しが女神の呼びかけに応じ、馳せ参じたわけだろ?」

「素晴らしい心がけです。私も心から嬉しく思います」

魔戦騎士団に入った理由。

自分の怠惰な生活を守るため。

周りにはそう話している。

が、一人で生活していくだけなら実は傭兵業でも問題ない。

彼の実力なら、楽な仕事はいくらでもある。

ベインウルフは幼少時に母を亡くしていた。

父は病に倒れるまで、そんな彼を一人で懸命に育て上げた。

恩は返さねばならない。

ゆえに、彼は魔戦騎士団入りの誘いにのったのだった。

「ま……おれも一応、自分の立場を頭に入れた上で動くつもりだよ」

「大人ですねー」

「で、あの堅物で名高い団長サマの率いる白狼騎士団――そっちの方は、掌握できてるのかい? 大方、マグナル行きを前倒しした理由もそれなんだろ?」

「はい? それは、今のお話の流れと何も関係がないのでは?」

やれやれ。

ベインウルフはむしろ関心する。

煙に巻く。

これをやらせたら、この女神の右に出る者はいない。

「ところでベインさん、お話は変わるのですが」

「ん?」

「異界の勇者さんたち、どう思います?」

ベインウルフは西の空を見つめた。

「勇者最強の道を順調に駆け上がっているのは、やはりキリハラだろう。対大魔帝という意味では、素質はダントツだ」

「なるほどなるほど~、他の勇者さんたちはどうです?」

「A級のオヤマダも着々と力を伸ばしてるようだ。最初は心配もあったがヤスも伸びてきている。それ以上に伸びているのはソゴウだが、色々と割り切れていない印象もあるな……ま、固有スキルが発現していない焦りもあるんだろう。あと、ヒジリとイツキはおれも正直言うとよくわからん。はたから見た感じだと、あの姉妹にはニャンタンも手を焼いている印象だが……」

「あの姉妹は、反抗的とまではいかないのですが……完璧と呼べるほど使命に忠実とも言えないのですよねぇ。特に姉の方については、私も何を考えているのかまだよくわからないところも多くて……人の心は、難しいです……」

「ああそれと、別の意味で少し気になっている勇者が一人いるかなぁ……」

「あら? どなたですか?」

「アサギ・イクサバ」

「イクサバさんですか」

この王城に到着してから、ベインウルフが唯一意識的に避けていた勇者が、アサギ・イクサバだった。

「ああいう感じの人間は、どうも苦手でね」

◇【鹿島小鳩】◇

魔群帯に入って一日目。

鬱蒼と生い茂る木々。

剥き出しになった黒土の地面。

魔物が踏み荒らしているのだろうか。

地面には獣じみた足跡がいくつも確認できた。

不自然に折れた枝葉。

おそらくあれらも魔物の残した痕跡であろう。

鼻に届くニオイにも、わずかな獣臭が感じられた。

そこかしこに魔物を示す何かが残されている。

初日、勇者たちはまず腕試しがてら外縁部の魔物と戦った。

これまでのレベルアップ。

女神が呼び寄せた各国の強者たちによる訓練。

これらを経た今、勇者たちは外縁部の魔物をあっさりと倒せるほどにまで成長していた。

(だけど――)

隊列の中で前へ足を進めながら、鹿島小鳩はある種の恐怖を覚えていた。

「おい、あそこ!」

浅葱グループの一人が魔物を発見した。

「グるォあァぁアあアあ――――ッ!」

同グループの勇者たちが一斉に武器を構える。

「出た! 見たことない金眼!」

「あたしがやる!」

「浅葱! 私にやらせてよ!」

皆、目の色を変えている。

勇者のレベルアップ。

ただ魔物を殺すだけで”成長”を実感できる。

最近、一部の生徒はその”成長”に病みつきになっているように見えた。

小鳩はその空気を、少し怖いと感じていた。

列の後方にいた戦場浅葱が、前へ出てくる。

「まーまー、次は小鳩ちゃんに経験値あげなって。みんな、仲間じゃろー? ほら! 突進してきた! 前列ちゃんたちは、防御スキルで耐えて耐えて!」

すっかり指示慣れした浅葱。

指示を受けた前衛がひとかたまりになる。

盾と防御スキルを駆使し、魔物の攻撃を防ぐ。

防ぎながら、彼女たちは魔物の身体に傷を負わせていく。

致命傷へ至らせずダメージを与える。

今や、浅葱グループの面々も慣れたものである。

「ぐゴぉ……ッ!?」

魔物が膝をつく。

脚部に攻撃を集中され、魔物は移動を封じられた。

「そぉれ!」

ズバッ!

魔物が両腕を切断される。

ここも召喚直後とは大違いだ。

三つ目のオオカミが燃え死んだ時とはもう違う。

魔物の腕を切り落とした女子。

彼女に、躊躇いはなかった。

浅葱が拍手する。

「おー、適度に虫の息にするのも上手になったもんですにゃ〜! 浅葱班、優秀!」

浅葱が小鳩の肩を抱き、ゆったり前へ押しやる。

「ほ〜れ、ポッポちゃん。オイシイとどめをいただこーかい」

「……う、うん」

「あ、そだ! みんなにお礼を言わないとね! これはさぁ、チームワークの勝利だからね〜」

小鳩はおどおどと前衛の女子たちに頭を下げる。

「あ、ありがとう……」

視線の合った女子が、目を逸らした。

「まあ小鳩のためってより、浅葱の命令だからなんだけどねー……」

あちゃー、と顔に手をやる浅葱。

「ほらもーそこ、そーゆー余計なコト言わない! 嫌みっぽいぞ! うちは桐原のトコと違って、仲間同士の絆を大事にしてるんだからさー!」

浅葱が、ケラケラ笑う。

「まー、そう言いたくなる 篤子(あつこ) の気持ちもわかるケドね〜」

「ね? わかるっしょ? 浅葱はやっぱ、共感性高いよね〜」

「モチよ〜。てか、ほ〜れポッポちん! 早く、とーどーめー!」

拒否できる空気ではない。

荒い息をして、小鳩を睨みつけてくる金眼の魔物。

口から血と涎がまじった液がダラダラ垂れている。

金の瞳には、殺意と憎悪が爛々と灯っていた。

小鳩は吐きそうになってきた。

「小鳩ちゃん、前の隊と離れすぎるとヤバいから。みんなを待たせるのも悪いし――」

浅葱の声のトーンが、変わる。

「さっさと、 殺(ヤ) ろ?」

促してくる浅葱。

小鳩は剣を抜き、振り上げた。

なぜか頭の中によぎったのは”ごめんなさい”という言葉だった。

「――――――――ッ」

小鳩は目を閉じ、とどめをさした。

「おせーんだよ、戦場ぁ〜!」

追いついた浅葱グループに文句を垂れたのは、小山田翔吾。

「苗字で呼ばないでって普段からアピールしてんのになぁ〜! 小山田クン、ひどいよね〜」

浅葱が軽く受け流す。

「あぁ!? 知ってんだぞ? てめーら、おれらの陰口言ってるだろ?」

「ほえぇ?」

トボける浅葱。

「な〜に小山田クン、そいつはちょっとしたやっかみですって。だって、ウチのグループにはS級どころからA級もいないからね〜。そりゃあ、やっかみまじりの愚痴の一つも言いたくなるってもんです」

「あぁ? じゃあ、なんなら固有持ちのテメェだけウチのグループに――」

「翔吾」

桐原が、小山田を制止した。

「んだよ、拓斗?」

「いらねーよ」

「あ?」

「戦場」

桐原が浅葱の方へ、振り返る。

「必要な時はオレの方から声はかける……が、それ以外は基本としてオレたちと関わるな。前の世界にいる時から思ってたんだが……おまえ、信用できるタイプの人間じゃねーだろ」

浅葱が、能面になる。

感情が読めない表情。

「ほぼ同じ感覚みたいでアタシはなんだか嬉しいよ、桐原クン」

「おまえは、このオレの軍門には下らせない。オレの 行(ゆ) く道の邪魔になるのは、目に見えている……」

ほんの少しだけ、浅葱が首を傾かせた。

「同、感」

場が、凍りついていた。

桐原グループ。

浅葱グループ。

少し前から両グループ間には不穏な空気が漂っていた。

だから案外、誰もが予想していたのかもしれない。

この二つはいずれ、こういう衝突を起こすと。

その時、

「――――ん?」

最前列を行く四恭聖が突然、戦闘態勢に入った。

先頭のアギトが、何か察知したようだ。

「あれ? これ、それなりに厄介そうだなぁ。この感じ……勇者だと手に余る可能性が高い、か。じゃあ、えっと……勇者たちは少し下がって。剣虎団は、勇者の周りを固めてくれるかな?」

次に、中列にいたニャンタンを呼ぶアギト。

桐原が、コートを翻しながら再び前方へ向き直る。

「下がれ、だと? 馬鹿を言ってくれる……ふん、魔群帯に入ってからというもの、出てくる魔物が雑魚ばかりで辟易していたが……」

向き直りつつ、刀の柄に触れる桐原。

「それにしても――どうも連中はこのオレを低く見積もりすぎている節がある……そろそろ、認識を正してやる頃合いか」