軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

304 永遠の宝石

「こんなに秘密が外に出回らない皇室は、類を見ないわね。皇帝陛下ご自身やアルノルト殿下、そのご弟妹だけではないの」

しゅる、とリボンを一度解いて、シルヴィアが新しくリーシェの髪を結い始める。

「フロレンツィア陛下もよ。かつての王女時代から、ほとんど情報が入らなかったと聞いているわ」

「……ガルクハインに、嫁いで来られる以前から」

リーシェは両膝の上に手を重ね、引き続きシルヴィアに身を預ける。

「シルヴィアも、ゼルディア国の諜報に入ったことがあるの?」

「ふふ。ほんの少しだけね」

なんでもないことのように言ってのけるが、フロレンツィアの出身国ゼルディアは大国だ。

その国へ諜報に入り、こうして今も無事に生きていることは、どれほど難しいだろうか。

「とはいえ、ゼルディアに諜報が活発に入っていたのはやっぱり、十五年近く前の戦争の頃だわ。私もまだ物心つかない頃だから、『全盛期』についての情報は少ないの」

花を模った髪飾りを手に取って、シルヴィアは教えてくれた。

「それでも、ガルクハイン皇帝陛下とフロレンツィア皇后陛下の出会いについては、あちこちで語られている。やっぱり、物語の一幕にもなりそうな場面というものは、語り継ぐ人も多いのね」

「……皇后陛下は、お義父さまの前に歩み出て、王女の権限を行使した」

珊瑚色の髪を編んでもらいつつ、リーシェは思案に耽る。

「つまりは、父君であるゼルディア国王の意向を問う前に、辺り一帯の降伏を申し入れたのよね。ゼルディア国はこの敗戦をきっかけに、この大陸から撤退することになる……」

「リーシェの義理のお義父さまにとっては、まさに勝利の女神よ! そこで一目惚れしたとしても、頷けるお話しだわ」

「そ、そうかしら……!?」

けれどもリーシェは思い出す。

アルノルトは、リーシェに求婚を申し入れた理由として、『惚れ込んだからだ』と話していたのだ。

(……アルノルト殿下のあれは、絶対に嘘!)

ふるふると頭を振りたいところだが、シルヴィアに髪を結ってもらっているのでぐっと堪える。

とはいえこうなるともうひとつの思案事項は、昨日からたくさんの人に尋ねられる事柄だ。

(もっと昔に出会っていて、アルノルト殿下が私を知っていた可能性も、あるのかしら)

だが、それはやはり難しいようにも思える。

「リーシェ、どうしたの?」

「!」

シルヴィアに呼び掛けられて、思考がずれていることを自覚した。はっとしたリーシェは、慌ててもうひとつ質問をする。

「ご、ごめんなさい。もうひとつ、シルヴィアの答えを参考にしたいことがあるの」

「なあに? なんでも言って。リーシェのお願いなら、なんでも叶えちゃうわ」

「ふふ、ありがとう。……シルヴィアは」

リーシェの前に置いた鏡の中に、シルヴィアの指輪が映り込む。

「ダイヤモンドという宝石に、どんな印象を持っているかしら」

「ダイヤ?」

常日頃、たくさんの宝石に囲まれているはずのシルヴィアは、無邪気にこう答えてくれた。

「ロマンチックで綺麗な宝石よ。殿方からの贈り物に選ばれたら、大きな愛を感じちゃうかも」

「確かに、希少な石だものね。良いものは中々流通していないし」

「もう、リーシェったら! 流通や希少性の話じゃないのよ、こういうものは。ダイヤモンドは絶対に輝きを失わない石で、永遠を象徴すると言われるでしょう?」

確かにダイヤモンドとは、素晴らしい輝きと硬度を持つ石だ。リーシェの故国でも婚姻の際、ダイヤモンドを指輪にして贈ることが多かったのは、その『永遠』性によるものだろう。

(だけどその一方で、ダイヤモンドは……)

「さあ、出来たわ!」

シルヴィアの声に、リーシェはそっと鏡を覗き込んだ。

「わあ……」

鏡の中に映ったのは、両サイドをふわふわと編んでまとめたハーフアップの髪型だ。

大きめに柔らかく作られた編み込みが、大人びた愛らしさを作り出している。二枚目の鏡で見せてもらった背面は、花を模った髪留めで飾られていた。

リーシェがいつも自分で編む際や、エルゼに結ってもらうときとはまた違う、舞台向けのように華やかなアレンジだ。

「可愛い! シルヴィア、すごいわ!」

「花飾りはリボンと迷ったのだけれど、婚礼の儀のお試しには少し甘すぎるものね。とはいえ、本番まであと少し髪型に迷う余地はあるから……」

立ち上がったシルヴィアが、冗談めかしてリーシェに手を差し伸べる。

「あくまでこれは、今夜の夜会用!」

「!」

シルヴィアに促されて立ち上がったリーシェは、納得がいって微笑んだ。

「ありがとう。シルヴィア」

「任せておいて。そろそろお迎えが来られるころじゃないかしら?」

「ええ。それならちょうど……」

庭の入り口に、誰かが歩いて来たことは察していた。

だからリーシェは振り返る。そこには、騎士のグートハイルを共に連れた、リーシェの婚約者の姿があった。

「アルノルト殿下!」

「――リーシェ」

バッグを手にし、ぱっと駆け寄ったリーシェの手を、アルノルトが取る。

「走るな。転ぶ」

「もう。妙な所で過保護になさるんですから」

そのことが可笑しくて、少し笑った。